第26話 健脚大会1
三日すぎた。そして、今日は大会当日。塔の頂上のお宝を巡って、健脚者たちが集っていく。テレンゼ街の雰囲気が、日が近づくにつれて活発になった。それもそのはず。賞金は百万だ。誰だって金は欲しいし、それはハントも同じだった。
その間の三日間、気づいたことがある。こなせそうな依頼はかなり少ないことだ。報酬が大きい依頼は危険度が増す。防御円が作れるとはいえ、それだけで依頼をこなす自信はなかった。テレポリングがあるので最悪死にはしないだろうが、グロリアさんがいい顔をしないだろう。
気づいた点を挙げるならもう一つ。
テレポリング、これ、とんでもなく高い。一つ、なんと五百万だ。さらに、使用回数十回の制限あり。彼女がやたら値段のことを気にしていたのもうなづける。…というか、このリングを売って、その金で魔装具買えばいいんじゃないかと悪知恵が働いたが、そんなことをしたら、グロリアさんの怒りは爆発するだろう。これは命綱と変わらない。目先の利益に飛びつき、自らの首を絞める行為をする、そんなバカなことはさすがにしなかった。というか、五百万なので盗まれないようにしないといけないし、壊れないように丁寧に扱わないと、という意識が芽生えた。
結局、受けた依頼はペットの猫探しだった。しかも見つけられずに失敗。老齢の猫なので、亡くなったのだろう。猫は死ぬときに姿をくらますというし…。
さて、大会である。ここでハントは重要な選択をしなければいけなかった。鎧を着て出場するかどうかということだ。普通なら邪魔なので、こんな鎧は脱いでどこかに置いておこうとする。だが、それだと防御円が発動できない。それはなにかあったときに身を守れないことを意味する。大会中どんなことが起きるのかわからない。聞いた話、ただ単に走って先に到着したものが勝つ、という単純な大会ではなさそうだ。その詳細はなにか不明だが、塔にトラップが仕掛けられていることは間違いない。どんなトラップかは謎。身軽さを優先するべきか、防御を優先すべきか…。
結局、ハントは鎧を着て出場することにした。参加者は広場の受付を済ませて、お腹の高さの見える位置に番号が書かれたゼッケンを留める。わいわいがやがやと早朝からお祭り騒ぎだ。筋肉男たちの比率が多く、女性は少ない。そんな中、魔法使いの女子がいた。ムスッとしているペレットのようなやつだ。三日間、公園で寝泊まりしていたのだろうか。彼女の境遇はよくわからない。
続いて大会のルール説明が会場で行われた。係員らしき人が壇上に上がり、マジックマイクで参加者に説明する。魔力で声を大きくする装置のようだ。それによると、スタートラインからスタートし、ここから三キロ東の塔、その頂上にあるお宝を持って、ゴール場所にゴールした人が百万を手にできるという。
「参加者同士の足の引っ張り合いは、係員が見つけた時点で失格となります。ご注意ください」
係員か。一定の間隔で配置されていると見るべきだな。じゃあ、いないところではいいのか? そんな考えが頭に浮かぶ。
「魔法の使用は禁止です。加速したり、なんらかの乗り物に乗って進むことはできません。こちらも係員が見つけた場合、失格となります」
魔法が可能ならば、テレポートを使って瞬間移動すればいいとなる。かなり味気ない大会となるため、これは当然だろう。
「また、ケガをされても、こちら側は一切責任を負いません。あらかじめご了承ください」
それが嫌なら辞退しろ、そういうことだろう。なんか怖いことを言うな。
参加者は千人。スタート時刻が迫るにつれて、血気盛んな空気が増していった。
スタートラインは幅のある通路だったが、千人ともなると最初から場所取りで争ってしまう。前回優勝者、あるいは援助者が優先して前に出る仕組みになっていた。援助者とは、この大会の主催者に寄付したものだ。ゼッケンの色で判別され、援助者でもないハントは後ろのほうに下がった。
これは…ダメかな。
百万というお金に群がる群衆…。その数は予想していた以上に多い。この中でトップをとることは容易ではないことは予想できた。
でも、でることに意味がある。
自分に対してそんな誤魔化しをしつつ、スタートを待った。
パンッ!
乾いた音が小さく届いた。参加者たちはじょじょに前へと進んでいく。これだけの人数なので、後方だとなかなか進まない。自分のペースになるまでそれなりに時間がかかった。
「どけよっ」
肩がぶつかり、思わず身を引いた。押し合いみたいな争いは、ここでは当たり前だ。マラソンの一等賞とはわけが違う。みんな必死だ。
走っていると、円柱の塔が見えてきた。外壁は新しく、改装したばかりといった感じの塔だ。高さは五階建てぐらいの高さだろうか、結構高い。入り口は狭いので、ここでも混雑していた。係員が見ているので、小競り合いはあるものの、明らかに暴力を振るっている参加者はいない。しかし…。
「さっさと行け!」
「うるせえ! 押すな!」
「くそっ! 邪魔だ!」
暴言が飛び交い、お互いの肩がぶつかる中、ハントも立ち往生していた。人の肉壁で、これ以上進むことはできそうにない。不思議なのは、塔の周りに待機している連中だ。ゼッケンをつけているので、参加者であることに間違いない。ただ、彼らは入ろうとはしなかった。まるで見学する者のように争いを外から眺めている。その意図はわからなかった。
これって、入り口ここしかないのか? 裏口があるんじゃないか?
どうせ進めない。百万はとれそうもない。だったら試してみるのもありか。
そんな気持ちで、ハントは罵詈雑言が飛び交う場所から離れた。
家なら台所の勝手口がある。だからこの塔にもあって不思議ではない。そんな仮説から来る予想。なかったら大幅にタイムロスをしてしまうが果たして…。
「あった!」
ないだろうなと思ったところ、そのドアは見つかった。一番乗りだろうか、ドアは閉められている。引くと簡単に開いた。すぐ目の前には上り梯子があり、そこからショートカットできそうな気がした。
よしっ。さっそく上るぞ。
期待に胸を膨らませて梯子に手をかけた。胸高鳴るのは、おそらく、この裏口を始めて上るのが自分だからだ。もしかしたら…という思いが湧いてきた。しかし、上ろうと手を伸ばしたそのときだった。何者かに後ろから首の部分をつかまれ、後方へと引きはがされた。勢いよく地面に尻もちをつく。
「いったっ!」
その隙に、ハントを飛び越えて進むのは一人のごつい男だった。
「へへっ。わりいなあ」
若い男で、タンクトップの筋肉男は軽々と梯子を上っていった。
「こ、この野郎…」
起き上がり、後を追う。おそらくさっきの男、ハントの後を密かについて行ったのだろう。正解への道が見つかったところで、それをさせじと妨害。ここに係員はいないので、失格になることもないということは計算に入れての行為だった。
「こっちに別の入り口があるぞっ!」
外から男の声が聞こえた。他のやつも気づいたようで、まずいと思い、上る速度を速める。しかし、鎧が邪魔だった。上る前に鎧を脱ぎ捨てておけばよかったと後悔しながら、どうにか上がりきる。そこは狭い通路になっており、奥へと続いていた。下から上がってくる音がするので、ハントは走った。ぐるぐると塔の周りを上がるようにして、通路は続いている。塔自体はそんなに大きくないので、目が回りそうだった。それと、鎧のせいで疲れ、息が切れる。足が重くなってきたところで、立ち止まった。息を整えるためではなく、そこは行き止まりだった。ただ、壁には三つの四角い穴が開いている。手を突っ込めるような大きさがあり、左端の穴に手を入れた。ボタンのようなものに指先が振れる。
これを押せってことか…。そういえば、さっきの男はどこに? 押したらトラップが発動しそうだな…。
後ろから駆けてくる男たちの足音が大きくなってくる。
一か八か…。いや、待てよ。ここは様子見しておいたほうが正解なんじゃないか? どれがアタリでどれがハズレかわからない。三分の一にかけるより、他の奴の失敗を見たほうが…。
ハントはボタンを押さず、壁際に行って待機することにした。男たち三人がやってきた。ハントを視界に入れたが、声をかけることはない。すぐに彼らも穴の存在、ボタンの存在に気づいた。三人いる。なので、最悪誰か一人が正解への道に行けるはずだ。
「一人ずつやろうぜ」
男たちは相談したあと、まずは一人目が右の穴に手をつっこむ。彼らもハント同様、トラップの存在を気にしているようだった。男はボタンを押した。すると、パカッと床に穴が開く。
「うわああああっ!」
男は下に落ちていった。すぐに床の穴は閉じられる。
「お、おいっ。大丈夫か、今の」
「さすがに死にはしないだろう。下にクッションがあるはずだ」
「ああ…」
床穴トラップか。避けることはできそうに…いや、係員がいない。なのでなんらかの技を使えば可能かもしれないな。
次の男は真ん中の穴、そのボタンを押した。パカッと開き、先ほどの男と同様、穴の中に落ちていく。ということは左端が正解か。
最後の男はギロリとハントをにらんできた。なにかやってきたら承知しないぞ、という目つきだ。ハントにはそのつもりがないので譲った。汚いことをしてまで百万を手に入れたくない。
男は左端の穴に手を突っ込み、ボタンを押す。
正解への道、それが現れるかと思いきや…。
パカッ。
「うわあああああああっ!」
同じように穴が開き、真っ逆さまに落ちていく。後ろで見ていたハントは目を点にしていた。
全部外れ!? この道は正解ルートじゃないのか?
裏口を見つけ、それが頂上につながる道…そう思っていたのだが、それが間違いだった?
「なんてこった…」
そうだよな。こっちが正解の道ですなんて看板があったわけじゃない。
ハントは引き返そうとしたところ、そばの壁に違和感を感じた。よく見ないとわからないが、そこにはでっぱりがある。わずかに色が変色している程度のその箇所に手を触れた。
なんだ? このくぼみは…。
押してみると、ガーッ! という音がして、すぐ横、その上から梯子が下りてきた。見上げると、梯子の上がった先に穴が開いている。
「これかよ! わかんねえよ!」
行き止まりの壁に三つの穴が開いていたら、誰だってそっちに注意が向く。隣の壁を見ようなどという発想には至らない。その盲点をついたのだろう。この仕掛けを作ったやつはなかなかのひねくれ者のようだ。
感心しつつ、梯子に手をかけ、上がっていった。今は何階なのかわからないが、それほど高くない塔だ。頂上にたどり着いても不思議ではない。穴の中に入った。そこは六畳ほどのサイズの空間で、中央には係員の女性がいた。係員だということはつば付きの黒の帽子をかぶっていることからわかる。
「おめでとうございます。奥の宝箱の中に宝がありますよ」
ニコニコ笑顔の女性、指で指し示すとおり、宝箱が置いてあった。ただ、なんか怪しいなとその女性から感じ取ることができた。トラップかもしれない。
「俺が一番ですか?」
「そうですね。早く手に入れないと、先を越されちゃうかもしれませんよ」
「あなたが開けてもらえませんか?」
「それはできません。私は係員なので…」
視線を泳がす女性。トラップか、それとも…。
下から梯子を上る音が耳に届く。もう二番手がきたようだ。また二番手に譲るか、それとも一番手として踏み込むか…。いや、待てよ。もし、本当だったとして、ここから戻りはどうするんだ?
それは盲点だった。手に入れたやつが百万を手にするわけではない。その宝を手にしてからゴールテープを切ること、それが条件だ。なので、帰り道をしっかり計算に入れておかないと…。
ハントに懸念が浮かぶ。途中で奪われるかもしれない、その心配が頭を駆け巡った。
ん? 外で待っていたやつらってもしかして…。
ハントは気づいた。この大会、もしかして先に手に入れたやつから、どうやって奪い取るか、そこが重要なんじゃあ…。待機してるやつらは、意気揚々と出てきたやつ。そいつを狙っているんだ。今更、大会の攻略ポイントに気づいたとしてもしょうがない。
一か八か…。
ハントは宝箱の前まで駆けていった。そしてガバッと宝のフタを開けると、そこには水晶玉が入っていた。トラップはない。
これが宝か。見つからないようにゴール地点へ行かないと!
ハントは水晶玉を手に、梯子に向かう。二番手の男が上がり切ったタイミングで下りた。ここから通路を下って下に行くのは正規ルートだ。ただ、入り口に待ち構えているやつらのことを考えると、ショートカットできる床穴を利用するべきだろう。
真ん中の穴に手を突っ込もうとした。しかし、ビリビリッと体中に痛みが走った。
え?
力が抜け、すとんと体から床に崩れる。焦りから、後ろへの警戒を怠っていた。
「悪いわね」
その声は、あの魔法使い女子だった。手からこぼれる水晶玉、それを手にして彼女は通路へと走り去っていく。
あいつ、いつの間に…。ていうか力が入らない…。これ、魔法か…。
起きようとしても麻痺してなかなか起き上がれないでいた。
数分後、じょじょに体が動かせるようになったハントは、やられたとため息をついた。通路を下っていき、梯子を使って外に出る。
もう今から走っても遅いだろう。今頃、あいつはゴール付近まで行っているはずだ。順調なら…。
ゴールしたら合図があるはずだった。ハントはそれを待つことにした。
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