見るべき真意。
「ふぅー・・・・」
拳銃を両手に持ち、だらんとした状態で息を吐く彼女。
緊張感はある表情だが、気負いのある緊張をしている気配はない。
適度に集中力の高まっている様子が傍から見ているだけで解る様だ。
彼女は暫くじっと立っていたが、とある方向に目を向けてこくりと頷く。
するとビーッと音が鳴り響き、彼女の周囲に大量の板が地面からせり上がって来た。
そしてそれらが現れたのとほぼ同時に何発もの銃声が鳴り響く。
その後また先程と同じビーッという音が鳴り、彼女はふぅっと息を吐いた。
『98点って所か。惜しかったな』
傍に設置されたスピーカーから流れて来る音声の評価は、今の彼女の射撃の点数だ。
彼女は今日、射撃練習場にやってきている。
ただここの射撃場はただ遠くの的を狙う様な物だけではなく、今彼女がやった様に囲まれた状態を想定しての射撃場等もある。
突撃を前提とした物も有るので、単純な射撃場と呼ぶには少し怪しいかもしれない。
「えー、うっそだー。ちゃんと当てたって。どこ外したってのよ。非ターゲットも当ててないはずよー?」
『ほれ、奥のやつが少しずれている』
告げられた点数に不服を口にする彼女。答えている相手は射撃場の店主である。
彼女と店主は旧知の仲らしく、定期的にやってきているそうだ。
先日の射撃の腕前は日々の訓練あってこそなのだろう。
「んー? ・・・本当にほんの少しじゃんか! 普通なら100点くれるやつじゃん! 今日は角っ子ちゃんが見てるんだからかっこつけさせてよ! もう一回! もう一回!!」
『はいはい解ったよ、ちょっと待ってろ』
納得いかないと文句を重ねる彼女。
それもそのはずで、本当にほんの少しずれている程度のものだったのだ。
だが普段は彼女の方が外したと言うので、実際は彼女の我が儘では有るのだが。
当の少女は安全な場所でモニターしており、キラキラした瞳で彼女の動きを見つめていた。
なにせ彼女の射撃の動きはほんの一瞬であり、その動作には無駄がない。
ただただ標的を撃ち抜くだけの存在の様な動きに、少女は見惚れてしまっていた。
「あいつ、あんな事も出来たんだ。通りで射撃が上手い訳だ」
一緒にモニターしている複眼が、少女を後ろから抱きながら呟く。
どうやら射撃が上手い事は知っていた様だが、ここまで出来るとは知らなかったらしい。
少女は「射撃が上手い」という部分に勢いよく首を縦に振り、複眼は思わず苦笑で返した。
三人が射撃場に来ているのは、先日の銀行強盗の件が理由になっている。
彼女としては、あの時の様な自分を少女に見せる気は無かった。
いや、そもそも女以外の屋敷の住人達の誰にも見せる気は無かったのだ。
女は元々彼女がどういう人物だったのか知っており、そこはもう誤魔化しようがない。
ただ少女に銃口が付きつけられ、本人でも予想外な程に切れてしまった。
それは彼女にとって誤算で、見せたくない自分の露見。
彼女にとってあの口調と態度はもう捨てた昔の自分の姿であり、二度とやる気はなかった事。
あれからも少女が変わらず接してくれている、という事は彼女も理解しているのだが、どうにもずっと引きずっている様子だった。
それを見た女が、射撃練習に少女を連れて行けと言い出した。
女は彼女が定期的に練習に行っている事を知っており、いっそ見せてしまえという事らしい。
彼女は最初は嫌がったのだが、女は問答無用で少女に射撃練習の事を話し、彼女が頷けば見に行ってきて良いと伝える。
結果少女はキラキラした瞳を彼女に向け、最早頷く以外の選択肢を奪われた彼女であった。
そして渋々少女を連れて来て、最初は静かに普通の遠間の射撃などをしていた。
彼女の射撃の腕は百発百中と言って良い程の腕で、少女は高評価を叩き出す彼女に凄い凄いとぴょんぴょん刎ねて驚きを見せている。
来た当初はテンション低めの彼女だったが、少女が余りに全力で喜び褒めて来るので「じゃあ今度はこういう物見せてあげようかなぁ!」とテンション上げて先程の射撃をやったのであった。
