第66話『ゆるさんぞ!』





 翌朝。朝食の席では少しだけぎこちない空気が漂っていた。デルフィーヌは気まずそうに顔を伏せているし、エレンもシラっとした目で俺を見ている。ベルナデットは表情こそ変わっていないが、何となくぷくっと頬を膨らませているように感じた。


 むむう、これは昨晩の対応を間違えたか。


 ちょっと雑に片づけ過ぎたようだ。


「…………」カチャカチャ

「…………」カチャカチャ

「…………」カチャカチャ



 食器の音が大きく聞こえる……。



 …………。



 ええい、まどろっこしい! 

 


 それより今日の午前中は町の清掃だ。

 教会の子供やシスターたちとうんこを片付けるぞ!

 人生は切り替えが大事だ!


 俺はさっさと出かけることにした。

 帰ってきたら多少マシな空気になってるだろう……ことを願って。





「みなさん、ジロー様に栄光あれ……ですよ?」



「じろーさまにえいこうあれ!」

「じろーさまにえいこうあれ!」

「じろーさまのおもむくままに!」



 ベルナデットは今日も教会の子供たちに変な教育を行なっている。

 本気でやばそうだと思ったら止めよう……。




「じゃあ、お前ら、掃除始めるぞ!」



「「「「はぁーい!!!!」」」」



 子供たちの返事は元気一杯だった。

 うーん、和むね。





 浄化魔法をビシュビシュ放ちながら俺は汚物を消去していく。

 しかし、スキルが使えない子供たちはひとつずつ棒やスコップで拾い上げていた。



「じろーさま、ずるい」

「じろーさま、いんちき」

「じろーさま、はんそく」



 うはっ、文句が出る出るw

 悔しかったらスキルを覚えてこいよw

 神様に貰ってこいよw


 あ、そうじゃん。


 こいつらが魔法を覚えられるように魔法教室を領地でやるのはどうだろう?

 ちょうどデルフィーヌっていう優秀な魔導士もいることだし。

 あとで相談してみよ。


 その頃には機嫌が戻ってるといいなぁ……。

 拗れた原因の話もいずれしないといかんけど。



 というか、魔法に限らず領民が基本的な教育を受けられる場は必須だよな。

 やっぱり領民に最低限の教養がないと先の発展も難しいだろうし。

 俺が新たなビジョンを抱いていると、



「あ~どっこいしょお~」



 領民の一人が桶に入ったアレな中身をその辺にぶちまけた。


 ドバァ。ザバァ――ッ!


 ぷ~ん。


 おえっ、くっさ!


「このやろォ! 人が掃除してるトコに捨てんじゃねえ! しばくぞ!」


「な、なんだべさぁ~!?」



 清掃は続いていく――





 作業を進め、昼近くになった。

 そろそろ終わりにするか。

 あんまり拘束して教会でやってる日常的な雑事に支障が出たら申し訳ないからな。


「おーい、シスター」


「なんでしょうか」


「そろそろ掃除を……む、何事だ?」



 バタバタバタッ。



 騒がしい音が聞こえ、道の向こう側から逃げる猫と棒を持って走るおっさんが現れた。



「このノラめッ! 出ていけぇ――ッ!」


『フニャ――ァッ!』



 おっさんは怒鳴り声を上げ、棒を振り回しながら猫を追いかけている光景がそこにあった。

 なんということだ……ッ!



「あの野郎! ぬこをいじめやがって! ゆるさんぞ!」


「りょ、領主様ぁ!? どうされたんですか!?」



 シュババババッ!



 驚くシスターを置き去りに、俺はダッシュでおっさんの前に立ちはだかった。



「だべっ!? なんだぁ!?」


「俺の領地で猫をいじめるとは大した度胸してんじゃねえかコノヤローッ!」


「ぐえぇ、なんでぇ兄ちゃん! オラがなにしたってんでぇッ!?」


「しらばっくれるんじゃねえぇ――っ! おどれ猫を殴ろうとしとったろがぁ――っ!?」


「りょ、領主さまぁ~落ち着いてくださひ~ん。いったいどうしたんですかぁ~?」


 シスターが半泣きでおっさんを締め上げる俺の手に縋りついて止めてくる。

 離してくれ! こいつは許すわけにはいかないんだ!





 数分後。


「はぁはぁ……いきなり首を絞めるなんて酷い兄ちゃんだべよ」


「酷いことをしてたのはテメェだろうが!」


「オラは何もしてねぇ! 言いがかりはやめるべ!」


「んだと、この人でなし!」


 シスターが言うから解放してやったのになんだその態度は!


 ポカポカ。


 おっさんと俺は殴り合いになった。


「やれやれ、何の騒ぎですか? ヒョロイカ卿、いつまで遊んでいるんです?」


 ジャードが来た。

 そういや昼から会議をやるって決めてたっけ。

 遅いから呼びに来てくれたのかね。


「ジャード、ちょうどいいとこにきた。罪人ってどうやって裁くの? 処す? 処す?」


「……は? 罪人ですか?」


 ジャードは胡散臭そうに俺とおっさんを眺める。


「罪人の扱いは基本的に領主に一任されています。ヒョロイカ卿が命じれば死刑ですね」


「しっ、死刑だべ!?」


「死刑なんですか!?」


 おっさんとシスターが真っ青になった。

 俺も少し動揺した。

 マジで死刑にできるんかいな……。


 中世っぽい世界観だからそういうところは大雑把なのね。

 貴族が気に入らなければ平民など容易くプチプチできてしまう感じなのだ。

 仕方ない、俺の一存で決まるなら少し冷静になるか……。



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