第20話 体作り
「なにをそんなマヌケ顔をしている?」
「いや…意外だったので、つい」
「過酷な修行をするには、その前の準備が必要だ。お前はその段階にも入っていないということだ」
「それで、食事ってことですか」
「お前、食をバカにしてるだろ?」
「い、いえっ! そんなことは…」
怒られるかと思って、全力否定した。
「いや、いい。私も昔はそうだったからな。食事なんて適当でいいだろって、そう思っていた。しかし、そんなやつはどんなやつだろうと二流! 体は資本。その体に入れる食べ物を適当に選ぶなど、言語道断。特に若者は、簡単に食べられるものに手を出す傾向が高いが、お前もそうなのだろう?」
「そ、そうですね。うどんとかラーメンとかカレーとか好きです」
「それでは理想的な体にはならない。その状態で魔力を高めようとするはなど、無理な話だ」
「そうなんですね。盲点でした」
「そこで、お前には料理をしてもらう」
「え? あ、はあ…」
結局、俺が料理担当になる流れ?
「食材は…そうだな。最初の内は私が一緒に採りに行ってやろう。さっそく明日からだ」
「わ、わかりました」
「じゃあ、夕食の時間だな。スープ、飲むか?」
「はいっ」
「じゃあお前、スープはそこにあるから、温めて私の分も用意するのだ」
従うしかないので、ハントは立ち上がった。魔力によって火を起こすクッキングヒーターを使い、スープを温める。
「おいっ。あまり温めるなよ。私は猫舌なんだ」
「あ、わかりました」
沸騰する前にヒーターを止めた。そして、皿に盛りつけてから彼女の前に出す。それをスプーンで口に入れ、「合格だ」と一言言った。ハントは自分の分もよそい、テーブルの上に置いた。シチューのようだが、食材は変わっていた。四角くて黄色のものが入っている。口に入れるとパイナップルのような味がして、おいしかった。ハントはジーっと見つめてくるグロリアの視線に気づいた。
「スープだけだと、誰が決めた?」
「え? あ、ああ。すみません。他にあるんですか?」
「米だ。炊飯器にあるだろう。それにビンに入ったナッツがある」
「ええっと…」
まずは茶碗に米を入れる。これは玄米ってやつで、白米のように白くない。白米よりは栄養があるらしいが、あまりおいしくはない。そしてビン入りナッツは、青色だ。毒があるのかと思えるほどで、見たことはない。それを彼女の前に出すと、おいしそうに食べ始めた。ハントも同じように用意して、食べる。ナッツの見た目はあれだが、予想以上においしかった。
「グロリアさん。毛布などはありますか?」
「なに? 持ってないのか? 寝袋も?」
「はい。実は登山中に落としてしまって…」
「しょうがない。私の昔使っていたものを渡そう。それにしてもお前、命知らずというかバカだな。武器もナイフ一本か?」
「そ、そうですね…」
「旅人でも、もうちょっとまともな武器を装備して森に挑むと思うが。まあ、挑むやつはそもそもいないが」
「その点に関しては同意です」
今考えたら、山で必要な荷物を落としてしまった時点で戻るべきだった。勢いで行動するのは危なすぎる。
「そろそろ寝るぞ」
「え? もう?」
「そうだ。九時には寝る。その代わり、朝は早い」
グロリアは寝室に戻り、タオルや下着を持って脱衣所のほうに行った。
「覗くなよ」
「そんなこと、しませんよ」
ドアが閉まる。シャワーの音が聞こえだし、その間、イスの上でボケーとしていた。今、魔樹海の森の中にいる、そのことが現実になっていると思うだけで不思議な気持ちだった。命知らずの行動だったかもしれないが、目標を達成できたことで安堵し、少し自信がついた。
彼女はパジャマ姿で出てきた。すっきりした顔をして、冷蔵ボックスからお茶を取り出した。透明なポットには枯れ葉色のお茶が入っており、それをコップに入れて一杯飲み干す。
「ところでハント」
「なんですか?」
「お前、女はいるのか?」
「い、いきなりなんですか?」
「いや。私のような美女が風呂場でシャワーをしているのだ。覗きにくるかなと思ってな。しかし、お前はそれをしなかった」
美女って、自分で言うか?
「つまり、女には満足しているということだ」
「恋人はいないですけど…両想いで近しい人ならいます」
「ん? それは恋人じゃないのか?」
「それは…この修業が終わったら、です。その彼女には一年以内に戻ることは伝えているので、そのあとですね」
「へえ。いいじゃないか。若いねえ。うらやましい」
「グロリアさんも若いじゃないですか?」
「そう見えるか?」
「あ、はい…」
ん? もしかして結構年齢いってるのか? 見た目は二十代…前半だが、実は三十とか?
