少女会議。

「はい、では今から本日56回目角っ子ちゃん緊急会議を始めます。皆宜しいか!」


食堂で使用人が全員集まる中、高らかに気合いを入れて宣言する彼女。

ただその回数は本当に56回も会議をしたわけではなく、至極適当な回数である。


当然他の使用人達も解っているので突っ込む気すらないが、彼女も気にしていないのでどうでも良い事なのだろう。

ただ複眼だけは、話が進まないのが嫌で突っ込むのを堪えている様だが。

珍しく女もこんな適当な事を言う会に参加しており、今日は本当に使用人が全員揃っている。

更には虎少年も参加しており、今回居ないのは少女と男だけだ。


因みに男は参加する気が無いのではなく、この話し合いの為に少女の足止めをしている。

遊びに誘われてホイホイとついて行く様は、相手が男でなければ不安になる光景であった。

その際彼女は男をロリコン扱いし、容赦の無いアイアンクローを食らう場面等も。

少女はワタワタして止めていたが、男が自分の事を好きだという意味なのは理解し、にへ―っとだらしない笑顔を見せていた。


「・・・集まった理由は、最近のあの子の態度、ですよね?」


虎少年は早速議題を上げ、議長のつもりっぽい彼女も真剣な表情で頷き返した。

女を差し置いて無駄に偉そうであるが、今は面倒なので全員スルーである。

そして虎少年の言った「あの子」とは当然少女の事。

少女の為の会議なので当然なのだが、そんな会議が開かれるような理由が有るのだ。


「最近のおチビちゃん、少し様子がおかしいよね。一応普段通りと言えば普段通りなんだけど」


単眼が語る通り、最近の少女は何時もと態度が違うのが誰の目から見ても明らかだった。

表面上は普段通り明るく元気な少女であり、ニコニコ可愛い笑顔を振りまいている。

先程だって男について行く時は、普段通りわーいと無邪気な振る舞いで付いて行っていた。


だが時々、誰も周りに居ないふとした時、最近の少女の笑顔が曇るのだ。

そうしてそんな時に誰かが声をかけると、少女はビクッと後ずさってしまう。

とはいえすぐにはっとした顔をして、きゃーっと笑顔で抱きついて来るのだが。


だから最初は後ろから驚かせたからだと、皆そう思っていた。

死角からの行動に驚くのは人として当然な事ではないかと。

それに幾ら元気な少女とて、元気のない日ぐらい有るだろうと。


だが少女はその翌日も、翌々日も、それからずっと暗い顔をする日が続いている。

更に暗い顔の時は前から手を差し伸べてもビクッと飛びのき、一拍措いてからその手を確認し、ハッと思い出した様にニコーっと笑って返す始末だ。

明らかに誰が見ても様子がおかしいと、そう思わざるをえないだろう。


「聞いても答えてくれないし、ねぇ。こうなるとちみっこは頑固だから困るわね」


複眼が肘をつきながら悩むように言うと、彼女も唸りながら頷いて返す。

さっきから頷いてばかりだがちゃんと考える気が有るのだろうか、と少年は感じ始めていた。

口にするとまた何かされるのでけして口にはしないが。


誰かが少女に何かを問いかけても、少女は笑顔でフルフルと首を振るだけ。

問いかけたのが女や男であっても同じであり、だからこそ皆は深刻だと思っている。

何せそんな日がもう十数日経とうとしているのだから。


「・・・思い当たる所は有る」


皆の困った呻きが響いた所で、女がポソリとそんな事を言った。

当然全員の視線が女に集まり、だがそんな事で怯む女では無いので静かに続ける。


「先日あの子を起こしに行った時、あの子は私の手から逃げた。最初は私に怯えたのかと思ったが、最近の素振りを見ていると『自分が人に触れる事』を恐れている様に感じる」

「人に? それは―――――まさか」


女の言葉に殆どの人間は首を傾げる様子であったが、たった一人だけ、虎少年だけは違った。

虎少年と女は知っている。少女が本気で暴れた時の、化け物としか表現出来ない強さを。


蝙蝠男の一件は相手も化け物だった事も有り、少女の化け物加減は少し薄れて見えていた。

普通の人間相手の戦闘であったならば皆もすぐに理解しただろうが、どうしても少女の力の怖さを想像するには少し足りない。

あの時の少女は女を守る為に立ち塞がり、皆を救う為に戦ったから余計にだろう。


だからこそ女と虎少年の二人だけはその結論に思い至る。

もしかしたら少女はその腕が振るわれる事の大きさを、今になって理解してしまったのではと。

いや、もう一人、老爺は同じ考えに思い至った気配が顔に出ていた。

だがここは若い者達に頑張って貰おうと、自ら口を出す気は無さそうだ


「昔の事を、事件の事を思い出したのかもしれん。自分が何をやったのか、どれだけの事をやったのか・・・自分がどれだけの力を持っているのかを自覚したとしたら、あの態度はあり得る」


