猫。

ある日の朝、少女が畑仕事をしていると、何処からともなく奇妙な音が聞こえた。

ぶな~という、何だか不細工な感じの鳴き声の様な音。

しゃがれた様な音なのもそう感じる要因だろう。


一体何だろうと少女がキョロキョロしていると、畑の一角からそれは現れた。

丸いぼてっとした感じの体に、同じく丸い潰れた不細工な顔の生き物。

耳や尻尾の形状から猫だと判断は出来るが、凄まじく不細工である。そして恐らくまだ子猫。


猫にあるまじき不細工さに、少女は一瞬何の生き物か解らなかった。

なので少々身構えたのだが、猫は無警戒に少女に近づいて行く。

そして足元でまたぶな~と鳴き、少女の足に頭をすりすりと擦り付けていた。


その様子に少女はニコッと笑って警戒を解き、しゃがんで頭を撫でる。

猫は嬉しそうにぶな~と鳴くと、撫でている手とは反対の手をペロペロと舐めだした。

少女は猫の舌がざりざりしている事に一瞬驚き手を引っ込めるが、寂しそうにぶな~っと鳴く猫に負け、舐めやすい位置に手を差し出す。


すると猫はまた嬉しそうに舐めだし、少女は何だか不思議な感触に困惑しつつ猫を撫でる。

その後も猫は少女の手を何時までも舐め続け、その間少女もずっと猫を撫で続けていた。

少女はポや~ッとした気分で、畑仕事の事も完全に頭から抜けている様だ。


「角っこちゃん、座り込んでどうしたの? 大丈夫、お腹でも痛い・・・って、何それ」


その結果何時まで立っても戻って来ない少女を心配し、彼女が迎えに来た様だ。

少女が背を向けて座り込んでおり、腕が微妙に動いていた事で擦っていると思ったらしい。

だが覗き込みにいった結果、何だか良く解らない生物が少女の足元に居て、それを撫でていた。

余りに不細工で、彼女もそれを猫だとは思えなかったらしい。


「何この、何、えっと、ぶっさいくな・・・え、本当に何これ」


余りにも余りな言葉ではあるが、実際不細工なので仕方ない。

かろうじて猫と解る鳴き声が無ければ、たとえ耳と尻尾が有っても何だこいつはと思うだろう。

そもそもその鳴き声も潰れた様なぶな~という鳴き声なので、尚の事不思議感が強い。

少女も彼女の言い分は少し酷いのではと思いつつも、納得してしまうのが事実だった。


「猫・・・猫? いやでもこれ、猫にしては、すっごいぶっさいく・・・」


彼女は完全に困惑した様子で猫を観察している。

耳と尻尾から猫だと判断した少女が間違っているのではと思う程に。

だが猫は特に気にせず少女の手をずっとペロペロと舐め続け、少女も不安げに首を傾げて彼女を見つつ手はずっと猫を撫でている。


「っていうか、赤っ! 手が真っ赤じゃない! 何時からそうしてたの!? 駄目だよ、野良なんだからバイキン入っちゃうよ!」


彼女は猫の舐めている少女の手を見て、手の甲が真っ赤になっている事に気が付いた。

ずーっと猫に舐めさせていたので、猫のザラザラな舌によって肌が傷ついていた様だ。

彼女は慌てて少女を猫から引きはがし、そのまま抱きかかえて水場に向かう。


「取り敢えず一旦水で洗って、その後消毒するよ。駄目だよあんなになるまで舐めさせたら。野良の生き物はどんな菌を持ってるのか解らないんだから」


珍しく真剣に叱る彼女に様子に、少女はしゅんとしながら手を流水で洗う。

暫く洗い流したら消毒の為に屋敷に戻るが、背後から寂しそうにぶな~と鳴く声が響いていた。








消毒をしてガーゼと包帯を巻かれた手で朝食を摂り、その際に女にも手の事を注意された。

その上水で濡らしても大丈夫な様に防水手袋迄つけられる始末だ。

きっとこの後包帯を塗らすであろう事を先読みした女の対処である。


女に注意された事で一時完全にへこみ切る少女であったが、暫くして今度は気を付けようと気合いを入れ、それと同時にもう猫は居ないだろうなと思いながら畑に向かう。

すると裏庭の扉を開いたところで、ぶな~という鳴き声が聞こえて来た。

足元を見るとすりすりと寄って来る猫が。どうやらずっと待っていたらしい。


だが先程叱られたばかりなので少女はそのまま畑に足を進めると、猫もぼてぼてと付いて行く。

立ち止まるとまた足にすりついて、歩を進めるとまたついて行く。

完全に懐かれた様だ。少女はどうしようか悩み始め、唸りながら猫を見つめる。


すると猫からぎゅるると音が聞こえた。泣き声ではない、お腹のなるような音。

いや、実際猫の腹からなったらしいそれを聞き、少女は何かにピンときた様子を見せた。


少女は畑を見回すとパタパタと走り出し、猫は慌てた様子でポテポテと付いて行く。

だが猫が大した距離を歩く前に少女はパタパタと戻って来て、水でジャバジャバ洗うと猫の前にポンと何かを置いた。それは冬時期に成る根野菜の一つ。


既に水洗いもしてあるそれを見て、猫はクンクンと匂いを確かめはするものの食べはしない。

少女はおかしいなと思いながら、もう一本抜いて来た物をバリバリと食べる。

すると猫はじーっと少女を見つめたと思ったら、同じ様に野菜を食べ始めた。


ちゃんと食べてくれた事に少女はニコーッと笑顔になり、猫も美味しいとでも言う様にぶな~と泣き声を上げながら食べている。

一人と一匹の意外と大きいバリバリという音が畑に鳴り響き、その音が気になったのか単眼がやって来た。


「あ、つまみ食いしてるな~・・・何、これ・・・」


少女が珍しく誰の目も無い所で間食しているので「みつけたぞ~」という様子でやって来た単眼だが、猫を見て困惑の様子で固まった。

