変わる心。

その日の少女は誰がどう見てもご機嫌だった。

気が付くと鼻歌を歌っているし、歩き方もピョコピョコと偶に跳ねている。

顔は常に笑顔だし、今なら滑って転んでも楽しそうだ。


原因・・・というか、理由は当然虎少年の事だ。

てっきり国元に帰ると思っていたら、まさかのご近所さんになった虎のお兄ちゃん。

屋敷に帰って来た後など、皆にその事を手をバタバタさせながら報告していた。


当然彼女が語った通り少女以外は全員知っていたのだが、そんな事はお構いなしだ。

完全に『嬉しい!』で頭が一杯になっていたので、その事が抜け落ちている少女である。

優しい住人達はそんな少女を微笑ましく見つめ、誰一人野暮な事を言う気は無い。


因みにその際一緒に虎少年も戻ってきていたりして、ちょっと照れ臭そうにしていた。

喜んでくれるとは信じていたけど、ここまで喜ばれるのは予想外だったらしい。

本人がそこに居るのになぜか少女が皆に報告する様子は、皆の生暖かい目を虎少年に向けられる場ともなっていた。


「良かったねー、喜ばれて」

「ええ、まあ、その、はい」


隣で彼女がニヤニヤとしながらそう言うと、恥ずかしそうに頬をかく虎少年、という感じだ。

少女と違いこっちは揶揄う声もあったが、単眼だけは本気で「良かったねぇ」と祝福していた。


ただ複眼の様子は揶揄い半分、自分も嬉しいよという気持ち半分という所だろうか。

虎少年も嬉しそうに礼を言っていたが、心にはどこか複雑な気持ちが残っている。

とはいえ少女がそんな事に気が付くはずもなく、嬉しそうに駆け戻って来た事でその場の空気は吹き飛んだ。


そんな驚きの一日のせいか、テンションが上がり過ぎたせいか、少女は夕食前に撥条が切れる。

偶々単眼の腕の中で眠ってしまったので、そのままベッドに連れていかれた。

翌朝目が覚めた少女は気が付くとベッドに居た為、昨日の事が夢かと思って慌ててしまったが。

嬉しすぎた落差なのかベッドの上で半泣きになってしまい、起こしに来た女を固まらせた。


「慌てるな。大丈夫だ。昨日の事は夢じゃない。彼はこの国に移住した」


少女は女にそう説明して貰い、やっと落ち着く事が出来た。

そして畑に向かい、朝食を摂り、ご機嫌に仕事に従事する少女という状況だ。

ご機嫌すぎてちょっと力が入り過ぎているが、今日は奇跡的に何も壊していない。


今日は複眼の調理の手伝いをやっており、ついでに虎少年への差し入れも作っている。

監督が静かに注意をする複眼だからこそ、少々浮ついた気分でも失敗していないのだろう。


「ちみっこ、本当にご機嫌だね。良かったね、虎ちゃんが残ってくれて」


複眼がそう言うと、少女はコクコクと溶けそうな程の笑顔で応える。

そしてフンフンと楽しげに鼻歌を歌いながら、複眼の調理手伝いを続けた。

主目的は手伝いか虎少年への差し入れか、明らかに後者な気はするが複眼はクスクスと笑いながら見逃すのであった。










その頃虎少年の家では、少年が何か困った事は無いかと訊ねに行っていた。

本格的に住むにあたって、実際一日泊って何か不具合が無かったかと。

とはいえ一日程度では特に何もなく、ただの雑談をしに来ている状態ではあるが。

そしてこの二人が雑談をすると、おのずと話題は少女の事になる。


「彼女、凄く喜んでいましたね」

「そうだね、まさかあそこ迄喜んでくれるとは思わなかったよ」

「僕も、貴方が傍に居るのは嬉しいですよ」

「その割には複雑な声音だね」

「・・・あまり苛めないで下さい。解ってるんですよ。僕と貴方じゃ、勝ち目が薄い事なんて」


少年は先程まで笑顔を見せていたが、心の内を見透かされた事に目を伏せる。

だが虎少年はそれに対し笑う様な事はせず、とても穏やかな声音で続けた。


「僕はね、覚悟を決めた・・・この移住はその覚悟の証だ」

「ええ、解ってます」


少年がぐっと拳を握るのを見て、虎少年は困った様な顔を見せる。


「・・・ごめんね。僕は多分君とは違う事に気が付いてしまったんだ」

「―――――え?」


何の事か解らないと、少年は顔を上げて虎少年を見た。

そこに居た相手は穏やかな目つきで、自分を見ていない事に気が付く。


「・・・僕は、彼女の為なら全力を尽くす。それが彼女への恩返しだ。僕のヒーローへの恩返し。そう思っている。だからね、きっと君とは違うんだ」

「どういう、こと、ですか?」

「・・・自分でも正直まだ良く解らないんだ。だけどはっきり言えるのは、この気持ちが何であれ、僕は僕のヒーローを救う事に躊躇はしないと決めた。僕がどう生きて行くかと、彼女の為に何かを成す事は別なんだ。だからきっと、君と僕は違う」


少年には虎少年の言っている事の全ては理解出来なかった。

虎少年自身も自分で言っていて、余りに言葉が纏まっていないと解っている。

だけどそれでも、二人の中には何か通じ合うものが在った。

虎少年は少女に恋慕以外の感情で力になり続けると言っているのだと。


「確かに、違うかもしれません」

「うん。だから僕は、君が良いな。他の誰かに連れて行かれるよりは、君が良い」

「狡いですね」

「そんな事は無いさ。君が相応しくないと思ったら、僕は予定通り彼女を連れて逃げるよ」

「させませんよ。彼女は今あんなにも幸せそうなんだから」

「そうだね。僕もそう在り続けて欲しいと思ってる」


一人の少女の事を想い合う二人の少年。その形は単純な恋慕とは形を変えてしまった。

少なくとも虎少年にとっては、それは純粋な恋心ではないだろう。

だけど二人ともそれで良いと思っている。一番は少女の幸せだと。


・・・たとえその先に、自分が苦しむ事が有ってもそれで良いと、そう決めて。

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