角が出来た時期。

暑くもなく寒くもない心地いい陽気が最近は続いている。

もう少しすれば暑い日々が来るだろうが、まだ今は何とも心地良い時期。

となれば少女が睡魔に負けるのは何時もの事。

ただ何時もと違うのは、少女が枕にしている物だろうか。


ポカポカと暖かな日差しの差す庭で胡坐をかいて座る虎少年。

その足の上に寄りかかる様にして少女は寝ており、ついでに猫も一緒になって寝ている。

虎少年は優しい笑みで少女と猫を撫で、ふと後ろから聞こえて来た足音に顔を上げる。


「此方に居まし―――」


やって来たのは少年で、どうやら虎少年を捜していた様だ。

だが虎少年が指を口に当てているのを見て、その膝に居る少女が寝ている事に気が付く。

少年は胸の奥にモヤッとした物が生まれるが、少し目を逸らして自分を誤魔化す。

ただなぜ目を逸らして誤魔化したのかは相変わらず自覚が無い。


「僕をお探しだった様ですね」

「ええ」


虎少年は少女を起こさない様に小さな声で少年に訊ね、同じく小さく返す少年。


「ここで良い話でしたら、聞きますよ」

「・・・じゃあ、お隣失礼します」


少年は二人の隣に座り、その視線は気持ち良く眠る少女に向かう。

無邪気な少女だからなのか、少女に善意を向けるからなのか、虎少年を警戒する気配は無い。

それを確認したせいで、先程誤魔化したはずの嫌な気分がまた鎌首をもたげる。


「貴方は、その子をどうするつもりですか?」


ずっと気になっていたけれど、だけど聞けなかった事を訊ねる少年。

少女は奴隷だ。そう扱われてないとはいえ、奴隷という身分なのは間違いない。

つまりは金銭で取引される可能性のある立場だ。

男が頷く程の金額をもし用意出来るなら・・・少年はそんな事を考えていた。


「・・・正直、解らないんですよね。この子が幸せに暮らしているならそれで良いという自分と、自分で恩を返したい、自分が彼女を笑顔にしてあげたいと思う自分が居るんです」


虎少年が屋敷に長く居る理由は、少女が幸せかどうかを確かめる為だ。

だがそんな物、初日で解ってしまった。解らないはずがなかった。

少女はとても可愛がられており、本人も見ている方が笑顔になる笑顔を良くしている。

あれを見て、この屋敷で過ごす毎日が辛い等と思えるはずがない。


けど、それでも、虎少年はまだここに居る。

少女の傍に自分が居たいという想いが未だ屋敷に留めている。

それは自分が助けてあげたかったという未練と後悔。

そして何よりも、少年とは少し質の違う少女への好意。

自分を助けてくれた憧れへ向ける、ヒーローに向ける様な感情。


「その子は、屋敷に必要な人です」


そんな虎少年に、少年は真っ直ぐな目でそう語った。

短い言葉だったが、とても雄弁な理由。


「・・・うん、そうだと思います。本当に、彼女は望まれてここに居る。望んでここに居る」


少年の言葉に頷き、少女の頭を優しく撫でながら答える虎少年。

その目はとても優しく、けど何処か残念そうな目をしている。

出来れば自分も、その一員に居られれば良かったのに、と。


二人の会話はそれ以上は無かった。

少年は言いたい事を伝えたし、虎少年も反論する事なんて無い。

後はお互いに、只々自分の感情に整理をつけるだけだ。

ただその整理が一番難しく、本人達も自分で理解しきれていない事なのだが。







「なーんか、懐かしいな」


その光景を窓から眺め、苦笑いをしながら口にする男。

男二人に女一人。弟と姉と友人という間柄ではあったが、昔を思い出す光景だと。

ただ男達の関係はあんなに微笑ましい物ではなかったし、男と友人は女に良く殴られていたが。


「ま、俺達の傍に居たのはあんな可愛気の有る女の子じゃなかったが」

「私も旦那様は凄く気持ち悪かったと記憶しています」

「俺もゴリラみたいな女が居たのはよく記憶してるよ」

「まあ、どうやら旦那様は少しばかり脳が不自由に・・・そろそろ痴呆が始まったようですね」


男の言葉に反応して貶しだす女と、笑顔で嫌味を返す男。

二人共口元は嗤っているが目が笑っておらず、暫く無言の時間が続く。


「「あ゛?」」


タイミングを合わせたかのような睨みあいの後に響く打撃音と、崩れ落ちる男。

今日も今日とて女の勝利の様だ。

響く音に虎少年の耳がぴくぴく動いており、またやっているのかと思われている。

まだ来て数日の虎少年に慣れられる程、何度も殴り合いをしているのは如何なものか。


「それで、聞きたい事は聞けたんですか?」

「いっつ・・・あー、成果は無し。少年が見た時には既に角が有ったそうだ」

「成程、であればあの角はその時に出来た物ではないのかもしれませんね」


寝転がる男に本題を口にする女だが、男の答えは期待を裏切るものだった様だ。

見るからに残念だという様子の女。ただ男も同じく残念そうにしている。


少女の角が何時できたのか、何故出来たのか。

出来た理由が女と同じなのか、それとも違うのか。

それらを調べたかった故に虎少年に話を聞かせて貰ったのだが、成果は何一つなかった。

いや、一応その時既に角が有ったという情報は成果かもしれないが。


「本人が全く覚えてないのがなぁ」

「あの子は今でも幼く、当時はもっと幼いでしょう。覚えていないのが普通かもしれません」

「まあ、そりゃ、確かにな・・・」


ただ少女は角を出した時の事を覚えていない。

その事が原因ではないかと二人共思っていはいるが、だからといってどうしようもない。

少女は女より安定しているし、今まで力を使ったのは誰かの為だ。

だからこそ二人は少女の角は何が違うのかを知りたいのだが。


「ま、しょうがない。解らんものは解らん」

「ええ、犯人達に生存者も居ませんし、致し方ないでしょう」

「・・・しっかし、あの少年達はどうすんのかねぇ」

「どうも何も本人達が良く解ってない様子ですし、下手に触れずにいてあげる方が宜しいかと」

「そりゃそうなんだがな・・・微笑まし過ぎるわ」


とはいえ情報の無い事を何時までも悩んでいても仕方ないと、二人は思考を切り替える。

そして視線を三人に戻して、何ともむず痒くなる様な気分で眺める男であった。

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