犬も不満。

犬は最近、散歩が少しつまらないと感じていた。

勿論散歩に出るのは楽しいのだが、以前のように走れなくなっている事に不満を覚えている。

なにせ最近は少女が散歩に付いて来てくれない。

つまりリードをつけながら全力で走ってくれる人が居ないのだ。


彼女は長距離の散歩も嫌がらずにしてくれるが、走る事が殆ど無い。

羊角は彼女よりものんびりと歩くし、絶対に走らない。

単眼は他の皆より一歩が大きいので少し早めに歩けるし、走ってくれる事も有るが、そんなに散歩に出る頻度が多くない。

複眼はそもそも滅多に犬の散歩に出ない。


という訳で少女だけではなく、犬の不満もたまっているのだった。

運動が好きな一匹と一人が運動が出来ないとどうなるか。

それはお互いの運動不足を解消するかのように、庭で並んでかけ回るのであった。


犬はワフワフとご機嫌に吠えながら少女の横に並び、少女をもそれを確認して満面の笑みを見せながらバタバタと走る。

少女の走り方は少々不格好なのだがそれでも早く、犬でも全力で走らないと追い付けない。


犬はそれがとても楽しいらしい。

ただ走り回るのではなく、一緒に走ってくれる少女が居る事が楽しいのだ。

少女も一緒に走れない事を残念と思っていたので、犬が楽しげな様子を見て喜んでいた。

途中で偶に転ぶのはご愛敬だろう。速度が速度なので良く止まれずにゴロゴロと転がっている。


「いつかバターになるぞ、あれ」


男は二階からそれを眺め、元気だなと思いながら呟いていた。

声音は少し呆れ気味だったが、その口元は小さく笑っている。


「最近外で走れてませんからね、おチビちゃん」


その呟きを聞いていた単眼も庭を眺め、少女の様子にクスクスと笑いながら応える。

見つめる目はとても優しく、傍から彼女を見ても気分が良くなる事だろう。

実際に男もその様子に素直に笑顔を見せ、再度少女に視線を落とす。


「・・・まだ、駄目そうですか?」


だが暫く眺めていると、単眼が少し寂し気な表情で男に訊ねた。

男は横目でその表情を見つめてから視線を庭に戻す。


「屋敷周辺なら大丈夫だとは思うんだが・・・暫くは念の為、な」

「そう、ですか」


男の言葉に反論する事は無く、少し寂し気に納得する単眼。

使用人達も詳しくは聞かずとも、少女が特別な事は解っている。

以前に女と少女の事で騒動が有った事はまだ記憶に新しいのだから。


「暖かくなる頃には、またお出かけしたいですね」

「ああ、そうだな・・・」


単眼の呟きに応えながら、おそらくそれは無理だろうと男は思っている。

友人から貰った情報では、蝙蝠男はまだ少女を捜していると報告されていた。

男もこちらから何か手を打てないかと相談をしたが、それは逆に少女の存在を教える事になりかねないと、やり過ごす方向で方針が決まっている。


そうなるともうすぐ冬も終わるこの時期では、暖かくなる頃はまだ動けない可能性が大きい。

だがそれを態々言って余計に暗い顔をさせる気にはなれず、男は真実を伝えなかった。


「優しいな、お前さんは」

「普通ですよ。それに皆同じ気持ちだと思いますよ?」

「そっか・・・そうだな・・・」


皆同じ。単眼のその言葉に男はつい先ほどの暗い気持ちが無くなるのを感じた。

我ながら単純だなと思いながらも、彼女達が屋敷の使用人で良かったと、男は今更ながら感じている様子だ。


「何より一番心配してるのは先輩と旦那様じゃないですか」

「あー・・・そう見えるか?」

「ええ、見えますよ」


単眼に何を今更な事をという風にクスクスと笑いながら言われ、男は照れくさそうに応える。

二人は何処か和やかな空気を持ちながら、心地よい気分で少女を想い見つめていた。










「なんか良い空気?」

「でもあの二人だし、特にそういう感情は無いと思うけど」

「いやいや解んないよー、旦那様だって男だし、あの子はなんだかんだ言って中身は良いし」

「アンタ、それだと中身以外は悪いって言ってるみたいに聞こえるけど?」


そんな二人の様子をコソコソを盗み見る彼女と複眼。

因みに複眼の言う通り二人に特に思う所はない。

純粋に少女を想い、和やかな時間を心地よく過ごしているだけだ。


「聞こえてるんだけどなぁ・・・全くもう、どうしてくれよう」

「あの馬鹿は・・・そもそもお前こそ男を見つけろよ」


そしてその声は単眼と男の耳にも届いており、まるで隠れられていない。

男は頭を抱えて溜め息を吐き、単眼は彼女に何かしらの制裁を加える事を決めるのであった。

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