強さ。
虎少年が国元に帰り、何時もの面子での生活が戻って来た。
随分暑くなって来た日差しに細い目を向けながら、今日も元気に畑をちょろちょろと動く少女。
虎少年が居なくなった事で寂しがるかと皆は思ったが、特にそんな様子も無く元気にしていた。
今もキャッキャと畑を回りながら、偶に寄って来る蜂と戯れている。
「はぁ・・・はぁ・・・あの子いなくなって、引きずるかと思ったけど、元気だな」
そんな少女を眺めながら、肩で息をして日陰で休んでいる男。
今日は休みですよねというキラキラした瞳を向けられ、例の如く畑に付き合ってばてている。
新しい所を耕すのにも付き合ったので完全にグロッキーの様だ。
「はっはっは、あの子はそんなにやわな娘では無いでしょう。自分の境遇をちゃんと理解して、それでも笑顔でここに居るんですからな」
ばてて寝転がっている男の横に座り、のんびりとお茶を飲みながら老爺は笑う。
老爺の言葉は今回だけの話ではなく、少女が来てから全てを含めての事。
勿論少女の無邪気さ故の明るさが有るのも解っているが、それを差し引いても笑顔で居続けるには難しい出来事がいくつか有った。
少女は頭の悪い子ではない。勉強が出来る出来ないの話ではなく、物事への理解力が高い。
ならば今迄の自分の境遇がどれだけ厳しい物だったか、理解出来ていないはずがないのだ。
そして理解出来ているならば、少女はもっと嘆いていてもおかしくない。
自らの不幸を悔しがってもおかしくはないはずだ。
なにせ大きく見れば、少女は「悪い事はしていない」のだから。
たとえ大量殺人を犯したのだとしても、本来ならば奴隷になるはずはない。
相手は犯罪組織で犯罪者であり、少女は被害者で保護されるべき対象の筈だ。
だが事件の内容を見た者達はそれを許さなかった。
少女に当たり前の人生を送る事を認めず、奴隷としての人生を歩ませた。
当時の事を調べた少女は、その事を良く理解している。
屋敷に来てからの少女は確かに幸せなのだろう。それはきっと間違いない。
あの笑顔が偽物何て事は、今迄の少女を見ていれば絶対に有りえないと解る。
だがそれでも、そこまでの人生を振り返れば恨み言の一つはあっても良いはずだ。
特に先日やって来た、虎少年に対しては。
「私があの子なら、きっとやって来た少年に恨み言を吐いています。なぜもっと早く助けてくれなかったのかと。いや、そもそもなぜ私だけがあんな目に、と。彼が悪い訳では無いのに」
「そう、かもな。俺もそうかもしれない」
結果的に少女は虎少年を救い、そして再会した今は幸せに過ごしている。
だが実際にそうなるまでに、少女は苦しい数年間が有ったのだ。
最低限の食事しか与えられず、調子が悪くとも医者には見て貰えず、何年も格子暮らしの生活。
自分が何故こんな生活を続けねばならないのかと、そんな疑問を持つ事すら出来ない時に。
だが今の少女はそれら全てを理解し、許容し、その上で笑って過ごしている。
それはただ無邪気というには済ませられない、確かな強さの有る笑顔。
勿論男や女、屋敷の住人達が大好きで、ここの生活が大好きだからというのも大きい。
まだまだ子供らしい感性を持ち、その無邪気さが強いからというのも無くは無い。
それでも老爺は少女の笑顔の奥に有る強さを、少しばかり尊敬を覚える程に感じている。
「私は暫く、御付き様を恨みました。旦那様を殺したあの方を。あの方が悪い訳では無いのに」
「・・・ああ」
老爺は過去の出来事を吹っ切るのに、割り切る事に時間がかかった自分を知っている。
境遇は違うが事情を知っていても笑顔で居続ける、という事に少しだけ共感を感じている様だ。
「御付き様が旦那様を殺したのは、全て旦那様の自業自得。そう解っていても、当時の私には中々割り切れなかった。一番辛いのは、きっと旦那様によって呪われたあの子なのに」
老爺は少女の笑顔を見つめながら、過去の自分を見つめている。
世話になっていた主人を、友人を、恩人を殺した主人の娘。
恨む対象であり、それでも可愛いと思う娘。不憫だと思える娘。
その娘に対して、老爺は自分の感情を上手く整理できなかった過去が有る。
「本当に、強い子ですねぇ・・・自分を小さく感じる程に」
だが昔の不甲斐ないと思う自分を、老爺は笑顔で語っていた。
屋敷の住人達が少女を可愛がるのと同じ様に、自分も女を可愛がっていた事を思い出しながら。
老爺の言葉はもはや過去の話。暗く語る様な物ではない。
今はもう割り切っているし、出来れば幸せになって欲しいと思っているのだから。
「おや、旦那様、手を振られていますよ」
「あいあい、今起きるよっ、と」
二人が自分を見ている事に気が付いた少女は、段々畑の上の方からニパーッと笑ってぶんぶんと手を振っていた。
少女に応える為に男は体を起こして手を振り、老爺も小さく振って返す。
そこには不幸な影なんてものは何処にも見えない、穏やかで幸せな空間が確かに有る。
老爺にはその事実こそが少女の強さの証だと感じ、これからも変らないで欲しいと願う。
「「あ」」
昔と今、そして未来への想いを少女に向けながら手を振っていると、少女はパタパタとこっちにかけて来ようとしていた。
だがその途中足をもつれさせ、坂をゴロゴロと転がっていく。
「お、おいおい!」
それなりに上の方でこけた為、かなり勢い良く下の方まで転げ落ちていく少女。
男は慌てて駆け寄るが、傍に着く頃には既に一番下まで到着していた。
少女はよろよろとふらつきながらも起き上がり、どうやら怪我らしい怪我はない様だ。
だた目が回っているのか、立とうとしても上手く立てずにコロンと何度も転がっている。
「おいおい、無理するなって。ほら、運んでやるから。痛い所が有ったらちゃんと言えよ?」
男は少女に怪我が無さそうな事にほっと息を吐きつつ、起き上がれない少女を抱きかかえる。
少女は少し申し訳なくしながらも、嬉しそうに男にキュッと抱き付いていた。
「ふふっ、懐かしい光景ですなぁ・・・」
老爺にとってそれは、かつての主人とその娘を見ている様で、余計に笑みが零れるのであった。
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