#57 提案
その酒場には、古ぼけたカウンターと顎髭が似合う店主がいた。
ブラッドフレーズ、と告げると店主は機械的にそれ答えた。
「右手の通路の、一番奥の扉だ」
錆びついた鍵。
それが、俺の目の前に音を立てて置かれた。
「――ったく、一体何がなんだが」
フィリーに言われるがまま来てみたもののこんな酒場に何があるのか。
地図の謎、フィリーの言葉遣い、色々知りたいことはあるがそれにしても色々と怪しすぎる。
流石にミヤとナナは連れてこなくてよかったな。
ミヤはさんざん駄々こねていたけど。
そんな思考をしながら、所々軋む音を鳴らす床を歩いていくと。
突きあたりに部屋の扉がそこにはあった。
「鍵穴はこれか」
錆びついた穴に、力任せに鍵を入れる。
ガチガチという格闘音の後に、かちんという開錠の音が鳴る。
ノックはした方がいいのだろうか、と思考が頭を過った瞬間。
「お入りください」
そのフィリーの声が聞こえた。
扉を開くと、そこは酒場とは違い小奇麗な空間だった。
アンティークな椅子に、テーブル。良い年季の入り方をした家具に囲まれた空間は、趣があった。
そんな空間で一際目を引くのはメイド服の彼女。
いつもとは違い真面目な表情を受かべるフィリー。
「お越しいただき、ありがとうございます」
品のある作法で礼をする彼女に、戸惑いを隠せない俺だったが。
――それ以上に、無視できない存在がそこにいた。
一人の、女性。
空気が、オーラが、違った。
「よくきたわね」
そのブラウン色の髪の女性。
緋色の目が、ゆっくりと俺を見据えている。
騎士団長のような服装をしているが、その人が纏う空気は、言いようのない威厳と高貴さが感じられる。
普通の人物とは違う、そう本能が告げていた。
「私はエルバッツ王国の王女、リリーナ」
王女と、自らをそう名乗った女性に、俺は何の違和感も覚えなかった。
それくらい彼女の風貌は、王女の理想像にぴたりと一致する。
――だけど、なんでそんな女王がここにいるんだ?
状況が理解できない。
「で、あなたを呼び出したのは要件なんだけど、単刀直入に言うわね」
頬杖をしながら、見定めるような視線を向けるリリーナ。
艶やかな唇が、滑らかに動いた。
「あなた――私に仕えない?」
突然の言葉は、勧誘の提案。
女王の家来にならないかということらしい。
「あなたの"力"が欲しいの。勿論、タダでとは言わない」
そういうと彼女は人差し指をピンとたてた。
「あなたが欲しいであろう、褒美を与えるわ」
「褒美?」
「ええ。あなた、異世界からきたんでしょ?」
何故、目の前の女王がそれを知っているのかと疑問が浮かぶ。
「そして、その異世界の時の”お仲間”を探していると」
情報が筒抜けだ。
一体どこからばれた。
そう思っているとフィリーと視線が合った。
ああ、こいつだ。直接言ってないが、多分そういうことだろう。
「お仲間さんを探すうえで、私の”権力”は有用だと思わない?」
リリーナの言いたいことが分かる。
権力っていうのはいつだって偉大だ。
それがあれば、あいつらを探すのも簡単になるのも頷ける。
人。金。力。それをすべて支配できるそれは、調査団さえ作ることも可能になる。
「おいしい話だけど――ちょっと考えさせてもらえないか?」
全てが突然のこと過ぎて頭が回らない。
それに、仕えるということは一種の"拘束"だ。
今は自由の身で色々なことをできるが、仕えるとそれができなくなる。
それに何より、そこまで"権力"が欲しいわけでもない。
そう考えると今、この場で結論を出すのは勇み足だと思える。
「駄目よ」
そんな俺の考えは、彼女のその一言で消える。
「今すぐ、"ここ"で決めなさい。仕えるか、それとも仕えるか」
強い言葉で、鋭い視線を送るリリーナ。
その態度に、一種の圧迫のようなものを感じる。
てか選択肢が一つしかないんだが。
一瞬それに怯んだが、ここまでされると何かしら裏がありそうで怖い。
そう思った瞬間、
「――それとも決めきれないなら、私と勝負する?」
その場違いな言葉が、俺の耳へと届いた。
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