21-6
「おう市村、中川路だ。今、時間大丈夫か」
『うん、大丈夫だよ。ごめんね、出るの遅くなっちゃって。電話がデスクに埋もれてたものだから』
「ああ、いいよ別に。ちょっと聞きたいことがあってな」
塩野の表情が強張っている。言葉の一音、呼吸に至るまで聞き取ろうとしているのだ。
「お前さ、何日か前に取材受けただろ? でさ、その時に来た相田さんって覚えてるか」
『うーん……あいだ、さん?』
「来たろ、ご夫婦で。ルポライターとカメラマンの」
間が空く。電話の向こう側で考えている気配がする。
『取材……取材ねえ……ちょっと事務の人に聞かないと分かんないかも』
「いや、バカ言うなって。お前、直に取材受けたろうが。名前覚えてないのはまあ、市村ならある話かもしれないけどさ」
『え、なんで』
「市村が写ってる写真があるんだよ。その写真撮った人が相田さん。もう一人いただろ、お前にインタビューした人。その相田さん夫婦について、何でも良いから聞きたいんだ」
さらに間が空く。塩野が口を手で塞いだ体勢のまま眉根を寄せる。彼の鋭い表情に目澤が気付き、肩に手を置く。
「本当に何でも良いんだ、どんな様子だったかとか、何喋ったとか、何でも」
市村は無言のままである。中川路はそんな反応にも慣れているらしく、じっと待った。だが、塩野の顔は険しくなる一方だ。覆った掌の内側で小さく「なんで」と漏らすように呟く。
全員が、息を詰めて市村の言葉を待った。中川路と相田は縋るような思いで。目澤と網屋は焦りにも似た感情で。そして塩野は、己の中に渦巻くものを処理しきれないまま。
『……相田さんって、中川路の知り合い?』
ようやく発せられた市村の言葉に、中川路は食いつく。
「まあ、そうなるかな。厳密には相田さんのご家族にお世話になってるんだけど」
『そっか……じゃあ……』
息を吸うのが分かる。塩野の視線が遠い向こう側を射抜くように鋭さを増す。
『バレちゃったかな』
ぽつりと零れた市村の言葉、その意味が咄嗟に理解できず、中川路は返す言葉を失った。
塩野が口を塞ぐ手に力を込める。飛び出しそうになった声を阻止するために。
『いつかバレるとは思ってたんだけどね。隠し通すのも無理な話だよね』
「……市村、何の話だ、それは」
『中川路こそとぼけちゃ駄目だよ、知ってるから電話かけてきたんでしょう? 相田さん夫婦を殺したのは、私だよ』
あまりにもあっさりと、まるで当たり前のように言い放つ市村。その場に居た全員が息を詰まらせる。市村の話す内容がまるで理解できない。
『おかしいな、取材に関するものは全部消したと思ったんだけど。写真ってどこに残ってたの? カメラもスマホもノートパソコンも、ちゃんとチェックしたのに……他の人にも二重三重にチェックしてもらわないとやっぱ駄目だねぇ』
「……殺し、た、ってお前、一体」
『あんまりにも情報に肉薄しすぎてたんで、咄嗟に。すごいよね、DPSに関することだけならともかく、キャンディのことまで調べてくるなんて思わなかったんだもの。普通のルポライターさんがそこまで調べるとか、本当にびっくりした』
市村にとってはごく普通の話題であるかのようだ。声には怒りも、恐れも、哀しみも含まれていない。
ただ一人、塩野は気付く。キャンディの作用だ。すべての感情を覆い尽くし、強烈な多幸感に包み込んでしまうあの薬物。恐怖も痛みもひれ伏す程の圧倒的な力。塗り潰されてしまうのだ、その、何もかもを許容するような安心感に。
『まあ、DPSのことを調べてた時点でなんとかしなきゃとは思ってたんだけど。だってそうでしょ、知ってる人間、関わった人間は一人残らず、って決めて今まで頑張ってきたんだから』
「何だ、一人残らずって」
『……あれ? 気付いてなかったの? ……まあいいか。隠し続けるって結構神経使うからね、いい機会だからスッキリさせちゃおう。今までDPSメンバーを殺してきたのも、私だよ』
鈍器で頭を殴られたような衝撃を、中川路は感じた。本当にそうであったら良かったのに。いっそ、そのまま意識を手放してしまうことができたら良かったのに。殴られたような衝撃が体を突き抜けていって、あとに残るのは抜け殻ばかり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます