大富豪

高槻が破壊した机では遊べないということで、

できるだけ広い机のあるところに――


そんな田西の提案から、

全員でカジノのポーカーテーブルへと移った。


「さて……それじゃあ、

朝霧さんに競技を指定してもらおうか」


羅紗ラシャ地の緑が映えるテーブルに手を這わせながら、

田西が温子の顔を見やる。


「私の提案するゲームは“大富豪”だ」


「ほう。これはまた、

懐かしいものを持ってきたな」


「これなら恐らく、全員知っているだろう?

細かいルールのすり合わせは必要だけれどね」


大富豪――


日本においてメジャーなトランプゲームであり、

シンプルながらゲーム性も高く、広く親しまれている。


プレイヤーの目的は、配られた持ち札を

他のプレイヤーより早く消費することである。


最大の特徴は、前回のゲームの順位が、

次ゲームの有利不利に影響するということ。


具体的には、次のゲームで札が配られた後、

下位の者と上位の者でカード交換が行われるのだが――


この際、下位の者からは最も優れたカードを、

上位の者からは任意のカード渡すのである。


この順位(階級)の固定をもたらすルールこそが、

大富豪という名の由縁なのだ。


「ルールはどうするんだ?」


「そうだな……少し複雑だから、

書いて整理しようか」


1.参加者は五人であるため、

  称号は大富豪、富豪、平民、貧民、大貧民とする


2.カード交換は大富豪と大貧民、富豪と貧民で行い、

  その枚数は前者が2枚、後者が1枚とする


3.カード交換の際、貧民側は強制的に最強のカードを、

  富豪側は任意のカードを渡す


4.8切りあり、スーツロックあり、都落ちあり、

  階段あり。階段は3枚からとする。


5.革命は4枚以上出した場合に成立。

  その場で返す場合、革命後の強さに応じたカードで。


6.ジョーカーは3のカード3枚で切れる。

  また、スペードの3でも切ることができる。


7.反則上がりは2、ジョーカー、8、革命時の3。

  ただし8の階段は8切りにならないため除外。


8.大富豪を2ポイント、富豪を1ポイントとし、

  先に8ポイント稼いだ人間を最終勝者とする


9.初回の親はハートの3の持ち主で、

  そこから時計回りの順にカードを切っていく。

  二回目以降は、順位の逆順とする。


「……日本大富豪連盟の五大公式ルールを、

少しばかり弄ったものだな」


「ああ。というよりは、

オンラインゲームコミュニティのほぼ公式ルールだが」


「あの、4番目のルールが

よく分からないかな……?」


「8切りは、数字の8を出した時点で、

問答無用で流して自分を親にできるルールだよ」


「スーツロックは、例えばハートが二連続で出た場合、

それ以降は流れるまでハートしか出せなくなるんだ」


「自分の手元にハートばっかりという状況なら、

固定することで親を取りやすくなる」


なるほど――と那美の頷き。


「都落ちっつーのは?」


「都落ちは、大富豪が一位の座から陥落した時に、

強制的に大貧民に落とされるルールですね」


「何だそりゃっ?

そんなんあるなら、ずっと富豪のほうがよくねー?」


「でも、大富豪は4回の一位で済むのに、

富豪は8回も二位を取らなきゃいけないんですよ」


「その間にも他の人が大富豪になるわけですし、

いつまでも二位というのは厳しいでしょうね」


「上手いこと富豪をキープし続けて、

最後に大富豪を取れって話か……」


「まあ、難しいことは考えずに、

先輩はとにかく勝つ方向で行けばいいと思いますよ」


「階段っていうのは、

同じマークの並び数字を出せるルールだよね?」


「うん、それで合ってる。

スペードの5、6、7みたいなね」


「ただし、A、2、3みたいなのはダメ。

2と3は連続していないってことに気を付けて」


「そういや、最弱は3で最強は2でいいんだよな?

