目薬。

「あ、おチビちゃん、丁度良い所に」


 可愛らしい高めの声でそう呼ばれ、後ろを振り向く少女。

 振り向いた少女の視線の先には、少女を見下ろして立つ使用人の姿が在った。

 ただし好きで見下ろしているわけではなく、単純に使用人の身長が大きいだけなのだが。

 その身長は二メートルを超えており、威圧感があると言って差し支えの無い体躯だ。


「おチビちゃん、目薬さした事ある?」


 だが使用人は少女に近づくとしゃがんで少女に視線を合わせ、巨体に見合わぬ可愛い声で問う。

 そしてぱちぱちと大きな単眼を瞬かせ、手のサイズに合っていない目薬を少女に見せた。

 少女はその手に在る物を見て首を傾げ、フルフルと横に首を振る。


「そっかぁ・・・」


 少女の答えに単眼は残念そうな様子を見せ、少女は心配そうな顔で首を傾げた。

 それに気が付いた単眼は大きな手で少女の頭を撫でて「たいした事じゃないよ」と言って笑顔を見せる。


「目薬をさしたいんだけど、私目薬が苦手でね。おチビちゃんが出来るなら手伝って貰おうかなって。どうもねー、目を瞑っちゃうんだ」


 大きな目を細めながら唸る様に言う単眼の様子を見て、少女は単眼の持つ目薬を手に取った。

 少女は目薬を使った事は無いが、使い方自体は理解している。

 なので自分が出来る事なら精一杯手伝おうと単眼に気合を入れる様子を見せた。


「うーん、ありがたいんだけど、やった事無いんだよね?」


 だが単眼はありがたく思いながらも怖いなーと感じ、微妙な笑顔で対応する。

 少女は勢いを削がれて肩と眉が落ちるが、すぐにはっと顔を上げて目薬の蓋を開けた。


「お、おチビちゃん、どうしたの?」


 単眼が少女の様子を心配して問うと、少女は目薬を自分の目にさし始める。

 プルプルと手を震わせながら器に圧力をかけ、水滴を目に落とした・・・つもりであった。

 水滴が落ちる直前に目を瞑ってしまい、少女の瞼の上に水滴が流れる。

 少女はそんな自分に驚き、愕然とした表情を単眼に向けた。


「い、いや、そんな顔されても・・・」


 単眼は苦笑いしながら少女に応え、少女は何だか悔しくなって反対側に目薬をさそうとする。

 だがまたも目を瞑ってしまい、目薬は顔の横を流れて行く。

 そして今まで誰も見た事が無い様な、眼を見開いた顔で目薬を凝視し始めた。


「だ、大丈夫? おチビちゃん。その、ご、ごめんね、変な事言ったせいで」


 単眼は少女の様子に焦って謝るが、少女は再度目薬をさそうとし始める。

 ただし今度は最初や二回目の様に普通の開き方ではなく、開ける限界まで目を開けながら。

 そうして落とされた目薬は、今度こそしっかりと少女の目に落ちた。

 スーッと染みる様な感覚が目の奥に広がって行くのを感じ、ぱぁっと笑顔を見せて単眼に顔を向ける少女。


「ああ、うん、出来た出来たね。よしよし」


 単眼は余りに嬉しそうな顔を向ける少女の頭を撫でながら「何でこんな事になってるんだっけ」などと考えていた。

 だが少女が目薬を手に迫って来たので「あ、そうだった」と、当初の目的を思い出す。

 少女の自信満々な表情を見て逆に不安になりながら、単眼はとりあえず好きにさせる事にした。

 単眼は先程より更に身を沈めて顔を上に向け、少女はその大きい目に目薬をさす。


「ひゃん」


 薬が落ちる瞬間、可愛い悲鳴を上げながら目を瞑る単眼。

 少女は単眼の悲鳴に少し驚いて固まり、単眼はその拍子に転んでしまった。

 勿論目薬は目に入っていない。


「二人とも何してんの?」

「え、あ、な、何でも無いよ?」


 そこに彼女が現れ何をしているのかと問うのだが、単眼は何故か焦った様子で誤魔化した。

 彼女はちらっと少女の方に視線を動かし、その手に目薬がある事に気が付く。


「なーるほど?」

「あ、違う、違うから」

「はいはい逃げないでねー」


 彼女は笑顔で少女の手にある目薬をひょいっと手に取り、単眼の頭をガッと掴む。

 バタバタと単眼は暴れるが、彼女はしっかりと掴んで離さない。

 少女はどうしたら良いのかとオロオロしていると、彼女は目薬を構えた。


「いやー! やめてー!」

「大丈夫大丈夫。ちゃんとしてあげるから」


 単眼は嫌々と暴れるが、彼女は倒れた単眼の頭を足で固定してしまう。

 そうして彼女は単眼の瞼を無理矢理指で固定して、ボトボトと目薬を落として行く。


「ひゃん、一滴で、一滴でいいんだって! ぎゃー!」

「サービスサービス。ほら、目が大きいから」

「目の大きさは関係ないー!」


 彼女はケラケラと笑いながら手を放し、単眼は目薬のせいなのか泣いているのか解らないがウルウルした瞳で訴える。

 少女はそんな彼女の袖をくいっと引いた。


「ん、どうしたの角っこちゃ―――」


 そこには珍しく怒った顔で彼女を見つめる少女が居た。

 どうやら彼女が単眼を虐めたと思っている様である。これには流石の彼女も慌て始めた。


「あー、えー、うー、そ、その、ごめんなさい」


 彼女は数秒唸って打開を考えたが、素直に謝った方が良いと思い至り単眼に頭を下げる。

 それで少女も納得したのか、頭を下げた彼女の頭を撫でて笑顔を見せた。

 そして頑張ったねと言う様子で、もう片方の手で単眼の頭を撫でる。


「何か騙されてる気がするけど・・・まあいっか」


 単眼は少し悔しそうであったが、少女が満足そうなので黙っておく事にした様だ。

 彼女はそんな様子を見て、後で単眼に菓子でも持って行こうと思っていた。


 そもそもこの程度のじゃれ合いは使用人達の間では良くある事なので、二人とも後に引く程の何かを思ってはいない。精々後で仕返しに似た様な悪ふざけをされる程度だ。

 仲が悪いわけではなく、仲が良い故の悪ふざけである。

 今回は彼女が怒られるような出来事であったが、逆の場合も実はあるのだ。

 最近は少女が間に居る事で「前より少しやんちゃがやり難くなったなー」などと考えている彼女は少し問題かもしれないが。


 とはいえ少女にはそんな事は関係なく、二人を笑顔で撫で続けるのであった。

 因みにその光景を偶々羊角が見ておりデジカメに収めているのだが、最近はそのデータを女に見せて皆に配布する事で少女の成長の記録として見逃され始めている。

 少女がアルバムに収められた写真を見て、恥ずかしさを覚えるのは何年後であろうか。

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