第21話 負けない仕組みAMA

「やあ、ハント。よく帰ってきたな」

「ああ。エレナ。修業してムキムキになって帰ってきたよ」

 騎士団の門の前に、エレナ、そしてクロスが並んで立っていた。ルッカやノロの姿はない。ハントは修業の成果で、言葉通り、筋肉隆々だった。それを見せびらかすようにタンクトップを着ている。

「エ、エレナ…。二人きりで話したいんだけど…」

「あ、そうそう。ハント。私たちからも話したいことがあるの」

「え?」

 なぜか団長モードではない彼女に違和感を持ちつつも問いかける。

「実は私、クロスと付き合うことにしたの」

「ええっ!」

 驚愕の事実に、頭がまっしろになった。エレナとクロスは幸せそうにお互いを見つめている。

「おう。ハント。実はお前がいないうちにな、そういうことになったんだ。すまんな」

「す、すまんって…。エレナ?」

「ごめんなさい。私、クロスを誤解してたわ。こんな優しくて素敵な彼がそばにいたなんて…」

 お、おいおい。そりゃないだろ! 俺は頑張って、一年も修業したっていうのに! クロス! てめえっ! ふざけるなっ!

 そんな怒りの声を心の中で吐く間、エレナとクロスはお互い見つめ合う。そしてうっすらと目をつぶった。

 やめろっ! クロス! 俺のエレナになにを!

「やめっ!」


 ガバッと目が覚めて、毛布から起き上がった。

「ゆ、夢か…」

 夢で本当によかったと安堵する。全身汗びっしょりだ。

 俺のエレナ…か。夢の中で言ったセリフが恥ずかしくて、一人、顔が赤くなった。起きたのはちょうどいい時間帯だ。グロリアさんが起きる前に紅茶の準備をして、さらに朝食を作った。まだまだ慣れないが、一度やったことは忘れない。

「おおっ。起きてるな。感心、感心」

 彼女がキッチンへと足を運んできた。頭ボサボサで、Tシャツにショートパンツ。自然体すぎるグロリアだった。ハントも一緒に食事をする。

「今日は休息日ということなのですが、自分でなにかしても問題ないですね?」

「なにをするんだ?」

「鎧術を使います」

「好きにしたらいい。ただし、ぶっ倒れるまでやるなよ」

 久しぶりに鎧を着た。自分の汗で汗臭くなっているが、そこは我慢だ。グロリアがそばにいるところで、魔力を鎧に注ぐために、胸の箇所に手を当てた。魔力がどんどんと吸われていく感覚は前と一緒だ。

「く…」

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が早くなってきた。恐れと疲れ、その両方が襲ってきて、ハントを苦しめる。

 くそ…。ダメだ。

 限界を感じ、手を離した。発動の兆しはなく、出ていった魔力が霧散しただけに終わり、疲労だけが残った。

「はあ、はあ…」

 前となにも変わらない。なにも変わってない。そりゃそうだ。なにもしていないんだから。

「ダメだったな」

 ポツリとグロリアはつぶやいた。返事をする気力もなかった。


 午後、小雨が降ってきて、雨粒が屋根に当たって音を鳴らす。

「さて、と。それじゃあ私は行ってくる。留守番よろしく」

 グロリアはパーカーを羽織り、フードを頭にかけた。そして杖を持ち、ドアから出ていった。パタンとドアが閉まったあと、ハントはすぐに外出の準備に入る。ナイフを持ち、傘を一時的に借りて家を出た。彼女の後を追う。

 外に出るなと言われたが、なにをしているのか気になった。強くなるためのヒントがそこにあるのではと、探りを入れる。

 しかし、出たのはいいが、グロリアの姿はなかった。

「あれ? どこにいったんだ?」

「おい」

「え?」

 屋根からなにか振ってきたと思ったら、後ろに回り込まれた。魔物の襲来かと思いきや、違った。首に腕でがっちりロックされ、身動きがとれなくなった。それはグロリアだった。ハントが出ていくことを予想していたのだろう。

「出るなと言ったのに、このバカはっ」

「す、すみません」

「まあ、いい」

「え? いいんですか?」

 首から腕を離したあと、彼女は「はあっ」とため息をもらした。声を弾ませたハントはまるでおもちゃを買ってもらえたことを喜ぶ子供のように、彼女には見えたようだ。

「ただしっ。テレポートの設定をしてもらうぞ」

「テレポート?」

「早いほうがいいだろうから、さっさと済ませよう。こっちだ」

 家のほうに戻っていく。向かうのは寝室だ。机の引き出しの中から、腕輪を取り出した。それをハントに手渡す。

「それをつけてみろ」

「つけると、腕輪の宝石のような部分が青く光った」

「よし。それでいい」

「これはなんですか?」

「テレポリングだ。私も外出するときはしている」

 グロリアは腕まくりをして、腕輪を見せてくれた。それだけ言うと、彼女は再び外に出た。追いかけるハントには、意味がわからなかった。

 なんでこんな腕輪が必要なんだ? いや、それよりもこれからなにをするんだ?