あと、ジョーカーは2にも勝てて何にでも使える?」


「ええ、それで合ってます。

ポーカーと違って最強は2なのでお間違えなく」


「他に質問はありますか?」


「賭けるものについて、

きちんと決めておこうか」


田西が温子を試すような目で見やる

/温子はそれを冷ややかに受け止める。


「そちらが賭けるものは、

羽犬塚さんの携帯でいい」


「ほう、意外だな。

参加費として払ってもいいと言ったんだが」


「美味しすぎる話には飛びつかないことにしてるんでな。

それに、こちらも最低限の礼儀はある」


「なるほど、そういうことなら納得だ。

では、こちらも約束通りにするとしよう」


田西側は羽犬塚の携帯を賭け、

那美側はこの勝負では何も賭けない。


強いて言えば、

田西たちの安全を賭けるといったところだろう。


「他に誰か質問は?」


温子が周囲を見回す――

全員が大丈夫という首肯/指でサイン/鼻を鳴らす。


「それじゃあ、

始めていきましょう」


ディーラーの仮面に目を向ける温子。


と、仮面は慣れた動作でトランプの封を切って、

テーブルの上にカードを並べた。


数札が各スーツ10枚。絵札が3枚。

そして、ジョーカーが2枚。


合計54枚のカードを全員に確認させた後、

流れるような動作でシャッフルを開始――


滑らかな手つきは思わず那美が見惚れるほどで、

カードの混ざる音すら心地よく感じた。


「佐倉さんは、

ディーラーを見るのは初めてなのかな?」


そんな那美の様子を見ていたのか、

田西が気安く声をかけてくる。


「いい手つきだろう。あの淀みない動作が格好良くて、

私もよく真似たものさ」


「ま、結局は全然ダメで、

テーブルの向こうに行くのは諦めたんだがね」


「……田西さんは、

カジノにどれくらい行ったことがあるんですか?」


正直なところ、田西と話すのも嫌だったが、

何か情報収集できるかもという気持ちで返す那美。


それをどう取ったのか、田西は嬉しそうに笑い、

顎を撫でながら『うーん』と唸った。


「そうだな。

君が朝ご飯を食べた回数くらいかもしれないな」


その言葉を聞いて、

那美が思わずぎょっとした。


田西の話を信じるとすれば、

行ったことがあるどころの話ではない。


二十年近く、

毎日通っているということになる。


一体、この人は何者なんだろうか――


そう思っていたところで、

カードに手を付け始めた周りに気付いた。


どうやら、

カードの分配が終わっていたらしい。


慌てて那美も伏せカードを手に取って、

強さ順に整理していく。


4、4、4、6、8、10、J、Q、K、A、A。



スタート時の称号は全員“平民”であるため、

このカードで勝負することになる。


最強の2がないため、若干弱くは感じるが、

Aのペアに4のトリプルもあったりとそう悪くはない。


大富豪は昔、

那美もよく遊んでいたゲームだ。


その経験から、運次第では、

自分にも勝機があると踏んでいた。


何とか自分の力で携帯を取り戻したい――

そんな気持ちで周りのメンツへ目を向ける。


強気な笑みを浮かべる高槻、

無表情の温子/田西、イライラした様子の藤崎。


見た感じ、高槻にいいカードが入っていて、

藤崎は逆に運が悪そうだった。



「それじゃあ、

最初はハートの3を持っている人からです」


温子の呼びかけに『俺様だ』と藤崎が答える

/3のペアを場に出す。


「うおっ、いきなりペアかよお前よー。

もうちょっと空気読めよなー。人格疑うわー」


「うるせぇんだよクソ女。

俺様に指図すんじゃねぇ」


テーブルを叩く藤崎

/それに悪態をつきつつ、次順の高槻はパスを選択。


どうやら、数字の小さいペアは

持っていないらしい。


その高槻の不運に感謝しつつ、

那美が4のペアを出す。


続いて、左隣の温子が5のペア、

テーブルの向こう側の田西がKのペアを出して行く。


「最初から随分と飛ばしていくな」


「なに、いい手札が入ったものでね。

出し惜しみする必要がないのだよ」


結局、続く者はおらずに場が流れる

/親が田西に。


「おい田西、3出せ」


「……無茶言わないでくれ給え。

持ってない数字をどうやって出せというんだ」


田西が5を出し――渋々と藤崎が9を出す。


「この野郎……いきなりインフレさせんじゃねーよ。

アタシが8切りできねーだろうが」


「テメェの都合なんて知るわけねーだろ。

他人にクソみてぇな要求してんじゃねぇ」


「はぁ? お前がそれ言う?

さっき3を要求してたお前がそれ言っちゃう?」


高槻が煽りつつJを出す

/那美は隣の争いに若干引きつつQを出す。


次順の温子、その次の田西もパスを選択。


「出し惜しみする必要は

なかったんじゃないのか?」


「おやおや、私のブラフを信じてくれるとは。

ありがたい話だな」


藤崎――迷った末に2を場に。


2に勝つ唯一の札・ジョーカーが

出てくるようなことはさすがに無く、藤崎が親に。


「ようやくクソ札を出せるな」


藤崎は5――続く高槻が9。


「テメェもインフレさせてんじゃねぇか!」


「アタシはいいんだよバーカ!」


「二人とも、

小学生みたいな争いはやめて下さい……」


心の底から同意しつつ、

那美が10を出す。


残るは6、8、J、K、A、Aの六枚。


JとKさえ処分できれば、

8切り、Aペアからの6で上がりとなる。


藤崎以外はまだ十枚前後の手札を抱えており、

かなり期待が持てる状況と言っていい。


だが、意外なのは本命の温子だ。


「私はパスだ」


まだ最初の5ペア以外に何も出しておらず、

10という出し頃の数字にもパスを選択。


「私もパスさせてもらおうか」


さらに田西まで、

温子と同じようにパスを選んでいる。


一体、何を考えているんだろうか――


不審な動きを警戒する隣で、藤崎がQを出す

/さらに高槻がKを出す。


那美はパス/温子もパス/田西もパス

/藤崎がAを出して残り4枚に。


「あー、出せるもんがねー」


畜生と呟いて高槻がパス。


と――藤崎が、にやりと笑った。


その笑みに不穏なものを感じつつも、

那美には出せるものがない。


仕方なくパスを選択――

もしかして、これってまずい?


