第15話 エレナVSカーチス
次に目が覚めたときは治療室だった。
目を開けると天井が見えた。上体を起こすと、白衣にメガネの女性がそばにいた。彼女は確かメディックで、名前は確かシーラ、だったか。
「目が覚めたようね」
「…ここは?」
「エレナさんがすごい形相でね、君を担いでやってきたから驚いたよ」
「そうですか…。俺は倒れたんですね」
ダメ、だったか。
自分の才能のなさにがっかりした。
「漆黒の鎧、か。闇の魔法の起動は、多くの魔力量を要する。あなたは許容量を超えて消費したため、一時的に気絶したのよ。大丈夫、半日で元気になるわ。今、魔力を体に供給しているから」
左右の手首に腕輪のような装置が巻かれていた。そこから線が伸び、機械へとつながっている。これが魔力供給装置か。
「シーナさん。体内の魔力を上げるにはどうすればいいですか?」
「負荷をかければ、上げることは可能よ」
「負荷というと、今回みたいな?」
「そうよ。気絶まではいかなくてもいい、ギリギリのラインでいいわ。でも、やめておいたほうがいい。こんなこと続けられないでしょう?」
「じゃあ俺は…魔法発動すらできないってこと、ですか?」
シーラは無言だった。それは肯定を意味していた。
わずかな可能性、その入り口にすら入れない自分がいて、しばらくボーっとしていた。
「ハントくん。とにかく今日は休みなさい。寝れば心も体もすっきりするわ」
「わかりました…」
ハントは力なく答えた。昼にエレナがやってきて、彼の様子をシーラに聞いた。大丈夫だと聞くと、彼女はホッと安堵のため息をもらした。
「ハント。無理をさせてすまない」
「いや、団長のせいじゃないです。俺が無理を承知で、勝手にやったことで…」
ベッド近くのイスに座り、心配そうに見つめるエレナ。シーラはその様子を眺めて、気を使う。
「私、お邪魔かしら?」
「え!? い、いやっ! 私はただ、部下の様子を見にきただけのこと。これで失礼するっ!」
ダダダダッバタンッとエレナは恥ずかしがりながら去っていった。クスっとシーラは笑う。
「もしかして付き合ってるの?」
「いえ。それはまだ…」
「まだ?」
「あっ。いや、違います! そういう意味ではなくってですね…」
「ははあ。いいねえ。ういういしくって」
シーラは縁がないのか、自嘲ぎみに笑みを浮かべた。
「シーラさん。俺、盾術も鎧術も使えないんです。どうすればいいですか?」
「どうすれば、ね」
彼女は少しの間、視線を上げ、なにを言おうと考える素振りを見せた。
「どうすればいいですか? なんて聞く人って、たいていなにも考えてないのよね」
「あ…。すみません」
「困ってるのはわかるんだけど、正直、私にはわからないわ。ある程度、決められたことならわかるけど、ハントくん。君の問題は個人的なものだからね。きつい言い方になるけど、自分で考えて答えを探さなきゃ」
「…そうですね。わかりました」
「がんばれ。傷はまだ浅いぞ。少年。あ、青年か」
励ましてくれる、その気持ちはありがたく受け取った。
昼過ぎに体調は回復し、治療室を後にした。気絶した問題は単純なものだ。魔力が足りなかった。逆を言うと、魔力の消費量が大きかった。だから上げればいい、という単純なものでさえ、ハントにはどうすればいいかわからなかった。他のみんなが同じように悩んでいるときは、解決した人に話を聞いたりすればいいのでわかる。しかし、今回のことはハントだけの問題だ。広場に戻り、エレナに話をした。
「シーラさんから、今日は休めと言われました」
「そうか…。わかった。寮に戻って休め」
部下を気遣うような表情の彼女に別れを告げ、寮の部屋に戻る。休むといっても暇だ。暇つぶしができるものなどなにもないし、仲間たちは訓練の最中、ジッとしていられない。焦っていてもダメだとわかっていても、休めないのだからしょうがない。ハントは私服に着替え、一人、騎士団区域を離れて街に行った。