「グロリアさん。なにをするつもりですか?」

「魔物の駆除だ。村人から頼まれている」

 そうか。村長が言ってたな。彼女の仕事は凶悪な魔物の駆除だと。

 雨が激しくなっていく。傘をさしているが身体が濡れるほどだ。どれくらい歩いただろうか、水たまりを踏んでしまい、靴の中がぐっしょりと濡れた。ガサガサと進むグロリアの背中をひたすら追うだけだ。

「ハント。宿題の答え、考えたか?」

「強さとはですか?」

「ああ」

「強いとは、魔力を使って強力な攻撃をすることです。いや、操る力といってもいいかもしれませんね。それには体内の魔力が高い必要がありますが…。つまり、楽に強力な魔力を自在に操ることができること、でしょうか?」

「勝負の勝ち負けはそれで決まると?」

「はい。そうだと思います」

「三点だ」

「え?」

 三点満点の三点じゃないよな?

「勝負の勝ち負けは…運だ」

「ええ!? 運…ですか?」

 そんなわけないだろうと、ハントは批判を含んだ口調で言った。エレナとカーチスの戦いを見た。あれは百戦やって、百戦ともエレナが勝つだろう。

「力が拮抗しているときはな。明らかな差がある場合は、ハントが言ったように実力差が物を言う…かもしれない。それでも負けることはある」

「そんな…。でも、圧倒的な強さがあれば、他を凌駕するほどの力があればいい。そうじゃないんですか?」

「簡単に言ってくれるな。神じゃあるまいし、そんな力、手に入れることなどできはしない。創作物には、そういったものがいくらでも転がっているがな」

「で、でも…」

「どんなに強くても、大勢に取り囲まれたら無理だ。それを跳ね返す方法があったとしたら絵になるかもしれんがな。人一人の魔力量では限界がある」

「じゃ、じゃあ…強さとはいったい何なんですか?」

「負けないことだ」

「負けないこと?」

「もっと言うと、魔物と遭遇しても死ななければいい。そういう仕組みが組まれているかどうか、ということだ」

「はあ…」

 ハントにはイマイチピンとこなかった。

 この人はいったいなにを言ってるんだろう。負けないこと? 引き分けにできる強さってことか? それにさっきの腕輪はなんなんだ?

 疑問を察してか、彼女は続けて口を開く。

「テレポリングはな、装備者の生命力が少なくなったときに自動発動するようになっている。オートマジックアクティベートと呼ばれる仕組みだ。AMA、通称アマと呼ばれているが」

「AMA…。あ、仕組みってそういうことですか」

 死なない仕組み。生命力が少なくなってきたらテレポートで戻れるということか。本人の意思関係なく自動発動。

「静かにしろ」

 グロリアは真剣な顔つきになった。何か、近くにいるのだろう、歩く速さもゆっくりになる。開けたところに出た。目の前にいたのはドラゴンだった。

「グオオオオオッ!」

 威嚇するような声、その振動音にビリビリと体が触れて不快に感じた。それ以上に、恐怖だった。目の前には確かにドラゴンがいて、仕留めたであろう魔物の死骸を食べている途中だったようだ。鋭い牙、長い尻尾、体を覆う硬い鱗、しかし、なんといってもそのサイズだ。家ぐらいの大きさがあり、逃げ出してしまいたくなる気持ちになる。

 グロリアは杖を構え、戦闘態勢に入った。

 マジか。ドラゴン相手にやる気か? ドラゴンを一人で倒したとなるとエレナぐらいしか思いつかないのだが。

 黒い魔力体が渦を巻く。大きな魔力体は彼女の魔力が高いことを証明していた。それは変化し、大きな壁を作る。それが飛んでいって、ドラゴンの側面に落ちた。壁がいくつも生成されては飛んで、ドラゴンの四方を囲む。そして最後の長方形がそれの頭上へと飛んでいき、プレスする。そのままググググ…と押し込んでいき…。

「はあっ!」

 ドスンッ!

