日々は戻るも流れゆく









「あっ、いたいた!

おーい、お兄ちゃーん!」


「お、もう戻って来たか」


ぱたぱたと走って来る琴子を

立ち止まって待つ。


「花束は買えた?」


「うん。聖先輩のぶんと、

あと一応だけど、真ヶ瀬先輩のぶんも」


「そっか、よかった。

こっちもジュースとか色々買い込んできたよ」


「じゃあ、早くいこっ。

聖先輩も待ってると思うし」


「そうだね」


――時は流れ、三月。


今日は、朱雀学園の卒業式だった。


あのラビリンスゲームからは、

もうじき半年が経つことになる。


まだ半年も経ってないのかと思うと同時に、

もう半年かとも思うわけで。


この時期は色々な節目ということもあってか、

最近は迷宮での出来事を思い出すことが増えていた。


結局、ラビリンスゲームの一位は、

志徳院葉が獲得した。


僕らは最後の最後で、

葉と兄さんに出し抜かれたというわけだ。


でも、那美ちゃんが命がけで勝ち取った契約のおかげで、

あれ以来ABYSSとの関わりは一切ない。


当時は那美ちゃんの無茶な行動に怒ったけれど、

今となっては毎日感謝してやまないくらいだ。


ただ、もしかすると葉の目的は、

最初から獅堂天山の排除だけだったのかもしれない。


まあ、今となっては、

もう関係のないことだけれど――




「先輩、ご卒業おめでとうございます!」


「わっ、凄い豪華な花束!

こんなのもらっちゃっていいんですか?」


「お世話になった先輩の卒業式ですからね。

やっぱりそこは頑張らないとって」


「はい、ありがとうございますっ」


先輩が両手を伸ばして、

琴子から花束を受け取る。


……聖先輩が卒業式に間に合って、

本当によかった。


一時期は本当に危なかったらしく、

復学してきたのはつい先月の話。


長い治療とリハビリで、

何とか運動機能は戻せたらしい。


でも、筋肉はだいぶ落ちてるみたいだし、

痛む箇所を庇う動きをしているのは見て分かる。


あんまり無理しないで欲しいところだけれど、

今の先輩は“五人のABYSS”の一人。


痛いのをまた我慢して、

ハードな日々を送っていくんだろうな……。


「どうしました晶くん?

私の顔なんかじーっと見ちゃって」


「もしかして、私が卒業しちゃうのが

寂しくて泣いちゃう感じですか?」


「……いえ。

先輩はこれから大変なんだろうなって」


「あー……そうですねー。

これまでとは違う方向でしんどそうです」


「でも、ここまでやっと来たんですから、

もう一踏ん張りしようと思ってます」


……先輩なら、そう言うよな。


覚悟が決まってるなら、

僕は自分にできる範囲でそれを支えるだけだ。


「頑張って下さい。

影ながら応援してますから」


「私もです。

もちろん、ミコちゃんも一緒に」


「はい、ありがとうございますっ」


先輩は花束を抱き締めながら、

その花にも負けないような明るい笑顔を見せてくれた。


「そういえば、真ヶ瀬先輩は?