どうやらこの猫を見る人は固まる様だと、バリバリと咀嚼しながら少女は呑気に考えている。

ついでに単眼の分の野菜もはいっと差し出しているが、単眼は受け取りはしたもの視線は猫に固定されていた。


「え、これ、猫・・・? これが朝聞いた子、なのかな?」


やはり彼女と同じく困惑気味に猫と判断し、目を細めながら見つめる単眼。

だが少女に懐いている所を見て、彼女から聞いた猫だと判断した様だ。


「何の生き物なのか悩むわね、この子。今も野菜をバリバリ食べてるし」


単眼は少女の隣にしゃがんで猫を見つめながらそう呟く。

その呟きに少女はえっという顔をしたので、単眼はクスクス笑ないながら続けた。


「だって、野菜を食べる猫って珍しいよ? 肉食だし」


単眼の言葉に驚きながら猫を見るが、猫は変わらず美味しそうに野菜を食べている。

その様子に、もしかしてこれは猫ではないのでは、と少女も思い始めた。

だが猫以外にそれを表現する生き物が無く、結局暫定猫と判断した様だ。


「しかし、餌あげちゃったかー・・・撫でる程度ならともかく、餌あげると居付いちゃうんだよねぇ。他の野良猫も来ちゃうし、どうしようかなぁ」

「ならば飼うか」

「ひゃう!? 先輩何時の間に! びっくりしたぁ~、足音殺して近寄るのは止めて下さいよぉ」

「その野菜の音がうるさいだけだ。私は普通に歩いて来た」


女の言う通り、別に忍び足で来たわけでも何でもなく、単に野菜の咀嚼音が煩いだけである。

ただし驚いているのは単眼だけで、少女は気が付いていた。

猫は特に気にせず一心不乱に食べている。


因みにこの間少女もずっとバリボリ食べている。

先程の悩んでいる最中も、頬を膨らませながら真剣な顔で悩んでいた。

単眼がくすくすと笑っていたのはそのせいでも有る。


「良いんですか? 旦那様の許可無く決めて」

「畜生の一匹程度問題はない。ただし今回は特別だ。次は迂闊な事はしない様に」

「畜生って・・・先輩、もうちょっと言い方が・・・」


女は単眼の言う事をスルーし、猫をひょいと持ち上げる。

猫はいきなり食事を中断されて持ち上げられた事に不服な様子でぶな~っと鳴いたが、女を見て逆らってはいけないと本能で理解し、何でも無いですという様にぶなっと短く鳴いていた。


「取り敢えずコイツは病院に連れて行く。何を持ってるか解らんからな。触ったなら石鹸で洗っておけよ」


女はそう言うと、猫を摘まんだまま屋敷に戻り、適当な籠に猫を入れる。

そしてバイクにセットして、豪快なエンジン音を鳴らして走って行った。

因みに使用人服のままである。


「良かった・・・のかな?」


首を傾げながら少女に問う単眼だが、少女もこれで良かったのかと首を傾げていた。

だが次第に、自分のせいで余計な負担を作ってしまったという事実に気が付く。

その不安を単眼に告げると「大丈夫だよ」と優しく言われて抱きかかえられるが、それでも不安な気分でギューッと抱きつく少女であった。









「野良にしては健康だった。ただし普通より少し体が弱いらしい。面倒を見てやらなければ死ぬかもしれんと医者が言っていた。だから、まあ、お前に拾われて良かったんだろう。今後はきちんと面倒を見てやるんだぞ」


帰って来た女はそう言って、猫を少女に手渡す。

恐らく悩んでいるであろうと思ったフォローだろうが、少し不器用では無いだろうか。

それでも女の気持ちを理解した少女は嬉しそうな笑顔を見せている。


ただ事実として猫の体は若干の奇形であり、野良では生きて行けない可能性が有った。

それを考えれば飼われる事になったのは結果として良かったのだろう。


「それでこんなに不細工なんですねー」

「いや、それは関係ない。顏周りに不具合は無い。ただ不細工なだけだ」

「あ、そすか・・・」


彼女の言葉を即座に否定する女。どうやら不細工なのは単純に不細工なだけらしい。

少女は手の中でぶな~っと鳴く猫ににこーっと笑顔を返し、新しい家族を歓迎するのであった。


その様子を見てふうと一息吐き、女は男の下へ向かう。

男に猫の事を報告し、何で勝手に決めるのかとひと悶着し、いつも通り殴り倒した男を眺めながら静かに口を開いた。


「旦那様、あの猫はおそらく余り長くは無いかと」

「・・・あー、病気?」


男は起き上がろうとしたが起き上がれなかった。膝に来ている様だ。

なのでそのまま寝転がりながら話を続ける。


「病気といえば、病気なのかもしれませんが・・・生まれつきの体の弱さ、と言ったところでしょうか。体も若干奇形の様でしたし」

「成程。それはあの子には?」

「言っていません。ただ面倒を見てやらなければ死ぬだろうと」

「そっか・・・」


しんみりした様子で語る二人。

これは少女の為に、先が短くとも大事な時間になるだろうと思っての事。

態々終わりが早い等と言うよりも、大事にしてやれと言う方が良いと。

真剣な様子の二人ではあるが、片方が床に寝そべっている様がどうにも間抜けな絵面であった。


「その状態で真面目な顔しても間抜けなだけですよ。かっこわる」

「うるせえ! お前がしたんだろうが! くっそ、膝が、力が入らねぇ!」


この二人に「ずっと真面目な時間」は有りえない様だ。

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