第35話 接着実験パート2
六日目。
お金の整理をしておこう。最初五千あった。家出娘を助けたことで十万もらい、依頼を達成して一万の収入を得る。でも、食費や宿泊費などの固定費で減る。宿泊費はマックスとのシェアで半額にしたが、それでも当たり前だがゼロにはならない。合計十万ちょっと。食費を削るのも限界があるし、とにかく収入を増やさねばいけない。
そんな中、ハントが真っ先に向かったのは酒場だった。
「おう。今日も来たか」
「失礼します」
おじさんとはもう顔なじみだ。階段を下り、照明をつけた地下は昨日と同じ酒の匂いが漂ってくる。
「よし。やるか」
確か、四度目の挑戦だな。そろそろこの辺りで片づけたいところだが…。
今日試すのは分裂。魔力体を分けることだ。防御円の状態から今までは半円を作ったが、今日は違う。それをまずは半分に割って二つにする。やり方は知らないが、お互いに引っ張るようなイメージを持てば二つに分かれるだろうなと想像していた。
果たして、防御円は真ん中からぱっくりと二つに分かれた。続けてそれらをさらに二つに分けていく。
「ん…んんん…」
右側の半円がさらに分かれた。さらに左側も二つに分解する。それぞれを長方形に伸ばし…どうにか形にできたところで接着効果を付与。そして、四つのうちの一つを使って棚を持ち上げた。さらに残り三つを使って木箱やら何やらを持ち上げる。すると、床にはネズミの隠れ場所はなくなり、丸見えの状態となった。
二匹のネズミが素早く動くのが見えた。ハントの横を通り過ぎ、階段を上がろうとして上がれず、壁を行ったり来たりしているのがわかる。
ただ、ミスった。今、ハントはなにもできない状態だ。少しでも気が緩むと棚やら木箱が落ちてしまう。勢いばかりが先行し、ネズミを退治するという目的のことを忘れていた。もう助けてくれるのは一人しかいない。
「お、おじさーん!」
ドアが開き、階段を下ってきたおじさんは、物が浮いている状況を見て驚いていた。
「お、おおっ。何やってんだお前?」
「ね、ネズミを…早く…」
「あ、そうか。なるほど、任せろ」
いかに素早いネズミといえども、隠れ場所がないところではつかまるのも時間の問題だった。やがておじさんは二匹を捕まえることに成功し、やっとのことでハントは木箱や棚などをゆっくりと設置。額から流れる汗を拭った。呼吸を落ち着かせたあと、立ち上がる。酒場がまだ営業時間じゃなくてよかった。おじさんの助けがなければ、また明日も来るということになっていただろう。
「ふう。これでネズミ退治終わりですね」
「ああ。お疲れさん。そうだ。ちょっと上で休憩していかないか?」
「はい。ではちょっとだけ…」
お言葉に甘えて、そうすることにした。階段を上がる際、足が重く感じた。予想以上に魔力を使っていることに気づいた。もう、今日は無理だな。
あー、クソ。魔力供給装置みたいなものがあればなあ…。
グロリアの家にあるヒーリングカプセルのことを思い出し、酒場のカウンター席に腰を下ろした。昨日同様、温かいミルクが出される。
「ありがとうございます」
ゴクゴクと半分ほど飲んだ。仕事が終わった後の飲み物は、砂糖が入っているおかげもあり、おいしい。
「お前みたいなのは初めてだよ。よく頑張ったな」
「いえ。ただの自己満足なんで…」
「なんか困ったことがあったら、言ってくれ。力になるぞ」
「どうも」
困ったことがあったらといってもなあ、お金くださいなんて言えないだろうし。でも、こうやって言ってくれる人がいるのは、心強い。仲間が一人増えたみたいだ。
「ハントだったか。最近ここに来たのか?」
「わかりますか?」
「ああ。なんとなく初々しい感じがしてな。俺も冒険者だったからわかる」
「あ、そうなんですか」
「昔はこれでもダンジョンに潜ったりして、暴れまわったもんよ。今じゃあ、さっぱりだが」
「へえ…。ダンジョンですか」
「今じゃあダンジョンは古いか。最近だと森の魔物狩りが流行りかな」
「昔はダンジョンって、結構儲かったんですか?」
「いや。俺たちの頃は、古代人の秘宝が隠されている、なんて噂があったからな。秘宝と聞いて一攫千金を狙って街へ行き、片っぱしからダンジョンに潜った。ただ、秘宝なんてなかったな。おそらく誰かが流してデマだろう。ただ…危険な魔法書は見つかったようだが…」
「もしかして、暗黒魔法ってやつですか?」
「おお。よく知ってるな。それだ」
図書館で調べたやつだ。死者を蘇らせる魔法…。
「でも、夢がありますね。俺もその時代だったら、冒険者になってたと思います」
「そうだろう? 子供のころは秘密基地とか作ってたし、秘密の宝と聞いてうずくのが男ってもんだ」
「わかります、わかります。秘密基地かあ。懐かしいな…」
おぼろげな記憶だが、友達と二人で山に行って、秘密基地を作ったことがあった。確かダンボールで作ったんだっけ。なぜか山には捨てられたダンボールが落ちてたんだよなあ。
「ハント。ワインでも飲むか?」
「え? あー。じゃあちょっとだけ」
「よし」
おじさんはワインをおごってくれるようで、コップに赤いワインを注いでくれた。飲んだことはないが、甘くてすっきりしている。
「どうだもう一杯?」
「…いえ。これだけでいいです」
二杯目は拒否した。酔っている場合ではない。
「お金を貯めているようだが、なにか目的でもあるのか?」
「魔装具を買おうとしているですが、お金が足りなくって…」
「買う? 新品でか?」
「え? そうですが…」
「中古じゃダメなのか?」
「え!?」
中古? 魔装具に中古とかあるのか? いや…ないほうがおかしい。そうか。中古なら安くて同じように使える。なんで気づかなかったんだ?
「中古の店って、この街にありますか?」
「いや。でも、他の街に行けばあるだろう。ほら、ここから北に大都市レギンズがある。そこにいけば確実にあるはずだ」
「大都市レギンズ…。すぐ行けそうな距離ですか?」
「いや、ちょっとかかるかな。馬車走らせて半日程度だろう。ただ、空飛んでいったら早いかもな」
「空を飛ぶって…。魔法使いとか?」
「そうだ。今じゃあ別に珍しくもないだろ?」
マージョの宅配便なんて会社もあるからな。それに騎士団はキャリーという乗り物を使う。魔法使いか…そんな知り合いは…って、マックスがいるじゃないか。彼に頼もうかな…。
「いやあ、いい時代になったもんだねえ。俺らのときにはな馬車だけだったし、道も整備されてないところが多かったから…」
そのあと、おじさんの昔はこうだった話を聞かされてから、区切りのいいところで出ていくことにした。目的地はレギンズ。そこにある中古の魔装具だ。
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