父の想い。

普段の日々を過ごしていた屋敷の住人達の下に、複眼父が婚約者を連れて来襲した。

以前の様に来るという予告は無く、突然の来訪。

なので男は仕事で屋敷に居らず、対応は女がして屋敷に招き入れた。


車の誘導は最初と同じ様に老爺で、屋敷の案内は使用人である女。

だが女相手でも複眼父の態度は前と変わらず、礼儀正しく女へもしっかりと敬意を払っている。


「アンタ、何考えてんのよ! 普通連絡なしで来る!?」


唐突な来訪に怒る複眼だが、複眼父が構う様子は無い。

ただ婚約者として連れて来られている複眼男性は、少しばかりばつの悪い表情を見せているが。

ガルルルと唸り声が聞こえそうな複眼を単眼と虎少年が抑え、その間に女は客間に二人を通す。

その際に彼女に小さく指示を出し、虎少年と複眼を後で連れて来る様に伝えた。


「どうぞこちらに、お座りください」


女に促されて客間のソファに座り、少ししてお盆を持った少女がやって来た。

ちょっと不安になる様な動きでテーブルに近づき、カチャンと小さな音を立ててお茶を置く。

二つ分のお茶を置いたら小さくほっと息を吐き、ぺこりと頭を下げる少女。


「ありがとう」


複眼父はそんな少女の頭を優しく撫で、とても優しい笑みで少女を見つめていた。

その優しい雰囲気にえへへと笑顔になり、お盆を胸に抱いてパタパタと客間から出て行く少女。

女の前にお茶は無いが、女がそう指示したので問題ない。


「前回はご挨拶する機会が有りませんでしたが、私は旦那様が不在時に屋敷を任されている使用人頭でございます。先ずは旦那様が対応出来ない事を先に謝罪をさせて頂きます」

「いえ、お気になさらず。連絡無しで来た私共が悪いのですから。申し訳ありません」


女の自己紹介と謝罪に、逆に謝罪をする複眼父。

隣に座る複眼男性も同じく謝罪をし、女は静かに目を細めながら二人を見た。

今日の女は仕事モードなので、仕事用の薄い笑顔が張り付いている。


だが口元が笑っていても目元が笑っていない。

その事に複眼父は気が付いているのか、自身も似た様に口元だけが笑っている。

なんとも緊張感の有る空気を放ちあう二人に、複眼男性は少し居心地が悪そうだ。


「失礼します、先輩」

「失礼します」


そこに複眼と虎少年がやって来て、そのまま女側のソファに座る。

複眼の目は完全に睨んでいるが、複眼父は気にする様子無く複眼男性の背中をポンと叩いた。


「前回はご挨拶する暇も有りませんでしたが・・・私の事を覚えていますか?」

「・・・え?」


複眼男性はまっすぐに複眼を見て、自分を覚えているかと問いかけた。

だが複眼は一瞬呆けた顔を見せ、記憶を漁るような表情に変わる。

もうそれだけで、複眼が目の前の男性を覚えていないという明確な態度になっていた。


「やっぱり、覚えていないんですね」

「その、ごめんなさい。どこかでお会いした事が有りましたか?」


寂しそうな表情で告げる複眼男性に、複眼は思わず申し訳なさそうな顔で問い返す。

どうやら記憶を漁ったが、該当する情報が無かったらしい。


「ははっ、そう、だね。きっと君にはその程度の相手だったんでしょうね。君が軍に入る前に、君に想いを伝えた男を覚えていませんか?」

「・・・あっ」


複眼は思い出した様子で声を上げ、その記憶を引き出していた。

だが残念な事に「そういう事が有った」という事は覚えているが、相手の顔を思い出せない。

何せ複眼にとっては初対面の相手に呼び出され、想いを伝えられて断った出来事だったのだ。

全く覚える気は無く、そしてその場で強めに断ったが故にもう終わった事だと。


「君にあの時、想いを伝えてどうする気だと言われ、私は何も言えなかった。私の人生を背負うつもりで来たのか。甘い子供の夢じみた想像に振り回される気は無いと、そう言われて」


複眼はその独白を聞いて、何ともいたたまれない気持ちになっていた。

今ならもう少し優しく断っていただろう。当時の自分はもうちょっと考えなさいよと。

当時は父との確執も強く、かなり人に対して攻撃的な言動を取る事が有った複眼。

勿論根っこの部分は優しい人間なのだが、自分に対する告白と、それに対して何を求めるのかという感情が強く出てしまっていたのだ。


「だから私は、人生を背負えると言えるまでになってから、もう一度君に想いを伝えたいと思ってここに来ました。そうなったら考えてあげるという、君の言葉通りに」


確かそんな事も言った様な気がすると、複眼は気まずそうに目を逸らす。

複眼男性は何処までも本気でまっすぐで、そう言えるだけの努力をして来たのだろう。

確かな自信を態度からも声音からも感じられ、ただ流されて婚約者になった訳では無い事は疑う余地も無い。

だが、だからと言って、虎少年はそれを黙って聞いている気は無かった。


「何を勝手な事を。僕を無視して話を進めないで下さい」

「・・・ですがこれは彼女に決めて貰うべき事。貴方にとって私は横からいきなり出て来た間男でしょう。だけどそれは私にとっても同じ事です。もう結婚して子供も居て共に生活をしているというならばまだ諦められる。だがそうでないなら、私にも思いを伝える権利はあるだろう」