卒業式にも来ないなんて、何かあったんですか……?」


「何かあったって話は聞いてませんねー。

ちょくちょく顔も合わせてましたし」


「あ、そうなんですか。

どこかに行ったのかと思ってました」


「ただ、何か裏でやってみるみたいで、

忙しそうにしてましたよ」


「……嫌な予感しかしませんね」


「まあ、さすがに大丈夫でしょう。

真ヶ瀬くんも、もう卒業ですから」


「そうあって欲しいもんです」


切に思う。


「真ヶ瀬先輩も今後は

ABYSSで何かやっていくんですか?」


「多分そうだと思います。

というより、真ヶ瀬くんにいてもらわないと困ります」


「あー、葉さんが新しい代表ですもんね。

聖先輩と二人で封じ込めてか」


「……いえ。実は、

新しい代表は私ということになってしまって」


「えぇっ!? 本当ですか、それっ?」


「はい。葉さんがナンバー2のままでいることを

希望されたみたいで」


「……何を企んでるんでしょうね、あの人?」


「私であれば御しやすいと思ってるんでしょう。

一回りも下の小娘ですから」


「しかも、右も左も分からない以上、

あの人に頼る以外にないですからね」


「本当、大変そうですね……」


「でも、やりがいはあると思います。

私の目的に近付けたことには違いありませんし」


「ABYSSの打倒……ですか?」


聖先輩が笑顔で頷く。



「私のしようとしていることは、

当たり前ですが邪魔だと思う人もいるはずです」


「それでも、必ずやり遂げてみせます」


「ABYSSの打倒は、

私と鬼塚くんの悲願ですから」


「……もし僕に協力できることがあれば、

いつでも呼んで下さい」


「先輩が呼んでくれたら、ミコも連れて、

どこにでも助けに行きますから」


「あら、頼もしい。

それじゃあ最後の切り札にさせてもらいますね」


「“獅堂天山を倒した逃れ得ぬ運命”の印籠なら、

みんな『ははーっ』て平伏しちゃうでしょうから」


……最後の切り札、か。


先輩はそう言ってはいるけれど、

きっと僕らを巻き込むことはしないんだろうな。


聖先輩も真ヶ瀬先輩みたいに、

睡眠薬を盛ってでも巻き込むくらいでちょうどいいのに。






「それじゃあ晶くん、琴子ちゃん。

ここでお別れですね」


「先輩……今までありがとうございました」


「ぜったい、ぜったいっ、

また連絡下さいねっ?」


「はいっ。二人も、

来年からの生徒会をよろしくお願いしますね」


それじゃあ――と手を振って、

最後まで慕ってくれた二人と別れる。


名残惜しい気持ちはあったものの、

いつまでも一緒にはいられない。


「……これでお終いか」


そう思うと、

自然と溜め息が出て来た。


だが、聖にはこれからやることが

まだまだ沢山ある。


まずは、鬼塚への卒業の報告。


正式な墓ではなく、聖が用意した簡易なものだが、

それでも挨拶だけはしておきたい。


そう思って、帰路を急いでいる途中で、


「卒業おめでとう、森本さん」


これから長い付き合いになる女と出くわした。


「葉さん……どうしてここに?」


「ABYSSの代表さんに、

卒業祝いを言いに来たの」


「わざわざ、飛んで戻って来てですか?」


聖の把握していた葉の予定では、

彼女は今ごろ地球の裏側にいるはずだった。


なのに、わざわざおめでとうを言うためだけに、

ここに来たというのだろうか。


「とりあえず、場所を移しましょうか。

プレイヤー用の部屋を一室確保してあるの」


「……分かりました」


その周到さが気になるものの、

ひとまずは従う以外にない。





「プレイヤー用の部屋って初めて入ったけど、

結構こういう部屋も楽しそうね」


ワンルームマンションが物珍しいのか、

あちこち弄くり回して歩く葉。


その姿を見ている限りでは、

とてもABYSSのナンバー2とは思えない。


だが、聖の調べた限りでは、

“五人のABYSS”の中でこの女が最も厄介だった。


創設時からのメンバーで数多くのシンパを持ち、

彼女の勢力はABYSSで最大級。


そして、処理班の実質的な管理者でもあるため、

私兵に等しい手駒が量、質ともに凄まじい。


また、他人の思考を読む能力に関しては、

超能力並みとも言われている。


幾ら真ヶ瀬――ラピスのサポートがあるにしても、

対等にやり合えるまでどれだけ時間がかかるだろうか。


できるなら対面はもう少し後がよかったが、

この状況になっては回避のしようがない。


「本命の用件は?」


腹を括って、

葉と面と向かっての初対戦に臨んでいく。


「あら、そんなに警戒しないで。

騙し合いなんてするつもりはないから」


葉が部屋を漁るのをやめて、

聖の前に腰を落ち着ける/顔をじっと覗き込む。


「じゃあ質問。あなたはこれから、

ABYSSで何をしようと思うの?」


「……直球ですね」


「言ったでしょ?