女の出した答えはとても真実に近く、少女は人に触れる事を恐れていた。

意識をして触る分には良い。だが無意識に触れて怪我をさせるのが恐ろしいと。

それが暗い顔になって現れ、そして近づかれると思わず逃げてしまっていた。

とっさに手を伸ばして怪我をさせるのが怖くて。


「んー・・・となると、おチビちゃんが元気になる迄普段どおりが一番ですね」


皆が暗い様子になっている中、少しばかり緩めの声が食堂に響く。

それはニコリと笑う単眼の声であり、意識して気の抜けた調子で提案したのだ。

深刻に考えて変に構える方が、きっと少女は気にし続けると。


「私達何時もおチビちゃんに元気を貰ってたんですし、今回は私達が元気をあげるだけですよ」


結局の所はただそれだけだと、あえて至極単純な様に言う単眼。

そんな単眼の気遣いに皆も気が付いたのか、ふっと空気が弛緩する。

虎少年も目に見えて笑顔を見せており、確かにそうかもしれないと思っている様だ。


「んじゃこの会議の結論は、何時も通り角っ子ちゃんを可愛がって可愛がって、角っ子ちゃんが嫌がっても元気になる迄構いまくるという事であだぁっ!?」


結論に近くは有るが少々ズレ始める事を高らかに言い出した彼女の暴走は、複眼の平手によって無事止められた。

何となくやっと突っ込む事が出来て少しすっきりしてる様に見える。


「馬鹿かアンタは。構い過ぎてもだめでしょうが」

「頭を叩かなくても良いじゃん!」

「アンタは叩かないと止まらないでしょうが・・・」


複眼にたしなめられ、彼女はチェーッと言いながらもそれ以上は反論しなかった。

調子に乗った発言をしてはいても、彼女だって解っているのだから。

なのでコホンとわざとらしい咳をして、にこやかに締めに入る。


「んじゃ、今回の議題はこれで解決って事で。第64回角っ子ちゃん可愛い会議は終了します!」


開始時と名称も回数も明らかに違うが、結局こちらには誰も突っ込む事は無かった。








ただそんな会議を食堂入り口で中を窺いながら、あうあうと焦っている人物が居た。

角を額に持つ小さな女の子が、少女が一部始終を聞いてたのだ。


そしてその隣には男が居り、話が終わったのを察して少女を抱きかかえる。

足止めを頼まれたのに連れて来たのがばれては不味いと、そそくさと退散する為に。

少女の要望で連れて来た訳では無く、男の判断で連れて来たので余計に素早い。


少女はワタワタして一瞬躊躇いながらも、男にギュッとしがみつく。

そして食堂と男をキョロキョロと見比べた後に、とても困った顔を男に向けていた。

あんなに心配をかけていたとは思わず悪い事をしてしまったと、眉がへにゃッと下がっている。


自分の事だけで悩んで暗くなって、皆に心配かけて、一体何をやっているんだと。

そんな情けない気持ちになってしまい、見る見るうちに瞳に涙が溜まっていく少女。

泣けば余計に心配をかけると解っているのに、目の前の主人にも心配をかけるのに。


自分だって逃げたくはない。放したくはない。離れたくはない。

それでも怖いのだ。あの明らかに異常な自分が。

大事な物を放したくないからこそ怖くて堪らないと、そう思う程に。


そしてそう思うと思考は暗くなり、気が付くと一人になっている。

大事な人に取り返しがつかない怪我をさせそうで、気がつくと皆と距離をとってしまうのだ。

だけどそんなのは本当は嫌だ。何時だって皆の傍に居たい。女と男の傍に居たいと思っている。


そんな少女を見て、男は何時もの様に撫でて慰めはせず、静かに口を開く。


「お前は自分のやった事を知って、それでもここで過ごすのが幸せなんだろ。前に手紙で伝えてくれたじゃないか。ならそれで良いんだよ。だから明日からは普段通りだ。皆な」


男は明らかに普段とは違う、少し硬めの声音で少女に告げた。

それはとても優しくて、だけど少し厳しい言葉。

使用人の優しさに甘えて良いんだと同時に、自分の言葉を全うしろという叱咤。

ただ甘やかすのでも慰めるのでも、ただただ叱る訳でもない、曖昧な言葉。


だけど少女には、その言葉がとても優しすぎて余計に泣きそうになっていた。

だってそれは少女がどうあろうが「何時も通りだ」と言われたのだから。

化け物でも何でも結局は同じ少女だと。だからいつも通り笑っていろと。

少女が普段通りである限り、どんな化け物だろうと皆に可愛がられる少女だという事を。


少女はうりゅっと涙が溜まっていたが、遠くから聞こえる皆の声と男の温かい言葉に、涙を一筋流しながらもにっこりと笑って応える。

満面の笑みとは言えないが、それでも嬉し涙なおかげで可愛らしい笑顔だ。

自分は幸せだと、主人と同僚と友人が余りも優しくて、心から大好きだと伝える様に。


男は泣きながら笑う少女の頭を優しく撫でてから、それ以上はなにも言わずに少女を抱えたまま自室に戻って行く。

そんな二人が去って行くのを女は壁越しに目で追い、ふっと静かに笑っていた。






ただこの時、少女と皆の認識の違いに誰も気が付いていなかった。

何故なら少女の見た物は角を持つに至った時の記憶。

そして皆が考えている事は少女が奴隷になった時の事。


その認識の違いが、何をどう掛け間違えるかは、当人である少女にすら解らない。

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