第78話『迷惑な客』





 トーマス氏のガチで美味かった料理を食べ終えて俺が帰ろうとすると、



 ドガンバターンッ!



 二階から激しい物音が響いてきた。


「なんの音だ?」


「も、申し訳ありません。実は数日前から泊まられているお客様でして……」


「問題のある客なのか?」


「朝から酒を飲んでは意識朦朧としたまま部屋で大声を出したりして暴れるんです。宿泊料は随分先まで払われているのですが……」


 ほう? 迷惑な客だが、長期滞在予定とは珍しいな。

 今のニコルコには長く留まる理由になるメインコンテンツはない。

 大抵の来訪者は他国を目指す通過地点として一泊していくだけ。


 くっ、温泉が見つかれば……。


 まだ見つからないの超悔しい。


「手に負えない客なら俺に相談してくれればよかったのに」


「領主様を煩わせるようなことではないと思いまして……。ですがエレオノール様には話を通してあるので本日の見回りで寄って頂けることになっています」


「エレンに?」


 あ、そうだった。

 エレンには裏切りが発覚して鉱山送りになった騎士団長の代わりに騎士団をまとめてもらっていたんだ。

 町の見回りとか、人の往来が増えてきたニコルコの治安維持活動は彼女が主導してやってくれてるんだよね。


 ただ、ニコルコの騎士団は基本的に地元育ちで暢気な田舎者と左遷で飛ばされてきた連中の集まり。


 練度も意識も低く、エレンは最前線の街を守っていたエアルドレッド家の精鋭騎士たちとの違いに戸惑っている感じがあった。


 スポーツのチームなどでもそうだが、ダレた空気が当たり前になってる集団を建て直すには一から基盤を作り上げるよりもさらなる根気とノウハウが必要になる。


 領地を発展させていくのなら騎士団もある程度しっかりしていないといけないが、今のニコルコには騎士団の雰囲気を覆せる力と経験のある指導者は不在だった。


 はあ、ウチの騎士団をちゃんとした組織に教育できる人間が欲しいなぁ。

 けど、そんな有能な人材がホイホイ見つかるわけないし。

 ブラッド氏に掛け合って誰かを寄越してもらうことを考えるべきか?






 やがてエレンが来た。


 銀色の美しい長髪をなびかせ、光り輝くホワイトシルバーの鎧を纏っての来店である。


「なんだヒロオカ殿、来ていたのか」


「エレン、見回りご苦労様。厄介な客の対処をするんだろう?」


「うむ、民の平和は我々貴族が守らねばならんからな!」


 やる気に満ちてますのう。


「具体的にどうするつもりなんだ?」


「悔い改めるようなら厳重注意で済ませる。抵抗するなら宿から強制退去させるか、牢屋にぶち込んで罰則を与えるつもりだ」


 宿の外には10人ほどの騎士が控えていた。

 え、あんな大人数が必要な相手なの?


「トーマス氏が大勢でかからねばならないほどの猛者だと強く言ってきてな? まあ、万が一の保険というやつだ」


「えっと、その、見たところ老齢ですが大柄で腕の立つ冒険者か傭兵のようでして……」


 トーマス氏がなぜかしどろもどろになりながら口を挟んできた。

 エレンの実力を疑ってるわけじゃないんですよというアピールだろうか。

 別にそんなんで不機嫌になったりしないよ?


 身内を侮ってるってブチ切れる貴族もいるのかな。



『酒だぁ! 酒がなくなったぞぉ! 持ってこォい! ワシを誰だと思っとる!』



 男のしゃがれた声が二階から聞こえてきた。

 おっ、これが迷惑客の声か。

 ドスドスドス! 大きくなる上階の音。新築の家を雑に扱うんじゃねぇ! 


 現代の引きこもりみたいなことしやがって!


「領主様、エレオノール様、ど、どうしましょうか?」


「ご主人と奥様は奥に下がっていてくれ。私が応対しよう。ヒロオカ殿も見ていてくれ」


「え? 俺も?」


 手伝おうと思ってたんだけど。

 ま、せっかくだしエレンの仕事ぶりを見せてもらおうかね。

 危なくなったら即介入するって方向で。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る