有罪判決。

ある日の早朝、何時も通り勝手に中に入っていく友人の姿が屋敷に有った。

そうして一番最初に出会った彼女に挨拶をしようと、友人は手を上げて声をかける。


「おはよう、元気か――――」

「確保ー!」


だが友人はその言葉を言い切る前に、何故か彼女にタックルを食らって押し倒された。

更に傍の部屋から複眼と羊角が出て来て、その手に持つシーツでグルグル巻きにした後、上からしっかりと縄で縛っていく。

無言無表情で作業をする様が若干怖い。


「ちょ、まっ、何だいこれは、一体どういう事だい!?」


友人は身動きが碌に出来ない状態になり、陸に上がった海老の様に床で蠢いている。

そこに単眼がやって来て、更に大きな布団で数度巻き、荷造り紐でキュッと結ばれた。

友人が完全に動けなくなった事を確認すると、単眼がひょいと担いで無言で何処かに向かう。

他の使用人達も無言で付いて来ており、その顔は皆一様に無表情だ。


「ね、ねえ、皆どうしたんだい。何だか怖くないかい?」


友人は普段と違う皆の様子に若干どころではない不安を覚え、問いかけても応えてくれないせいで一層不安になって来る。

一体どういう事かと思いながら取り敢えず流れに身を任せていると、単眼は男の自室に向かっている事に気が付く。

そこで友人はピーンと来た。これは不味い、と。

だがそんな予感は既に遅く、男の部屋の扉は開かれてしまう。


「ようこそ、罪人」


男は椅子に座ってにやぁっと邪悪な笑みを浮かべており、女も威圧感の有る笑みを向けている。

友人は知っている。あの笑みはけして友好的な意味を持つ笑みでは無いと。

そもそも女が笑みを見せる時は大体怒っている時だと、付き合いの古い友人は良く知っている。


「ざ、罪人って、どういう事かな?」


単眼は男と女の目の前に友人を下ろし、顔が上を向くように調整する。

友人は少女と少年以外の住人達に見下ろされており、その顔は一様に不安を煽るものしかない。


「被告人は我が屋敷の住人の為に取り決めた事柄を破り、情報の流出を許した。よって此処に有罪判決を言い渡す」


冷や汗をかいている友人を見下ろしながら、男は笑みのまま低い声で言い渡す。

これは先日の、虎少年の件に関する制裁の様だ。

男と女は少女の為を想い、虎少年には悪いとは思うが会わせる気は無かった。

その話をした時には友人も居り、本人は解ったと頷いていたはず。


だが実際にはどうだ。情報は完全に漏れていた。

いや、漏れていたのではない。意図的に漏らしたのだ。

友人が、友人の意思で、虎少年の手元に情報を送ったのだ。

結果としては平和に終わったが、そんな物結果論でしかないだろう。


「待った待った! 被告人って言うならちゃんとした裁判を要求する! あと弁護士も!」

「却下だ。ここでは俺が法律だ」

「酷い!」


友人は慌てて異議を申し立てるも、あっさりと却下されてしまう。

当然だろう。被告人等と言っているが、公平な裁判などするつもりは一切ない。

最初から友人は有罪で決まっており、これからその罪を贖って貰おうとしているのだから。


「さて、何をして貰おうか。このままバイクに繋いで引きずるというのも有りだが」

「本物の拷問じゃないか! せめてこう、もう少しないのか!?」

「じゃあそのまま海にでも放流。あ、その辺の川でも良いか」

「いくらなんでも死ぬ! 頼むからもうちょっと穏便なのにしてくれ! 私が悪かったから!」


割と本気で怒っている気配を感じ、友人は焦りながら男に許しを請う。

流石に本気でそんな事をするとは思っていないが、それでも近しい事はする可能性が有る。

特に女が今の所一切口を開いていない事が何より怖い様だ。


「射的の的にするのはどうかな。あたし百発百中の自信有るけど」

「新しい料理の毒見・・・ごほんっ、味見役になって貰うのも良いかも」

「私体に被害の少ない拷問幾つか知ってるけど、試してみようかしらぁ」


だが男と女だけに注視していた友人の耳に、彼女達のそんな怖い言葉が入って来た。

目を向けると彼女達も怖い笑顔をしており、男と同じく怒っている事が伺える。

唯一の救いを求め住人で一番優しいであろう単眼に目を向けると、プイっと顔を逸らされた。

どうやら単眼すらこの状況を救おうとは思ってくれないらしい。


「満場一致で貴様は有罪だ。諦めろ」

「あ、あは、あはは、お、お手柔らかに、頼みたいなぁ・・・」


女の冷たい声に全てを諦め、せめて今日無事に帰る事が出来ますようにと祈る友人であった。










因みにその頃少女は畑で汗を流しており、そんな事になっているなど知る由もない。

ひと汗流して休憩し、持って来た水筒に入れたお茶を老爺と一緒に飲んでいた。


「いい天気だねぇ」


老爺の言葉にニコニコ笑顔で、コクコクと頷いて応える少女。

足元には犬も居り、猫も少女の膝の上で丸まっている。

少女はお茶を飲み終わると、まったりとした様子で犬と猫を撫で始めた。


屋敷内の状況とは真逆な、何ともほのぼのした空気で和んでいる二人と二匹。

当然老爺は屋敷で何が起きているのか知っているが、一切気にした様子は無い。

あの三人の事だから何時もの事だろう、程度にしか思っていない様だ。


実は少年も居るのだが、こちらは余りのんびりしているようには見えない。

チラチラと屋敷の方を見ては、首を振って畑を眺める動作を繰り返している。


「平和だねぇ」


屋敷から「ギャー」という声が聞こえた気がしたが、特に気にせずお茶を啜る老爺。

ただその声に聞き覚えの有った少女はハッと顔を上げ、猫を犬に預けて少年の傍にトテトテと近づく。

そして服の袖を掴んでいつでも逃げれる状態で、きょろきょろと周囲を警戒し出した。


「あ、あの、だ、大丈夫ですよ、今日は、多分、こちらには来ないと思うので」


少年の言葉に首を傾げる少女だったが、そうなのかと納得して素直に手を離した。

余りに素直過ぎる反応な気がするが、少年が言うのだからそうなんだろうと思ったらしい。

それは少年に対する確かな信頼が見て取れたのだが、それに気が付いたのは老爺だけで本人達に自覚は無い様だ。


因みに少年は素直に離してくれた事を喜べば良いのか残念がれば良いのか、複雑な気分で離れた少女の手を見つめている。

だが離れた手が再度少年の袖を握る事は無く、少女は和やかに猫と犬の相手をするのだった。

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