『用意できたぞ。いくぞー』
「おうよ、いつでもこいやー!」
そのせいか、彼女は普段以上にテンションが高い様に見える。
若干やけくそになっている気がするが、彼女自身も少し感情のふり幅が解っていない様だ。
だがそんな状態でも彼女の集中力は素晴らしく、またも標的を的確に撃ち抜いて行った。
『文句無し、100点だ。相変わらず良い腕だな』
「やったね! 角っ子ちゃーん! 見てたかーい!」
少女が見ているであろう方向を向き、手をブンブンと振りながら射撃場を後にする彼女。
そしてそのまま実際に少女の所までやって来る。
少女はそんな彼女に満面の笑みで抱きつき、尊敬の目を向けた。
彼女は嬉しく思いつつも、やはりどこか複雑な感情が見え隠れしている事を自覚する。
この子はこんなあたしが、あの時のあたしが、本当に怖くないのだろうか、と。
そう思い始めてしまい、無理矢理上げていたはずのテンションが急激に下がってしまった様だ。
彼女は膝を突き、銃を見せながら少女に口を開く。
「角っ子ちゃん・・・その、本当は怖かったりしない? こういう道具って、簡単に人を殺せちゃうんだよ。あたしは解ってて使ってるし、こうやって練習してる。人を撃つ為に練習してる」
銃は人を殺す道具。少なくとも彼女はそう認識している。
そう認識しなければ生きていない生活を過去送っていた。
だからこそ今の生活が幸せで、少女が来てからは尚の事楽しいと思っている。
彼女は殴り合いなんて興味は無いし、好き好んでやる人間の気持ちが解らない。
そういう事が当たり前の世界で生きていて、何の楽しみも見出せなかったから。
この技術も当時生きていくには必要だから使えるようになっただけで、別に好き好んで今も訓練している訳じゃない。
けど、万が一、何かが有った時にはきっと役に立つ。そう知っているからずっと維持している。
だが少女は、暗い顔をし始めた彼女の手を、両手でそっと優しく握った。
「角っ子ちゃん?」
少女が握ったのは彼女が銃を持つ手。その手を握り、銃ごと抱きしめる。
そしてにっこりと、彼女に優しい笑顔を向けた。
少女だって解っている。これは危険な物だと。
色んな事を学習した少女は銃がどういう物か解っているし、解っているからこそ自分があの時どれだけ危険だったのかも理解している。
だから、助けてくれた彼女に感謝の気持ちこそあれ、怖いなんて感情は持っていない。
勿論あの時ちょっと驚いてしまったが、彼女は少女の大好きな人の一人だ。
何時もお世話になっている人の一人で、優しい世話焼きなお姉さんだ。
その人が、自分が危ないからと怒ってくれた。そこを喜んでも、何を怖がるのかと。
その想いを籠めて、今度は彼女の頭を優しく抱きかかえる。
「・・・っ、ははっ、どしたの角っ子ちゃん。そんなにお姉さんにくっつきたいかい?」
彼女は照れ隠しの様に、何時ものテンションでギューッと少女を抱きしめ返す。
その顔は良い笑顔で、つい先ほど前の暗い顔など消し飛んでいた。
それが解った少女も笑顔で彼女に更に抱きつき返す。
「まったく、世話が焼けるのは誰なんだか・・・」
その二人を見て小さく溜め息を吐きながら、少し離れた位置で呟く複眼。
因みに複眼が一緒に来たのは、ついでに自分も練習したいと言ったからだったりする。
その言葉が全て真意かどうかは複眼にしか解らない。
ただ射撃練習に来たいと言いながら、自分の銃を持って来ていないのは何故なのか。
その後は少女も護身用拳銃等を触らせて貰ったり、また彼女の射撃を見せて貰ったりして、帰る頃には完全にいつもの彼女と少女に戻っていた。
尚、少女はノーコンであった。
ゲームの時はちゃんと当てられたはずなのに、と少し納得のいかない少女はふくれっ面になる。
珍しい表情に思わず彼女は携帯端末で撮って後で皆に見せびらかし、羊角の「あー! 私が行けばよかったぁああああ!」という叫びが屋敷に木霊するのであった。
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