そう思っていたところで、

温子がさらりと2のカードを投げた。


「テメェ……隠してやがったのか!?」


「いやいや、隠してたというよりは

出したくなかったんだよ、彼女はね」


温子が黙っていると、

田西が横から口を挟んできた。


「彼女が持っているのは、恐らく2のペアだ。

まとめて切り札として使いたかったんだ」


「これまでパスを続けてきたところを見ると、

彼女の手札はペアで埋まっているんじゃないかな?」


田西が笑いかけるも、

温子は黙ってその笑顔を見ていた。


「まあ、当たっていようといまいと、

これで初戦は我々の勝ちだからな」


言って、田西がカードを投げる。


2に投げることのできるカードは、当然――


「ジョーカー……持ってたのか?」


「本当は自分のために使おうと思っていたのだがね。

まあ、藤崎くんにサービスだよ」


田西がジョーカーでもぎ取った親番で、

6のカードを投げる。


「どうせ、最後は8切り上がりだろう?

君の勝利は我々の勝利だ。受け取ってくれ」


「……よく分かってんじゃねぇか」


満足そうに頷いて、

藤崎が田西の6に8を重ねる。


そうして得た親番で、スペードの678の階段により、

藤崎が大富豪の座についた。


「さて、それでは藤崎くんの階段を切る人はいないし、

次は高槻からだ」


「……んじゃま、

アタシはのんびりと行こうかね」


高槻が3のペアを出す――が、

那美はAのペアを使うわけにもいかずスルー。


温子は9のペア

/次の田西は、少し考えた末にこれをパス。


高槻が10のペアを投げる/那美はパス

/温子はJのペア/田西が再びパス。


そして、再び回ってきた高槻の番――


「お、これ上がったくさくね?」


場に出て来たのは、Aとジョーカー。


ジョーカーはどの札の代わりにもなるため、

これがAのペアという扱いになる。


「先輩の上がりですね」


「え、マジ? 誰も切らねーの?」


高槻が三人に確認するも、

全員が首を横に振った。


そうして得た親番で、

高槻が4を出して二位――富豪確定。


その高槻の4に、那美が6を出す

/温子が8を投げて親をもぎ取る。


「はい、これで私も上がりだ」


2を出して再度親を取り、

最後はQのペアで温子が上がって平民に。


「……どうする?