騙し合いをするつもりはないって」


くすくすと楽しそうに笑う葉。


『あなたは敵ですか? 味方ですか?』と、

暗に聞いているのだろう。


ならばと、

聖はいったん周囲へと意識を配り――


伏兵が誰もいないことを確認してから、

本音をぶつけていくことにした。


「私は今後のABYSSの運営方針として、

現在の活動を停止させようと思っています」


「ふーん。現在の活動っていうと?」


「主に人命を軽く扱う行為全般です。

儀式やプレイヤー制度などがこれに当たります」


「その上で、社会への貢献を目的とした、

別な組織へと変えていくのが私の目標です」


「素敵な目標ね。でも、私はABYSSを

そんなに大きく変えたいと思わないの」


「何だか、森本さんと私って、

目指すところが違うみたいね」


頬に手を当て小首を傾げる葉――

『あなた、敵対宣言してる?』とでも言いたげ。


もちろん、

『ええそうです』と聖が返すはずがない。


「いいえ。葉さんと私の目指すところは、

被っている範囲があるはずですよ」


「私が変えたいのは、残虐非道な部分だけです。

それ以外の部分はそのまま残していいと思います」


「社会への貢献っていうのは、努力目標ですね。

できたらいいな程度に思って下さい」


「ふーん……森本さんは、

その被ってる範囲だけでやりたいの?」


「そこができれば、私の一番変えたい部分は

概ね変更できると思っています」


『あなたと利害で綱引きする気はありません』と

堂々と主張していく。


それは、ラピスによるアドバイスを参考にした、

聖なりの方針策定だった。


葉の数々の動きを見ていたラピスは、

彼女の目標がABYSSの存続だと見抜いていた。


ABYSSの活動内容に関しては、

基本的にそこまでのこだわりはない。


それこそ、当初のABYSS――

正義の味方まがいの活動をする組織であってもだ。


となれば、葉と権力争いをするよりも、

葉の後ろ盾を得て組織改革していくほうが容易い。


「私の目標は申し上げた通りですが、

葉さんはABYSSをどうされたいと思いますか?」


「んー、そうね。今のところは、

無茶なことをしなければそれでいいかなって」


「例えば、獅堂が目指した世界征服とか、

強引な改革とかは無茶よね?」


「でしたら、強引にではなく、

ゆっくりとやっていきましょうか」


「別に私は焦っていません。

焦ってやっても、組織が割れるだけです」


「悪いところを摘出しても、

それがまた犯罪組織になったら意味はありませんから」


「ですから、人事異動等も含めたあらゆる手段で、

少しずつ事を進めて行きましょう」


「獅堂天山のような力で押さえつけるやり方ではなく、

組織が自然と変わっていくようなやり方で」


「ふぅん……そういう考えなのね」


「その通りです。ただ、私は一介の部長だった身。

なかなか人を動かすことに通じておりません」


「ですので、葉さんには是非とも、

ご指導ご鞭撻のほどお願いしたいと思っています」


「……ちょっとだけびっくりね。

あなたがこんなに優等生だと思ってなかった」


「ラピスから話を聞いてたにしても、

ここまで意見を調整して来るなんてね」


「ありがとうございます」


「――何か、秘密があるんでしょう?」


目敏くカンニングを嗅ぎ付けてきた葉に、

聖が内心で驚く/納得する。


ラピスのアドバイスも、葉の洞察力も、

どうやら全て事実らしい。


となると、しらを切って変に警戒されるよりも、

能力のことを隠さず話したほうがよさそうだった。


「実は私、ダイアログの作用で、

近くにいる相手の身体情報を読み取れるんです」


「じゃあ、私の情報も読み取ってたの?」


「はい。筋肉の動きや血液の流れを見てました。

それで、相手の感情の変化や嘘を推察できます」


「例えば……そうですね。

葉さんは今『データになかった』って思ってますか?」


聖が訊ねると、葉は目を見開いた後に、

困った風な笑顔を見せた。


どうやら、正解だったらしい。


「あと、葉さんには感情がないって聞いていましたが、

実際に見てみるとそんなことはないですよ」


「普通の人より揺らぎが小さいだけで、

驚きとか恐怖とか色々あるように見えます」


「それ以外だと……目的の話をしていた時に、

誰かのことを考えてましたか?」


聖がそこまで言うと、

葉はとうとう、机を叩いて笑い始めた。


「すごーい。こんな子がいたのね。

ホントにびっくりしちゃった」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「ああ、ちゃんと褒めてるから安心して。

