ゆるふわ。

「角っ子ちゃん、髪型変えてみない?」


 単眼の膝の上でリスの様にカリカリと食べていたクッキーを飲み下し、少女は首を傾げる。

 口の端にクッキーのかすが付いているが、全く気が付いていない様だ。

 その視線の先にはファッション系雑誌の髪型のページを開き、ずいっと少女に見せる彼女の姿があった。先の発言も彼女の物である。


「急にどうしたの?」


 クッキーのかすの付いた少女の口元を拭きながら、同じ様に首を傾げて訊ねる単眼。

 少女は目を瞑りながら口を突き出す体勢で待ち、拭き終わるとぺこりと単眼に頭を下げた。


「いや、角っ子ちゃん髪伸びて来たのに基本ずっとストレートじゃん。折角伸びたんだし、別の髪型してみないかなって」

「前したじゃない、ツインテール。お揃いで」

「うぐっ・・・!」


 彼女の言い分を聞き、良い子良い子と少女を撫でながら答える単眼。

 ただその返しで彼女はツインテールで一日仕事をした事を思い出したらしい。

 少し顔を赤くしながら顔を俯かせている。


 その間に少女は次のクッキーを手に取り、両手で持ってまたカリカリと食べ始める。

 彼女が中々復帰しないので単眼も同じ様に一つ取ってパクリと食べた。


「そ、その事は措いておいて、ほら、こういうゆるふわカールとか」


 何とか復帰して話を再開する彼女。

 もぐもぐとクッキーを咀嚼しながら彼女の言い分を聞く単眼と少女。

 良く解らないけど彼女がやって欲しいのならば、と少女は頬を膨らませたままコクコクと頷く。

 どうやら話に集中し始めて、口に含むばかりで飲み込んでいなかった様だ。


 その様子に吹き出しそうになる単眼と彼女だったが、ぐっと堪えて少し震えるだけで済ませた。

 少女は二人の様に首を傾げるが、はっと口の中の物に気が付く。

 慌ててモグモグと口を動かして飲み込み、ぷはっと息を吐いた。

 ただ口の中がパサパサになったらしく、もにょもにょと口を動かしている。


「はい、飲み物をどうぞ」


 単眼は若干声を震わせながら少女に水を渡し、少女はコクコクと水を口に含む。

 水分を取り戻す様にゆっくり飲む姿を眺め、少女が飲み終わるのを待ってから彼女は会話を再開した。というか、笑っていて再開出来なかった


「だからさ、こういうの絶対似合うと思うのよ」

「ふーん、出来るの?」

「・・・出来る・・・と思う・・・いや待ってごめん、出来るかもしれない?」


 素朴な質問に彼女は少し悩みながら答えるが、誰がどう聞いても信用出来る言葉ではない。

 単眼は一つしかない目をジト目にして彼女に向けている。


「うん、解った。自身無いのね」

「いや違うのよ。自分になら出来るけどさ、こう、人にやってあげたりとか、人の似合う髪型とか出来るか少し不安じゃん?」

「あー、ちょっと解るか―――」

「私にお任せなさい!」


 そこに颯爽と現れるたる人物。

 それはどこから話を聞いていたのか、ヘアアイロンを持って構えている羊角であった。

 しかもちゃんと巻き髪用の丸いタイプであり、確実に話を聞いていた事が伺える。


「あんたどっから沸いたのよ・・・」

「ていうか、どこから話を聞いてたの、準備良すぎるよ・・・」

「良いから良いから。ホラホラ危ないから天使ちゃんはこっちの椅子に座りましょうねー」


 呆れた様子の彼女と単眼の言葉を流し、少女を抱えて別の椅子に座らせる羊角。

 いそいそと近くのコンセントにプラグを差し込み、アイロンのスイッチを入れた。

 少女は今から何が始まるのかと、見覚えのない道具にワクワク半分緊張半分といった様子だ。


「んっふっふ・・・どうしよっかなー、どういう風にしようかなー」

「笑い方が気持ち悪い」

「笑ってる顔も今のはちょっと気持ち悪い」


 楽しげな様子の羊角だが、同僚二人の言葉は辛辣である。

 実際女性がするのは少しどうかという笑顔ではあったので致し方ないかもしれない。

 ただ少女の背後にいるおかげで、その笑顔は見られていなかった事は救いだろうか。


「やる前に一応注意を。これ結構熱くなるから、変に動いちゃ駄目よ? 火傷しちゃうからね」


 羊角の注意に真剣な表情でコクコクと頷く少女。

 その様子を見て少女の頭を撫で、そのまま少女の髪を櫛で梳いていく。

 ある程度梳いたら熱を持ったアイロンを手に持ち、用意の良い事に鏡もテーブルに置いた。


「これでどうなっていくか見えるでしょ?」


 少女の顔を覗き込みながら告げると、少女は心から嬉しそうな顔を羊角に向ける。

 それだけで羊角は鼻血を出しそうになっていたが、ぐっと堪えて平常心を装った。

 だって折角少女に触れ、少女の髪をいじれるのだ。

 このチャンスを不意になどしてなるものかと、優しいお姉さんの笑みで返した。


「堪えてる堪えてる」

「うん、頑張って堪えてるねぇ・・・」


 同僚二人にはバレバレの様であるが、少女に気が付かれていないので問題ない。


「じゃ、始めるから、じっとしててねー」


 羊角は少女の髪を手に取り、コテで挟んで撒いていく。


「あんまり大きく取り過ぎずに、これくらいの分量を撒いて、下に引く様にして行くの。そして今度は毛先を逆向きにすると・・・ほら、これだけでゆるっとカールがひと房出来たー」


