10-6

 塩野が男達から銃を没収し、中川路の車から取り出したガムテープで手足を拘束する。没収した銃は網屋が全て弾倉を外し、チャンバー内の銃弾も取り出してしまった。


「さて、と。誰から話を聞こうかな」


 塩野が無傷の二名を交互に見ながら問う。毎度おなじみの射るような視線が飛んできて、塩野は苦笑いした。


「まあ、素直に言う訳がないよね。だってヤクザだもんね」

「お前、どうして」

「どーしてもこーしても無いよ。だって、指詰めてる人いるもん。しかもご丁寧に代紋までつけてるじゃない? それで分からない方がどうかしてるって」


 芋虫のように地面に転がるヤクザ四人を見下ろして、塩野は笑みを絶やさない。最初に口を開いた男に狙いを定め、塩野は『解体』を始めた。



 相田は車から降りると、バイクへと歩み寄る。見覚えのある、いや、それどころではない、明確に誰だか分かるバイクの持ち主。


「おい椿、何で……」


 そこまで言いかけたが、タンデムシートからよろよろと降りる網屋を見て黙る。網屋はどうにかこうにか降りると、一歩踏み出し、力無く地面に崩れ落ちた。

 震える両手でヘルメットを脱ぐと、絞り出した言葉はたった一言。


「……こわかった……!」


 バイクに跨ったままヘルメットを脱いだ椿の方は、当然だがケロッとしている。


「バ、バイクって、あんなに、あんなに怖かったっけ?」

「すげえ先輩、なんか生まれたての子鹿みたいになってる」


 恐怖からなのか、それとも体を固定するため足に力を入れ続けていたからなのか、網屋はうまく立ち上がることができないでいた。よろけつつも相田の肩を借りてなんとか立ち上がったのを見届けると椿は、


「じゃ、私、帰ります」


 と言い放つ。長い髪を器用にまとめてヘルメットを被ると、そのままバイクは走り去ってしまった。呆然と見送る網屋。


「行っちゃった……」

「アイツはそういう奴なんです。後で言っておきますから。ってか何で先輩が椿のバイクにニケツしてたんですか!」

「いや、その、えっと、成り行き?」

「……はいィ?」


 相田に対してヘラヘラと笑い返すことしかできず、網屋は力無くうなだれた。


「あのさ、レーサー稼業の人ってみんなああなの? お前も含めてさぁー」

「ああ、って何すか。つうか、椿みたいなバケモンと一緒にせんで下さい」

「いや、一緒だって同じだって。スイッチ入ると超怖いし、肝が据わりまくって何事にも動じないし、走ることしか考えないし」

「アイツだけですよそんなの! 俺そんなに酷くない」

「いやいやいや、同じだって! 絶対同じだって!」



 相田と網屋が随分と不毛な問答を繰り広げている間に、塩野の『解体』は完了していた。

 無傷の二名のうち片方は、目に見えぬ何かに怯え、泣きながら許しを乞うている。もう片方も泣いてはいたが、虚空を見つめ声も上げずに涙を流すばかりだ。


 そんな彼等の前を、塩野は腕組みしたままウロウロと歩き回っている。


「うーん……うーん、困った」

「組長とやら、か?」

「うん。多分、知ってる人。ヤの付くジャンルの人じゃないんだけどなー。乗っ取ったのかな」

「ヤクザの組を?」

「うん。入り込みさえすれば簡単だろうし。問題はさ、ヤクザになって何をするつもりなのか。あと、かなりの情報を持ってると思う」


 歩みを止め、盛大に溜息をつき、両手で頭を掻きむしる。


「だってその人、僕の大学の先輩だもん」

「うわっ、塩野の同業者か!」

「だからヤバイんだって。調べをつけたら、こっちから乗り込んでいかないとダメかも」


 掻きむしりながら、「うぇぁぁぁあー」などと妙なうめき声を上げて、またウロウロと歩き出す。


「大学時代、ってのが一番嫌だなぁ。嫌だなぁー」


 今度はふう、と小さく息を吐き出し、「仕方ないか」と呟く。泣き続ける二人の元へ歩み寄ると、塩野はしゃがみ込んで何かを囁き始めた。


「俺の方も調べられるだけ調べておく。何日か時間をくれ」


 相手から没収したスマートフォンをいじりながら中川路が言う。連絡先やメールアドレス、拾い上げられる情報は片っ端から回収してしまう。


「こいつらはどうする? 警察にでも拾ってもらおうか」

「この人達は帰ってもらう。地雷を仕込んだから」

「分かった」


 簡潔に返事をして、目澤がガムテープの拘束を解き始める。自由の身になったというのに、彼等は抵抗もしなければ反論もしない。

 そんな彼等に、塩野は小さい子供を相手にするような口調で語りかけた。


「さあ、おうちへお帰り。ちゃんと迎えに来てもらうんだよ?」

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