27 時間の代償
「おい、フィオル! しっかりしろ、魔王!」
「……?」
演劇部で鍛え上げた発声で、しかもかなりの音量で呼ぶが、フィオルの反応は乏しい。
階段を駆け上がり、今度はフィオルの身体をゆすってみる。
「フィオル、聞こえるか! フィオル!!」
「……ぃ、と、さま?」
ようやく声を発したが、その目は未だ焦点が合っていない。というか、身体全体にどうやら力が入っていないらしく、ゆすった途端にバランスを崩してしまった。
咄嗟に俺が支えたところで、ようやく目線が俺に定まり始める。
「……こ、こは……」
「玉座の間だ。おい、大丈夫か?!」
「……は、ぃ……」
手を握ってみるが、力が入っていない。
いや、力が入れられない?
「わ、たし……?」
「その様子だと、何でここにいるのかも分かっていないようだな。くそ、どうなってんだ」
「……すみ、ま、せん……」
フィオルは意図せず俺にもたれかかる。少し衝撃があって、力が入らない故に思わず吐息が零れた。
呂律は回っていないし、身体に力が入っていない。その割に思考はちゃんと働いているようだな。少しだけ混乱しているが、状況を理解しようと視線をあちこちに動かしている。
適当ではなく、窓、天井、床など、しっかりと視線を定めた上でここがどこかを確かめているようだ。
俺が玉座の間と言った時には、まだ視線が定まっていなかったし、確かめるのは当然か。
「地震があった事は覚えているか?」
「じ、しん……? いぇ、分かりま、せんが、だから……駆けつけて、くれたのですね……」
「もう一度聞くぞ。何があった?」
「……分かりません。でも、さっきよりは、具合が良い、と、思います……」
「そうか。じゃあもう1つ聞く。今この城には兵がほとんどいない。この城を守る分の兵さえも、だ。何か知っているか?」
「そんな……っ、う……」
ムリヤリ動いたせいで立ちくらみを起こしたらしい。フィオルは一瞬跳ね起きたが、またすぐに力が抜けてしまった。
……。
俺達の常識で考えるなら、睡眠薬とか、麻酔とかを盛られた。もしくはその類の効力を発揮する魔法をかけられた。
あとは、フィオル地震が何かの病気に掛かっているとか。ただ、これはどうも違うように思える。
フィオルはついさっきまで完全に意識を失っていた。反応が無かったし。目は虚ろだったし。だが、服装がきちんとしすぎているのだ。
どこかで問題は起こったらしいが、今日も今日とてこの町は平和だった。地震が起きるまでは。
フィオルは人前に出ることはほとんど無いが、だからこそ正装でいる時間も極端に短い。
初日こそ正装で俺達と接していたが、夜に偶然出会ってからというもの、自分が普段着ている服で接してくれている。
そしてこの一ヶ月、正装でいたのは何と俺達が召喚されて彼女に出会った初日だけ。
何と、来客の際は漆黒のドレスでは無いのだ。
この城と同じで真っ白なドレス。フリル控えめな、ウェディングドレスに見えなくもないデザインのドレスなのである。
どうやら黒という色は、この世界でも喪服の意味合いが強いらしい。
そして喪服以外の意味合いだと、戦闘服なのだそうだ。
戦闘狂とかその辺が好む色で、言わずもがな、戦闘種族であるブラック種に由来する。
どうりで強そうな冒険者が、俺を異様に避けていると思った。
ともかく、ルディの言っていた問題とやらをフィオルは知らないようだし、彼女がこの正装を身に着けている事は少しおかしな事態になっているという証拠だ。
今現在何が起こっているのか、それは俺には分からない。だが、少なくとも地震と同じかそれ以上の規模で『何か』が起きるぞ……!