「余計な詮索はしないことだ。さあ、次はハントの番だ」
彼は立ち上がり、リュックから下着類を取り出した。タオルは貸してもらえるので、一つ借りる。シャワーを浴びたあと、元の長袖長ズボンを着て、玄関口に寝転がった。毛布が用意されていたので、それをかけて寝ることにした。慣れない部屋なので寝付けるかなと思っていたが、すぐに眠りにつけた。そして翌日。
「起きろ。朝だぞ」
グロリアの声に目が覚めた。まだ薄暗い時間帯で、照明がついている。
「今、何時ですか?」
眠たい目をしながら、彼女に問いかけた。
「四時ぐらいだな」
早い。こんな時間帯に起きるのは初めてだ。
「おいっ。紅茶を入れろ。砂糖なしだ」
「は、はい」
師匠と弟子のような関係なので従わざるを得ない。そういうことを考えると、呼び方はさんづけでいいのだろうか。
お湯を沸かし、指定された茶葉で紅茶を作る。そして、グロリアに出した。彼女は口をつける。
「あちっ!」
「あ、すみません!」
「私は猫舌だと言っただろ。まったく…」
「今度からは気をつけます」
「私が起きたら、紅茶を準備しておくこと。わかったな?」
ハントは「はい」と返事を返した。
それって四時前には起きなきゃいけないってことか。
「グロリアさん。今日は食材を採りに行くんですよね?」
「ああ。そうだが」
「本格的な修業も今日からですか?」
「いや。まだまだ先だな」
「そうですか…」
できれば今日からでも始めたいところだが、体作りが先なのだろう。
「焦るな。死ぬぞ?」
死にたくはないので、彼女に従う。それから朝食の時間になった。玄米、そしてナッツは変わらない。そこに味噌汁が追加されただけだ。準備は全部ハントがやった。といっても作るのは味噌汁だけだ。豆腐、わかめなどが入った普通の味噌汁だった。
「朝はしっかり食べろよ。へとへとで動けなくなるからな」
朝食を済ませたあと、装備を整えて外へ出た。うっすらと明るく、早朝の森は穏やかだった。グロリアはパーカーに長ズボン、手には杖を持っている。そして、ハントは長袖長ズボン、その上にコートを羽織った格好だ。鎧は置いてきている。鎧術を使えないので邪魔になるだけだからだ。代わりに背中には大きなカゴを背負っている。手にはざるだ。
「よしっ。行くぞ」
彼女を先頭に歩き出した。
森に入っていき、地面には草や枯れ葉が、小枝などが落ちている中を進んでいく。グロリアには方向がわかるのだろう、目的地に向かってまっすぐに進んでいく。途中、二足歩行の小竜と出会った。しかし、グロリアが目に入ると逃げていった。
「ここから先は下る。足元に気をつけろ」
そう言ってから、結構な斜面を下っていく。今日は重い鎧がないので、バランスをとることは簡単で、彼女を見失わずについて行くことができた。そして少ししてから歩くと、とある木の前で彼女は立ち止まった。背が低い木で、顔の高さぐらいに実がなっている。
「これが栄養満点な星の実がなる木だ。スターツリーと呼ばれている」
「星の実…」
「昨夜のスープ、黄色のやつが入ってただろ。あれだ」
「あれですか。それで、どうやってとるんです?」
「ナイフは持ってきているな? それでとればいい」
「グロリアさんは?」
「私もナイフだ。まだ大きくないものはとるなよ」
二人ともナイフで星の実をとっていく。星形の実は中身が詰まっているのか、ずっしりと重かった。それを四つほどカゴに入れて、背中に背負う。ずしりと足に負担がかかった。
「次だ」
彼女は次の採取場所に進み始める。ハントははぐれないようについて行った。凶悪な魔物に出会うこともなく、次のポイントは川を渡った先の岩の近くだった。足元に草のようなものが生えている。
「これはグランナッツ。引き抜いてみろ」
ハントはカゴを下ろし、緑の草を引き抜いた。いくつもの茶色の殻が出てきた。それらをとっていき、ざるの中に入れていく。円形のざるは、殻でいっぱいになった。
「主にこの二つの食材が重要だ。あとはキノコとか、木の実とか色々あるが、お前にはこの二つを任せる」
「はい。わかりました」
帰り、斜面を上がっていくように家に戻った。背負ったカゴは重かったが、それ以外に危険なことはなかった。戻ると、すぐには食べられないらしく、星の実はキッチンの下に置いて熟し、ナッツは外に置いて乾燥させるとのこと。次にやることはスープ作りだ。にんじん、じゃがいもなどの野菜を切って、鍋に入れる。あらかじめ熟しておいた星の実、それも短冊切りにしてから入れて…といったように三十分ほどで完成。玄米は炊飯器を使えば楽だった。昼食を食い終わると、やることはない。修業する身としては、少しでも動きたいところだ。
「今は食べることが修行だ」
心中を察してか、彼女から注意された。
「でも…」
「じゃあ筋トレでもやっていろ」
ハントは一人、スクワットを始める。騎士団では毎日訓練をしていたので平気だ。
それから午後まで、ゆっくりとした時間が流れる。ここが危険区域の森の中とは信じられないほど、穏やかな時間が流れた。
こんな生ぬるいことやってて、成長できるのだろうか?
