第122話『王城での密談3』






◇◇◇◇◇




-ハルン公国王城-



「これは一体どういうことじゃっ!」



 王城の一室でハルンケア8世の怒声が響き渡っていた。

 なぜ、ハルンケア8世は激昂しているのか……。

 それはネイバーフッド伯爵から送られてきた書簡が理由だった。



『ヒョロイカの領地を訪問し、そこで反逆の疑いになる要素を必ず見つけて報告せよ』



 ハルンケア8世は、そう指示を出してネイバーフッド伯爵をニコルコに送り込んだ。


 それは『些細なことをこじつけてでも疑いがあると報告しろ』という意味合いだった。


 開拓され、資源が潤沢に発見されたニコルコが惜しくなったハルンケア8世は自らがけしかけたネイバーフッド伯爵の証言を取っ掛かりにしてニコルコへ立ち入り、ヒョロイカを反逆者に仕立て上げて領地と財産を没収しようと目論んでいたのだ。


 ところが――



「おのれネイバーフッド! 『問題なし』とはどうなっておる! これではヒョロイカから領地と財産を接収できぬではないか……」



 肝心のネイバーフッド伯爵からの書簡には、ハルンケア8世の望んだ報告は記されていなかったのである。

 怒りを露わにしながら書簡を破り捨てるハルンケア8世。

 待ち侘びていた企みの出鼻をくじかれた彼の苛立ちは相当なものだった。



「まったく、田舎の貧乏伯爵風情が陛下の意に背くなど何を考えているのでしょうか」


「もしや、ネイバーフッド伯は田舎者すぎて指示の真意を読み取れなかったのでは?」


「政治的駆け引きに疎い地方貴族なら意図を理解できなかったのは十分ありえる……」



 ネイバーフッド伯爵を貶しながら彼の行動に首を傾げる家臣一同。

 


 すると、


『フフフ……。ネイバーフッド伯爵がなぜ陛下の意思にそぐわない報告をしたのか。それは至って簡単なことですわ』


 フードを目深に被り、素顔を隠した女がどこからともなく現れた。


 ハルン公国の筆頭魔道士に名乗り出た謎の女である。


「お、おい! また貴様は! いつの間に入ってきた?」


「ここは限られた者だけしか入れぬよう言ってあるのだぞ!」


「ええい! 見張りの騎士は何をやっている……!」


 宰相や家臣たちは女の出現に慌てふためく。


 女にはこういう神出鬼没なところがあった。


「まあ、よいではないか。それより、その言い方、そちには見当がついておるのか?」


 苦言を呈する家臣たちを押し止め、女に意見を求めるハルンケア8世。


 女は未だ筆頭魔道士としての力があるのかを示している最中であったが、どうやらその過程でハルンケア8世からそれなりの信頼を得つつあるようだった。


『恐らく、ネイバーフッド伯爵は陛下ではなく勇者につくと決めたのでしょう。陛下と勇者を天秤にかけ、自分に利するのは後者と見なしたのです』


 女がそう言うと、



「フハハハッ、馬鹿なことを!」


「何を言い出すかと思えば!」


「王家と、勇者とはいえ冒険者上がりの辺境伯だぞ?」


「どちらに与するほうがいいかなど火を見るよりも明らかではないか」



 嘲り笑う宰相や家臣たち。

 ハルンケア8世も、



「うむ、まったくもって。余と比べてヒョロイカにつくなどありえぬことじゃ。ネイバーフッドは単に気が触れただけであろう! ククク、さすがのそちも専門外のことについては的を射た意見ができぬようじゃのう?」



『…………』



 ハルンケア8世や宰相らの反応に無言となる女。

 自分本位な考えでしか物事を測れない国のトップたちに何を思うのか……。

 その表情はローブに隠れて見えなかった。






「しかし、こうなるとまた新しく手頃な者を見繕わねばならんな……再び待つことになるとは実にまどろっこいことじゃ」


 ふさふさと蓄えられた髭を触りながらボヤくハルンケア8世。


 宰相に命じて次なる捨て駒を選別させようとしたその時、


「陛下、お待ち下さい」


 部屋にいた家臣の一人が手を挙げた。


「マリオネット侯爵か……どうしたのじゃ?」


「実は私にヒョロイカを貶める案がございます」


「ほう、それは一体……ん……?」


 ふと見ると、女がいつの間にかマリオネット侯爵の傍に移動していた。

 女の挙動に怪訝な表情を浮かべるハルンケア8世。


「陛下、今回の策には彼女にも協力してもらっておりまして……」


 マリオネット侯爵がハルンケア8世の心情を読んだように答える。


「なんじゃと? その者が……?」


 女が関わっていると聞いてハルンケア8世は強く興味を示した。


「実はすでにこちら側の準備は整えてあります。あとは陛下の許可を頂き、ほんの僅かばかり力を貸して下さればいつでも実行に移すことが可能です」


 ハルンケア8世はもう一度何者かを選んで訪問させるという手順に億劫さを感じていた。


 よって、いつでも実行できるというマリオネット侯爵の言葉はとても魅力的に聞こえた。


「マリオネット侯爵よ、力を貸せとは具体的に何を意味しておる?」


「はい、第十騎士団を動かす許可を頂きたいと思っております」


「第十騎士団……ふむ、そちはどう思う?」


 ハルンケア8世は宰相に視線を送った。


 悩んだら宰相に振るのがハルンケア8世のスタンスだった。


「第十騎士団は素行に問題のある騎士を隔離している肥溜めです。まあ、人間性に目をつむればそこそこ腕の立つ者はいますが……」


 かといって、第一騎士団ほど洗練された者が多くいるわけではない。


 宰相からすれば、機密にすべき重要な役目を任せられるような連中ではなかった。


「それでよいのです。半端に力のある愚か者たち。今回の作戦にうってつけの人材です!」


 マリオネット侯爵は難色を示す宰相に力説する。


 マリオネット侯爵の後方では女が意味深に微笑んでいた。





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