警戒しつつ、フィオルの様子を見守る。何度も言うが俺は回復魔法が苦手なのだ。いつかは覚えたいが、ハルカさんがいて覚える必要性を感じなかった。とはいえ今すぐに覚えることは不可能で、俺には見守る程度の事しか出来なかったのだ。
幸い、俺が来てから1時間ほど経ったが、味方も含めて誰も来ていない。
だからこそ確信する。
色々な意味で『異常』が起きている、と。
「―― スイト君!」
「! ハルカさん」
ハルカさん達が来た。という事は、広場の方はどうにかなったらしいな。
息切れは激しいが、その顔は満足げ。ただし油断はしていないといった表情だ。
良い傾向である。
「フィオル、ハルカさんが来た。一応見てもらえ」
「もう大丈夫なのですが……」
「ケガしたの? 見せて!」
「い、いえ。あれはケガではないと言いますか。大丈夫です」
「まだ残っているかもしれないだろ。ハルカさん、毒消しとか状態異常回復の魔法は覚えたか?」
「え? うん、一応……って、まさかフィオルちゃんが?!」
「30分前まで立ち上がるのがちょっと辛そうだったからな。見ておいてくれ」
今は歩くのが辛い状態まで回復している、というところだ。座っている分にはマシなようだが、どうにも身体が言う事を聞かないらしい。
彼女の「大丈夫」は、その多くが「大丈夫じゃない」なのである。
「で、ですが、今は大丈夫で――」
「分かったよスイト君! フィオルちゃん、これはね、問答無用で不測の事態、だから!」
「――……はい。ありがとう、ございます」
一度立ちかけたが、ハルカさんの熱意に負けたらしい。渋々といった様子だが、フィオルは玉座に大人しく座り込み、ハルカさんが魔法を使う。
何の魔法を使ったのかは分からないが、その手元が光りだした。
やはり、異常事態である。
「先生」
「ええ、実に都合の良い展開ですね」
先生も、俺と同じことを考えていたらしいな。
回復魔法は、仮病なんかに使うと魔力の消費も無く不発に終わるのだ。光ったという事は解毒魔法だろうが、不調の原因を探る魔法だろうが、少なくとも身体に異変が起きているサインなのである。
とはいえ、結果が出るまでは勝手に決め付けてはならない。ここは大人しく見守るだけだな。
急いては事を仕損じる。
ここは先生と談義をして、この確信が本当に合っているのかを確かめよう。
「ルディ君。君はフィオル様の元へ来なかったのですか?」
「……はい。陛下は無事だと言われ、城内の者を優先して救助するように、と命令されました」
「それは誰からだ?」
「この国と陛下を支える『六大臣』の方からです。お顔は拝見できませんでしたが、お声からして『法』の大臣かと」
法の大臣。法律管理をしている奴ってことか。
「その人とどこで会いましたか?」
「軍の方が利用している寝所です。地震が起こってすぐ、僕が陛下の元に向かおうとした際にお会いしましたが……今考えると、妙なタイミングでした」
この城は広い。他の城を見た事は無いが、とにかく広い。この一ヶ月で気付いたが、この城は中が【空間拡張】によって見た目以上に広く、階数が多い。
で、この玉座の間だが……ルディの言う軍人の寝所からかなり離れており、どれだけ急いでも、30分は掛かってしまうのだ。そもそも軍人の寝所は城本体とは別の建物で、一度必ず外の渡り廊下を通らなければ城に入ることが出来ない。
しかもこの城内では【空間拡張】を多用している弊害で、転移魔法が使えないらしいのだ。平均的に大人4人分の魔力全てを使って、人1人を3メートル離れた地点に送るのがやっとなのだそう。それは不便といいますか、ムダと言いますか。歩いて移動する方が何倍も楽である。
ルディが大臣と会ったのはルディが寝所を出る時。
地震発生ですぐに動いたのだから、城からやって来た大臣がフィオルの無事を確認してからやってきたのでは、必然的にルディとは入れ違いとなる。
つまり……。
「兄ちゃん分かったぞ! その大臣とやらはおかしいのだな!」
「ぜぇ。お兄ちゃん……ふぅ、それは……全員……分かって、いるぞー……ふへぇ」
クラナ先輩にお姫様抱っこをされながら、瀕死のマキナがフォロー。そういや、マキナは体力が少なすぎて、体育では見学させられている事が多かった。
本人がどれだけ努力しようとしても、いいこうに体力が増えない体質なのだそうだ。
それはそうと、先輩の言ったとおりその『法』の大臣とやらは怪しい。ルディも地震で慌てた1人だろうし、違和感を後に回したのだろうな。
結果的に大事には至らなかったが、自分の判断がフィオルの異変に気付くのを遅れさせてしまったのだ。とても落ち込んでいて、ウサミミも垂れ下がっている。
