第12話 騎士を選んだ理由

 ハントはショックを受けていたが、このまま広場にいてもしかたがないと図書館へと戻った。戻ってみると、エレナがサリーの横で読書をしていた。二人とも静かなので熱中しているのだろう。

「団長。今、戻りました」

「ひゃ!」

 驚きの声をあげる彼女。いったいなにを読んでいたのか気になるところだ。

「ハントか。びっくりさせるな」

「すみません」

「で、どうだった?」

「ダメでした。三件回りましたが、どこも…」

「そうか。まあ、気を落とすな。すぐには見つからんさ」

 ハントが暗い顔をしているのを気遣ってか、彼女は言ってくれた。今は漆黒の鎧がなかったことよりも、ペレットに言われたことがきつかったのだが、そのことは伝えなくていいだろう。告げ口みたいでカッコ悪いし、これは俺の問題だ。

「そろそろお昼だな。どこかで昼食でもとるか。サリー」

「…しょうがないわね」

 仕方なくといった様子で立ち上がった。サリーは三冊の本を借り、エレナは一冊の本を借りる。広場の近くは立地がいいのか、やたら値段が高い店が並んでいる。そのため、あまり人通りの少ない、少し寂れたところの店に入った。前回はこそこそしていたが、こうして堂々としていられるのは楽だ。

 三人はそれぞれ昼食を注文。エレナはサラダ中心で肉は少な目の料理で、コーヒーをつけた。サリーはここぞとばかり甘ったるいプリンやフルーツパフェなどを頼む。ハントはうどんにした。

「ハント。うどんだけか?」

「はい。ちょっと…」

 食欲がなく、あまり喉が通らない。対して、サリーは元気そうに甘いものを堪能していた。通常、閉じ込められていたら、外に出たいとか悩みをいっぱい抱えていそうなものだ。それが彼女からは感じられない。なにごとにも例外はあるということか。

「漆黒の鎧が売ってないとなると、私のほうで調べてみよう。知り合いの商人が何人かいるからな」

「お願いします」

「うむ。それにしても鎧術か。使いこなせたらハント、お前は上に行けるかもな」

「上…」

「ああ。私と同じ立場ということだ。いずれそうなってほしいのだが…」

 期待しているのだろう。確かに同じ立場ならば、付き合うとなった場合、つり合いがとれる。俺も納得して告白できるのかもしれない。

 サリーはペロリと一番乗りで食べ終わったあと、メロンクリームソーダのコップを空にした。ふう…と至福の表情を浮かべている。

「エレナ。ハントとイチャイチャしないのね。人前だから?」

「…なにを言っている。お前」

 若干笑っているサリーとクールを崩さないエレナ。

「そのことはトップシークレットだぞ。他の人に喋ったら、許さん」

「ああ。怖い怖い。ハント~。助けて~」

「貴様っ!」

 動揺したのか、エレナはガタっとイスに足がぶつかった。

 コントのようなやり取りが展開されているところ申し訳ないが、今は苦笑いぐらいしか返せない自分がいた。ため息も何度か自然に出てしまう。

 ああ…。もっと俺に自信があったら、エレナに告白して喜ばせてあげることもできたのに…。それができない自分が悔しい。なによりペレットに言われたことがきつすぎる。あんな単刀直入にズバッと切りつけてくるやつだったなんて…。

