テキサスホールデム

「それじゃあ、

羽犬塚さんの携帯を返してもらおうか」


「もちろんだとも。

賭け金はしっかり払う。当然な」


田西が羽犬塚の携帯を取り出し、

テーブルの上を滑らせる。


それを温子が受け取る

/起動して那美に渡し、データを改める。


「……うん、羽犬塚さんので間違いない。

アルカナは全部なくなってるけど」


「中身まで復元するとは約束していないんだ。

別に文句はないだろう?」


「ああ、別にこれでいい。

どうせ次に全部賭けて取り返す」


「素晴らしい自信と心意気だ。

英明果敢という言葉が人の形を成したようだな」



「御託はいい。

そちらの提案するゲームは何だ?」


「……そうか。

少し休憩してからとも思ったんだがね」


まあいいと口にして、田西がテーブルに肘をかけ、

温子へ大きく身を乗り出した。


「こちらの提案するゲームは、

テキサスホールデムだ」


「……なるほどな。そう来たか」


「テキサスホールデム……?」


「ポーカーの一種だよ。

佐倉さんはポーカーは知っているんだったかな?」


「一応……。配られた五枚のカードを何回か交換して、

強い役を作るゲームですよね」


「その通り。ただし、佐倉さんの知るそれは、

ドローポーカーと呼ばれるものだ」


「テキサスホールデムはもう少しルールが複雑で、

心理戦に重きを置いたものとなっている」


田西がディーラーにカードを要求し、

受け取ったそれを手早くシャッフルする。


本人は謙遜していたが、那美の目からすると、

十分にディーラーと遜色ない手さばきだった。


その淀みないシャッフルから、

手早く那美と温子に五枚ずつカードを配る。


「佐倉さんの知るポーカーは、この伏せた五枚を元に、

不要なカードを一度だけ交換して役を作る。だね?」


那美が頷く。


「ところが、

テキサスホールデムだとこうだ」


田西が今度は、

高槻と藤崎に二枚ずつ伏せたカードを配る。


「……これだけじゃ、

ポーカーの役を作れなくね?」


「その二枚だけじゃない。

ディーラーがさらに三枚、カードを出すんだ」


言って、田西が自分の前に、

三枚の表にしたカードを出した。


「この三枚は、全てのプレイヤーに共通する

コミュニティカードだ」


「先ほど配った二枚と、この三枚を合わせて役を作る。

最初に配った二枚は一切、交換ができない」


「……なるほどな。全員が三枚見えてる状況で、

それぞれどんな役を作ってるのか予想すんのか」


その通りだね――と、田西が笑顔で頷く。


「だが、手元の二枚とコミュニティカード三枚では、

役作りができないということもある」


「そういう場合の選択肢は二つ。

降りるか、賭け金を払ってゲームを続行するかだ」


「降りた場合は、賭け金は戻って来ない。

傷は浅くて済むがね」


「続行した場合は、

もう一枚、コミュニティカードがオープンとなる」


田西が手元の三枚に、

もう一枚カードを加える。


「こうしてもう一度、降りるか続行かの判断をする。

続行すればもう一枚、カードがオープンとなる」


田西がさらにもう一枚追加――

計五枚のコミュニティカードが開かれる。


「カードの追加はここまでだ。

手元の二枚と合わせて、合計七枚」


「最終的なプレイヤーのハンドは、

この七枚のうち五枚を使った最もいいものとなる」


「注意してもらいたいのが、このゲームでは、

決していい役を作るのが目的ではないということだ」


「弱い役でも相手が降りれば勝てるし、

強い役でも相手がすぐに降りては徒花となる」


「重要なのは、チップを得ること。

カードはあくまでそのための手段に過ぎない」


自分の役が強いと思えば、

相手にどんどんチップを積ませて一気にもぎ取る。


自分の役が弱いと思えば、

相手に強いと思わせて降りる選択をさせる。


あるいは、

自分の積んだチップが少ないうちに撤退する。


その強弱やブラフを見抜くためには、

あらゆる情報と読みが必要となってくる。


その情報というのが、相手の表情であり、仕草であり、

積んだチップの高さというわけだ。


そして逆に、自分の表情や仕草、チップの高さで、

『相手から見える自分』を演出しなければならない。


強い役を得た時は、それを悟らせないように――

相手にチップを高く積ませるために。


弱い役での戦いを強いられる時は、

できるだけ自分を強く見せ、相手に撤退させるように。


「……だから、心理戦が

重要だっていうことなんですね」


そういうことだ――と、

田西がよくできた生徒を褒めるように目を細める。


が、田西のそんな表情とは裏腹に、

那美は困惑していた。


何しろ、那美の知っているポーカーとは、

ゲームの目的からして違うのだ。


こんな勝手の分からないゲームで、

田西に勝つことはできるのだろうか。


もちろん、携帯を取り戻すためには、

勝負から逃げることはできないのだが――


そう那美が不安に顔を曇らせていると、

傍らの温子が那美の肩を叩いた。


「大丈夫だよ。心理戦って言ってるけれど、

ある程度は確率に従った妥当な行動があるから」


「配られた手札や場の状況を見て、

勝率が低ければ機械的に撤退してもいい」


「もし、どうしても難しいようなら、

途中から私に任せてくれてもいいから」


「そうそう。最後は温子がケツ拭いてくれんだから、

アタシらはとりあえず楽しもうぜー」


「それに、もし温子でもダメだったら、

実力行使っつー選択肢もあるしな。――なあオッサン?」


「いいや、その選択肢はないよ。

武力での衝突は無しということで合意が取れている」


「勝負を始める前に約束したろう?

羽犬塚さんの携帯を賭ける代わりに暴力は使わないと」


「あれはこのカジノ内で取り交わした約束だからな。

勝負後二十四時間は、我々が争うことはできないんだよ」


「んでも、負けてから二十四時間後なら、

お前らを襲ってもいいんだろ?」


「ルール上はな。だが、そうなった場合、

君たちの携帯は破壊されると思い給え」


「もちろん、高槻良子にそれだけでは危険だから、

“恋人たち”も併用させてもらうがね」


「そういうことです。なので、

私たちはこの勝負で勝たなきゃいけないんです」


「……あっそ。んじゃま、

頑張って勝ってやりましょうかねー」


「大富豪と違って、心理戦とか読み合いなら、

アタシもちっとは自信あるからなぁ」


「でも先輩、ポーカーも格ゲーと同じで、

基本の部分は知識ゲーですよ」


「ハンドの強さとかをきちんと把握しておかないのは、

技の発生フレームや無敵時間も知らないで戦うのと同じです」


「……読み合い以前に分からん殺しされるっつー話な。

分かった。んじゃまずはそれを速攻で教えろ」


「紙に書いて説明します。

佐倉さんも一緒に説明するから、こっちに」


五分ほどもらうぞ――と、

温子が田西に声をかける。


それに田西は、どうぞどうぞと手を広げ、

鷹揚に頷いてみせた。





「それじゃあ、始めていこう――と行きたいところだが、

その前に決めることがある」


「賭けるもののチップへの変換だな?」


「その通り。まず確認だが、

全てを賭けるということでいいかね?」


「各人の携帯と小アルカナ、バッテリー、

食料という意味なら、それで構わない」


「よろしい。ではこちらは、佐倉さんの携帯と、

小アルカナ、バッテリー、食料を全て賭けよう」


「……全てと言った割りには、

藤崎の携帯が入っていないんじゃないか?」


「私は藤崎くんに裏切られているのでね。

彼の携帯は私の管轄外なのだよ」


「何より、彼は今回の勝負に不参加だそうだ。

となれば、私に携帯をどうこうする資格はない」


「……なるほどな。筋は通ってる。

が、それを認めると思うか?」


「認めたほうがいいと思うがね。

捨て身の人間の恐ろしさを考えれば」


田西が背後に立つ藤崎に見えないように、

苦笑いを浮かべる。


その意味を考え――


「……分かった。それでいい」


温子は、藤崎の携帯は諦めることにした。


仮に藤崎から携帯を勝って奪い取れば、

藤崎は温子たちを恨むだろう。


そして、二十四時間という期限が過ぎれば、

携帯を破壊されるのを覚悟で殺しに来る可能性が高い。


暴力禁止のカジノエリアにも関わらず、

椅子を投げ胸ぐらを掴みと彼はやりたい放題だった。


そんな自爆に躊躇のない人間を相手にするくらいなら、

携帯の一つくらい諦めたほうがマシだ。


それに、諦めると言っても、

単純に不利になるわけではない。


「高槻先輩はどうします? 田西側がああですし、

先輩も携帯を賭けなくても構いませんよ」


「バカ言え。アタシを朋久みてーな

チキン野郎と一緒にすんな」


高槻が嘲笑を浮かべながら

藤崎を流し見る。


その挑発に、

藤崎は高槻の座る椅子を思い切り蹴り上げ――



ペナルティの電撃に呻きながら、

数歩よたよたと後退った。


その学習力のなさ――というよりも、

顧みない様子に、温子が改めて脅威を感じる。


恐らくは、田西も藤崎に対して、

同じことを考えているに違いない。


敵ながら、ちゃんと藤崎をコントロールできているのか、

温子が不安になるほどだった。


とはいえ――今、目の前の勝負においては、

彼や彼の携帯のことは関係ない。


「高槻先輩が参加するとなると、こちらは、

先輩と私、羽犬塚さんの携帯を賭けることになる」


「対してそちらは、自分と佐倉さんの携帯だけ。

こちらと比べて一つ足りないことになる」


「当然、こちらは携帯を多く賭ける代わりに、

チップを多くもらえるんだろうな?」


「もちろんだ。携帯一つにつき黒チップ五枚、

500として扱うことにしたい」


「また、大アルカナは一枚につき200、

小アルカナは数の十倍ぶんのチップでどうだ?」


その計算で行くと、温子たちのチップは、

まず携帯三つで1500。


大アルカナが

“女教皇”と“節制”の二つで400枚。


小アルカナがクラブの1、8、ハートの11、

スペードの7、ダイヤの2、5で合計34――340枚。


合計で2240枚ということになる。


「……いいだろう。食料等は?」


「面倒だから、そっちは換算なしでいいと思うがね。

どうせ携帯や小アルカナと比べて価値は低いしな」


それでいい――と温子の同意。


ならばと、田西がディーラーの前に

食料とバッテリーを無造作に積み上げた。


ついで、二つの携帯で何やら操作し、

それらもディーラーの元へと押しやった。


「先の勝負と違って、今回は物々交換じゃない。

先にディーラーにチップへ換えてもらう必要がある」


なるほど――と頷いて、

温子が同様に荷物をディーラーへ押しやる。


その際、田西と同様に携帯を操作し、

念のため残りカウントの確認をした。


クラブの11、13を既に変換しているため、

二人とも首輪の爆発まではあと130時間以上ある。


これならば、

ゲーム中に爆発などということはないだろう。


ついでに、“女教皇”を操作――

田西と那美、藤崎の携帯の中にあるカードを確認する。


田西の所持――

クラブの6、7、ハートの1、ダイヤの7。


那美と藤崎の携帯――何もなし。


ということは、藤崎は携帯を賭けてないにしろ、

小アルカナは全て賭けていることになる。


携帯一つ――500枚ぶんのハンデを

補うためだろうか。


「どうした温子?

携帯を預けるのが惜しくなっちまったか?」


高槻の冷やかしに『まさか』と答えつつも、

少し長く弄りすぎたかと反省。


“女教皇”の使い道に関しては、

高槻にも知られるわけにはいかない。


何食わぬ顔を作ってディーラーに携帯を渡す

/その携帯がカードリーダーの上へと置かれる。


と、それぞれの所持している小アルカナの合計が、

チップとなって換算されて出て来た。


温子側は740枚。

別途、携帯が三つで1500枚。


そして、田西側は――


「1010枚……!?」


「うおー、あいつらたんまり蓄えてやがる。

那美たちのをパクったからか?」


確かにそれもあるだろうとは、

温子も思った。


だが、違う。


調べた小アルカナに、田西、那美、羽犬塚の

大アルカナを加えた数より200も多い。


ということは、あの藤崎が、

大アルカナまで出して来たということだ。


チップ数は、アルカナぶんの1010枚に加え、

携帯が二つで1000枚。


計2010枚であれば、

温子たちの2240枚と大差がない。


が――それだけに疑問だった。


携帯も追加すれば確実に有利になるのに、

どうして藤崎はそれを提供しなかったのか。


小アルカナはともかく、大アルカナまで託したのに、

携帯を注ぎ込まない理由が分からない。


まして、藤崎のこれまでの行動を考える限り、

彼は生への執着よりプライドを/勝利を優先する男だ。


それなのに、どうして今回に限って、

携帯だけを出し惜しみしたのか――


困惑する温子/その様子を機械のように眺めながら、

換えたチップを温子へと押しやるディーラー。


黒6枚=600枚、青60枚=600枚など、

大小含めて300枚ほどのチップが温子らの手元に。


それを温子/高槻/那美で分けたところで、

田西がぱちりと指を鳴らした。


すかさず、ディーラーが

テーブル上のカードを全て回収する。


そして、それらを破棄した後に新たなカードを取り出し、

封を破ってテーブルへ扇状に並べた。


五十二枚のカード――

大富豪と違ってジョーカーはなし。


それらを撫でるようにして回収し、

手品じみた手つきで様々なシャッフルを繰り返す。


そうして、十分に混ざったところで、

ディーラーがカードを素早く配った。


ただし、各人に一枚ずつ。


先ほど教わった二枚でないことに困惑した那美が、

理由を求めて田西へと視線を向ける。


「ボタンを決定するんだ。

順番決めとは少し違うが、似たようなものだよ」


田西がカードをめくり、

それに倣って他三人もカードをめくる。


田西がクラブのK、高槻がスペードの4、

那美がハートの7、温子がスペードの9。


最も大きいのはKであるため、

初期のボタンは田西の位置に。


その隣の高槻がSBスモールブラインド、那美がBBビッグブラインドとなり、

温子がUTGアンダーザガンとなる。


UTG――銃に晒されている位置。

つまり、最もゲームで不利な順番である。


ただし、ボタンは1ゲームが終わるごとに

左隣に移るため、ずっと不利というわけではない。


ボタンの位置が決まったところで、

再びディーラーがカードを回収しシャッフルする。


「では、高槻と佐倉さんの二人には、

ブラインドとして賭け金を置いてもらおうか」


「まあ、最初の数回は練習ということで、

SBが2、BBが4くらいでいいだろう」


本来はテーブルで

先に決まっていることなんだがね――とは田西。


ただ、分かりやすくその場で説明してくれるぶん、

那美にとっては今のやり方のほうがありがたかった。


もちろん、田西も分かりやすさを優先して、

こういう形にしてくれているのだろう。


動機はともあれ、その心遣いに感謝しつつ、

高槻が2枚、那美が4枚の白チップを置く。


二人は、どんなに自分の手札が悪くとも、

この賭け金ぶんを払って降りることになる。


「何か損してる気分だよなぁ」


「ブラインドは持ち回りだ。気にする必要はない。

それに私たちも、参加する時はチップを積むしな」


田西の言葉に、高槻が『気分の問題なんだよ』と

唇を尖らせたところで、カードの分配が始まった。


時計回りに二周し、それぞれの手元に

手札――ホールカードが行き渡る。


ゲーム進行の中で、コミュニティカードが開かれる前の

この状態がプリフロップ。


ここで、手札の具合を見て、

ゲームに参加するか否かを決めることになる。


那美が周りに見えないよう、

カードの端をそっとめくって見る。


スペードの9、ダイヤの6。


先ほど温子に紙に書いてもらった

スターティングハンドのランキングには載っていない。


つまり、かなり弱いということになる。


ポーカーに詳しくない那美から見ても、

役に遠いこの手札はとても弱いように見えた。


ということは、

ここは降りるのが正解となるが――


「おい那美、難しそうな顔してっけど、

ここは強さとか関係なく行っちまおうぜ」


「えっ……どうしてですか?」


「ゲームのやり方覚えねーといけねーからな。

降りてたら何も分かんねーだろ」


「それに、負けてもたかが数枚だぜ?

格ゲーと同じで、経験積むほうが大事なんだよ」


『なあ温子』『その通りです』という

二人のやり取りに挟まれて、那美が一人頷く。


確かに、この時点で負けの心配をしていても、

ほとんど意味はないだろう。


田西が練習と言ってくれているうちに、

勝負のコツを掴む必要がある。


「では、BBの次の朝霧さんから、

プリフロップでのアクションを決めてもらおうか」


同額を賭けるコールだ」


宣言の後、BBの那美が積んだチップと同じ4枚を、

自分の前へと置く温子。


田西も同様にコール――4枚を置く。


そして、高槻が全員と同じチップになるよう、

2枚を追加で置いてコールを宣言。


そして、最後の那美は賭け金の追加レイズはせずに、

アクションを行わないことチェックを選択。


チップの枚数が釣り合い、全員参加となったところで、

ディーラーがチップを回収してひとまとめに。


そして次の段階、フロップへ。


ディーラーが不正防止の捨て札バーンカードとして、

カードの束の上から一枚を伏せたまま脇へと置く。


それから改めて、

三枚のコミュニティカードを開く。


ハートの8、クラブの2、スペードのJ。


これらと手札の状況を見て、

再び賭けるか降りるかを選択しなければならない。


プリフロップはUTGの温子からだったが、

フロップ以降で最初に選択するのはSBの高槻。


「ま、とりあえずチェックだな」


“勝負は続行するがアクションは行わない”

というチェックを選択。


ついで那美――こちらもレイズする手札とは思えず、

チェックを選択。


が、本当のところは、初心者にありがちな消極性による

“できるだけ低リスクになる手段”を取っただけ。


そんな二人に対して、

温子の選択は――


「ベット10枚」


チップの山から青チップを引っ掴んで前に置く

/田西の顔をすぐさま見やる。


「なるほど。手札に自信ありかな?

であれば私はコールしておこうか」


青チップを前に置く田西――ニコニコ。


こうなってくると、高槻たちが勝負を続行するには、

最低でも10枚の追加が必要になってくる。


四枚目のコミュニティカードが開く次の段階――

ターンに進むには、全員同じチップが必要だからだ。


仕方なく高槻がコールを選択

/那美も引きずられるままにコール。


そうして、めでたく全員の賭けた額が

同じになったところで、先ほどと同じ流れに。


ディーラーが賭けられたチップを回収する/

カード束の一番上のバーンカードを伏せる。


その後に、四枚目のカードをオープン。


出て来たカードはハートの3。


それを見て、SBの高槻が再びチェックを選択。

/那美も同様にチェックを選択。


「ベット15枚」


そんな二人が見えていないかのように、

温子はさらにチップを積み増し、田西をじっと見つめた。


「……いやいや。若い子にそんなに見られると、

どうにも張り切りたくなってしまうな」


苦笑を浮かべつつ、

田西が賭け金を追加するレイズを選択。


温子の15枚に対するコールのぶんに加えて、

さらに5枚を追加する20枚を自分の前に置く。


そして、賭け金が釣り合っていない高槻に、

再びコールかレイズかの選択が回ってくる。


「ぐっ……コール」


苦虫を噛み潰したような顔で、

高槻が20枚のチップを前に。


最初に賭けたぶんも合わせて、

これで34枚ものチップを賭けたことになる。


最初に練習ということで2枚/4枚で始めたのに、

あっという間に賭け金が膨らんでしまった。


それを横目で見ながら、

那美が改めて自分のカードを思い返す。


強い役どころか、

未だにワンペアすらできていない状況。


残り1枚しかオープンされないというのに、

それでワンペアができるのだろうか?


仮に出来なかったとすれば、手持ちのカードの中で

最も大きい数で勝負することになる。


となると、那美の手札は9と6であるため、

コミュニティカードのJが最大。


これでは、

どう足掻いても勝ち目がない。


勝負から降りるフォールドします……」


がっくりと項垂れて、

那美がカードをディーラーに返す。


最後のレイズに対してコールはしていないが、

これまでに賭けた14枚は全て没収されてしまった。


もし、一番最初の段階で下りていれば、

4枚で済んだというのに。


やっぱり弱いカードで突っ張るんじゃなかった――と、

那美の胸に後悔が重くのしかかる。


その10枚の損失で悔やむ那美の横で、

温子がさらに賭け金を増やすリレイズ――


20枚へのコール用途で追加する5枚に加えて、

さらに10枚――計15枚を積む。


これで、温子がターンで積んだチップの数は30枚。


『負けてなくなるのが怖くないのか』と、

那美が信じられない気持ちで温子を見つめる。


「……仕方ないな。コールだ」


田西が10枚積み増して、

温子と同じ30枚にする。


レイズは最低限必要な額があり、相手が10増やした後、

自分は2を増やすというわけにはいかない。


相手が10増やしたのであれば、

自分も10以上増やさなければいけないのだ。


今回の温子と田西の例で見ると、

温子はコールとなる5枚に加えて10枚増やした。


ということは、田西がもしもリレイズするのであれば、

コールとなる10枚と、さらに10枚以上必要になる。


さすがにそこまでは行けないと、

田西がコールで妥協する。


そして、高槻もここまで来ては引けないという気持ちで、

完全にやけくそ的雰囲気の中でコールを選択。


三人の賭け金が30枚で一致したところで、

最後の段階――リバーへ。


ディーラーがチップを回収

/バーンカードを破棄。


そして、最後のコミュニティカードを開く。


――ダイヤの10。


瞬間、高槻の顔に、

那美の目にも分かるほどの落胆が浮かんだ。


その様子に、那美が改めて降りた自分の

判断の正しさを認識する/突っ張った高槻に同情する。


高槻のように厳しいのに突っ張ったのでは、

今頃は44枚が吹き飛んでいた。


その高槻のアクション――


『ここまで来たんだからもうどうにでもなーれ!』

という叫び声の聞こえてきそうなチェック。


温子も同様にチェック。


そして――田西はベット。


20枚を自分の前に置いて、

さてどうするとばかりに高槻と温子の顔を窺う。


「ばっ、バカヤロー!

アタシを舐めんなお前コンチクショー!」


高槻がコールを選択――

盗人に追い銭的20枚をテーブルに叩き付ける。


「高槻は突っ張ってきたか。

朝霧さんはどうするかね?」


「……フォールドだ」


えっ――と、

那美が声を出してしまった。


ここまで強気にレイズを繰り返してきた温子が、

こうもあっさり降りるとは完全に想像の外だった。


『ここまで来たのにどうして降りるの?』と、

那美が視線で温子に訴える。


それに答えたのは、田西の声。


「恐らくだが、役無しノーペアだったんだよ。

彼女はね」


「ノーペア……?」


それでは、温子は那美が降りたのと同じ状況で、

あれだけチップを積んでいたということになる。


何故、そんな危険なことをしたんだろうか。

相手が降りるとでも思っていたんだろうか。


「これまた恐らくだが、

完全に勝機がなかったわけではないだろうね」


「手札が5、6辺りで、

ストレートでも狙っていたんじゃないかな?」


コミュニティカードは、ハートの8、クラブの2、

スペードのJ、ハートの3、ダイヤの10。


確かに、ストレートを狙えなくもない。


「それでも、勝負はついでだ。

本命はレイズで他のメンツの反応を見たかったんだよ」


『だろう?』と、

田西が温子を見やる。


余計な会話はマナー違反なのだが、

これも田西なりのサービスのつもりだった。


強敵を求めてこんな迷宮までやってきたのだから、

歯応えのある相手でなければ面白くない。


相手を育ててやるつもりで、

自分の見ている部分を教える/考えを伝える。


そんな田西の意図が

伝わっているのかどうなのか――


温子は何の反応も示さずに、

ただディーラーへとカードを返した。


これで、最後まで残った二人のチップが釣り合ったため、

ゲームは終わり――ショーダウンへ。


ハンドの公開は、リバーで最後にレイズ/ベットをした者か、

SBから時計回りに公開していくこととなる。


『そんなに自信があるのなら、

あなたから公開して下さいね』という決まりだ。


つまり、この場合は田西になるのだが――


「3のワンペアだ」


田西のホールカードは

ダイヤの3とスペードのKだった。


ということは、田西がワンペアを確保したのは、

4枚目のコミュニティカードが出てから。


つまり、田西がレイズを始めた時から、

ということになる。


“じゃあ、田西さんがレイズした時は、

役が出来てるって思ったほうがいいのかな――”


那美が田西の手札とアクションの状況から、

情報を汲み上げる/今後の参考にしようと頭を捻る。


と、田西の手札に夢中になっている那美に、

高槻が軽く肘打ちを食らわせた。


驚いて那美が顔を向けると、

高槻がドヤ顔でテーブルをこつりと叩く。


その叩いた場所にあったのは――


「Jのワンペア!?」


ホールカードはクラブのJとクラブの9。


ということは、最初の段階から既に、

Jのワンペアが完成していたということだ。


「でも、だったら何で、

あんな悲惨な感じだったんですかっ?」


「バーカ、あんなの演技に決まってんじゃん。

アタシの演技力を舐めんなっつー話」


『役無しで突っ張ってた誰かさんとは違うんだよ』と、

高槻が那美を挟んで温子を煽る/高笑いする。


それに、温子はむっと口を曲げたものの、

特に言い返すようなことはなかった。


代わりに勝利を祝福しますとばかりに、

高槻の元へ賭けられたチップが全て集まる。


田西と高槻でそれぞれ64枚、温子の44枚、

那美の14枚で、合計184枚。


「うぉおーっ! マジで!?

マジで一回でこんなにもらえるのかよっ?」


「賭けたチップが全て集まるからな。

まあ、最初からこんなに賭けるつもりはなかったんだが」


「温子がレイズで突っ込みまくった結果だな。

いやー、感謝しますよ朝霧パイセン!」


「それはどうも」


今度はムッとするようなこともなく、

温子はさらりと流した。


その反応の薄さをさらに弄る高槻

/心配する那美/感心する田西。


それぞれがホールデムというゲームの一連を

体験したところで、次のゲームに入って行く。


ボタンは一つ隣にずれて高槻の位置へ。

同様にSBは那美、BBは温子に移る。


那美のホールカードは、

スペードのQにダイヤのJ。


温子の作ったリストに載っている“強い”ハンドであり、

俄然やる気が湧いてくる。


もちろん、プリフロップではコールを選択――

全員がコール/チェックを選んでフロップへ進む。


開かれるコミュニティカード――

その三枚のカードを見て、那美が目を見張った。


スペードの10、ハートの6、ハートのK。


手札のQ、Jと合わせて、

ストレートの完成が期待できる一歩手前ドローハンドに。


温子の話によれば、ポーカーでの勝負のほとんどは、

確率44%弱で完成するワンペアで決まるらしい。


ツーペアでさえ完成する可能性は24%弱、

スリーオブアカインド以上の役に至っては5%以下。


もしもストレートが完成すれば、

単純計算で95%ほどの確率で勝てる。


「……佐倉さんの番だよ」


「あっ、ごめんなさいっ」


SBはフロップでは最初にアクションを求められる

/もしかして待たせたのかなと不安になる。


那美の思考――待たせていたとすれば、

自分はどんな印象を持たれただろうか?


強いカードを持っていると思われただろうか?

それとも、弱いから時間がかかったと思われた?


判断はつかないが、

自分にとっての最善の形だけは分かる。


それは、弱い手だと思われて、

チップを沢山賭けてもらうことだ。


そんな考えで、本当はベットしたい気持ちを抑えて、

とりあえずという形でチェックを選択。


温子もそれにチェックで追随

/田西もチェック/高槻もチェック。


そしてターンフェイズへ。


開かれたコミュニティカードは――

何と、ダイヤのA。


これにより、那美の望み通り、

ストレートが完成した。


しかもAが絡んでいるということは、

他にストレートがいても、ほぼ負けることはない。


ただ――賭けるチップはどうするべきか。


できるだけ多くのチップを引き出したいが、

ベットしても大丈夫だろうか?


それとも、ここもチェックで弱いように見せかけて、

他の人のレイズや、リバーフェイズに賭けるべきか?


早く決めなければ、

また不自然に思われるかもしれない。


頭の中でぐるぐる回した末に出した、

那美の結論は――


「……チェックです」


消極的に見せかけて、

相手のベットを誘うことだった。


自分なら、ずっとチェックをしている相手は、

役ができていない、または弱いものと判断する。


だったらきっと、

相手も同じことを思ってくれるはず――


「……ベットだ。10枚」


そんな那美の思惑通り、

温子が10枚賭けてきてくれた。


これなら、温子の手が

那美よりも強く見えるはずだ。


賭け金を増やす際も、

コールでついていくだけで済む。


後は、仲間内で奪い合うのではなく、

田西が賭けてきてくれることを祈るのみ。


しかし、その田西は

あっさりとフォールドを選択。


温子のレイズで逃げられたのだろうか――と思いきや、

田西が那美を見て歯を見せて微笑む。


それで、田西は最初から、

那美のいい役ストレートを見抜いていたのだと悟った。


そうなれば、

後はもう消化試合という名の練習だ。


温子は早々にフォールド

/高槻と那美でチップを積み合う。


最終的には、那美が56枚のチップを得て、

このゲームは終了した。


95%勝てる役で、たった56枚。


先の高槻はワンペアで200枚近く稼いだのにと思うと、

やはり複雑な気持ちになるのは避けられない。


「重要なのは、チップを得ること。

カードはあくまでそのための手段に過ぎない」


ゲームの開始前に聞いたその言葉の重みを、

改めて痛感する。


同時に思う――

強い役は、剣というよりは盾ではないのか、と。


強いぶきができたからといって、

自分から斬り付けに行くと逃げられる。


だから、カードによって盾を作り、

できるだけ相手を引きつけて一気に叩く。


たての強さは、相手から叩かれた時に、

怪我をしない、あるいは競り勝つためのもの。


しかし、強い盾は滅多に作れないため、

基本は弱い盾を強そうに見せるか、勝負を回避する。


この戦術が正しいのかどうかは、

那美には分からない。


ただ、少しずつではあるが、

那美なりにテキサスホールデムを理解し始めていた。


そうして始まる、第三戦――


那美のホールカードは

スペードの2、ハートの7。


見た目にも勝負にならないカードと判断して、

プリフロップからフォールドを選択する。


結果は、田西が10のワンペアで勝利し、

70枚ほどのチップが田西の元へ。


続く第四戦――


那美のホールカードは

スペードの3、ダイヤの10。


やはり勝負にならないと判断し、

フォールドを選択。


勝者は温子。

ダイヤのフラッシュで100枚超のチップを獲得。


そして第五戦――


ここからブラインドを増額することになり、

全員が合意の上でSBが10、BBが20に。


つまり、ここからが本番ということだ。


一周し、再び回ってきたBBにより、

那美が20枚のチップを手前に置く。


第三戦、第四戦とは異なり、

降りる時はこの20枚を払わなければならない。


いいカードが来て欲しいと願いつつ、

配られたホールカードをめくる。


クラブのQ、クラブの8。


温子のスターティングハンドリストにもない、

降りるべき手札ではあるが――


悩んでいる間に、温子のコール。

続く田西もコール/高槻もコールを選択。


那美は少し悩み――チェックを選択。


降りようとも思ったが、

BBで既に最低限のチップは払っている。


他がコールなら何も払わずにフロップへ進めるのに、

初手フォールドはチップをドブに捨てるようなものだ。


そんな考えでフロップに突入。


公開されたカードは、

ダイヤのA、クラブの6、スペードの8。


既に8のワンペアができているため、

高槻のチェック後、果敢に20枚を積むベットを選択。


続く温子はレイズ――

40枚のチップを前に。


また高騰し始めたことに那美の顔が強張る

/その顔が田西のリレイズでさらに固まる。


田西の出したチップは100枚――

色とりどり40枚もの大きな山に。


『ごちゃごちゃしたのを処分をしたくてね』と

田西が指を組む/その上に笑顔を乗せる。


高槻は諦めて即座にフォールド――

『やってらんねーよバーカ』と完全にお手上げ。


そして、次の順の那美に集まってくる視線。

『さあどうする?』という無言の圧力を感じる。


田西を見る――変わらぬ笑顔/急かすような仕草

/那美の悩む顔を眺めるのが心底楽しいといった様子。


温子を見る――変わらぬ無表情/動かない視線

/友達であることは関係なくひたすらにゲームに真摯。


誰も助けてくれない。

自分で判断するしかない。


となれば、見るべきは自分の手札と判断し、

那美が伏せたままのホールカードへと目を落とす。


ここからスリーオブアカインド以上の役には、

さすがに期待できないだろう。


Qが出てくればツーペアだが、

その確率は約20%。


コミュニティカードのペア考慮でもっと確率は上がるが、

その状況は相手もツーペアになっている可能性が高い。


ということは、80%の確率で、

この8のワンペアで勝負することとなる。


一方、温子と田西に関しては、

序盤からのレイズを見ても、相当いい手なのだろう。


もし、ワンペア勝負になったとしたら、

那美が圧倒的に不利であることは確実。


この時点で八割不利という、

どうしようもない状況だった。


だが――もしも、

相手がブラフでレイズをしてきたのだとしたら?


「……」


温子はこれまで、

弱いらしい手でも突っ張ってきたことがあった。


今回もそうである可能性がないわけではないが、

強い時と弱い時で表情が変わっているとは思えない。


一方の田西はというと、これまでの五戦で、

突っ張った時は必ず何かしらの手が入っていた。


それが初戦のような3のワンペアならいいが、

あれはブラインドの少なかった時の話だ。


今は最初から大きく賭けてきているため、

率直に考えるのであれば、自信があると見るべきだ。


――素直に考えるのであれば。


裏を読むなら、これまでの硬い勝負はあくまで布石で、

ここは弱い手で降ろしに来ているのかもしれない。


表情からは読み取れないが、

田西には既に、平気な顔で那美を騙した実績がある。


ブラフだって十分にあり得る。

それが、那美の田西という男に対する印象だった。


では、ブラフだとして――


ここで、突っ張れるだろうか?


相手がブラフでもきちんとした手でも、

恐らく待っているのはレイズ合戦だ。


温子に負けるのはいいが、田西に負ければ、

かなりのチップを持って行かれることになる。


その恐怖に耐えて、

自分は、チップを積めるのだろうか?


80%不利だと分かっているこの状況で、

そんなことをして後悔しないだろうか?


ブラフ“かもしれない”というだけの希望的観測に、

何百枚もチップを注ぎ込めるだろうか?


那美は自問して――


結局、降りることを選んだ。


今、持っている盾の強度を考えた結果、

これは勝負できない盾だと判断した。


40枚の損失はあるものの、

それで身の安全を買えるなら安いものだ。


我慢して、我慢して、

勝負できる時が来たらその時は勝負する。


無理に突っ張って死ぬよりは、

そのほうがずっといいはずだ。


カードを返し、再び温子の番に。


そこで温子もフォールドを選択し、

田西の勝利が確定――チップが田西の元へと渡った。


一連の流れを終えて、田西がほくそ笑む

/同じぶんだけ心の中で白ける。


“まあ、こんなもんか”。

それが、田西の率直な感想だった。


ここ数戦でゲームらしくはなったが、

やはり那美らはまだまだ子供同然に過ぎなかった。


センスのあるヤツはすぐに身につくし、

言われずとも本能的に理解する。


というより、初めてホールデムに触れた時の田西が、

まさにそれだったのだ。


同じものを要求するのは酷ではあるが、

やはり才能の隔たりを感じざるを得ない。


ディーラーが素早くカードを配り、

第六ゲームが始まる。


そうして、ホールカードを開くと同時に、

那美がまた長考を開始――“微妙な手が入った証拠”。


ならばと、

UTGの田西が初っ端から積んでやる。


「……フォールドです」


那美は予想通り、

ブラインドを落として逃げていった。


プレイスタイル“タイトパッシブ”――

“勝算の高い勝負しか参加せず自ら積むことも少ない”。


労せず田西がブラインドの30枚を入手し、

第七戦へ――


と、今度はいきなり、

高槻が早々に100枚を積んできた。


やれやれと思いつつ高槻の顔を窺う

/高槻と目が合う。


ということは、間違いない。

コイツはブラフだ。


気にせず田西もレイズしていく

/果敢に挑んでくる高槻にさらに被せてやる。


「あー、アタシ降りるわ」


高槻が若干考えつつも

フォールドを選択する。


高槻の明確な癖――

“嘘をつく時に相手の反応を気にして目を向けてくる”。


より強い喜びを得るために反応を確かめようとする、

天性のひねくれ者の宿命。


もちろん、

田西にとってはお得意様でしかない。


が、今回は高槻を引きずり下ろしたにも関わらず、

温子のツーペアに邪魔されて200枚近く奪われた。


気を取り直して第八戦――


ホールカードを取った瞬間に高槻が無表情になり、

その後もずっと田西の顔を見てきていた。


これは嘘による癖ではなく、

田西の挙動を観察しているのだろう。


ということは、それなりの手が入ったと見るべきであり、

降りることが視野に入ってくる。


――と、思って欲しいことがバレバレ。


「お。笑ってるっつーことは、

何かいい手が入ったのかよオッサン?」


「いやぁ。どうだろうな」


『お前の考えが見え見えだから笑ったんだよ』

とは言わず、曖昧に濁す。


高槻のプレイスタイルは“ルーズパッシブ”――

“手札に関わらずとりあえず参加者についていく”。


現状の高槻の挙動はこれまでと同じで、

特別変わったものではない。


性格だけ考えれば、やられたことをやり返す女であり、

前回の失敗をやり返したい心境のはず。


だから、ここは突っ張る。


この第八戦での高槻にとっての勝利は、

“この田西にフォールドさせること”だ。


札で負けたとしても、

そこで負けるわけにはいかない。


幸いなことに、手札もそう悪いものではなく、

那美と温子にいい手が入った様子もなかった。


そうして、最終的に田西が80枚のチップを勝ち取り、

ゲーム終了と同時に高槻がむくれ顔になった。


第九戦――


那美が迷いなくレイズを選択――

相当強い手が入っている証拠。


高槻が田西の目を見ずにレイズを選択――

こちらもブラフではないことが明らか。


田西の手札はハートのJと10だったが、

これはリスクが高そうだとあっさりフォールドしていく。


瞬間、那美と高槻の顔が明らかに失望を浮かべ、

笑いを噛み殺すのに苦労した。


「いやぁ、これは危なかった」


結果、40枚の損失でこのゲームを脱出し、

那美のAのワンペアを回避してのけた。


第十戦――


おや、と思う変化があった。


最初にベットした那美が、

どうしてかターンからチェックを選択したのだ。


那美は羽犬塚ほどではないものの、

どうにも直情的というか、素直過ぎる部分が大きい。


ということは、コミュニティカードに賭けたが、

まだ役が強化されきっていないということか。


投機的な賭け方もするだろうが、

佐倉那美は何の手もなしでベットするとは思えない。


が、その手はあくまでワンペア程度であり、

そうあまり強くもないのだろうと判断――


ならばと、ここまでの様子見から一転して、

那美を引きずり下ろすためにチップを積む。


“こいつはここ一番でリスクを考える、

勝負事に向いていないヤツだ”。


「さて、佐倉さんの番だが?」


どうせ引くんだろう――と口には出さないものの、

目線に込めて那美を見やる。


そんな田西の予想を裏付けるように

那美はフォールドを選択――やはりチョロい。


第十一戦/十二戦/十三戦――


この辺りまで来るともう、

癖のほとんどを把握できていた。


“那美は自信がない時は伏せたカードを見る”


“高槻にいいカードが入った時は、

かちゃかちゃとチップを弄る”


“那美にいいカードが入った時は、

そのまんま表情が強張る”


“高槻が損確定となった時は足を組み替えるなど、

体に大きな動きができる”


もちろん、本人たちは気付いていない。

そんな癖が出てるとは欠片も思っていないはずだ。


読み合い以前の問題で、

答えの見えたテストをやっているような気分。


だが――


一人だけ、癖が全く読めない

/巧妙に隠している少女がいた。


「ベットだ。六十枚」


この朝霧温子だけは、

田西の目にもまだ癖は見つからなかった。


強いて言えば、

二つだけ分かっていることがある。


それは、温子もまた田西と同様に、

高槻と那美の癖を把握しているということ。


そしてもう一つは、その癖を利用して、

チーム全体の大きな損を回避しているということだ。


高槻がブラフに動こうとすれば、

その動きを温子が見抜いて事前にベットする。


高槻がレイズではなくコールするように仕向け、

少しでもそのブラフを目立たなくしている形だ。


また、温子自身にいい手が入っている場合もあり、

田西が高槻のブラフを潰そうとするとこちらにやられる。


そして、二人にいい手が入っている時は、

賭け額を調整してチップがつり上がるように仕向ける。


最初、田西は温子の賭けパターンに

規則性を見出せなかった。


が、チームの他二人の役と照らし合わせてみると、

そこに明確な意思が浮かび上がってくる。


自分の賭けパターンの規則性を隠すこと。


チームの誰かが勝つだろう時に大きく賭け、

リスクを最小限に留めること。


チームの誰かが大負けするのを未然に防ぐこと。


この三つの意思を持って、冷静に、冷徹に、

ただ機械のように淡々と、温子はゲームを進めてきた。


虎視眈々と――

田西の癖を窺ってきた。


今、こうして色々と考えている間も、

ずっと温子の視線は田西に注がれている。


それにむず痒さを覚えると共に、

田西は心の底で嬉しさも感じていた。


舌なめずり――“やはり、ゲームというのは、

好敵手がいなければならない”。


キングに会うためにこの迷宮に来た田西だったが、

思わぬ掘り出し物に出会えた気分だった。


そうとなれば、こんな茶番を

いつまでも繰り返している暇はなかった。


早く、この思ったよりやる少女と、

一対一で楽しまねば――



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