練習の続き。

段々と暖かくなりつつある天気の良い日、少女は庭でウトウトしていた。

ただ今日は仕事中ではないので、只々のんびりと陽気を楽しんでいる。

ニヘーっとだらしない表情を見せ、完全に気が緩んでいる様だ。


そしてそんな少女を膝に乗せ、モフモフの毛皮の有る腕でお腹を包む虎少年。

虎少年の毛並みの良さとお腹の暖かさで、少女は一層眠気に逆らえない。

むにむにと寝言を言いながら、キュッと虎少年の腕を握ってのおねむである。

時折寝ぼけているのか手をワタワタと動かして何かを掴もうとし、その手を虎少年が握ってあげるとニコーッと笑って大人しくなる様子なども見せていた。


そんな和やかな様子ではあるのだが、残念ながら虎少年はのんびりしている様子が無い。

その原因は膝に乗る少女・・・ではなく、虎少年が背もたれにしている存在にある。

背後に居て、更には自分を抱き抱えている複眼に。


「あの・・・大丈夫、ですか? 重かったら、言って下さいね?」

「うん、大丈夫よ」


虎少年は少々しどろもどろな様子で、自分が寄りかかっている複眼に訊ねる。

つまり背後に居る大人のお姉さんの存在に動揺しているのだ。

何せ虎少年の首元辺りに、どうにも意識してしまう物があるせいで。


ただそんな虎少年とは違い、複眼は特に気にしていない。

何せ複眼には虎少年を「男性」と見る事が出来ていないからだ。

年の離れた可愛い思春期の男の子、となれば複眼には少女を抱えるのと大差ない。


因みにこんな事をしている理由は恋人のふりの練習の続きである。

彼女曰く「普段から慣れておかないと、その時だけふりをするのは無理でしょ」との事だ。


複眼は彼女が遊び半分なのが解っているのだが、虎少年が真剣なので黙って付き合っている。

元々は自分の為なので、虎少年の頑張りを無駄とは言いたくない。

実際彼女の言う事もあながち間違ってないとは思うので、来る日までこうやって傍に居る事に慣れようとしているのだ。


「ごめんね、今更だけど、無理言って」

「い、いえ、一度引き受けましたし、大丈夫です」

「そっか。ありがとね。君も良い子だね」


複眼は申し訳ない気持ちと、その優しさに感謝の想いを込めながら虎少年を抱き締める。

虎少年は驚いてビクッとし、膝の上に居る少女は振動に驚いてビクッと目を覚ました。

はふ?と声を漏らしながらキョロキョロする少女であったが、複眼が頭を優しく撫でるとそのままウトウトし始める。

虎少年はかなり動揺しているのだが、少女を起こさない様にと必死にじっとしていた。


「ちみっこの事を妹みたいな感じで扱ってるよね、虎ちゃん」

「え、えっと、まあ、そう、ですね」


またもしどろもどろになりながらも、何とか答える虎少年

実際には少し違うが、虎少年は大体そんな風には振舞っている。

少女が望む優しいお兄ちゃん像をなるべく壊さない様にと。


「なら私はお姉さん、は図々しいか。親戚のおばちゃんぐらいのつもりでいてくれたら良いよ」

「おばちゃんというには、若いし綺麗だと思いますけど」

「ふーん、お世辞は上手だね。将来が心配だ」

「お世辞のつもりは無いんですけど・・・」


複眼の言葉に虎少年は少し困りながら答えている。

虎少年の言葉は間違いなく本音であり、お世辞を言っているつもりは無い。

とはいえ種族の差から来る認識の違いも多少ありはするが。


「ふふ、ありがとう。でもそう考えたら気が楽にならない?」

「どうでしょう・・・僕としては、優しい気の利く料理上手なお姉さん、という感じですから」

「そっか、んー、難しいな。もっと肩の力を抜いてくれて良いんだけどね」

「肩の力、ですか、頑張ってみます」


何処までも真面目な虎少年の応えに、複眼は思わずクスクスと笑ってしまっていた。

可愛い子だなと、本当にいい子だなと、虎少年の頭も優しく撫でながら。


「頑張っちゃ力が入ってるよ」

「あ・・・そうですね」

「ふふ、まあこのまま転寝ぐらいは出来る様になった方が良いかもね」


複眼の言葉に照れながらも、意識しして力を抜こうとする虎少年。

不自然な脱力ではあった物の、脱力は脱力して効果が有ったのかもしれない。

後ろから抱きしめてくれる優しい暖かさと、頭を撫でる心地いい感触。

それに前に抱く少女の体温に、気が付くと虎少年もウトウトし始めていた。


「ふふっ、可愛い」


自分の胸の中に体を預ける様に寝る虎少年と、その虎少年に抱きついて寝る少女。

二人共心地よさそうで、何だか自分も眠くなって来る複眼であった。











「あれ、何か良い雰囲気。もしかしてあの二人、本当にくっつくんじゃない?」

「いやー、どうかな。あれは角っ子ちゃん見てる時と同じ顔な気がする」


その様子を見ていた単眼と彼女は、そんな事を話していた。

実際の所は、きっと複眼にしか解らない事であろうが。

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