って、言わなくても分かるんでしょうけど」


『でしょ?』と上機嫌に訪ねて来る葉に、

聖が首を縦に振る。


「もう……ラビリンスゲームで、

森本さんと直接戦うことがなくてよかった」


「朝霧さんたちだけでもやられちゃったのに、

森本さんまでいたら、もう完全にお手上げだもの」


「じゃあ、私もカードを覚えないとですね」


「対戦相手が増えるのは嬉しいけど、

ダイアログは即刻生産中止ね」


「心が読まれるだなんて、

やりにくくて仕方ないから」


道化のように語る葉。


が、聖が心を読み取った限りでは、

どうにも本気で言ってるように思えてならなかった。


そうして、葉がひとしきり笑った後――


「それじゃあ、

楽しませてくれたお礼にこれをあげる」


聖の前に、

一束の資料が無造作に置かれた。


聖がざっと見た限りは、

ABYSSに所属している人間の名簿だろうか。


「あの、これは……?」


「ABYSSの内外にいる、

須賀刀也を支持してるメンバーの名簿」


「もし、森本さんが改革を進めたいなら、

まずはそこに載ってる人から味方に付けるといいわ」


「彼らは、正義の味方だった頃のABYSSへの

回帰を望んでいる人たちだから」


「はい、ありがとうございます……!」


説明を受け、

今度はまじまじと資料へ目を落とす聖。


この名簿に載っている人が、

将来の味方になってくれるかもしれない――


そう思うと、紙束の厚さが、

何だか頼もしく思えてきた。


「でも、茨の道よ。その名簿の三倍近い人間が、

獅堂天山をABYSS代表に押し上げた連中だから」


「その勢力をどうにかして切り崩さない限り、

森本さんの目的は達成できないでしょうね」


ということは、相当な数の人間が、

既に現時点から敵に回っているということになる。


聖が彼らに迎合すれば別だが、

あいにくと、そうするつもりはない。


聖がやることはただ一つ。


「目的のためにそれが必要なら、

私は彼らを切り崩していくまでです」


「……そんなに格好いいこと言われたんじゃ、

私も手伝ってあげるしかないわね」


葉が嬉しそうに笑って、

聖へと手を差し出す。


それを聖が握りかえして、

二人で硬い硬い握手をした。


「それじゃあ、改めて。

卒業おめでとう、森本さん」


「それと、ABYSSへようこそ――」






聖先輩と別れてからの帰り道――


琴子と生徒会の思い出について話しながら

のんびりと帰っていると、


「やっと来たわね」


公園のほうから

聞いたことのある声が飛んできた。


まさかと思って振り返ると、そこでは、

しばらく見てなかった顔が仁王立ちしていた。


「黒塚さんっ?

しかも、須賀さんまで……」


「やっほー。元気してた?」


「うん。それは問題ないんだけれど……

須賀さんこそ大丈夫だったの?」


ラビリンスゲームが終わってからというもの、

須賀さんとは一度も顔を合わせていなかった。


命の保証はされていたはずだけれど、

あれから大丈夫だったんだろうか?


「ん? ああ、よゆーよゆー。

笹山くんたちが獅堂を倒してくれたしね」


「何か、凄くノリが軽いね……。

そんなキャラだったっけ?」


「気張る必要がなければこんなもんですよ。

四六時中気合い入れてたら肩凝るしさ」


うーん、僕の中の須賀さんのイメージが……。


「それより、そっちの子って誰?

笹山くんの彼女?」


「えぇっ!?