「クラナ先輩が言ったとおり、その大臣さんはフィオルの不調に何か関わっているだろうな。ハルカさん、どうだ?」
「う、うん。魔法に反応アリ。毒物だね。効果はそれほど長く続かないみたい。致死性は無しかな。でも、即効性で記憶の混濁を引き起こす……? かなり強力だよ」
「毒、か。状況的に誰かに盛られたかな、こりゃ」
「話の流れ的に、大臣さんかな。あ、毒性は抜いたけど、記憶の混濁とかは治せないみたい。ごめん、フィオルちゃん」
「いえ。動けるだけでも僥倖です。ありがとう、ハルカ様」
「もー、呼び捨てで良いのに」
「あ……そう、でしたね。ありがとう、ハルカ」
フィオルとハルカさんは、この1ヶ月で相当仲良くなったらしい。それでもフィオルから敬語は抜けなかったのだが、今回の事で一気に距離が縮まったかな。
ようやく頬を緩ませたフィオルに、俺は胸を撫で下ろした。
何よりルディが安堵していて、床に膝を付くという漫画で見たことのあるリアクションをしていた。
ひとまずは安心だな。
「さて。ちょっとは落ち着いたようだし、例の大臣とやらを探しますか」
「いえ、これ以上お手を煩わせるわけには……」
「けどなー。兵士はほぼ全員いないだろー? 僕達に任せろー」
「……、お願い、します」
悔しそうに小さな手を握り締めるフィオル。緩んでいた頬が一気に硬くなってしまったが、悔しがることなど無いのだ。
これは、俺達が自らやろうとしている事。
だから俺は跪き、片膝を立て、フィオルが握り締めた手を取った。
「フィオル。いや、女王陛下。これは貴方に対する俺達なりの恩返しで、つまりは自主的な奉仕活動。貴方が、俺達が願うなら戦争から遠ざける、と言った事を忘れていません。それは、俺達が自主的に参加するなら止めはしないという事でしょう? これはたしかに戦争じゃない。ですが、戦争不参加でそこら辺へ放り出すような事を貴方はしなかった。有差は召喚されて、今正に貴方の脅威となろうとしているのに。俺達は貴方に恩を返したい。俺達で出来る事を、します」
普段は対等な立場の相手として口調を崩している俺が、急に改まった姿勢で改まった口調で話している。フィオルは相当驚いていて、それは仲間も同じだった。
最初から友達的な接し方だったからな。この1ヶ月全く礼儀を知らない若造みたいな態度だったから、みんなの目が丸くなっている。
普段俺達の感情を手に取るように把握している先生も、だ。
だが、ハルカさんが我に返って、俺の隣で俺と同じポーズを取ると、他の4名も続いて跪く。まあ、階段だからちょっと厳しいけど。
そして、肝心のフィオルだが。
「――……」
最初は驚いて放心していたようだが、徐々に表情を引き締める。固めるのではなく引き締めて、俺達6人を見つめた。
そして。
「ハルカ、私を蝕んでいた毒の特徴を、ルディに教えておいてください」
「あ、ハイ!」
「皆様、お手を煩わせることをお詫び申し上げます。その上で、協力をお願いいたします」
「当然です、陛下。先程申し上げたとおり、俺達は貴方に恩を返したい」
「……ありがとうございます、スイト様。大臣を探し出すことは決定事項ですが、今は地震について、ですね。少々お待ちを。
【 我に万物の声を 】 『アクセルサイト』!」
ふわり、と、服の裾が風になびくように動く。
だが、ここは屋内。窓は締め切っているし、扉は半開きとはいえ相当離れている。
それは魔力。
目の前の女王から発せられた、強大で無尽蔵な力の一端。
柔らかく、優しく、温かな風が部屋に満ち、やがて外にも広がっていく。
―― 無属性魔法:アクセルサイト。広範囲の地形や人のいる場所を感知する魔法。魔法と言うよりも、ただ魔力を広範囲に薄く放つだけの属性が無い魔法だ。
冒険者なら誰もが使えるような基本的な魔法だが、それは広範囲と言ってもせいぜい半径10メートルから20メートルが限界。持続時間も保って2分が限界である。俺も使えるし、賢者であるが故に他の人より魔力が多いから範囲も持続時間も軽く2倍以上はいけるけどな。
しかし、フィオルは魔王だ。
そんな一般論も、賢者のチートも軽く跳ね除ける。
範囲は自身を中心とした半径10キロ。城下町も、駅も、全て飲み込む広さである。
「―― なるほど」
持続時間は1分。ただし、魔力切れではなくそれ以上保つ必要が無いからこその停止。
魔力枯渇時に見られる息切れが見られず、やせ我慢による汗も出ていない。完全に余裕のある表情でもって、魔王は事態を把握した。
その表情に焦りは見えないが、難しい顔ではあった。
何とも複雑な表情である。
「どうやら、来客のようです」
「来客、と言いますと?」