「ちょっとトイレに行ってくる。ハント、こいつを見張ってくれ」

 コーヒーを飲んだせいか、彼女はトイレのほうへと歩き出した。

「ごゆっくり」

 サリーはテーブルを挟んで目の前にいた。こうして真正面で向き合うことはなく、ちょっと恥ずかしい。

「食べないの? うどん」

「あ、ああ。食べるよ。あと汁だけだし」

 ズズズ…と温い汁を流し込む。

 俺と同じ、闇の属性を持つ女子。女の子という雰囲気ではないが、そこは置いておいて。

「今のうちに隠れたら、エレナさん、驚くかな? ねえ、ハントさん」

「…隠れ場所はすぐに伝えるよ」

「面白くないわねえ」

 子供っぽい。しかし、どこか大人の雰囲気を漂わせる彼女。両親はどうしたのだろうか? 離れ離れになって、普通は悲しむはずだが。

「サリーさんは悲しくないのか?」

「悲しい?」

「あ、いや…。ちょっと気になって…」

 なに聞いてんだ、俺。

「両親のこと?」

「ああ」

「ハントさんは悲しいの?」

「ちょっとね。でも、だいぶ慣れてきたよ」

「私は両親に捨てられた身だからね。顔も見たくない存在なのだけど」

「そ、そうなのか…。ごめん。変なこと言って」

「大丈夫よ。でも、両親からしたら、不幸が起こるようなやつと一緒には住めないわよねえ」

「そのことについて思ったんだけど、別に不幸なことなんて起きてないじゃないか。デタラメなんじゃないか?」

「そうだといいけど。でも、今は近くに騎士団長様がいらっしゃるからじゃない?」

「中和…か」

 闇のサリーと聖のエレナ。二人がそばにいるので、うまく釣り合いがとれているということか。

「悲しかったことと言えば、両親に捨てられたことよりも悲しかったことはあったわ」

「それは、なに?」

 そんなこと以上の苦しみがあったというのか?

 ハントは思いつかなかった。

「誰にも認めてもらえなかったってこと」

「認めて、もらえない…」

「そう。まるでそこに私がいないかのように、人々は私の前を通り過ぎていく。そんな体験をして、惨めで、悲しくなったわ」

「そんなことが…」

「でも、今は違う。自由はあまりないけど、別に私、アウトドアじゃないからね。本読めれば十分。あとは少しだけ国の研究を助けてあげればそれでいいんだから、楽よ」

「意外ですね」

「私を捕らわれの姫様みたいに思った?」

 クスクスと微笑む彼女。

「いや…。まあ、最初は」

「残念でした。それにね。私がしくしくと悲しみに暮れてたところで現実はなにも変わらない。物語だと馬に乗った王子様が助けにくるのかもしれないけどね」

「サリーさんもじゃあ、小さい頃は…」

「そりゃもう荒れてたわよ。荒波にもまれてたわ。人殺しを何度も考えたぐらいにね」

「人殺し…。そこまで…」

「そりゃそうよ。だって、生まれつき周りに不幸をまきちらすなんて、嫌われるために生まれてきたものよ。今は…昔よりは安定してる。自分から選んだ仕事だから納得してるし」

「え?」

「なに意外そうな目してるの? 私みたいなやつが生き残れる手段って限られてるわ。その辺りの店の店員にすらなれないわよ。私」

 周りを不幸にする店員…。確かに、自分が店主だったら関わりたくない。

 自分が選んだ仕事、か。俺はなんで騎士を選んだんだろう?

 すぐには思いつかない。確固たるものなど存在しない。なんとなく流されて、というのが本音だ。すぐ身近にエレナがいて、昔からすごく強くて、男子相手に負けることはなかった。そんな彼女が騎士を目指す。その頃は女が騎士になることなんて考えられなかった。周りからはやめておけとか、女なんだから務まるわけないとか言われていたと記憶している。それでも自分が決めた道を曲げず、騎士になって活躍した。ドラゴンが街に向かっているという情報を聞き、そのドラゴンを倒したのがエレナだ。その活躍が認められ、若くして聖騎士の称号を授かった。その話は故郷に届き…その頃からか、自分も騎士になろうとしたのは。

 エレナがいてくれたから騎士になった。もし、彼女がいなかったら、騎士になろうとはしてなかっただろう。田舎で母の手伝いをしながら、細々と暮らしていたに違いない。逆に考えたらその通りの覚悟しかないということだ。別に騎士じゃなくてもいいじゃないか、そんな声が心の中で囁く。その囁きを無視したい自分と、受け入れてもいいんじゃないかという自分がいた。

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