11-2

 笑ってごまかせそうな雰囲気ではない。目を逸らしたがもう遅い。


「あー、ええと、こ、顧客の情報はプライバシー侵害になりますので、そこんとこは勘弁して下さい」

「いいですよ。概要さえ分かれば私は」

「……あれ、こんな会話、俺、先月もやった」


 先月、という言葉に椿が反応する。


「相田ですか」

「理解が早くて助かりますゥ」


 上目遣いにちらりと椿の顔を盗み見て、どう足掻いてもはぐらかせそうにないことを悟る。


「んーと……えーと、どこから……んー、えっとですね、自分、荒事を生業にしておりまして」

「うん」

「雇い主がその、色々と、危険な目に合うものですから、それの警護というか対策をやっておりまして」

「はい」

「で、手が足りないので、相田に足をお願いしている次第でありまして」

「ふむ」

「で、先日の事態に陥ったわけであります……以上です」


 自分でも酷くざっくりした説明だな、と思うが、簡略化するとこうとしか言えないのだから仕方がない。しかし、これで納得させられるのかどうか。

 コーヒーを啜る事が出来るだけの間があって、それから、浴びせかけられる質問。


「報道に全く出てこないんですが、どういうことなんですか」

「相手方が、その、情報操作してるようで。ハイ」

「私のバイク、塗装してあるんですよ。一発で足なんて付きそうなもんじゃないですか」

「俺が日本に帰ってきてから二ヶ月は経つけど、その間ずっと報道に載ったことは無いです。こちら側からもフォローできる態勢になってるので大丈夫。……ってか、やっぱり塗装してあったんだ。塗ったのってやっぱ佐伯さん?」

「佐伯です。勝手にやられました。まあ赤いから良し」


 赤ければ良いのか? と突っ込みを入れそうになったが寸前で堪える網屋。


「……網屋さんは、ヤクザってわけじゃないですよね」

「ヤクザじゃないですね」

「ならいいや」

「あっさり?!」


 椿の顔はもうすっかり晴れやかなものになっていて、網屋は状況が飲み込めずにいた。


「いや、ヤクザだったら嫌だなぁと思ってて。そうじゃないなら問題無いです」

「待って待って待って、ヤクザじゃないけど、でも」

「デモもクソもヘッタクレもない。私が納得したからそれで終わり。あと敬語いらないです、タメ口で結構。さんもいらない、呼びつけで結構」

「ええぇ」


 カウンターの中に置いてある、背もたれのない椅子を引っ張ってきて腰掛けると、椿は小さく息をついた。網屋を真正面から見据える。


「相田がね、ずっと前からよく話をしてたんですよ、網屋さんのこと。俺が世話になってた人だ、恩人なんだって。その人がもし極道か何かで、相田の事を一方的に利用してるんだったらどうしてくれようと考えていたわけで」

「どうされちゃったんだろ俺!」

「まあ、相田をどうこうしようってんじゃ無さそうだから。むしろ、保護者に見えます」


 網屋はへらりと笑って、コーヒーに視線を落とす。黒い水面に映る情けない男の顔。


「俺は、そうだなぁ……ただ、兄貴風吹かせたいだけなんだと思うよ。保護者だなんてそんな偉そうなもんじゃないし、相田のことだって、一方的に利用してるんだと思う」

「利用しようと考えてる人は、自分から申告なんてしませんよ」

「そうかな」

「そうです。そういうものです」


 網屋からすれば、椿の方が余程保護者に見えるのだ。しみじみと良い友を持ったものだと、兄貴風を吹かせている立場から思う。

 相田は、非常に危うい所を綱渡りしているように見える。お人好しで、頼まれると断れず、どこかで己を押さえ込んでいる。レースという発散の場を失って久しいが、果たして彼は大丈夫なのか。

 相田の周辺を見ていると、その懸念は無用であったのだと思えるのだ。自分の出番などは無い、と。


「相田はさ、本当にいい友達に恵まれて良かったよ」

「そうですかね? 私なんて、すぐ怒るわ無理矢理サークルに勧誘するわで、かなり酷い人間ですよ」

「いや、アイツにはそれくらいが丁度いいでしょ。つうか、無理矢理だったんだ?」

「問答無用でしたよ。聞いてませんか?」

「いやぁ……サークル楽しいワーイ、くらいしか聞いてない。どんな内容なのかも最近知ったばかりで」

「そっか、てっきり話してるものだとばかり」


 顎に手を当ててしばし考えると椿は「うーん」と一言、少し目を逸らした。その後すぐに「ま、いいか」とまたもや己の中で結論を出して、網屋に向き直る。


「今のうちに、話しておきますね。相田がうちのサークルに来た理由」


 それを話そうとする椿の顔は真剣そのもので、網屋はやはり変に緊張してコーヒーカップをそっと置いたのだった。


「よろしくお願いします」

「お願いされました」

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