 潰されたのか、地面が揺れるほどの衝撃が起きた。

 え、えぐい…。

 エレナのクールな戦い方とは違って、なかなかのえぐさだ。でも、やっぱり、グロリアさんは強いんだ。それなのにあまり強くないとか言うなんて、謙遜だったんだな。

 彼女は箱を消した。ペチャンコで血だらけのドラゴンが目の前に見える。

「ふうっ」

 安心した彼女の表情が近くにあった。だが、次の瞬間、横から迫りくるものがあることを二人は知らなかった。先に気づいたのはグロリアだった。闇の魔力体を練り、障壁のようなものを形作るのだが、一歩遅かった。丸太のような大きな木の棒が振るわれ、彼女は弾き飛ばされた。そのまま木に背中からぶつかり、「うっ」という声をあげた。

「な、なんだ?」

 ドシン、ドシン、ドシン。

 ハントの目の前に現れたのは大きな巨体の魔物だった。人型で、筋肉隆々。一つ目のその怪物は、こん棒を握りしめている。ドラゴンよりは小さいが、それでも身長は三メートル以上はありそうだ。

「う…」

 絶体絶命大ピンチ。ブーンという音がしたかと思うと、グロリアの体を淡い光が包み込む。そしてフッと姿を消した。テレポートが発動したのだろう。一つ目の怪物、そのターゲットはハントだけとなった。

 生命力が少なくなってきたらテレポートは発動する、自動で、そうグロリアは言っていた。しかし、即死するような攻撃、例えば頭をあのこん棒で粉砕されたらどうなる? まさか、粉砕されたあと、テレポートするのか?

 まったく意味なくないか? それ?

 見上げると、そこには一つ目の巨体。

「う…うわあああああああっ!」

 どうにか足は動くようで、ハントは逃げ出した。幸い身軽なため、距離を開けることができた。滑り込むようにして茂みに逃げ込む。一つ目は姿を見失ったようで、きょろきょろと辺りを見渡し、ドシン、ドシンとどこかへ去っていった。その間、ハントは息を殺し、遠くへいったことを確認後、ようやく安堵する。

「これでもうだいじょう…」

 ぶ、と言いかけた。すぐそばに二足歩行の魔物がいた。こいつは確か、星の実採取のときに出会った魔物だ。トカゲのような顔をして、尻尾も生えている。

「なんだ。お前か。驚かすなよ…」

 しっしと手で向こうに行くよう促しのだが、それがまずかったらしい。怒りに触れたのか、二足歩行トカゲはガバッと口を開け、牙を向けた。

「は?」

 頭からガブッ! と噛みつかれた。

「ギャー!」

 悲鳴を上げ、手足をバタバタとしていると、そこはもう家に戻っていた。

「あ…。そうか。テレポートが発動したんだな…」

 戻される場所はグロリアの寝室だった。彼女はヒーリングカプセルに入っていて、すっきりした顔で出てきた。背中を激しく打ちつけたようだが、その傷はすぐに癒されたようだ。

「無事のようだな。ハント」

「あ…いやいやいや! 血だらけなのにどこが無事なんですかっ!」

「それだけ喋れるようなら無事ってことだ。ヒーリングカプセルは使わないでいいな」

「え!? 使わせてくださいよ!」

「一回十万ほど費用がかかるんだぞ? 包帯巻いてやるからこっちにこい」

「く…」

 手際よく頭に包帯が巻かれた。

 いたたたた…。頭がジンジンする。

「よくわかっただろう? つまり、こういうことだ」

「わかりましたよ。はい。はっきりとね」

 死なない仕組み、それが強さだということは理解できた。

「グロリアさん。もし即死級の攻撃を受けたら、どうなるんです?」

「それは死ぬな。死体がここに運ばれてくる」

「や、やっぱり?」

「そうならないように防御したり、逃げたりするんだ。そのための魔法だろう」

 ということは、さっきあのまま逃げ遅れていたら、あの一つ目に殺されていたわけか。

「だから、一人で外に出るなと言ったんだ。バカめ」

「はい…。すみません」

 もし、テレポリングがなかったら死んでいただろう。

 今回のことが身に染みて、ハントは外出するのをやめた。日々、焦りは強くなっていくが、それでも死ぬほどの恐怖を味わいたくないので、我慢できた。そして十日が経過、次の修業のステップに入る。

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