第22話『ホットドッグ』


 さて、あとは打ち明けるタイミングだな。

 俺がそう考えていると、



「デルフィーヌ! デルフィーヌはおるか!?」



 冒険者ギルドの扉が勢いよく開け放たれ、鼻のでかい騎士風の男が入ってきた。


 男は成金のような趣味の悪いキンピカの鎧に身を包み、金色の髪を整髪料でガッチガチに固め、後方には付き人らしき武装した男たちを三人ほど同行させていた。


 あれは高貴な身分というやつだな。


 無骨な連中の集まる冒険者ギルドでは明らかに浮いた雰囲気を放っている。


「フ、フランク……」


 デルフィーヌが引き攣った顔をしていた。

 彼女の知り合いか? 


「おお、やっと見つけたぞ! デルフィーヌ! いつまでもこんなところにいないで王都に戻るぞ! そして、さっさと僕の愛人にならんか!」


 いきなりやって来た男は、わけのわからないことを言い出した。

 何? そういう関係なの?


「ならないわよっ! あたしはこれから魔王を倒しに行くんだから!」


 デルフィーヌは男を睨み付けて怒鳴った。

 あ、違うっぽい。


「いい加減にするんだ。勇者も伴わずに単独で魔王討伐などできるわけがあるまい。こうなってしまった以上、我々は大人しく他国の勇者が回ってくるのを待つしかないだろう? 他国に借りを作ることにはなるがな……」


「それじゃドランスフィールド家の再興ができないでしょ!」


 二人のやり取りを見て俺は気づいた。

 ああ、そうか。

 王がキレたのってそういうことも含めてなのか。


 自分のところだけ勇者召喚が失敗したから恥ずかしいとかより、他国の勇者に倒してもらわないといけなくなったことが問題だったのだ。


 外交のパワーバランスってやつ? 

 よその国に頼らざるを得ない状況というのは国の発言力を大きく落とすことになる。

 自分のところに軍事力がないといろいろ大変だよな。


 他人事じゃない国で育ってきたから何となく理解できる話だ。


「デルフィーヌよ……諦めて現実を見ろ。このままだとお前は奴隷になるしかないんだぞ? 僕の愛人になればそれなりの待遇で迎えてやる。お前の母親の身の安全もフルティエット家で保証しよう。賠償金だって、陛下に掛け合ってやってもいい」


 男はただでさえ大きい鼻を膨らませて言った。うわこいつ、アカンやつだ。鼻息荒いし。これぜってーエロいこと考えてるわ。

 男の俺でも気持ち悪いんだから、直接その欲望を向けられたデルフィーヌは比べ物にならないおぞましさを感じているだろう。

 俺はエレンの隣に寄って男に聞こえないよう、ひっそりと声をかけた。


「……おい、奴隷ってどういうことだ?」


「フィーが陛下と結んだ約定だ。他国の勇者に倒される前に魔王を討てれば恩赦を、不可能ならフィーは身分を奴隷に落として贖う、そう取り決めたのだ」


「滅茶苦茶だな……」


「家名の再興や賠償金の取り消しを条件にしているのだ。ある程度は仕方ないと思うが?」


「そういうもんかね」


 うーん、文化が違いすぎて。

 これ普通なんか?

 つか、デルフィーヌみたいな女の子が奴隷になったら絶対あれやこれやな感じなるだろ。


 これは見過ごせない。

 この場で話を聞いておいてよかった。

 取り返しのつかないことになる前に出会えたのは僥倖だった。


「どうせパーティメンバーも見つかっていないのだろう? お前の父親がやらかしたことを考えれば当然のことだがな!」


 男はグハハと下品に高笑いする。うーん、うぜえ。

 鼻もでかいし、ブッ飛ばしていいかな。


「パーティを組んでくれる人ならいるわ! あたしはこの人と魔王を倒しに行くんだからッ!」


 デルフィーヌは俺の腕を掴んでしがみつく。

 彼女の柔らかな質感と体温が触れてゲフンゲフン。

 ベルナデットが『ぬがぁ!』と唸った。


 頼む、ここは抑えてくれ。

 これ以上面倒な絡みを増やさんでくれ。

 アイコンタクトで意思疎通するとベルナデットはぐぬぬと引き下がってくれた。


 いい子やぁ。やはり俺の教育方針は間違っていなかった。


「……ほう、この男が?」


 男の視線が俺に移り、スケベな目つきから一転、冷徹に染まる。明らかに俺という存在を見下した目であった。


 というか、こいつ誰なんだよ。現れてから当然のようにしゃべり続けてるけど、デルフィーヌとどういう知り合いだよ。


 俺が口出しする筋合いはないかもしれないが、なんか言っておくか。舐められっぱなしじゃイニシアチブ取れんしな。


「おい、えーと。お前、ホットドッグ? だっけ? 悪いけど、彼女は俺と組むことになったから愛人にするのは諦めてくれ」


 男の名前はうろ覚えだったが、確かソーセージっぽい感じだったしあってるよな?

 あれ? エレンとデルフィーヌ、何でぎょっとしてんの? 

 男はやれやれと溜息を吐く。


 名前については何も言わないから間違ってなかったっぽい。


 よかった。


「デルフィーヌ……いくら誰も集まらなかったとはいえ、こんな愚かな平民を頼るとは。いいか、これは忠告だ。身体に傷を負って価値がなくなる前に手を引け。傷物は扱いが下がるぞ?」


 俺を無視してデルフィーヌをモノ扱い。

 大した性格してますわ。


「……あんたに何を言われようが、あたしは諦めないわ」


「わかった。なら、お前の目を覚ましてやるとしよう。今からこの男と僕が決闘を行なう。もし僕に勝てたら好きにするといい。負けたら……わかってるな?」


 いやいや、わかんねぇよ! 

 それ、こっちになんのメリットがあるのさ。

 俺たちがパーティを組むのにどうしてこいつの了承が必要なんだ? 


 俺は戦闘狂じゃない。意味のない喧嘩なんかしてられるか。


 さっさと断ってお引き取り願おう……と思ったのだが、


「えっ、決闘!? やめてよ!」


 おい、デルフィーヌさん。なんで不安そうなんだよ。

 俺が魔王幹部を倒したの知ってるはずだろ! 

 エレンもオロオロして俺と男を見ている。


 どうやら彼女たちの俺に対する信頼感に問題があるようだ。

 これは力を直接見せないと関係に支障がでそうだな……。

 俺は考えを改めた。


「わかった。決闘してやろうじゃん。俺が勝ったら二度と俺たちに付き纏うなよ?」


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