そんな、彼女だなんて私……」


「妹だよ。妹の琴子」


「……ぶー」


「あーはいはい、入れ違いで迷宮から出たから、

私だけ会えなかった子ね」


「須賀由香里です。よろしく」


「あ、はいっ。笹山琴子です。

よろしくお願いします」


須賀さんが手を差し出し、

琴子と笑顔で握手する。


「今日はこの街を離れることになったから、

二人で挨拶に来たの」


「あれ、進級しないの?」


「あー、こいつがまともに

進級できると思うか?」


「うるさいだまれ」


黒塚キックが鋭くも弁慶の泣き所へと炸裂し、

須賀さんが歯を食いしばって悶絶する。えげつない。


「私、プレイヤーをやめようと思って」


「あ、そうなんだ。それはいいと思うよ。

活動も全然してなかったでしょ?」


うちの学園のABYSSは誰もいなくなったのに、

黒塚さんはずっと転校していかなかったし。


「そうね。那美とか爽とご飯を食べに行った後、

その足で殺し合いに行く気になんてならないもの」


「須賀もやめろやめろ言ってきてたし、

森本聖も卒業でいい区切りだから」


「なるほどね。でも、プレイヤーの引退はともかく、

転校はこんな急じゃなくても……」


「いやー、逆だよ逆。

急じゃないと未練がいっぱいで離れらんないの」


「よっぽど学園生活が楽しかったんだろうねー。

引き留められたら絶対残るんじゃない?」


「ちょっ……そんなんじゃないわよ!

私は、今日行きたいと思ったから出るだけ!」


「別にこんな時も意地張んなくていいだろ。

相手は笹山くんなんだしさ」


「それもそうだけど……」


「じゃあ、那美ちゃんたちに

さよならしてないんですか?」


「すぐに戻ってくるかもしれないし。

あと、泣かれたら嫌だし……」


……絶対に泣くのは黒塚さんだと思うけれど、

ここは突っ込まないでおくか。


「これからどうするの?」


「とりあえずお墓参りに行くつもり。

その後は、お世話になった道場に一度戻ってかしら」


「そこから先は、ゆっくり休んでからね。

勉強とかもちゃんとしたいし」


「勉強する場所って意味じゃ、

朱雀学園はこいつには意味ないからな」


「もうちょっとレベルに合わせた場所で、

ちゃんと基礎からやり直していこうってわけ」


「なるほどなぁ」


「頑張って下さいね、黒塚先輩」


「ええ。ありがとう」


「ちなみに、もう復讐は考えてないの?」


「完全に諦めたわけじゃないけど……

正直、あんまりやる気がない感じね」


「森本聖がABYSSの代表になった今、

無理してまで潰したい組織じゃなくなったしな」


「ラピスに頼んで少し話をさせてもらったけど、

本当にABYSSを変えられるなら、それが一番いいし」


「だから私も、プレイヤーもパートナーも引退して、

Greedも抜けるつもり」


「それで、幽に勉強を教えた後は、

森本聖の手伝いをしてこうかなって思ってるよ」


「ああ、それ先輩は凄く喜ぶと思うよ」


「私も、自分の能力とか経験を生かせると思う。

ついでに、うちのバカ親とも会えるかもしれないし」


「こいつ、びびって親に会いに行けないのよ。

会おうと思えば会えるくせにね」


「うるさいだまれ」


須賀キックが炸裂……と思いきや、

黒塚さんは華麗に避けて逆にカウンターを見舞っていた。


うーん、えげつない。


でも、須賀さんは何だかんだで楽しそうだし、

これはこれでいいのか。


「まあ、そういうわけで、

しばらく会えなくなるから」


「分かった。

でも、また戻ってきたら教えてね」


「ええ、もちろん。

その時は笹山くんのおごりで何か食べに行きましょう」


「……爽から嫌なことを教わってるね。

まあ、戻って来た時くらいは別にいいけど」


「じゃあ、場所は猫カフェだな!

フリータイムで終日居座るぞ!」


「今日一番の溌剌っぷりだね……」


別れの挨拶よりも猫カフェが大事なのか……。


「それじゃあね、笹山くん。琴子」


「じゃあなー。

また何かあったら連絡くれー」


それぞれの挨拶と共に、

二人は手を振って、駅のほうへと歩いて行った。



……プレイヤーの引退、か。


龍一はどうするつもりなんだろう?