昼の街は、平日にも関わらず人が多かった。ここで暇つぶしをするわけではなく、目的は図書館だ。闇の騎士シャーク。エレナから聞いたその人物の本がここにあるか調べる。先人の知恵を借りるためだ。そこで働く人に聞くも、「知らない」と言われた。ならばと自分でそれらしい本を探すしかないと、それに没頭。あまり読書はしないので、文字を追うのはつらい。だが、今は少しでも手掛かりが欲しかった。
騎士の歴史という本があった。その中に、闇属性の騎士について触れられている箇所を見つけた。
これだっ。
はやる気持ちを抑えつつ、読んでいく。シャークという人物の名前も出てきた。彼のおおざっぱな過去が書かれている。家は貧乏で、幼い頃から山に籠っていたようだ。色々な魔物が住んでいるとされる魔樹海の森に彼は五年ほど一人で住んでいたらしい。たくましい筋肉を持ち、強靭な精神力を持っていたこと。闇属性の強さは災いをもたらすとされ、嫌われていたことなどだ。ただ、彼のプロフィールに興味はなかった。問題は鎧術をどうやって使いこなしてきたのか、ということだ。そのプロセスは書かれていなかった。
「ダメだっ」
時刻はすでに夕方だった。結局、ほとんど進展がなく、ハントは図書館を後にした。
ああ…どうすれば…。
それからの日々、問題の解決にとりかかった。主に図書館で調べものをしたり、クロスやルッカに話を聞いたりした。だが、やはりダメだった。時間を無駄にしているようで、イライラが募る。クロスたちにもその心情が伝わるが、普段と変わらぬ態度で接してくれる。昼食時間、わいわいがやがやしながら、主にルッカが話をし、クロスがツッコミを入れていた。いつものお昼が終わりかけていた。エレナは会議があるとかで早めに抜けた。ハントとサリー、二人きりになる。
「ずいぶんと苦しんでいるようね」
「ああ…」
「みんな、あなたに気を使っているのがよくわかるわ。話題に触れないようにしてる」
「みんなには申し訳ないと思う…。だけど、どうすればいいのかわからないんだ」
「一つ、私からの提案があるわ」
「なんだそれは? 教えてくれ」
わらにもすがる思いで聞いた。同じ闇属性として、なにかヒントがもらえるのだろうと期待が高まる。
「今までやったことがないことをやりなさい」
「今まで…やったことがないこと?」
「新しいことをするってこと」
「新しいことなら、やってるよ」
そんなことか、と内心思いながら言った。
「どんなこと?」
「図書館に行って、闇の騎士に関する本を調べたり、他の人に話を聞いたりした。でも、わからなかった」
「そう。他には?」
「他には…別になにも…」
「それじゃあ変わらないのかもね」
「どういうことだ?」
「ここでの新しいことっていうのは、もっと大きな変化のこと。根幹を揺るがすほどのダイナミックな動き。あなたがやっているのは、小さな動き。とてもとても、小さな動き」
「大きな変化? それってつまり?」
「そこから先はあなたで考えなさい」
サリーにそう言われ、ハントはわけがわからないと首を傾げた。
結局、最近やっていることは盾を持った走り込みだ。気絶した日以来、鎧は身につけてすらいない。正直怖い。鎧術と呼ばれる魔法を使う気にもなれなかった。そんな中、カーチスとエレナが対決することを耳にした。団長はエレナだが、どちらが上か決闘しようとカーチスが持ちかけてきて、彼女がそれに応えたようだ。騎士団の仲間たちの話題はそれだった。中にはこっそりと賭けをしているやつもいた。裏では、カーチスが勝ったら、エレナに告白するとかしないとか、そんな噂まで耳に入った。
その対決はすぐに行われることになる。場所はAクラスの広場だった。Bクラスの連中も観戦しにやってきた。訓練は一時中断。盾を持つエレナと、カーチス。お互いが向き合う。そばにノロがいた。
「どっちが勝つんだろうね」
「わからない。でも…」
エレナに勝ってほしい。そう願った。彼女は聖騎士の称号を持つ、最強の騎士だ。負けるとは考えにくい。だが、勝負は時の運だ。やってみないとわからない。
ルールはどちらかが降参するまで続く。
「それじゃあ始めようか」
「お手柔らかに頼むぜ」
両者、盾を構えた。無精髭の筋肉おじさんとクール美少女の戦いが始まる。
