鉄瓶。
「たっだいまー。お、角っ子ちゃん、お出迎えご苦労!」
ある日の昼頃、彼女の帰宅の声が玄関に響く。
朝から私用で出かけていたのだが、買い物だった様で両手に紙袋を抱えていた。
帰って来たら玄関でお出迎えしてくれた少女に対し、ご機嫌に頭を撫でて労う彼女。
実は偶々玄関傍に居た所に帰って来ただけなのだが、それでも見つけてパタパタと出迎えたので間違いではないだろう。
撫でられてえへへーと笑う少女を見て、テンションが上がりだした彼女はぎゅっと抱き締めて頬をスリスリしだし、当然少女もお返しにスリスリと擦り付けている。
「私も隣に居るんですけどね?」
「あはは、ごめんごめん。ただいま」
少女にだけ構う彼女に対し、単眼が少し不満げな様子で文句を告げる。
実は最初は少女より近くに居たのだが、彼女は駆け寄って来る少女を優先したのだ。
ただ本気で不満な訳では無いので、彼女がニマッとした顔を向けると単眼も笑顔を返していた。
「お帰り、早かったね」
「今日は目的の物買ったらすぐに帰ってくるつもりだったし、お土産も買っちゃったからね。早く渡したかったんだー。角っ子ちゃんに良いお土産が有るんだよ~」
ニッシッシと笑いながら、紙袋をごそごそと漁りだす彼女。
少女は自分へのお土産と聞いて、少し申し訳なく、でもとっても嬉しいと笑顔で待っている。
「じゃーん」
わくわくとした様子の少女を見て、満足気な顔で彼女が取り出したるは、やかんであった。
ただしそれは良くある家具家電で見られる物ではなく、鉄瓶と呼ばれるもの。
更にとても小さく可愛らしい、少女の両手からはみ出ないサイズの鉄瓶である。
少女は珍しい物にふえーっと声を漏らしつつ、彼女から鉄瓶を受け取った。
「何だか小さくて可愛いなーと、角っ子ちゃんに似合う気がして。今度はこれでお茶入れたらどうかなって。きっと可愛いよー?」
彼女の問いかけにペカーっと満面の笑みで返し、鉄瓶を胸にギュッと抱く少女。
その様子に彼女は「うえっへっへ」と変な笑いを返し、どうやらお互いに満足そうである。
ただそこでふと、単眼が少し疑問を口にした。
「鉄瓶って、普通のやかんより管理難しくなかったっけ?」
「え、そうなの?」
「確かちゃんと扱わないと悪くなる物だった様な・・・私もうろ覚えだけど」
「あー・・・」
どうやら彼女は鉄瓶の扱いなど知らず、ただただ少女が使う絵だけを想像して買ったらしい。
どうしたものかと考える様子の彼女であったが、そんな彼女の肩にポンと手が置かれる。
それは少女の手であり、彼女が顔を向けると小さくコクンと頷く少女の姿が。
更に彼女辺りが良くやる様な、任せておけという親指をグッと立てるポーズをすると、パタパタと何処かへ去って行った。
「すっごいどや顔だったけど、どこ行くんだろ、角っ子ちゃん」
「多分台所じゃない?」
「あ、成程、台所家具家電の主」
つまりはそういう事である。
少女は鉄瓶の使い方を知ってるであろう人物を頼りに向かったのだ。
ただし全速力で行くとこけて落としかねないので気を付けて、でも急いで向かう少女。
「ん、ちみっこ、何それ・・・鉄瓶?」
台所には何時も通り複眼が居り、何の下ごしらえをしている所であった。
今いーい?という様子で顔を出す少女に気が付き、複眼は手を止めて少女に顔を向ける。
手に持つ鉄瓶にすぐ気が付き少女に訊ねると、少女は先程の事情を複眼に伝えた。
「成程、使い方、ね。良いよ。ただその前に着替えておいで」
今の少女の格好は使用人服ではなく、可愛らしいヒラヒラの服である。
なので素直にはーいと手を上げ、鉄瓶は置いてパタパタと着替えに向かう少女。
複眼は手を振って見送っていたが、少女が見えなくなると急いだ様子で携帯端末を取り出した。
「鉄瓶って、ちょっと待ってよ・・・」
端末の画面に『鉄瓶 手入れ』と打ち込み、その結果から良さげな物を探す複眼。
どうやら少女の手前余裕をかまして見せたが、実は手入れの仕方を知らなかったらしい。
一応はざっくりとは知っているので、失敗なく出来る自信を持てる程の知識は無い、というのが正しいだろうか。
「えーと・・・ふむ・・・え、もう戻って来たの? 早い早い・・・!」
取り敢えず手入れ方法を見つけて全文を軽く読み、再確認しようとした所でパタパタと足音が響いて来た。
教えて貰うのだから待たせてはいけないと、少女は急いで着替えて戻って来たらしい。
少女らしい行動ではあるのだが、この場合は複眼にとっては困る行動である。
「ん、お帰り。じゃあ手を洗ってね」
だが台所に戻って来た少女に焦る様子は見せず、少女も素直にはーいと応える。
そうして手を洗っている間に要点だけさらっと目を通して端末を仕舞い、何食わぬ様子で自分も手を洗う複眼。
内心は少々焦りつつ、だけどそんな様子は表面に一切出さず、少女に丁寧に教え始める。
こうしてまた複眼に尊敬の念を深め、キラキラした瞳を向ける少女の姿が。
イメージを崩さずに済んだ事にほっとしている複眼には、最後まで気が付かないままであった。
「今日は少し焦った・・・」
少女が台所から去った後、台所ではお湯を沸かす鉄瓶と項垂れる複眼の姿が在った。
ただ火が直接鉄瓶に当たらない様に、極小の弱火でくつくつとゆっくり沸騰させている。
一次的に離れただけな為に少女はすぐに戻ってくるが、その間の複眼は完全に脱力していた。
何時もと違い調べる暇がなく、完全に不意打ちだった為にかなり焦った様である。
「あはは、お疲れ様。流石に鉄瓶の使い方は知らなかったの?」
「普段使ってない物の手入れとか詳しく覚えてないわよ・・・」
そんな様子をクスクスと笑いながら単眼はお茶を出し、項垂れつつも受け取る複眼。
少女の手前平静を装っていたのだが、少女が居なくなったとたん気が抜けた様だ。
ただそんな複眼に対し、単眼は口には出さないが可愛くなったなと感じていた。
以前の複眼は滅多にこんな態度は出さなかったし、彼女との言い合いに熱が入る程度だった。
余り弱みという部分を見せない人間だった筈の複眼。
だけど最近の複眼はそうでもない事が増え、それが何となく嬉しくも感じている様だ。
「良かったね」
「ん? うん、まあね。取り敢えずもう頭に入れたし、あとは大丈夫かしらね」
「ふふっ、そうだね」
「・・・?」
単眼の「良かったね」という言葉を、今回は上手く行って良かったね、と受け取った複眼。
だがそこには「複眼が楽しそうで」良かったね、という意味も入っているのだ。
それに気が付かない複眼が少し可愛いなと、思わずクスクスと笑みを零す単眼。
楽しげに笑う単眼の意図が良く解らず、複眼は首を傾げるのであった。
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