猫の探検。

その日猫は、珍しく一匹で屋敷を彷徨っていた。

いや、猫には彷徨っている様な自覚は無く、楽し気に探検をしているつもりの様だが。

その証拠に猫はぶなーんぶな~んとご機嫌に、少女を彷彿とさせる何処かズレた調子の鳴き声を上げなら、てふてふと屋敷の廊下を歩いている。


その歩みは下手をすれば亀の方が速いのではと思う速度だが、猫は特に気にせず歩いてゆく。

猫は基本的に誰かの腕の中か、犬の背中か頭に居る事が多い。

なので自分の足で歩く事で見えてくる景色に、何処か新鮮な物を感じながら歩いていた。

因みに猫自身はご機嫌なのだが、実は少女が焦って猫を探し回っていたりする。


少女は何時も通り猫を犬に預けて、犬も何時も通り猫を任された。

だがのんびりと少女の部屋でお昼寝をしていた所、猫が何を思ったのか外に行こうと歩き出す。

犬は余程ぐっすり寝ていたのか、その事に気が付かなかった。

そしてそのまま猫は部屋を出て行き、ぶなぶなと楽し気に鳴きながら散策しているという訳だ。


普段なら犬が気が付かずとも問題は無かったのだが、今日は少し事情が有った。

犬は普段から扉を開け閉めするし、少女の部屋に入る時もちゃんと扉を閉める。

だから本来なら猫は扉を開けず、諦めて犬の下へ戻ってゆくはず。


だが今日は最初から少女の部屋に犬が居て、犬に猫を預けてそのまま二匹は昼寝をした。

つまり扉を閉めたのは犬ではなく、出て行った少女。


少女は部屋を出て行く際に扉を閉めたつもりだったのだが、少し閉め方が甘かったらしい。

扉が開かなかった為に犬も気が付かず、当然少女は一切気が付かずに仕事に向かった。

結果猫が少し押しただけで扉が開き、猫は何だか楽しくなってそのまま出て行ったという訳だ。


そして少女が休憩の合間に猫の様子を見に来たら、猫が犬の傍に居ない。

犬はまだすやすやと気持ち良さそうに寝ていたので、そっと部屋の中を探し回るも出て来ない。

最初は隠れているんだと思っていた少女だが、猫が出て来ない事に段々と焦りを覚え始める。

そしてふと、部屋に入る時扉が若干開いていた様な気がした。

無意識に開けて入った為にその辺りの記憶は曖昧な様だが、もしかしたらと気が付き焦る少女。


猫は皆が知っての通り余り強い体ではない。

最近はしっかりとご飯を与え、適度に運動させているので来たばかりの頃よりは頑丈だろう。

だがそれでも元が弱いという事には変わりはなく、見ていない所で怪我をする可能性はある。


少女は慌てながらも犬を起こさない様にそーっと扉を閉め、猫の捜索に出て行く。

幸いながら、今更の話だが少女の部屋は一階な為、階段から落ちるという可能性は低い。

だが一階だという事は、何処にでも行けるという事だ。

今回の様に何かの拍子に外に出て行く可能性も大きい。


少女はワタワタと屋敷を走り回り、当然それを見た使用人達は何か有ったのかと訊ねた。

事情を聴いた使用人達も猫を捜し始めるのだが、絶妙にエンカウントせずに時間が経っている。

猫は焦る少女の事も知らず、住人達が何やらバタバタしている事も気にせず、のんびりと自由気ままに屋敷を歩き回っているという訳だ。


何度か近くをすれ違ったりなどもしているのだが、猫は一休みと何かの陰に隠れる様にして蹲り、上手く視界に入らない位置で休んでいた。

何だか慌ただし気な様子を見て頑張れとでも言う様にぶな~と鳴く猫だったが、小さな声だった為に誰の耳にも届いていない。

そも猫のせいで皆が慌ただしいのだが、猫にとっては知った事ではないし、実際解っていない。


皆が傍から居なくなり静かになると、そろそろ行こうかと猫はゆっくり立ち上がる。

すると猫の視界がぐんぐん上に上がり、気が付くと犬の顔と同じぐらいの高さになっていた。

猫はぶなん?と良く解らない状況に疑問の鳴き声を上げるが、理由は単純明快だ。

起きた犬が匂いを辿り、猫を見つけて咥えて持ち上げたのだ。


そして犬は猫を咥えたまま少女の部屋に足を向け、猫は揺れている状態が楽しいのか特に抵抗する様子は無い。

ぶなーんぶなーんとご機嫌に鳴いている内に少女の部屋に戻り、犬は猫を置くとしっかりと扉を閉め、猫を抱える様に丸まって寝始める。

猫も探検をして満足したのか、丸い体を更に丸めてすやすやと眠り出した。

夢の中でまた探検を楽しんでいる様で、時折手足がピョコピョコと動いている。


「もう一度部屋を捜し――――何だ、居るじゃないか」


そこで女と少女が部屋に入って来て、猫が居る事を確認する二人。

使用人達で屋敷を探し回って、少女は庭も走り回ったが見つからない。

もしかしたら部屋の何処かにまだ隠れているのかもしれないと、女と一緒に戻って来たらしい。


「何処かに隠れていたんだろう。焦ったのは解るが、もう少し落ち着く様に」


女は少女を窘める様に告げ、少女もその通りなんだろうと反省した様子を見せている。

実際は抜け出しているし、扉を半開きにした少女の失敗ではあるにしても、ちゃんと部屋は捜した訳なのだが。

こうして猫の探検は誰にも知られる事無く、少女のお騒がせという形で終わったのであった。

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