 簡易な解説をしつつ、手慣れた様子で巻いて行く羊角。

 そして出来たカールに少女は魔法でも見たかのような驚きを見せていた。

 少女の反応に満足しながら心の中でガッツポーズをし、羊角はにこやか笑顔で説明を続ける。


「で、これを繰り返して、ふわっとした髪を作っていくの。真ん中あたりはこうやって内巻きになる様にすると小顔に見えるんだけど・・・天使ちゃんは可愛いしそんなの関係ないかもね♡」


 そうして雑談と説明を交えながら髪を巻いていく羊角だが、少女は少し危険な状態になっていた。


「角っ子ちゃん、寝そうなんだけど」

「おチビちゃん頭撫でられるの好きだからねぇ・・・長時間頭を触られて気持ち良いのかも」


 二人の言う通り、少女は半分寝かけていた。

 本人は寝ない様に必死なのだが、髪をいじられるのがとても気持ち良くて頭が揺れている。

 それでも羊角は流れる様な手つきで作業を進め、ふわふわの髪が段々と出来上がり始めていた。

 ただそれはまだ下半分。頭の上の方はまだ終わっていない。


「よし、出来たわ。じゃあ次は上の方やっていくわね」


 少女は出来たのところではっと目を覚ましたのだが、まだ続くと知りこれは不味いと思った。

 今も既に半分寝かけていたのに、これ以上やられては本当に寝入ってしまうと。

 だが無慈悲にも羊角の作業は開始され、少女は睡魔との戦いを再開する。








「天使ちゃん、おーきて♡」


 その言葉ではっと目を開き、きょろきょろと周りを見渡す少女。

 睡魔と戦っていたつもりが、開始早々に敗北を喫していた事にそこで気が付いた様だ


「あはは、角っ子ちゃん、気持ち良く寝てたねぇ」

「今日は気温も丁度良いし、しょうがないよね」


 二人に寝ていた事を笑われ、少しだけ悔しそうに口をとがらせる少女。

 だがそんな少女もまた可愛く感じ、頭を撫でながら羊角が口を開く。


「しょうがないわ。髪を触っている時って気持ち良いもの。私も寝てしまう事が多いわよ?」


 少女は「本当?」という様子で首を傾げたので、笑顔で頷いて返す羊角。

 彼女と単眼も同じ様に頷き、少女はほっと息を吐いた。


「で、その様子だと忘れてそうだけど、ほら、そっちを見て」


 羊角は少女の視線を鏡に誘導し、少女は素直に顔を向けた。

 鏡には頭のてっぺんから胸の少し上あたりまで、ふわっとした巻き髪になっている自分の姿が。

 それを見た少女は一瞬固まり、理解が追い付かない様子であった。

 少し斜めから見たり、首を傾げて見たり、とにかく少しパニックになっている。


「あはは、それ角っ子ちゃんだよ。可愛い可愛い」

「うん、普段のストレートも可愛いけど、そういう巻き髪も可愛いねぇ」

「天使ちゃんは何でも可愛いけど、今回のは会心の出来だと思うわ!」


 三人に言われ、それが自分だとやっと納得し始める少女。

 そして納得すると、うずうずとした様子でチラチラと皆の顔を見始める。


「あはは、行ってらっしゃい。今の時間なら先輩は事務仕事中じゃない?」


 彼女の言葉にぱあっと笑顔になり、ピョンと椅子から下りてパタパタと走っていく少女。

 だが途中ではっとした顔で立ち止まり、慌てて戻って来た。

 そして羊角の前で立ち止まり、深々とお礼をしてからぎゅっと抱きつく。


「――――!」


 更にニコーッと満面の笑みを向ける少女に、羊角は言葉が出ない様子だ。

 少女は暫く抱きついてから離れ、今度こそパタパタと女の下へ向かって行った。


「おーい、生きてるー?」

「・・・反応が無いね」


 抱きつかれた瞬間から固まっている羊角に声をかけるが、羊角は完全にフリーズしている。

 頭の中は「え、今天使に抱きつかれた? 私から行ってないよね? あれ、おかしいな、今の夢じゃないよね。凄い良い感じに抱きつかれたよね。こう、きゅって。すっごい可愛い感じで」という風に完全に混乱していた。

 以前抱きしめられた時と違い、完全好意からの行動だったせいで処理しきれなかったらしい。

 因みにここまでの事は全て撮っており、羊角の宝物となるのであった。








 なお、ゆるふわカール少女を見た女は、見た瞬間持っていたペンを握りつぶした。

 余程可愛かった様で羊角化し、携帯端末で写真を撮る程に気に入ったらしい。

 勿論男も可愛いと褒めたので少女はご満悦だ。

 二人が褒めてくれたので少女はまた羊角に礼をしに行き、この日の羊角は天に召されそうな程幸せな眠りにつくのであった。起きた時「あれは夢だったのでは」と疑う程に。

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