先に動いたのはカーチスだった。
「むんっ!」
防御円を作り出し、大きな体を覆う。次にエレナも防御円で防御を固めた。こうして見ると、彼女のほうは金色に近い色をしていて、彼のほうはやや水色がかっていた。これは属性によるものだろうか。
カーチスは攻へと姿を変化させる。何本もの光の剣が出来たかと思うと、バババババッと発射された。それを防いでいくエレナ。防御円に刺さっていき、本体に傷どころか触れもしていない。それを察知したのか、光の剣を大きな斧へと変化。それが射出され、クルクルと弧を描いていき、防御円に刺さった。が、やはり体には及ばない。
「あっぶないわね。もし、貫通してたらやばかったんじゃ」
「いや、団長のことだ。ぎりぎり防げると読んだんだろう」
クロスとルッカ、二人は解説役のように言った。
「なるほど。二重防御円か」
カーチスは眉をピクリと動かしてつぶやく。
二重…。一時的に防御円を重ね合わせ、強化したのか。いつの間に…。
「カーチス。まさか、さっきのが本気か?」
「ふっ。そんなわけないでしょう」
煽りのように聞こえるエレンの言葉に、カーチスは本気を出すようだ。オーラが彼を包み込み、そのオーラが強くなる。肌にびしびしと伝わってくる、その男の魔力。
彼の手には水色に光る斧が作られた。両手だ。先ほどの斧とは違い、パワーを帯びている。オリジナルの具現化魔法武器。形を変化させるのは攻だが、さらにその上の具、という段階だろう。具現化の具。斧は実際の武器として扱えるようになる。リーチは短くなる欠点はあるが、その分、パワーは増す。具を扱えるようになると近接攻撃ができるようになる。普通の武器より格段に軽いので、近づけば断然有利になる。
「行くぜっ!」
地面を蹴り、飛び出した。近づけさせることをエレナが許すはずは…と思っていたが、あっさりと彼に距離を詰められる。
「はあっ!」
太い腕が振るわれ、ガキッ! と防御円に斧の刃が当たる。ピシッとヒビが入ったのが遠目でもわかった。
「エレナ団長が押されている?」
負けるな、エレナ。頑張れ。
思わず肩に力が入る。魔法武器による連続攻撃により、ヒビはどんどん亀裂が入っていき、やがて、限界がきたのか、バリンッ! と音を立てて一部が損壊した。
ああっ!
もう見ていられない、と思い目を背けたくなった。しかし、攻撃の手を緩めたのはカーチスだった。
「ちっ」
距離を置いて、様子を見る。
どうしたんだ? なぜ攻撃を続けなかった?
「破壊したと思ったら、さらに防御円があったからだろうな」
「さっきの二重防御円ってこと?」
「ああ。それでこれ以上やっても疲れるだけだと悟って、距離を置いたんだ。それに、ほら見てみろ。すぐに壊されたところが修復される」
「じゃあ、攻撃しても攻撃しても無駄ってこと?」
「団長の完全なる防御円。これを突破できるものはそうそういない。そして…」
クロス。お前、エレナのことが好きでもあり、ファンでもあったのか。そのネーミングセンスはいいが。
「行くぞ。カーチス」
エレナがついに動き出した。防御円が形を変え、大きな蛇となった。それが彼の巨体にまとわりつく。一瞬のうちに拘束され、身動き一つとれなくなった。魔力体を変化させる攻の一種だろうが、思い通りに動かすのは容易ではないはずだ。
「団長のホワイトスネーク。これにつかまって逃げられるやつはいない」
かっこいい技名、そして、圧倒的な守り、そして強さを兼ね備えた団長は、カーチスに近づいた。彼はふっと力を抜き、苦笑い。
「負けました。降参だ」
「「「おおっ!」」」
団長のかっこよさだけが光った一戦だった。あえて相手の攻撃を受けて、実力を確かめる余裕を見せた後、疲れを見せたところで一気に攻撃をしかける。見事だった。見ているハントも惚れ惚れするようなぐらい、だ。
これが聖騎士エレナか…。まったくもって別次元だとハントは思い知らされた。それと同時に、こうも思った。
やっぱり、俺にはエレナとくっつく資格はない。
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