「皆様は、チカテツを利用して下へと降りましたよね。その際、このアヴァロニアの首都が、別名世界樹の化石とも呼ばれる岩の上にある事を知ったはずです」
「ええ、まあ」
「チカテツは万人が利用できる公共施設ですが、そもそもこれが作られる前、外部からの食料や衣服など、公益による物資は別の方法で運ばれていました。有翼の者達に運んでもらうか、もしくは『迷宮』を突破するしかありませんでした」
「迷宮って、ダンジョンって事だよね。モンスターがうじゃうじゃいて、倒したモンスターが一定時間ごとに復活するっていうやつだよね!」
ハルカさんの問いかけに、フィオルは頷く。
「概ねその通りです。ただモンスターがすぐに復活することはありませんが、それなりの繁殖録を持つモンスターばかりです。それ故に迷宮は脅威。その迷宮は、今も昔も世界樹の化石内部に存在しています」
「つー事は、だ。俺達の下に迷宮があるってぇのか?」
「お兄ちゃん、それは今から説明されると思うぞー」
「ええ。遥か古代、初代の魔王の頃からこの地に首都はあったようで、迷宮もまた存在していました。当時は戦乱の世であったがために、他種族が進入できないよう高い場所に住処を作り、また進入防止の為に迷宮を作ったようです。―― 今回は、利用させられているようですね」
ああ、歴史書に載っていたような気がする。
世界創世の頃。魔族を含めた五つの種族が、権力と領土をめぐって大戦を起こしたってあれだろ。結局、何者かの手によって世界が5つに分けられてしまったようだがな。
「本来は大量の、それもかなり強いモンスターがいるために、あえて通ろうとする者はいません。加えて、何階層もあるのです。真面目に攻略しようと考えれば、食料の問題がまず浮上しますね」
「えーと。その迷宮に何かあった、と?」
「はい。―― どうやら、一気に突破されたようです」
フィオルの言葉が終わった途端、再び地面が揺れた。
それも、さっきより随分と大きな揺れである。
「初めの一発は、迷宮の上層……。大まかに区分された5つの階層の内、4つめの層まで『穴』が穿たれた様子。そして第二撃で、よもやここまで届くとは」
揺れた瞬間に立っていられず、一瞬で回転した視界に気持ち悪さを覚える。どうにか堪えはしたが、もう少しで痴態をさらす半歩手前である。
物凄い揺れと音。
鼓膜を破るかのような轟音に襲われ、座ってもいられないほどの揺れに転がされる。
転がった際の打ち所が悪かったらしく、身体は揺れの収まりを感じ取っているのに視界がクルクルと回っている。
かろうじてハルカさんが側にいたので、それほど転げまわっていもいないようだ。
OK、目眩以外は何とも無いらしいな。
とりあえず、何が起こった?
俺は周囲を見渡す。
すると、球状に張られた結界の中にいる事と、その結界の周囲にだけ、白い瓦礫が見て取れた。
……。
見上げれば、空が青い。
は? 天井が無い?
結界の外に散らばる瓦礫は、一部外に落ちたらしい。
屋根らしき破片はほとんど見当たらず、壁や天井となっていたであろう白い瓦礫で埋まっていた。
あえてもう一度言わせてくれ。
……何が起こった?
「皆さん、ここにいてくださいね」
フィオルの声に意識が向く。やっと視界が回復して、ルディも含めた7名は地に伏せっていた。
しかしただ1人、フィオルだけは平然と立っていた。
結界を張る為に立ち上がったのだろうが、あの揺れで立ち上がれるものなのか?
いや、それはどうでも良い。何せ彼女は魔王なのだ。何が起こっても不思議ではない。
更に、彼女が何も言葉を発さずに宙に浮いても、最早驚くまい。
ただ。
その後の展開は予想していなかった。
結界の外側には、3メートル以上もある瓦礫が積まれている。フィオルはそんな高さをものともせず浮き上がって、詰まれた瓦礫の上へと舞い降りる。
幸いにも登りやすいように積もったらしく、俺やハルカさん達は瓦礫を伝いながら、フィオルとフィオルが言っていた『来客者』との会話を聞くことになる。
しかし、そこで悟った。
―― 俺達はこの一ヶ月の全てを、完全に無駄に過ごしていたのだ、と。
「私は魔王。魔族を統治する者。貴方とは違い、人族ではありません」
その台詞は、若干言葉遣いが違っていたが、聞き覚えがあった。
いや、見覚えと言った方が良いのか。
嫌な悪寒と汗が全身に流れ始める。
しかも、次の瞬間に聞こえてきた声に、俺は思い切り息を飲み込んだ。
何故なら。
「―― 俺ハ、勇者。魔王ヲ、倒ス、モノ」
タツキの声だったのだから。
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