第27話 健脚大会2

「はあ、はあ…」

 水晶玉を持ったリアは、走っていた。ゴール地点はテレンゼ街の広場。しかし、その間、水晶玉を狙うやつらとの戦いが起こっていた。茂みから突然現れた男は、矢を射ってきた。だが、その矢は跳ね返される。防御魔法は常時発動中だ。杖を持ってきていて正解だった。

「ちっ」

 と男の舌打ちが耳に届く。係員は配置されていないので、やりたい放題だ。けがをしても責任を負わないとは、そういうことか。

「はあ、はあ…」

 テレポートを使う…なんてことは考えた。ただ、どこに係員がいるかもわからないので危険なのと、テレポート一回につき五十万ぐらいのコストがかかる。賞金百万なので利益五十万。半額なのであまりうま味はない。

 もう半分ぐらい走った。あとちょっとか。ん?

 遠くのほうに係員の女性が見えた。茶髪のロングの女性は帽子をかぶっていて、ニコニコしている。

「あとちょっとですね。がんばってください」

「どうも」

 通り過ぎて、前を向いた。そのときだった。足を引っかけられたのは。

「うわっ!」

 宙にふわりと上がったかと思うと、気づいたときには地面に転んでいた。足元まで防御円を覆っていなかった、そこを狙われた。それでも水晶玉は離さなかった。

 だ、誰が?

 見上げる先、帽子を脱ぎ捨てた女性が近寄ってきた。先ほどまでの笑顔はなく、人を陥れて楽しむ悪魔のような笑みを浮かべている。

 くっ! やられた。偽物か! 防御円を…。

「おらっ!」

「ぐっ!」

 背中を踏みつけられ、次に腕を踏みつけられた。痛みで力が緩み、水晶玉がコロコロと転がる。女性はそれを手に取り、上着を脱ぎ棄てた。そしてゼッケンがついた服を表に出し、走っていく。

 く、くそ…。

「うっ」

 立ち上がろうとしたのだが、痛みが走った。踏みつけられた腕、背中へのダメージは思ったより大きかったのか、その場でリアはうずくまった。


 ◆◆◆


 ゴールするとしたら、そろそろだが、まだか?

 塔の近くには諦めたものたちが固まっていた。座り込み、談笑しているやつらもいる。彼ら同様、ハントも合図があるまではここにいようと座っていた。そんな中、しばらくして水晶玉が宝ではないという情報が耳に入ってくる。

「どういうことだ?」

「いや、わからん。ただ、ゴールした女性が手にしたものが宝じゃないと判断されたようだ」

「だとしたら、まだこの中に?」

「「「うおおおおおっ!」」」

 再び男たちは塔へと駆け出した。そして、我先に行こうと小競り合いが始まる。

 宝はあの水晶玉じゃないのか? じゃあどれだよ?

 明確に示されていない、そんなものを探すのは不可能なんじゃ…。

 男たちが塔へと入っていく様子を眺めながら、ハントは考えていた。このまままた、宝っぽいのを発見しても、それが本物かどうかなんて確証はない。これは困ったぞ。…宝が本物かどうか知ってるのって、例えば係員ぐらいしか…。あっ。

 ハントは閃いた。そして、裏口から梯子を上って進んでいき、水晶玉があった部屋まで戻ってきた。幸い、競争相手はいなかった。裏口はハズレだとみんな思っているからだろう。そこにはまだ若い女性の係員が立っていた。

「本物の宝はどこですか?」

「なんのことですか?」

「さっきの偽物だったみたいですけど」

「そうだったんですかあ」

 わざとらしい口調に少々イラっとしたのだが、それは我慢だ。

「相談なんですが、もし、俺に協力してくれたら、半分あげますよ。賞金」

「え?」

 女性の表情が明らかに変わる。誰もいないことを確認して、ハントに近づいた。そして、小声で話しかける。

「それ、本当ですか?」

「はい。だから本物はどこですか?」

「…」

 女性は宝箱まで歩いていく。ハントもついて行った。そして、フタを開けると、そこには何もなかった、のだが。女性はごそごそと下の板を取り外し、パカッと開けた。そこから金色のネックレスが出てきた。

「これです」

「そんなところに…」

 こんなのわかるかっ!

