第19話 シャークの弟子グロリア

 魔物から助けてくれた美女。年は二十代だろうか、すらっとした体格で、身長はハントより少し高かった。彼女はパーカーを羽織り、長ズボン。手には金属製の杖を持っている。赤い髪は後ろで結ばれており、目つきは鋭い。肌は日に焼けているので、小麦色だった。

「お前…村のものか?」

「あ、いや…」

 立ち上がり、パッパと砂を軽く払った。まずはお礼だと「助けてくれてありがとうございます」と言う。彼女の表情は厳しいままだった。

「あなたがグロリアさんですか?」

「そうだが」

「俺、ハントっていいます。騎士団に所属してました」

「騎士団?」

「盾術を駆使して戦う国の兵士です」

「ああ。それで?」

「あなたはシャークの弟子だと聞き、会いにきました」

「こんなところまで、危ないことをするやつだ…。しかし、お前からはかすかにだが、同じオーラがするな」

「え?」

 オーラ。…サリーも同じことを言ってたな。

「森の凶悪な魔物たちも、通常ならここまで来ないのだが…。ふむ。なにか訳ありのようだ。話を聞いてやろう。その前に食料を調達していいか?」

「どうぞ」

 グロリアはリュックに食料を詰め込み、岩の傍に座った。やや離れたところにハントも座る。

「お前、もしかして闇属性か?」

「…そうです。ってことはグロリアさんも?」

「ああ。闇属性は災いをもたらす。魔物に襲われたのも運が悪かったわけではないだろう。君はそういう運命なんだ」

「そんな…」

 いきなり運命だと諦めるわけにはいかず、食い下がる。

「グロリアさんは、ちゃんとこの森で生き残ってるわけですよね?」

「師匠の教えを守ってきたからな」

「シャークさん…でしたか」

「ああ。本では豪傑でタフなことを書かれているが、それは嘘だ。実際は少食で痩せていた」

「え? 本当ですか?」

「嘘を言ってどうする?」

「いや、そうですよね。あはは…」

 ギロリと睨まれると、元が怒っているような顔なので怖い。

「その教えとやらは、教えてもらいたいのですが…」

「…なるほど。ここに来た理由は、それか」

「…はい。でも、グロリアさんがいることは知りませんでした。知ったのは村人に聞いたからです」

「私がいなかったらどうするつもりだった?」

「シャークさんみたいに、森で暮らしてみようかなと」

「バカなことを…」

「あ、やっぱりそうですか?」

「自殺行為だ。誰も止めなかったのか?」

「行先は伝えなかったので…」

「そうか…。その鎧、魔装具だな?」

「あ、はい。魔法発動できる防具です。ただ、それを扱えることはできませんでした」

「それを使うようになりたいと?」

「はい。そのためには普通の訓練では無理だと思いました」

「体内魔力の限界を高めていく…。やり方によっては、ここは最高のトレーニング場所かもしれないな」

「本当ですか?」

「ただし、一つ間違えれば死ぬ」

「…死」

 ゾクッと背筋が寒くなった。

「それでも、やる覚悟がお前にあるか?」

 重要な決断だった。生か死。このまま去り、平凡な日常を過ごしながら、エレナと一緒に生活を過ごす。幸せな日々…に思える。そもそも、死ぬ危険性を冒してまで、自分は強くなって、エレナに認めてもらいたいのだろうか? そんなことをしなくっても、いい。人には適性がある。結果として、自分には騎士の適性がなかった。できないことをしようとしている、そんなことをしても、適性のあるやつらに敵うのか? 敵わないだろう。だったら…。

 …いや、違うな。そもそも勝てなかったらしないのか? 勉強のほうが大事だからと好きな趣味はしないのか? それはおかしいだろう。前提として、じゃあ勝てることっていったいなんなんだ? 必ず成功できること? そんなもの、ない。この道を選択すればあなたは一生幸せに暮らせます、そんな神のお告げはない。あったとしても味気なくて選択しないだろう。それが人間ってやつだ。老舗の料理店の跡継ぎになることを嫌がるようなものかもしれない。正解も、成功する保証もわからない。だったら、今、どうしたいか、だ。今、どうしたいか…これが重要だ。

「…やります!」

「わかった…ついてこい」

 グロリアは立ち上がり、森のほうへと歩き出す。カラスの鳴き声が聞こえ、不気味さを漂わすその先に、ハントもついていった。

 彼女は森の中を進んでいく。彼女の持っている杖、そこに取り付けられた鈴がシャンシャンと鳴っていた。まるでそれはクマ避けのように作用しているのだろうか、魔物や動物の姿は見えない。うっすらと暗くなってき始めた。湖が見えたかと思うと、すぐそばに家がある。

「入れ」

「し、失礼します」

 木とアロマの香りが漂ってきた。スイッチを押したのか、照明が部屋を照らす。キッチンがあり、寝室があり、お風呂場がある。すぐそばにテーブルがあり、寝室からイスを持ってきたグロリア。いつの間にかパーカーを脱いでいて、下の長ズボンも脱いでいた。小麦色の肌をさらすようなTシャツ、そしてショートパンツ。部屋着はかなりラフで、胸の膨らみに視線がいってしまう。

 エレナもでかいが、グロリアもそうとうでかい…などという予測をしてしまうハントがいた。二人向き合うように座ると小さなテーブルなので、彼女との距離は近い。

「その暑苦しい鎧を脱いだらどうだ? 安心しろ。家を破壊してまで、魔物は入ってこない」

 彼女の言う通り、鎧を脱いでイスに座りなおした。漆黒の鎧は壁に立てかける。

「残念ながら、お前が暮らすスペースはここにない」

「はい…」

「ただ、玄関口で寝転がることぐらいは許そう」

「あ、ありがとうございます」

 喜んでいいんだよな? いや、当然だろ。外は魔物の巣だ。今だって、近くで魔物が歩き回っている。そんなところで寝るとか、エサになるようなものだ。

「その代わり、掃除をしろ。私の部屋とか含めて全部だ」

「はいっ」

 なんか団長モードのエレナと似てるな。

「お前、名前は?」

「あ、ハントです」

「ハント、料理はできるか?」

「できません」

「なんだ。使えないやつだな」

 ぐふっ。…エレナより、きつい言い方かもしれない。

「それで本題だが。これからやる修行はかなりハードなものになるだろう」

「はい」

 グロリアは目を細めた。

「まずは鎧術を使うための体内魔力を高める。エネルギーがなければ話にならない。そのためには…」

「そのためには?」

 ゴクリッと生唾を飲みこんだ。

「食事の改善だ」

「…え?」

 ハントはきょとんとした表情をした。

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