夕食作り。味噌汁を作り、玄米、グランナッツと一緒に食べる。そして掃除。ホウキで部屋の中を掃いていく。グロリアの寝室にも入らなければいけないので、ノックした。
「入れ」
「失礼します」
初めて彼女の寝室に入った。そこにはベッドがあり、机があった。本棚にはあまり読書をしないのか、数冊の本が置かれている程度だ。ただ、変な機械が置かれていた。それは透明なガラスで覆われた円形のもので、人一人入れるほどの大きさがある。こんな装置は一度も見たことはない。
「珍しいか?」
グロリアはイスから立ち上がり、ハントのそばに立った。
「これはヒーリングカプセルだ。怪我を治癒するのに使う」
「入ったら治癒できるんですか?」
「そうだ。これには高い金がかかった。維持費もかかる。まあ、必要経費だ。しょうがない」
「グロリアさんも怪我はするんですね」
「そんなことはしょっちゅうだ」
意外な答えが返ってきた。彼女の実力は、この森に長くいることからしてかなり高いのだろうということがわかる。俺を襲った魔物も一発で仕留めていたしな。
「魔樹海の森に住んで、長いんですか?」
「ああ。…八年ぐらいだ」
八年か。こんな場所での八年は重みが違う。
「グロリアさん。明日の予定は?」
「休息日だ。私は午後から出かける」
「俺もついていきます」
「危険だ。ここで大人しくしていろ」
「でもっ。グロリアさんの強さをこの目で間近で見てみたいんです」
「私はあまり強くないぞ」
「え?」
ハントは言葉に詰まった。
強くない? 八年も危険区域と呼ばれる森にいるのに、どういうことだ? 謙遜か?
彼女は意味を考え始めるハントを見て、ニッと笑う。
「宿題を出そうか。ハント、強さとはなんだ?」
「強さとは…」
「一晩考えることだな。焦るな。ハント。まだ修業は始まったばかりだ」
強さ? そんなこと決まっている。腕力が強いとか魔力が強いとかそういった類のものだ。身近な例でいうと、エレナがまさにそれだ。強いとは彼女のことをいう。
掃除をし終え、部屋を後にした。お風呂に入り、寝る。あまり疲れていないので眠れない。
エレナ、今頃どうしてるかな? 彼女のことだから寂しがっていないだろうか? …いや、案外平気かもしれない。団長を任されるほどの精神力の持ち主だ。たかが男一人、いなくなったところでどうということはないだろう。ただ、ちょっと心配なので手紙でも書くか…。いや、それだと俺がいかにも寂しがってるみたいじゃないか。一年という制約を設けてくれたのは彼女だ。一年は待てるということで、それぐらいは耐えられるということだろう。はは…バカだな、俺は。くよくよして、寂しがっているのは俺のほうだ。こんなことじゃ、先が思いやられる。
ハントはいつの間にか寝落ちしていた。
◆◆◆
「ぬがあっ!」
どすんっ!
エレナは壁を頭に打ちつけていた。そこは地下であり、夕食の時間が終わったところだった。そばにいたサリーはジト目で彼女を見ている。
「なんなのあなたは? 読書妨害しないでちょうだい」
「うぐぐぐぐぐぐ…くぅ~…」
力なく、よれよれと床に倒れ込む団長。その姿はとても部下に見せられるものではなかった。
「はあ…。ハントがいなくなって、禁断症状? あんな男、どこにでもいるでしょう?」
「黙れ…。お前になにがわかる…」
充血した目で、ベッドの上のサリーをにらみつけるエレナ。
「その野獣のような目、ハントに見せてあげたらいいわ。驚くことでしょう」
「え? ハントがいるのか!? どこだ?」
「…バカね」
「くっ! 騙したのかお前!」
「落ち着きなさい。あの子は大丈夫よ。たぶん」
「たぶんじゃダメなんだ! もしものことがハントにあったら…ああ! 夜も眠れない! ううっ。く、苦しい…」
「あなたから言ったんでしょう? 一年待つって」
「休日、書かれた住所に会いに行こうと思っていたのだ。そしたらハントのやつ、嘘を書いて…。くっ!」
「…嘘を書いて正解ね」
「なにか言ったか!」
「なにも…。ほんと、ハント早く帰ってきてくれないかしら。そうじゃないと…ひょっとしたら…」
エレナから発せられる聖なる魔力が弱まっている。そのことをサリーは気づいていた。
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