危険人物。

 少女は珍しく怯えていた。いや、久しぶりにと言った方が正しいだろうか。

 ビクビクとしながら、ゆっくりと恐怖の存在から後ずさっている。

 そして怯えられている本人は、何故怯えられているのか悩みながら少女に話しかけた。


「あ、あー、えっと、私の事覚えてないかな。この間来たばっかりなんだけど。可愛い顔が泣き顔になるのは、お兄さん少し困るなー」


 話しかけられた少女は更にビクッとし、段々と涙目になりつつある。

 その様子に話しかけている本人も泣きたくなっている様だ。

 前に会った時は怯えられていなかったのに、なぜ二度目でこんなにも怯えられているのかと。

 つい先日、この屋敷の主人の友人としてきたはずなのに。


 そう、少女を怯えさせている人物は男の友人だ。

 今年は余裕が有るのか、先日訪ねて来てから大して日も経たずにまたやって来たらしい。

 因みに今日は男が居ない事を知っており、完全に女目当てで来ている。


「―――おい、貴様、誰を泣かしているのか解っているのか?」


 そこにゆらりと、その友人の背後に現れた女。

 女が現れた事で安心したのか、少女はパアッと笑顔になった。

 そして男も笑顔で振り向いたが、女は言い訳を聞く気が一切ない速度で脇腹に拳を叩き込んだ。


「かはっ・・・!」


 しっかりと踏み込み、回転の力も入ったリバーブローの一撃に倒れ伏す友人。

 女はそれでも止まらず、倒れた友人を何度も踏みつける様に蹴り始めた。

 一撃一撃にかなり芯が通っている。蹴られ慣れている友人だとしても中々に厳しい蹴りだ。


「いっぺん・・・いや、何度でも死ね。滅べ。チリと化せ」

「あぐっ、いたっ、ちょ、まっ、ほんと、これ」

「死ね、死んでしま―――」


 だが踏みつけ続ける女の腰に少女が抱きつき、フルフルと首を振った事で止まる。

 悲しい顔で見上げる少女を見て、女は振り上げた足を、最後に一発思い切り蹴った。


「げはっ!」

「この子に免じてこれで許してやる」


 少女は驚いてビクッと跳ねるが、女が止まってくれた事にほっと胸を撫で下ろした。

 男は最後の一撃が余程効いたのか、震えながら蹴られた所を抑えて丸まっている。

 先程まで怯えていた少女だが、こうなると動かない友人が心配になって来た。

 女の顏と倒れる友人の間をキョロキョロと視線を動かし、不安そうに友人に手を伸ばす。


「あ、ああ、ありがとう、心配してくれるのかい。大丈夫さ、慣れているからね。君は優しくて良い子だね。見た目だけでなく中身も可愛らしい」


 心配する少女に気が付いてにっこりと笑顔を見せると、少女はびくっとして女の後ろに隠れる。

 そして角だけがチラチラと見える様子で、顔すら見せてくれなくなった。


「・・・何で私はこんなに怯えられているのかな」

「貴方が女と見れば見境の無い外道だからではありませんか」

「まった、ちょっとまった。それは聞き捨てならない。まさかそんな事その子に言ったの?」

「いいえ。貴方は女の体を無遠慮に触る男の中のクズだと、気を許すと攫われかねないと教えておいただけです。何もおかしな事は伝えておりません」

「うぐ・・・この間の事まだ怒ってるのね」


 少女が怯えている理由は、先日友人が帰った後に女が話した事が原因だ。

 友人が帰ってからも尻を触られた事に憤っていた女は、少女に「あの男にはけして近づいてはいけない」と、有る事無い事を吹き込んでいた。


 具体的には、可愛いとか綺麗だとか褒め出した場合は攫って連れて行く気だ、と。

 そして攫われると、とっても怖い目に遭うのだと、こんこんと説明をしていたのだ。

 少女は真剣に語る女の言葉を信じ、偶々最初に顔を合わせた少女に「おやお嬢さん、今日も可愛いね」と言った結果が最初の惨状だった。


 そしてその後も何度も少女に「可愛い」と口にした事により、少女の怯えは増すばかりだ。

 だが女に抱きついている事で少しずつ落ち着いて来たのか、片目がちらっと見える程度に友人の様子を見はじめた。

 友人はそんな様子に溜め息を吐きながら、鞄をごそごそとまさぐる。

 そして取り出したるは、棒つきの大きい飴だった。


「これで機嫌を直してくれないかなぁ。攫ったりなんてしないからさぁ」

「やっている事が完全に人攫いのそれですね。何でそんな物を用―――ああ、成程」

「待って、何その理解したみたいな顔。私は子供に手を出して犯罪者になるつもりは無いよ?」


 女の言葉を聞いて、完全に怯えて女の背後に隠れる少女。

 最早見える部分は女のシルエットからはみ出る衣服の端だけだ。

 男は弁解をするが、少女の耳には怖い人の言葉としか聞こえない様になってしまっていた。


 だが何よりも、怖がる理由がもう一つあるのだ。

 そのせいで少女は男を怖がっていると言っても過言ではない。


「あれ、旦那様・・・今日は何のご――――」


 少年がその場にやって来て友人に挨拶をしようとした瞬間、少女は少年を抱きかかえて走って逃げて行った。それはもう全力で。

 いきなりの事態に少年は訳が解らずに連れ去られ、少女はそのまま友人の目の届かぬ所まで逃げてしまう。

 訳の解らぬ展開に、友人はポカンとその様子を見送るしかなかった。


「・・・どういう事?」

「貴方が彼を連れ去る可能性が有る、と言っておきましたので。おそらくそれを恐れて逃げたのでしょう。ああそうそう、可愛ければ男も攫うと言っておいたので、そのせいですかね」

「勘弁して・・・!」


 友人の男は酷い風評被害に泣き崩れるが、真に受けているのは少女だけだ。

 それに気が付くまで少し時間がかかったが、その間は死んだ目で女に謝り続けた。


 ただ友人は気を取り直した後、また腰を引き寄せて殴られていたので反省は全くしていない。

 いや、反省をしていないというよりも、癖になっているのだろう。

 女の傍に寄ると半ば脊髄反射で肩か腰を抱こうとしている。

 今日一日、男が戻るまで何度殴られたかは、数えるのも馬鹿らしい量となるだろう。




 因みに冷静になった二人はある事に気が付いた。

 少女が少年を連れて逃げたという事は、少年を「可愛い」と思っているのだと。

 どうやら少年の初恋が実るには、まだまだ道のりは遠い様だ。

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