 ネックレスを手に、ハントは梯子に向かった。

「さっきの話、忘れないでくださいよ!」

 それには「はい」と答えてから、下った。通路を通り、梯子を下り、塔の外へと出る。

 ここからが勝負だな。

 待ち構えている待機組、そいつらの攻撃をどう避けるか…だが。

 いや、ここは防御円だろう。なんのために鎧を身につけているんだ?

 防御円を発動。ハントはゴールに向かって走り始めた。

 係員の買収。あまり褒められたことではないが、禁止されているわけではないのでセーフだろう。半額になってしまうが、五十万でも十分だ。

 幸いというべきか、邪魔者の姿はなかった。残り半分ぐらいの地点で、道にうつ伏せで倒れている女子がいた。

 あっ。こいつ…。

 例の魔法少女だった。無視しようと通り過ぎるが、ピクリとも動かないため、なにかあったのではと立ち止まる。そして、後ろを振り返った。倒れた彼女をじっと見る。まったく動かないその姿に心が揺れた。

 いやいやいや! どうでもいいだろ、こんなやつ! 邪魔者扱いしてきたし、自分勝手な奴だし、さっきは俺が手に入れた水晶玉を奪い取ってきやがったし。わざと倒れたふりしてるかもしれないし…。

 ていうかこいつ、待機してたやつに襲われたんだろ? 自業自得じゃあないか。それに、あとちょっとでゴールだ。それも、これが本物だということも確認済み。迷うことない、ほっとこう。それがベストだ。

 前を向き、歩き出そうとするのだが、その足は前に出なかった。やっぱり放っておけない。倒れているやつがいて、それを放置してまでお金を手にする。そんなことをやってしまっては、なにか大切なものを失うような気がした。人として大切ななにかを、だ。

「く…」

 ハントは魔法少女のところまで戻り、意識があるかどうか肩を叩いてやった。

「おいっ。大丈夫か?」

「う…。こ、ここは?」

 彼女はうっすらと目を開ける。

「気絶してたのか? 痛い目にあったようだな」

「あ、あんたはっ」

 ハントの存在に気づくと、少女は驚いた顔をして離れた。しかし、痛みが走ったのか、「うっ」といううめき声とともに苦しそうに胸を押さえた。

「歩けるか?」

「…だ、大丈夫…うっ」

「ダメみたいだな。係員呼んでくるからじっとしてろ」

 大会そっちのけで、ハントは係員を探し始めた。街に近づくにつれ、応援の声をかけてくれる人が増えていく。そんな中、係員の男の人がいた。

「怪我人がいるんですが…」

「どこだ?」

 治癒してくれるようだ。彼と一緒に魔法少女の元へと向かった。責任はとらないといったが、さすがに放置はしないだろう。苦しんでいる彼女の姿が目に入り、ハントは指さす。

「あれです」

「わかった。後は任せてくれ」

 これで心置きなく進めるというわけで、ハントはゴールへと走り出した。防御円をずっと発動しているので、疲れを感じ始めた。少し走ったところで、男三人が道を塞いでいた。ゼッケンをつけているので参加者だ。

「待てよ」

 真ん中の男、そいつはハント同様、鎧を着ていた。係員の姿はない。

「宝を持ってるんだろ。それをよこしな」

「げへへへへ…」

 子分みたいな二人が腹立つような笑い方で笑う。

「嫌だと言ったら?」

「しょうがねえな。じゃあ、くらいな!」

 相手も防御円を形成、したかと思うと変化した。魔力体が変化。槍のような鋭い突起になり、それがハントのほうに向かってきた。防御円をしているが怖い。両手で身構えて目をつぶった。

 ガキッ!