「あれ、龍一のやつ今日も休みかよ?」


「あー……みたいだね」


「あいつ、さすがにサボり過ぎだろ。

去年の暮れから出席率五割くらいだぞ」


「あーあ、ついに俺があいつを後輩として

パシる時が来てしまうのか……」


「いやいや、別に後輩だからって

パシる必要はどこにもないでしょ」


「っていうか、後輩をそんなのに使うなってば。

使われるほうの気持ちを考えなよ」


「でも俺、カトちゃんのためなら

犬にでも何でもなるよ!?」


「お前は尊敬できる気持ち悪さだな……」


「うん。死ねばいいのに」


加鳥さんに罵られて、

全身をくねらせて喜ぶ三橋くん。


その気持ち悪い動きはさておき、

このままだと龍一、本当に留年しかねないな……。


でも、実のところ龍一の欠席の理由は、

入院してる妹さんの面倒を看るためだったり。


今はもう退院したらしいけれど、

生活が安定するまでは色々あるんだろう。


その辺りの事情を知ってる身としては、

あんまり強くも言えないんだよなぁ。


ただ、留年をさせたくない気持ちもあるわけで。


温子さんに何とかできないか

相談してみるか……。





「首に縄を付けて引っ張ってくるしかないね」


……うん。

やっぱり温子さんならそう言うよな。


「それが本人のためなら、

厳しく対応するのが優しさだと思うよ」


「おっしゃる通り過ぎて反論できません」


「だいたい、もう妹さんは退院したんだろう?

それで登校しないのはただのサボりだよ」


「おっしゃる通りで以下略です」


……メールを送っても、電話をしてみても、

いつも『行けたら行くわ』だしなぁ。


やっぱり直接会って、

学園に来るように言わなきゃダメか。


「分かった。今日の帰りにでも会いに行ってみるよ。

家か路地裏のどっちかにいると思うし」


「路地裏……」


「あれ、どうかした?」


「いや……実はね、

この街にある噂が広まってきてるんだ――」






路地裏に足を踏み入れたのは、

本当に久し振りだった。


最後にここに来た時よりも、

道はずっと綺麗になっている印象。


冬場の寒い間を挟んでいたせいか、

人がいた気配がそもそも少ない。


あるいは、片山たちのばら撒いた薬が根絶されて、

多少なりとも治安がよくなったのかもしれない。


そんな街の裏側に、新たな都市伝説が生まれつつある、

というのが温子さんの話だった。


内容を聞くに、どうにも信じがたいけれど、

そこは百聞は一見にしかず。


噂の真実を確かめるために、

特派員は路地裏へとやってきたのだ。


「いやでも、まさかだろ……」


いまいち信じられないまま、

ひとまず切り裂きジャックのお墓を目指す。





――そうして辿り着いた先で、

特派員が目にしたものとはっ!





