18-5
交差点を右折、南下して警察署方面へと進路を取る。ごく単調な道を、安全運転で。街の明かりがやたらと眩しく思えて、目を細める。
「あのう」
どうしても聞きたいことがあって、相田は恐る恐る尋ねた。
「追っかけてきた人達、生きて、ますかね」
自分であれだけのことをやっておいて、どの口がそれを言うか。しかし、やはりいい気分ではなかったのだ。
「大丈夫だ、生きているだろう」
確信に満ちて言い切ったのは目澤だ。
「相田君、かなり気を使って誘導していたからな。四台ともダメージは車体に行ってる。そりゃあまあ、ムチウチくらいにはなっているだろうが」
「目澤っちは交通事故に関しちゃうるさいからね。信用していいよ、相田君」
目澤に指摘されたことは事実だ。可能な限り、運転席に直接ダメージが行かないよう調整したつもりである。外傷は避けられないだろうが、そこはまあ仕方ない。
相田にとって恐ろしかったのはそこだ。自ら命を積極的に奪いにゆく、それに等しい行為をやってのけた。結果としての命のやり取りではない。
……これほどまでに怖ろしいものであったとは。
ざらりとした感触があった。二度と触れたくはない。本当のことを言ってしまえば、手は震えていた。力一杯ハンドルを握っていたから分からなかっただけだ。
先輩はいつも、こんな怖い思いをしているのだろうか。それとも慣れてしまったのだろうか。何とも思わないのだろうか。いや、先輩のことだ、何とも思わないというのはなさそうだ。
だが、だとしたら、この重圧と恐怖感の真っ只中に居続けているのか。過去の悲しさごと背負って、こんな泥沼の中にいるのか。
「コンビニにでも寄って、飲み物でも買おうか。相田君も、何か腹に入れるものとかさ」
中川路がそう言ってくれたので、相田は呪縛から逃れることができた。思考の海にはまって抜け出せなくなるところだった。
「小腹、空きました。おにぎりでも買っとこうかな」
なんとか乗り切るだけ乗り切ったのだ、今は単純にその安堵感を享受したい。ようやく相田は笑うことができ、指から力が抜けた。
塩野から押し付けられた巨大インスタント焼きそばと、中川路が選んだいくつものおにぎりと、目澤がこれも食えとカゴに突っ込んだ大量のサラダ。それら全てをコンビニの袋にぎっちりと詰めて、相田の車はようやく自宅へと辿り着いた。もちろん、三人の医師達を彼等の自宅へ送り届けた後だ。
駐車場、というにはやはり無理がある空き地に車を停める。隣室の前にはもう黒い四輪駆動車が停めてあって、網屋が帰ってきていることを指し示していた。
運転席から降りて、網屋の部屋を窺う。もう寝てしまっただろうか。まだ起きていたなら、あれを聞いてみようか。
しかし相田はインターホンを鳴らさなかった。網屋には、せめて今日だけは、そんなことで気を煩わせたくない。何のために自力で乗り切ったのか分からなくなってしまうではないか。
自室の鍵をそっと回して、相田はこう思う。
聞くのが怖いんだ。覗きこんではならない深淵に目を向けてしまいそうで、怖いんだ。
だが、こうも思う。
その淵に網屋が立ち尽くしているのなら、せめて、彼の名を呼んで、手を差し伸べたいと。
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