 防御円によって弾かれた。貫くことはない。防御力はこちらのほうが上。安心したのも束の間、両側にいた二人の男が消えていた。ふとっちょと細めの男だ。ザッという土を踏む音がして、左右に挟み撃ちされていることに気づく。逃げ場は後ろしかない。

「リッチ。やれ」

「へい」

 リーダー格のごつめの男が命令し、左にいた太めの男が杖を掲げた。防御円で防御は固めている。無駄なことだ。

 しかし、男は魔力体による攻撃をするわけではなかった。なにが発動されたのかわからないが、急速に魔力を失っていく。

 吸われている…この男の杖に!

 気づいたときには魔力が尽きて、防御円の維持ができなくなってしまった。

「くっ…。はあ、はあ…」

 立っていられなくなり、膝を折る。その隙を彼らは見逃すわけもなく、ハントからネックレスを奪い取った。

「ははっ。あばよ」

 三人、駆けていく姿が遠くなっていく。防御円を発動する力は残っていなかった。魔力は空だ。もう一歩も動きたくない。

 くやしい。こんなところで…。

 少しして、鐘が辺りに鳴り響いた。先ほどの三人がゴールしたのだろう、こうして大会は終わった。


 反省点として挙げるのなら、魔力体による攻撃をしてくると思い込んでいた点だ。通常の魔法を使ってくることは可能性として十分あった。あの魔法少女が麻痺魔法を使ってきたように警戒すべきだった。この辺りは経験不足なのかもしれない。魔法のこと、もっと勉強しなければと感じた一日だった。そもそも魔法には遠くから攻撃できる魔法がある。ファイアボールやサンダーボールなどだ。近年ではそういった攻撃がなくなり、魔力体を変化させての攻撃方法が主流である。その意味も知りたくなった。

 街には図書館がある。それを利用して勉強するのも悪くない。

 ただ、問題が一つ。お金がないということだ。このままだと食費さえ危うくなるため、図書館で勉強している場合ではなかった。外で寝るのも嫌だし、今は一にも二にもお金だった。

「依頼、依頼…」

 次の日、早朝からハントはギルドの依頼を眺める作業を始めた。大会のことはあとちょっとだったという後悔の念がいまだに抜けないが、気持ちの切り替えが必要だ。一ゴールドも稼げず、グロリアさんの元へは戻れない。「やっぱりお前は勢いだけだな」と笑われてしまう。

「ちょっと、すみません」

「ん?」

 声がしたほうに顔を向けると、そこには見知らぬおじさんがいた。白髭をしたマジメそうなおじさんだ。

 えっと、誰だっけ?

「俺ですか?」

「そうそう。君だ。私の娘を助けてくれたようだね」

「はあ? 娘さん、ですか?」

 要領を得ない話に、困惑するハント。

 助けた…。あ、もしかして…。

「昨日の大会に出場していた…」

「そうだよ。娘のリアだ。倒れているところを君に助けられたと言っていた」

 ふと視線に気づいて外を見る。ガラス越しに、彼女の姿が見えた。その魔法少女はハントと目が合うと、顔を背けた。

「恥ずかしい話だが、娘は家出中でね。探していたところを昨日、見つけたんだ」

 家出娘だったのか。どうりで金がないわけだ。

「君にはお礼をしなくてはいけないと思ってね。これは気持ちだ。受け取ってくれ」

「え? あ、いいんですか?」

「娘が世話になったんだ。本来ならば、娘と一緒にお礼を言いたいところだが、恥ずかしがり屋でね。勘弁してやってくれ」

「わかりました」

 封筒を手渡され、おじさんは頭を下げてきた。ハントもそれに倣い、頭を下げて別れた。外で父と娘は一言二言会話したかと思うと、その場を離れていった。

 あんな奴でも、親切にしておくものだな。もう家出なんかするんじゃないぞ、と心の声を飛ばす。

 そしてどのくらい入っているだろうとさっそく封筒を開けてみる。そこには十万ゴールドが入っていて、思わずガッツポーズをしたハントであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る