「……どういうことなの、これ?」


お揃いの黒いライディングギア。

小脇に抱えたこちらも黒いフルフェイス。


それでもって、銃刀法違反もいいところの

長いながーい日本刀。


そんな濃い恰好をした“切り裂きジャック”が、

あろうことか二人もいた。


そう。


やはり、切り裂きジャックが二人に増えたという噂は

本当だったのだー。だー。だー。


「っていうか、何やってるんだよ……」


頭を抱えたくなる気持ちで、

墓石の前で騒ぐ三つの顔へと歩み寄る。


「お、晶やん。

どないしたんこんなとこに?」


「いや、それこっちの台詞だから。

何で龍一と美里ちゃんと佐賀島さんがここにいるの?」


「何って、正義の活動に決まっとるやん」


「何で学園に来ないの?」


「えっ」


「正義の活動より進級のほうが大事だと思わない?」


「……」


あ、目を逸らしやがったこいつ。


――とか思ってたら、佐賀島さんが

いきなり龍一の胸襟を締め上げ始めた。


「ちょっとアンタ……

学園行ってないってどういうこと?」


「あ……えっと、それはやなー。

深い事情があるっちゅーかなんちゅーか……」


「深い事情ってなによ?」


「……正義の味方的な何か?」


ぶちり、と何かが切れた音がした。


それから、路地裏中に響くような声で、

佐賀島さんの東北弁でのお説教が炸裂――


その様子を克明に伝えようかと思った特派員ですが、

あまりの迫力のために音声はカットいたします。




「ったぐもう……

明日がらぜってぇ学園さ行げよ!?」


「はい……大変申し訳ございませんでした」


当社比十分の一くらいに小さくなった龍一が、

早回しした鹿威ししおどしじみたお辞儀を繰り返す。


まあ、これで龍一も、

明日から登校してくるようになるだろう。


残る疑問は、あと二つ。


「何で、美里ちゃんが

切り裂きジャックをやってるの?」


「ん? ああ、やりたいゆーからな。

ほんならやらせてみよかと」


「いや、そんな簡単な理由なのっ?」


「んー、まあ本人も思うところはあるみたいよ。

なあ、美里?」



「う、うん……」


話を振られた美里ちゃんが、

恥ずかしがって龍一の後ろへと半身を隠す。


それでも話を聞きたくて待っていると、

美里ちゃんは観念したように深呼吸をした。


「私……人を殺してきてるって聞きました。

それも、たくさん」


「でも、それはあんまり覚えてないし、

私も正直に言うと、よく分からなくて……」


「……多分、実感がないんだと思います」


一つ一つ言葉を選びながらの告白。


それは、美里ちゃんが自分のことに

真剣に向かい合ってる証左のように思えた。


実感がないと言っていたけれど――

決して、無責任なわけじゃない。


「でも、悪いことをしたんだなって考えはあって、

何とかしたいって思ったんです」


「謝って許してもらえるならそうするんですけど、

きっとそういう問題じゃないから……」


「だから私、人を死なせたのと同じ数だけ、

人を助けたいって思ったんです」


「……なるほどね。

だから、切り裂きジャックなんだ」


美里ちゃんが頷く――

龍一の後ろにまた隠れる。


そんな妹の頭を、龍一がぐりぐりと撫でる

/『偉いぞ美里』と褒めてやる。


「……とまあ、そういう事情やな。

実際のところ、正義の味方としてはまだまだやけど」


「えっ、能力的には余裕なんじゃないの?

悪人どころかABYSSにも負けないでしょ」


「いや、毎度やり過ぎて、

相手を殺しかねんところまでやっとるから……」


「ああ……」


蒼い顔で項垂れる龍一に、

思いっきりシンパシー。


うちのミコも、

慣れるまではそれをやってたからなぁ。


「そんで、佐賀島さんにも協力してもらって、

上手いこと正義の味方をやっとったわけですわ」


「まあ、私のメインは美里の監視じゃなくて、

情報収集のほうなんだけどね」


「情報収集って……

成敗すべき相手のってこと?」


「そそ。こいつら、闇雲に探して歩いてるだけで、

全然効率とかよくないんだもん」


「で、あんまりにも見てられないから、

情報集めて巡回ルート決めて~ってやってるわけ」


……何か、本格的に活動してるんだな。


もしかして、前よりも街が綺麗になったのは、

佐賀島さんの影響がデカいんじゃないだろうか。


「あ。そういえば、

今日は新しい情報が入ったんだった」


「お、何や?」


「何かね、魔法少女が出たんだって。

路地裏で闇討ちして回ってるみたい」


……魔法少女?


「今のところ被害者は全部、

私たちの標的になりかねない連中だけどね」


「ほんなら、

そいつも正義の味方なんちゃうん?」


「まだ断定はできない。あと好戦的だったら、

こっちがケンカ売られる可能性も十分あるしね」


「大丈夫だと思うけど、

見つけたら交戦も一応視野に入れておいて」


「ほいほい、了解」


「了解……」


ふーん……魔法少女か。


どこの誰だかは分からないけれど、

そんな恰好で闇討ちって……どういう神経してるんだ?


親の顔が見てみたいじゃないけれど、

そんなことを許す家族の顔を見てみたい。


「ほんじゃ、そろそろ出るとするか。

学園は明日からちゃんと行くから安心してや」


「うん、待ってるから。

それと、終業式の後に爽がお花見計画してるみたい」


「お、ホンマか。

そりゃ楽しみやなー」


「せっかくだから、佐賀島さんと美里ちゃんもどう?