佐倉さんはQのペアを切るかね?」


「えっと……」


A二枚の個別運用の可能性を考えると、

ここで切るのは得策ではないのではないか――


「……パスします」


「そうか、それはよかった」


温子の親番ではあるものの、上がりで流れたため、

スライドして田西が次の親に。


田西が6を投げる/那美はJを出す。


そこに、田西が2を投げてきた。


あ――という声が漏れる間に、田西が歯を剥いて笑い、

7のトリプルをテーブルに。


当然、那美は何もできずにパスをし、

田西が最後に10を投げてゲームセット。


田西が貧民、那美が大貧民という結果で、

初回のゲームは終了した。


勝てると思っていたのに、呆気なく決まった最下位に、

那美が呆然と手の中のカードを見つめる。


そんな那美へ、

温子が肩を叩いて声をかけた。


「私のQペアをAのペアで切って、

親を確保するのが正解だったね」


「温子さん……知ってたの?」


「うん。でも、さすがに教えてしまうのは

ルール違反かなと思って」


「そっか……そうだよね」


那美が顔を俯け――

改めて最後のやり取りを思い返す。


もし、Aペアを切っていれば、

8切りからJ、Kで那美の勝ちは確定していた。


6と10を抱えていた田西では、

8以外で最低がJの那美には勝てないためだ。


勝ち筋があったにも関わらず、

それに気付かずに逃してしまった。


「大丈夫だよ。まだゲームは始まったばかりだし、

田西だって何だかんだで貧民だしね」


気落ちする那美に、

温子が『期待してるよ』と笑ってみせる。


「それに、連中の連携が上手く行くのは、

順番が並んでいる今回だけだ」


「次回以降は、今回順位の逆の回りになるから、

田西と藤崎の連携を阻止するのは簡単だよ」


「おやおや、

連携なんてしたつもりはないんだがねぇ」


笑顔で肩を竦める田西。


もちろん、実際には、

田西は藤崎を強烈にアシストしていた。


Aを出した時点での藤崎の手札は、

スペードの678とクラブの8。


Aで流すことを前提としていた作戦のため、

温子が2を出した時点で藤崎はほぼ負け確定だった。


しかし、そこで田西がジョーカーを出して親を確保、

さらに6のペアを崩して藤崎に8を出せる状況を作った。


結果として、藤崎は大富豪になったが、

田西は6を切りきれず、2とジョーカーのペアも失った。


だがもし、田西が藤崎をアシストしなければ、

温子は得た親番で9のペアを投げることとなる。


そこから、高槻が10のペア/温子がJのペア

/那美がAを出し惜しみして温子が親獲得――


温子が8切りの後に2を投げるも、

田西がジョーカーで切って親は田西に。


さらに田西は7のトリプルで親獲得し6のペアを出す

/高槻と那美はパスし、温子がQペアで大富豪確定。


その後は順当に行けば、高槻が富豪に、

田西は平民、那美が貧民で、藤崎が大貧民となっていた。


田西の判断は、

自身を平民から貧民へと落とすことになった。


しかし、温子らの大富豪と富豪を阻止した上に、

藤崎を大貧民から大富豪まで押し上げたのである。


そんな田西のやり口を見て、

温子は感心すると共に警戒を強めた。


やはり、カード勝負を提案してくるだけあって、

一筋縄ではいかないらしい。


だが、決して勝機がないわけではない。


「佐倉さん、高槻先輩。

次のゲームの前にちょっと話しておきます」


「どうしたの?」


「大富豪の基本的な勝ち方です。

田西側も把握しているようなので、口頭でいいでしょう」


「勝ち方って……そんなんあんのかよ?

8切り上がりとかじゃなくて?」


「それは勝ち筋の話ですね。

まあ、そちらもまとめて説明します」


ディーラーに配るのを待ってもらって、

温子が二人に向き直る。


「既にやってると思いますが、

まず、場に出た札は覚えて下さい」


「可能であれば誰が出したかも含めて全て、

無理なら絵札以上と8の枚数は管理したいですね」


「いや、確かにAと2の数は数えてるけどよ……

絵札以上? 誰が出したか? 無理だろんなもん」


「無理でもそれくらいやらないと、

田西に勝つのはかなり厳しくなります」


「さっき観察していた限りだと、

田西は全て覚えているみたいですしね」


「全てって……」


那美が半信半疑で目を向けると、

田西は何も言わず、ただ歯を剥いて笑った。


「出た札を覚えておくことで、現状での切り札の強さ、

相手の戦術といったものまで見えてきます」


「特に、場にジョーカーが残っている状況で

2を頼みに弱い数字を残すのは自殺行為でしょう」


「さっき、藤崎をそれで仕留めようと思ったんですが、

田西にジョーカーで妨害されてしまいました」


ああ、あれか――と高槻が唸る。


「最初は情報量が多くて大変に感じるかもしれませんが、

すぐに慣れます。頑張ってカウントして下さい」


「分かった。やってみる」


「ああ、それとカードの整理はしないほうがいいです。

二人とも、左手から右手に昇順で並べてましたよね?」


「はぁ!? 何でそんなん分かるんだよっ?」


「もちろん、観察してたからです。

田西の目を見ていた感じ、向こうも観察してました」


「整理してると、どこからカードを出すかで、

大体の手札の状況が分かってしまうんですよね」


「例えば、右から二番目で2が出て来たら、

きっとジョーカーを持っているんだろうな、とか」


「そんなの、見られてたんだ……」


そこまで観察されていたことを知り、

那美が思わず喉を鳴らす。


小さい頃から大富豪はやっていたつもりだが、

手札を出す場所まで見られる可能性は考えもしなかった。


「でも、カードの場所だけならまだいいほうで、

もしかすると目線まで見られているかもしれません」


「とはいえ、気にしすぎても仕方ないので、

とりあえずカードの整理だけ気を付けて下さい」


「普段と違う並びにするとかでも効果はありますから、

無理ない範囲でこちらも工夫する感じで」


「お、おう……分かった」


「それから戦術に関してですが、基本は、

相手に残りターン数を見誤らせることですね」


「例えばペアや階段、8切りで、残り枚数が6枚なのに

1ターン回ったら終わる、という状況を作ることです」


「逆に、相手も当然それをやってきます。

さっき、藤崎なんかがやっていたのがそうですね」


「……Aで親番与えてたら、

8切りから階段で一気に大富豪取られてたアレだな」


「そうです。藤崎は粗野で力押しタイプに見えますが、

プレイスタイルは基本に忠実かつ堅実だと思います」


「よく大富豪を理解しているようなので、

田西だけに気を遣っていると足下掬われますよ」


「ほぉ……この野郎がねぇ」


「何だよクソ女どもが。黙って聞いてりゃ、

偉そうに人様のことを語りやがって」


「女は黙って男の前に這いつくばってろ。

そうすりゃ、多少は可愛がってやる」


「おいおい、何だそりゃ?

コンプレックス丸出しの発言しやがってよぉ」


「ママのおっぱいが欲しいっつーなら、

上から目線じゃなくてちゃんとおねだりしろや」


「この――」


――ばちん、という音が響き、

その瞬間に藤崎がもんどり打って倒れた。


「おーおー、暴力禁止なのになー。

人様の胸ぐらを掴むからそうなるんだっつーの」


「この女……殺す……」


「あー、面倒だからもういいかね?

時間を与えると余計な気苦労が増えそうだ」


「……分かった。

もう基本については説明し終えたしな」


温子が嘆息してディーラーへと向き直る。


と、それを待ち構えていたかのように、

仮面はさっとカードを滑らせてきた。


そうして始まった第二戦――


那美のカード運は比較的良好

/しかし大貧民として藤崎に2を二枚も献上することに。


対して、藤崎の寄越したカードは、

階段にもペアにもならない屑カードだった。


どうにか希望の見えていたはずのカードが、

見るからに勝ち目のない手札へと早変わり。


今回も最下位か――そう覚悟していたところで、

田西が革命を発動した。


革命は、ジョーカー以外のカードの強弱が逆転し、

3が最強、2が最弱となる。


「田西、テメェ……!」


「いやいや、申し訳ない藤崎くん。

どうしても勝つためには仕方なかったのだよ」


言葉とは裏腹に、

革命を前提としていた田西が猛威を振るう。


7のペア――対抗できる者なし。

5のペア――対抗できる者なし。

4のペア――


「仕方ない。止めるか」


温子が3にジョーカーを合わせて、

田西の猛進を阻止。


そのまま流れるようにJのトリプル/9のペア

/8切りと繋いで、締めのAで鮮やかに勝利。


同時に、都落ちで藤崎の大貧民落ちが決まり、

テーブルを大きな震動が襲った。


その温子のA上がりに感謝しつつも、

富豪の高槻では余剰カードを消化仕切れず。


最終的に田西が富豪、棚ぼたで那美が平民、

高槻が貧民に落ち、藤崎が大貧民という結果で終わった。


続く第三戦――


カード運と大富豪の特権を得た温子が、

Aと2をそれぞれ三枚ずつ抱えるという超火力に。


その有り余る戦力を有効に活用し、

終始危なげない横綱相撲で大富豪を防衛。


田西はジョーカーを駆使するも、

結局は付け入る隙がなく、富豪の座を守ることに。


絞りかすのようなカードでの下位争いは、

藤崎に軍配が上がり、大貧民を脱出。


那美が貧民、高槻が大貧民に落ち、

次の第四戦へ――


その開始早々、

田西が階段により革命を発動した。


「くっ……!」


「おやおや、顔色が悪いが大丈夫かね?

無理して動かず、少し休んでい給え」


その言葉通り、田西らがカードを減らす中で、

温子は四巡目まで一枚も出せず。


しかし、他の持ち札が五枚以下になったのを見計らって、

強引にジョーカーで親番をもぎ取る/革命返しを実行。


状況から他に数字の大きいペアはないと判断し、

絵札のペアやA、2を含む階段で、最後まで親番を独占。


辛うじて逃げ切ることに成功し、

勝利へのリーチとなる三回目の大富豪に。


その温子の逆転劇に舌打ちしつつも、

田西がやはり二位を確保。


最後に持っていた手札はAで、

一手間違えれば温子は即、都落ちをしていた。


もはや完全に一対一の様相となった上位勢に対し、

下位勢の三人は消化試合を淡々とこなす。


しかし、高槻が意地で大貧民を脱出し、

那美が大貧民へと落ち――第五戦へ。


ここで異変が到来。


カード運が致命的に悪く、配布時の温子の手札は、

最強がJという異常事態に。


加えて、大貧民の那美から回ってきたカードも、

AとKというかなり弱いもの。


ということは、他の三人、あるいは二人に

強いカードが集中しているということに他ならない。


それを裏付けるように、那美の3、高槻の4と来て、

藤崎からいきなり出て来たカードは9。


さらに田西がKを出し、

温子はパスを余儀なくされる。


ポーカーフェイスを保っていたつもりでも、

田西にはお見通しらしい。


「ふふふ、これは楽しい勝負になりそうだな」


温子の手札の具合がよくないことを看破し、

景気の良さを見せつけるように強い札を連打し始める。


低い札はジョーカーまで添えてトリプルに。

絵札以上は惜しみなく切りまくる。


その圧倒的な物量の前には小細工もできず、

手札を八枚近く抱えたまま温子が都落ち。


順位はそのまま温子が大貧民に落ちた以外、

全て上にスライドする形で第五戦が終了。


最終的な勝者を決めるポイントは、

この時点で温子6、田西5、藤崎3、高槻1、那美が0。


そう。

那美だけはまだ、一勝も出来ずにいた。


カードの交換はあるが、運や逆転の要素もある上に、

流れやプレイヤー間のマークで決まった勝ち筋はない。


状況次第で順位はあっさり入れ替わり、

誰にでもチャンスはある――それが大富豪だ。


なのに、どうしてこんなに顕著に

差が付いてしまうのだろうか。


明らかに強い温子と田西と自分は、

一体どこが違うのだろうか。


那美が泣きそうな気持ちで、

テーブルに着く他のメンツを見やる。


そんな那美の右肩に、

ぽんと置かれる手があった。


「あー、こいつら頭おかしいんだよ。

大丈夫だ那美、アタシらは正常なんだ」


理解を放棄しましたとばかりに

高槻が首を横に振る。


凡人は凡人らしく、

自分にできる範囲でやろうぜという建設的な諦め。


そんな高槻の考えに賛同したくなってくる

/仲間意識を持ちたくなってくる。


頭の出来が違うんだと、

性能の差に原因を押しつけてしまいたくなる。


けれど、負けて当然と割り切れるほどに、

那美は潔くも無責任でもなかった。


温子に勝負を頼んだとはいえ、

那美も何かできるチャンスが残されているのだ。


そう簡単に諦めるわけにはいかない。


でも、一体どうすればいいのか分からない。


カウンティングをして、手札に注意を払って――

他に何をすれば、差が縮まるんだろうか。


「とにかく思考停止しないで、

相手の意図を読もうとしてれば大丈夫だよ」


ハッと目を向けると、苦悩する那美の左隣で、

温子が微笑みを浮かべていた。


「まだ、佐倉さんにだって勝つ可能性はあるんだ。

諦めないで、頑張ろう」


『頼りにしてるからね』と、

温子が拳を作って甲で軽く那美を叩いてくる。


まるで、那美の心の中が分かっているかのように、

今一番欲しい言葉をかけてくれる。


「……うん。頑張る」


それに、那美はうっかり泣きそうになりながらも、

何とか笑顔を作って頷いた。


頼りにしてもらえるのであれば、

まだまだ諦めるわけにはいかない。


必要としてもらえるのであれば、

頑張らなければいけない。


私だって、きっとできる――

そんな気合いと共にテーブルに向かう。


そうして迎える、第六戦――


前向きな気持ちが呼び寄せたのか、

ここで那美に幸運が到来。


A、2に、ジョーカーが二枚という

強力なカードが分配時点で手元へとやってくる。


ジョーカーを一枚、藤崎に渡したものの、

なお革命を狙えるだけの手札が残り、ゲーム開始。


温子の4に対し、那美が6を切る――

まずは焦らず手札の消化を優先することに。


ジョーカーを使い革命を実行するのは、

絵札を全て消化した後。


他が革命に対応できないような状況になってから、

一気にトップを狙う作戦でいく。


ただし、革命を行うことがバレれば対策されるため、

上手くその匂いを消さなければならない。


低い数字も機会があれば満遍なく出し、

切り札となる3やペアだけ残して立ち回る。


その思惑通り、

周囲に革命を前提とした立ち回りはなし。


最低限の警戒はしているだろうが、

勝ち筋を消さない程度のものでしかないように見える。


ここに来てカウンティングも慣れ、

少なくとも絵札以上と3、4の数は把握できていた。


もし、現状で革命が起きれば、

那美の攻勢を止めるのはジョーカーしかない。


と――


「おっと、テメェの上がりは阻止しないとなぁ?

そっから8切り上がりなんだろ?」


そう思っていたところで、

温子のQペアを切るためにジョーカーが出て来た。


温子を切って親を得た藤崎が、4を出す

/田西が9/温子はパス――那美の番へ。


ここが勝機と踏んで、那美がAを切る――

2以上は既に枯れているため親を獲得。


しかし、ここで那美が気付く。


手札は3、5、5、5、8、ジョーカー。


もしも革命を起こしてしまえば、

残る手札は3と8になるため、反則上がりが確定する。


反則は問答無用で大貧民になるため、

革命はできない。


遅れた失敗の認識に顔が強張る

/その顔も観察されていると思うと焦りが募る。


それでも、どうにか思いついた

上がりへの道筋は二つ。


一つは、5のトリプルで親を取り、

8とジョーカーによる8切りからの3上がり。


もう一つは、3、ジョーカー、5による階段で親を取り、

8切りからの5のペアによる上がり。


トリプルに階段と、どちらも親は取得しやすいが、

弱い数なので上から被せられる可能性が残る。


もし、トリプルや階段で切りきれなかった場合に、

良い状況が残るのはどちらか――


悩んだ末に、

那美は3、ジョーカー、5の階段を選択。


合理的に考えれば、

ジョーカーの残る5のトリプルが正解だろう。


しかし那美は、これまでのカウンティングから、

階段のほうが返される確率は低いと踏んでいた。


自分は大富豪になるんだという不退転の意思で、

危険を覚悟の一位を狙いに行く。


そんな那美の選択は、裏目に出た。


田西が789の階段を出して、親を奪取

/そこから現状で最強札のK/締めの7で大富豪を獲得。


その田西の7に対して、

温子が8切り/6を出して富豪に。


取れるはずだった富豪の地位が

一瞬で二つとも消失――抜け目ない二人に驚愕/感服。


同時に、自分の選択が外れたことに、

落胆と悔しさが浮かんでくる。


それでも、何とか深呼吸で気持ちを整えて、

8切りで親を獲得。


残る5のペアを出して、

久し振りにカードを渡さなくてもいい平民の座についた。


そして――


「おっしゃあああ!

アタシを舐めんなうるぁああっ!」


残る貧民のポストは、

ガッツポーズと共に藤崎との一騎打ちを制した高槻に。


「くそったれがぁあああ!!」


藤崎に殴りつけられたテーブルが

ギシギシと軋みを上げる/ぐらぐらと揺れる。


そんな中で、隣の温子が那美へ

『ありがとう』と声をかけてきた。


「さっき、藤崎にQのペアを切られた時に、

私は完全に詰んでたんだ」


「佐倉さんがあそこで頑張ってくれたから、

私は棚ぼたで富豪になれた。ありがとう」


「そんな……別にお礼なんていいよ。

私は、自分が勝とうとしてただけだから」


「いやいや、その勝とうとする意思が、

田西のあの789の階段を呼んだんだ」


「もし、佐倉さんの階段を見逃してたら、

今頃、田西は都落ちで大貧民だった」


「だから、田西は9や7ペアを使った上がりで

私に嫌がらせするのを諦めざるを得なかったんだ」


だろう――と温子が田西に笑みを向けると、

田西はご名答だとばかりに頷いた。


「だから、私が今回、富豪になれたのは、

全部佐倉さんのおかげなんだよ」


「……そっか。

ちゃんと役に立ててよかった」


「うん、凄く助かった。

次も二人で頑張ろうね」


「おい……アタシはまるで無視かよ」


「あ、先輩は次、貧民でしたよね。

頑張って私にいいカード下さい」


「ちょ……お前なんだよそれ!?

アタシと那美に対する態度が違い過ぎだろ!」


『ひーきだ!』と温子に猛抗議する高槻

/事実無根ととぼける温子/声を上げて笑う那美。


そんな賑やかなテーブルで、

ディーラーが淡々とカードを回収/シャッフル/再配布。


温子と田西が7ポイントで並び迎えた第七戦が、

幕を開ける――


場にいる全員がこのゲームでの決着を予期しつつ、

配られたカードを手にする。


各々の表情に僅かな揺れ――


その中で、とりわけ温子の眼鏡の奥の瞳が、

大きく揺れた。


ない。


勝負を制するために必要な、

相手に残りターン数を見誤らせるためのカードがない。


8も、ペアも、階段も、ジョーカーも、

全てが全て手札の中に存在していなかった。


既に七戦目となり、全員が大富豪にも慣れた今、

ゲームはかなり高いレベルになってきている。


回ってくる順番はただでさえ貴重なのに、

一枚ずつしか消化できないのでは足が遅すぎる。


各種絵札とA、2が揃っているのは救いだが、

果たしてどこまで戦えるのか。


「ほれよ、温子」


頼みの綱の貧民とのカード交換――

高槻から来たのはA。


これでペアができたといえばできたが、

可能な限りAはばらで使いたい。


ひとまず、高槻には5を交換札として渡し、

改めてカードを見返す。


3、6、7、10、J、Q、K、A、A、2。



決して弱くはないが、

独力で勝ちきるにはどうにも厳しい。


一度ペアがないことを見切られたら、

その時は何もさせてもらえないまま終わる可能性もある。


だが、どうすれば――


「そんじゃ、行くぞ」


考えがまとまりきらないうちに、

大貧民の藤崎からゲーム開始。


最初に出してきたのは3のペア。


貧民は弱いカードが集まりやすいため、

ペアは予想していたが、初っ端からこれは苦しい。


が、そんな温子の気持ちは他に関係なく、

高槻が追従の5ペア。


と、5ペアのスーツが藤崎の3ペアと同じ

クラブとスペードであるため、スーツロックが発動する。


普段なら好ましくないこのロックだが、

今の温子にはありがたかった。


『ペアは持っているが、ロックされているから出せない』

という言い訳が成り立つからだ。


予想通り、那美はパス/温子もパス/田西もパス

/藤崎もパスで、高槻が親の確保に成功する。


その高槻が、次に出してきたのは――


「っ……」


温子にとって来て欲しくなかった、

再びのペア。


数字はたったの6だが、

ペアのない温子には手も足も出ない。


そして、那美は7のペア。

もちろん、今度はロックも起こらない。


言い訳も何もできない状況で、温子の番が到来――

他の四人の目が温子へと向く。


ここでパスを宣言すれば、恐らくは皆、

温子はペアがないと判断するだろう。


あったとしても、

それは使い勝手が悪いAや2だと見なすはずだ。


負けの許されないこの勝負で、

それだけは何としてでも避けねばならない。


だが、一体どうやって、

そう思われるのを回避すればいいのか。


「……」


温子の取った行動は――


「パスだ」


出せるものがない以上、

当然だがパスだった。


ただし、単なるパスではない。


パスをする直前にカードを見て指を動かし、

二枚のカードを取るような仕草を見せた。


あたかも、

出すかどうか迷ったかのように。


僅か一秒にも満たない所作だったが、

その効力は絶大だった。


「……私はパスだな」


「俺様もパスだ」


「んじゃ、アタシもパスで」


温子の順番の後、三人がパスを選択。


その理由は、温子の持つペアを、

三人が絵札のペアと錯覚したためだった。


7のペアに対して、出すかどうか迷う範囲のペア――

普通は、絵札以上のペアを思い浮かべるだろう。


田西はともかく、貧民の二人にとって、

絵札のペアというのはかなり強い札だ。


相手に出されればまず返せないし、

自分が出す場合は何としてでも親を取りたい。


だが、富豪の温子がもしそれを持っていたなら、

必勝を期して出したペアがあっさりと覆される。


ならば、序盤の今は出せない――

そういった思考をするのは当然だった。


そんな考えが他のプレイヤーに巡る中、

温子のブラフの恩恵を受ける人間がいた。


「じゃあ、私の親番ですね」


そう言って那美が出したのは、9のペア。


これも先ほどと同様に温子がパスをする

/他の人間もパスをする。


そうして無傷で回ってきた次順の親で、

那美が出したのは――10のペア。


これはいいと内心でほくそ笑みながら、

温子がパスを選択。


温子自身は大富豪を狙える状況ではないが、

もしも那美が一位になれば、田西は都落ち。


田西と温子だけが総合勝利に手がかかっている今、

ライバルが落ちてくれる意味は大きい。


もちろん、

都落ちについては田西も把握していた。


那美の手札が五枚になったことに危機を感じ、

田西がKとジョーカーのペアを出す。


が、那美も負けじと、

手札の残りが3枚となるAとジョーカーのペアを投下。


温子はもちろんこれをパス。

そして、田西の番に。


「……まあ、仕方ないな」


大富豪の田西は、

都落ちのルールで陥落が許されない。


那美の上がりを阻止するために、

仕方なしに2のペアを投げて親番をもぎ取る。


続いて、ダイヤの4、5、6の階段を投下――

出せる者はおらず、続いて8のペアで8切り。


――そこで、温子は違和感を覚えた。


8のペアを持っていたのであれば、

どうして那美が7のペアを出した時に切らなかったのか。


あそこで8切りをしておけば、

もっと上手く立ち回れたのではないか?


貴重な8を温存していたという見方もできるが、

田西にしては状況判断が悪い気がする。


そんな温子の疑問を知る由もなく、

田西がJを投下。


これに、藤崎と高槻は『ついてけないから早く上がれ』

とばかりにパスを選択。


回ってきた順番で、那美がKを出す。

那美の残りは2枚に。


そうして、順番が回ってきたところで、

温子はひとまず先の違和感を保留にした。


改めて場の状況へと意識を戻す。


Aは一枚、2は二枚、

既に出ていることを確認している。


そして、温子自身がAを二枚、

2を一枚所持しているという状況。


田西の最後のカードが2であれば反則上がりであるため、

田西が2を所持している可能性はない。


また、残り二枚で切り札にもならないJから出す状況は、

それが手札の中で最低の数字だからだろう。


田西の持ち札はQ、K、Aのいずれか。


加えて、貧民である高槻から来たAを考えれば、

2の所持者は藤崎か那美のどちらかとなる。


那美が残り三枚でKを出したことを踏まえると、

那美の手札のうち一つは、Aか2で確実。


となれば――温子がこの場で投げるべきカードは、

Aであれば間違いない。


田西の上がりは確実に防げ、

那美が2を持っていれば那美の上がりが確定。


もし那美の手持ちがAなら、田西にAはないため、

温子が次順でKを出してやることで那美の勝ちだ。


“とりあえずは一安心だな”


このゲームを制したことにホッとしつつ、

温子がAを出す。


田西は当然パス――藤崎は苦々しい顔で

/高槻は完全に諦めた顔でパスし、那美の番に。


出て来た数は、2。


それで那美が親番を取得し、

最後のカードの4で初の大富豪になった。


が――いまいち信じられないのか、

那美が空になった手の中を見つめる。


不安げに温子へと視線を向ける。


「大丈夫だよ。

ちゃんと一位上がりだ」


温子の頷き

/『おめでとう』という労いの肩叩き。


「この野郎、やるじゃねーか!

アタシだけ一度も大富豪なしかチクショー!」


そんな温子の逆側から、

挟み撃ちだとばかりに高槻のタックル。


二人に挟まれて体を揺らしながら、

那美が何となく田西へと目を向ける。


と――田西はアメリカンドラマの俳優のように肩を竦め、

最後のカードであるQを場に置いた。


それで、ようやく、

那美の中で実感が溢れ出てきた。


感極まって、口元を押さえる

/のけぞりを受け止めた椅子の背もたれが軋む。


どれだけ那美が

この勝負に真剣に向き合っていたのかという証拠だった。


その気持ちを汲んだ温子が、

よくできましたという副委員長の笑顔を向ける。


「頑張ったね。

おめでとう、佐倉さん」


「うんっ……ありがとう……」


目の端に溜まった涙を擦りながら、

那美が温子へ微笑み返した。


そうして――第七戦の大勢は決した。


那美が大富豪になり、

田西は都落ちにより大貧民に。


そこから先は、温子が貧民二人を相手に

富豪の強さで親番をキープし続け、第二位を獲得。


総獲得ポイントが8に到達し、

大富豪勝負は温子らの勝ちで決着した。




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