「勝手な話ですね。それは浮気をさせて本来の交際相手に魅力がないのが悪いのだろう、なんていう身勝手な言葉と変わらない。貴方は自分の想いを正当化しようとしているだけだ」

「ならば何故責任を取らないのですか。確かに貴方は未成年かもしれない。だが本当に彼女を愛しているというなら、籍を入れる手段は有るでしょう。無いとは、言わせませんよ」


複眼男性の言い分に、虎少年は次の言葉をすぐに紡げなかった。

何故ならそれは確かな事実だから。


本当に愛していると、夫婦となりたいと想いが有るなら、やり方は幾らでも有る。

普通なら勿論無理だが、虎少年の財力が有るなら不可能では無いのだ。

おそらく前回の資産額を見ての発言に、虎少年は必死に頭を回す。

図星で痛い所をつかれはしたが、それでも負ける気も折れる気も無いと。


「彼女の為です。僕は彼女の為にそうしています。そして彼女の為にここに居る。彼女だからここに居て、彼女だから籍を入れていない。全ては彼女の為に」


虎少年の言葉には、語っていない真実は有れど嘘はない。やっている事は確かに複眼の為。

複眼の想いを優先して、複眼の望む結果の為に全力を尽くしている。

だからこそ、その眼には確かな力が籠っていた。


「何を、それは彼女を理由に、責任を持たない様にしているだけだろう!」

「そういう貴方は、彼女を本当に見ていますか? 彼女の顔を見て、本気でそう言えますか?」


虎少年のその言葉に、ふと複眼に目を向ける複眼男性。

するとそこには少し困った顔で自分を見る、どんな言葉を述べるよりも解る物が在った。

そうか、自分は、本当に迷惑なのだ。そう悟らざるを得ない程に。

複眼は当時の事を思い出しながら、今度はしっかりと応えようと口を開く。


「・・・貴方の想いは、嬉しく思います。だけど、ごめんなさい。頑張った貴方にこんな事を言うのは心苦しいけど・・・ごめんなさい。私は貴方に、そんな思いは、抱けない」

「そっか・・・そうか・・・ははっ、うん、ありがとう。あの時も、貴女はそういう顔をしていましたね。諦めきれずに頑張りましたが・・・私は貴方を困らせるだけ、だったんですね」

「・・・ごめんなさい、私のせいで」

「ああ、謝らないで下さい。こちらこそごめんなさい。私は本当に、貴女の事が好きだっただけなんです。貴女が笑う顔が好きで、貴女が寂しそうにしている顔が、気になっていた」


複眼は深々と頭を下げ、だが複眼男性は優しく笑うと逆に自身こそがと謝罪を口にした。

本当に想いが有り、生半可な気持ちでは無かったからこその言葉を。


「どうか、幸せになって下さい。私は貴女のおかげでつまらない人間に成らずに済んだ。それはきっと、貴女の言葉があったおかげです。ありがとう」

「・・・こちらこそ、ありがとうございます」


お互いに礼を告げる二人を見て、虎少年はもう口をはさむ事は無かった。

そしてそんな二人の会話が終わった所で、複眼父がやっと娘に向けて口を開く。


「良いんだな。後悔は、無いな?」

「無い。あんたに干渉される事の方がよっぽど問題だし嫌だわ。あたしはあたしの生きたいように生きる。あんたの人形じゃない」

「そうか。ならばこの話はもう終わりだ。ご主人・・・ではありませんでしたな。代理殿にはご迷惑をおかけしました。私共はこれで帰らせて頂きます」


複眼父はそう言うと静かに立ち、複眼男性も同じ様に立ち上がった。

女は静かに立ち上がると扉を開け、そのまま車まで二人を誘導する為に先に部屋を出る。

複眼男性がそれについて行こうとするが、複眼父は立ち止まって虎少年に目を向けた。


「少年、娘の我が儘に付き合わせて申し訳ない。ただ出来れば、良くしてやってくれ」


そしてそれだけを虎少年に伝えると、もう振り返らずに去って行く。

返事を聞くつもりは無い。ただ自分の想いを伝えるだけ伝えて。

そんな一人の父親の背中を見て、もしかしたら全て解っていたのではと感じる虎少年。

だがそれを問う様な野暮はせず、静かに頭を下げて見送った。









「ご老人、代理殿、ここには居ないご主人にも・・・勝手な言葉ですが、どうか、娘を宜しくお願い致します」


最後に車を見送った老爺と女にそう伝えた顔は、優しい笑みを見せていた。

全てを理解し、嘘を嘘だと見破った上で、全てを飲み下して。


娘に対する態度がやり過ぎだった事は否めない。それは本人も理解している。

本人の意思を無視して事を進め、それは複眼が子供の頃からずっとそうだった。

だけどそれでも複眼に対する想いが有った事は、きっと間違いなかったのだろう。


娘に嫌われている事も知っていて、それでも幸せに生きられるように願う父親として。

隣でボロボロと泣く男性を慰めて謝りながら、複眼父は車を走らせていった。



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バレンタインイラスト。

ただしこの世界にバレンタインデーは無いです。

https://twitter.com/kskq89466/status/1096021519052886016

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