琴子も来ることになってるんだけれど」


「あ、それならお邪魔させていただきます。

詳しい情報は後でメールで下さい」


「じゃあ、あの、私もお願いします」


「オッケー。それじゃあ、

後で琴子に連絡するように言っておくよ」







「ねーねー、ちょっと噂に聞いたんだけど、

うちのクラスに転入生が来るっぽいよ?」


「えっ……いやいや、ないでしょ。

こんな時期だよ? もうすぐ終業式だし」


「普通に考えればそうだけどさ、

ああいう系だったら可能性ありじゃない?」


「ああ……それはそうか」


ABYSSの関係者なら、

時期を問わずに転入してきても不思議じゃないか。


「でも、今川くんは

何も言ってなかったよぉ?」


「んー、そこはあれだよ。

龍一は相方さんと連絡取れないから」



「えっ、今川くんって例のあれ、

まだやめてなかったの?」


「うん。例のあれはずっと活動休止中だけれど、

やめるにやめられないって感じみたいだね」


連絡を取ると殺されてしまうから、

プレイヤーを下りることができない。


でも、休止中で何も問題ないし、

このままでいいだろう――とは龍一談だ。


「ふーん……複雑なんだね」


「まあ、その辺の変なこじれについても、

聖先輩が解決してくれることに期待だね」


「真ヶ瀬先輩じゃダメなのぉ?」


「あー、あの人は今、

どこにいるかも分からないみたいだしね」


というか、

その名前も久し振りに聞いたくらいだ。


真ヶ瀬先輩か……。


何か企んでるとは言っていたけれど、

一体何をやってるんだろうな――





「転入生の、鬼堂宵月ですっ」


……は?


「今日からこのクラスで、

皆さんと一緒に過ごすことになりました」


……は?


「色々と分からないこともあると思いますが、

どうぞよろしくお願いします」


……は?


鬼堂宵月? えっ?


何これ? なんで? なんで?


何で真ヶ瀬先輩が、

うちのクラスに編入して来てるの?


答えを求めて、周囲を見回す。


けれど“ラピス”を知っている関係者は、

みんな目が点かつ開いた口が塞がらなくなっていた。


「う――」


そんな中で、先輩へと視線を戻すと、

ちょうど目が合ってにっこり微笑まれた。


「うおぉおおおおっ!!

鬼堂ちゃんかわいー!」


「まあ待て三橋。落ち着け。

加鳥はいいのか?」


「カトちゃんはもちろんラブだけど、

鬼堂ちゃんが可愛いのと両立するだろう!?」


「っつーわけで、はいはい質問!

鬼堂ちゃんの好きな男のタイプはどんなのですか!」


「ええと、好きな男の子は、

私より強い男の子ですっ」


「えっ!?」


「はぁ!?」


「何じゃそりゃー!?」


方々から声が上がる中、先輩が先生に席を尋ねて、

自席へと移動を始める。


その途中、どうしてか、

大回りで僕のところを経由してきた。


「あの……先輩?」


僕の席の前を通りがかった先輩に、

こっそりと声をかける。


「先輩は一体何をしてるんですか……?」


色んな意味で、恐る恐る質問――


それに、先輩は満面の笑みを浮かべて、


「えっ、先輩って誰のこと?

晶くんと私は初対面のはずだよ?」


それはもう女の子らしい

可愛い仕草で小首を傾げてきた。


それから、僕の返事を待たずに、

甘い香りを残して自席へと歩いていった。


その仕草と匂いに、不覚にも胸が高鳴る

/顔が熱くなる。


「――はっ!?」


ふと、視線を感じて振り返ると――


そこには、那美ちゃんを始めとする女子一同が、

何だか物凄く怖い目で僕のことを睨んでいた。



後から発覚した事実――


先輩の実際の性別は“女”。


先輩の実際の年齢は“同い年”。


先輩が名乗ったあの名前は“本名”。


先輩の今の姿は“変装していない本当の姿”。


これまで裏で動いていたのは全て、

僕のクラスに編入するための根回しをしていたらしい。


何でそんなことをしたのかと問い質したら、

先輩はにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「だって、晶くんと同じクラスになりたかったから」


問答の後。


しばらくの間、うちのクラスは

凄まじい緊張感に包まれたのだった……。



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