海。
少女は今日、海に来ていた。ただし海水浴場の類ではなく漁港である。
真冬の寒空の中だが、少女にそんな事は関係ない様だ。
来てからずっとワクワクが勝っており、楽し気にきょろきょろと周囲を観察している。
勿論ちゃんとモコモコの冬仕様なのだが、それでも冬の海の風は冷たいだろう。
その証拠に少女に付いて歩いている二人、単眼と彼女は少し寒そうにしている。
因みに何故漁港に来ているかというと、男が仕事で向かう予定の場所に付いて来たからだ。
前日の夜に港に行くと聞いた少女は、男に対し「行ってみたい」という目をキラキラをさせて向けていた。
勿論少女自身には完全な無意識の行動なのだが、男はその要求を断れなかった。
「行ってみるか?」
その一言に少女はぱぁっと顔を輝かせ、男にぎゅっと抱き感謝と喜びを伝える。
まあこの程度の事でここ迄全力で喜んでくれるなら良いかと、男は苦笑しながらも少女を連れて来るに至ったという訳だ。
ただし男は仕事であり、少女の面倒をずっと見ている余裕は無い。
という事で少女のお目付け役に、彼女と単眼も一緒にやって来ている。
女も少女に付いて行きたかったのだが、今日はやる事が有るらしく留守番の様だ。
女性三人で港に来れば、荒々しい人間の多めな漁師達には大分歓迎され、既に色々ともてなされていた。その内がちょろちょろ動く可愛らしい子供となれば余計だろう。
幾人かは彼女に鼻の下を伸ばしていたが、流石に子供の目の前ではめは外せなかった様だ。
単眼は大きさに気圧される様子の無い漁師達の反応は少し嬉しいのだが、とはいえ荒っぽい人が多いので少し苦手な様子だ。
逆に彼女は一緒になって騒ぎ、皆で少女を可愛がっていた。
当然少女は皆に笑顔で応えるので、余計に可愛がられる事になる。
その素直な反応と人懐っこさで何時も通りに振る舞い、気が付くと結構なお土産を貰っていた。
ただ今はもうその様子もひと段落して、少女は港をちょろちょろ興味深げに散歩している所だ。
最初は水平線に感動していた様子だったが、今は港の傍にある物に興味が有るらしい。
「お、角っこちゃん、そこに何か居るよ。ほらほら」
海を指さす彼女に呼ばれてトテトテと傍に寄り、しゃがんで海をのぞき込む。
するとそこには群れで泳いでいる魚が居り、わーっと目を輝かせて見つめる少女。
ただ足場から海まで結構な高さが有り、少女はもっとよく見る為に頭を下げていく。
だがそれで前のめりになったのがいけなかったのだろう。
そのまま体がゆっくりと海に向かって倒れていく。ワタワタと手を動かすも既に遅い。
落ちる少女に驚きながら、彼女は慌てて少女に手を伸ばす。
「うわぁっ!? あ、ちょ、おちっ! たすけっ!」
「ちょっ、何してるの!?」
彼女は慌てて少女を抱き留めるも、体勢が悪く自分も落ちそうになっていた。
だがすんでの所で単眼が二人を掴み、何とか真冬の海に落ちずに済んだ様だ。
単眼の力でなければ被害者が三人に増えていた所だろう。
「あー・・・びっくりした」
「びっくりしたのはこっちよ・・・何してるのよ」
心底驚いた様子の彼女は地面にへたり込み、単眼もいきなりピンチにかなり驚いていた。
少女自身も驚いてはいたのだが、原因が自分という自覚が有りアワアワしている。
そしてはっと気が付きぺこりと頭を下げ謝罪をする少女。その頭を単眼が優しく撫でた。
「ん、今度は気を付けてね。あんまり端っこに行ったら危ないからね?」
優しい笑みと共にされた注意に少女はコクコクと頷いた。
ただその顔はまだ少し優れない様子だったので、単眼は抱きかかえてから更に頭を撫でる。
「誰も怒って無いから大丈夫。おチビちゃんが心配だっただけだから」
単眼の言葉が嬉しくて、感謝の気持ちと共にギューッと抱きつく少女。
その様子に単眼はほっと息を吐き、少女を優しく抱き返す。
「あ、あたしもあたしも。あたしも助けたよー?」
と、単眼の下から声がしたので彼女に少女を渡すと、素直にギューッと彼女に抱きつく少女。
当然彼女も抱き返し、キャッキャッと機嫌良く戯れている。
ご機嫌の戻った少女を下ろし、今から漁に出る船や、帰ってきた船なども見に行く三人。
それぞれの船を見ながら少女はいちいちはしゃいでおり、それを見かけた漁師達も笑顔を向けている。そして更に増えるお土産。
気のいいお爺ちゃん漁師の船に乗せてもらったり等もあり、少女は終始可愛がられ、楽しい港の事が一つ思い出になるのであった。
当然だが男は仕事なので完全別行動であり、単眼が乗れる車を運転するので余計に疲れている。
ただ少女の喜ぶ様子を見て、まあ良いかと思いながら帰る男であった。
完全に娘に甘々なお父さんである。
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