第13話 あきらめない心

「待たせたな」

 エレナがトイレから戻ってきた。三人は騎士団区域に戻り、サリーが地下へと戻された。彼女は読書に集中する姿を確認した後、鉄のドアは閉められる。暗い廊下、そこでハントとエレナは向き合った。彼女は優し気な瞳を向けてくる。

「ハント、これからどうする? 暇?」

「ちょっと考えたいことがあるんだ。一人にしてもらえるか?」

「…わかった。でも、思い詰めないで」

「ああ。わかってるよ」

 時間が解決してくれるのか、わからない。ただ、エレナとイチャついている場合ではないなというのはわかっていた。彼女は残念そうな表情を浮かべたあと、口を開く。

「じゃあ、私はさっそく漆黒の鎧について調べるよ。報告は後日になるわ」

「ありがとう。でも、エレナ。無理しなくていいから」

「無理って?」

「いや。他に仕事があるんだったら、俺のことは後に回してくれていいから…」

 ペレットに言われたことを気にして、ハントはそう伝えた。しかし、エレナは首を横に振る。

「ハントのことは第一優先だよ。国王の命令よりも、ね」

 それはさすがにまずいんじゃないか? そう言ってくれるのはうれしいけど。

「重荷になっているようだったら、そう言ってくれ。俺一人で頑張るから」

「…ハント。誰かになにか言われた?」

 ギクッと肩を揺らす。

「いや…別に…」

「私はハントに協力したいから協力してるの。それが迷惑ならやめるけど」

「い、いやいや。全然迷惑じゃないっ。むしろ本当に助かってるんだ」

 聖騎士の顔が曇ったので、慌ててフォローする。

「だからこそ、その…仕事に支障をきたしてるんじゃないかって心配で…」

「そうなんだ。ありがと。でも、大丈夫よ。私、昔からタフだから」

 知ってる。

 かけっこでも腕づもうでも、剣のけいこでも常に一番だったしな。

 心配…か。でもそれに気づいたのは、ペレットに言われたからだ。だから、そこまで気が回らなかったってのが本当のところなんだがな。言われてから初めて気づくなんて、俺はバカだ。

「じゃあ、行くね。また、明日」

「ああ。また明日…」

 ハントは彼女の姿が見えなくなるまで待ってから、歩き出した。あまり、二人が近くで歩く姿をさらすのは良くないからだ。それと…彼女の横を歩くのにふさわしくないと思っている自分がいるからだった。

 くよくよしててもしょうがない。夕飯前だったので少し時間がある。食堂にはおばちゃんたちが夕食の準備をしていた。その手前の部屋は談笑するような小部屋で、そこに見知った顔があったので声をかける。それはクロスだった。彼はコーヒーを飲んでいた。

「よお。ハント」

「クロス…」

「なんか元気ないな。お前。まあ、座れよ」

 そう促されてイスに座る。ひんやりと冷たいパイプイスだった。机を挟んで向かい側に座るクロスの表情はいつも通りだ。エレナに恋人がいるとわかってショックを受けているかと思いきや、ケロっとしているので、たいしたやつだと思う。

「珍しいな。ハントがここに来るなんて」

「クロスは結構ここに来るのか?」

「たまにな。コーヒーが安いから」

 そういや、ここの食堂はコーヒーやジュースも売ってるんだっけ。

「お前、どこに行ってたんだ? まさか、また街か?」

「ああ。ちょっとな…」

「結構動き回る余裕があるんだな。訓練は厳しいが、その様子だったら安心だな」

 彼には防御魔法が使えないことに苦戦していることは言ってない。良い機会だと伝えることにした。

「そうか…。闇属性優位だったのか」

「なんで入団試験にその項目を追加してくれなかったんだろうな?」

「闇属性はマレだからな。それに程度というものがある。今までそういったことはなかったんだろう」

「運が悪かったってことか…」

「なに言ってやがる」

 ハッとクロスは笑った。

「エレナ団長が傍にいるのに運が悪い? そりゃないだろ、ハント。あんな美人に教えてもらって、気に入ってもらえてるなんて、なかなかないぞ? もしかしたら一生で一番、幸運なことかもしれないぜ?」

「はは…。確かにそうかもな」

 声のでかさに圧倒される。

 そりゃあお前の好きな人だもんな。

「まあ、闇属性の件に関しては残念だったな。ただ、人生、困難はつきものだ。俺の恋路と同じでな」

「あ、団長には恋人が…」

「わかってる。でもな、俺はあきらめない」

「え?」

 真剣な眼差しの彼がいた。

 あきらめないって、マジか、こいつ。

「言っておくが、ストーカーになるとかそういうんじゃないからな?」

「お、おお…」

「その恋人ってのがどんなやつか知らんが…。結婚してないってことはまだチャンスがある。そうだろ?」

「まあ、そうだな。でも…厳しいんじゃないか?」

「いや、あきらめない。俺はこれからも団長にアピールを続ける」

「クロス…。お前、そこまで…」

「一目ぼれってやつだ。ハント。もしかして、ライバルは近くにいるかもな。例えば、お前とか」

「え!?」

「なんてな。冗談だよ。でも、誰がライバルであろうと俺はあきらめないぜ。可能性はゼロじゃない。一パーセントでもあるなら…そう、決めたんだ」

 ドキッとさせてくれる。

 もし、俺が逆の立場だったらあきらめてるのに、こいつは違う。たいした精神力だ。しかし、ただこだわっていて周りが見えていないだけかもしれない。それでも、ハントは少しだけ勇気をもらった。クロスの恋路と比べたら、俺の騎士への道のりはいばらの道ってわけじゃない。問題が出て、すぐに解決できないからといって、あきらめてしまおうかなどと考えるのはよそう。もう少しあがいてみよう。そんな気持ちになった。

「ありがとう。クロス」

「え? なんだそりゃ?」

「いや、なんでもない。ちょっとな」

 彼は首を傾げていて、わけがわからんやつだという顔をしていた。

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