那美からの呼び出し2
……通学路を見直して、近隣のスーパーを回って、
公園やら何やらも全部歩いて回った。
けれど、琴子の姿はおろか、
目撃情報さえない。
一方で、街はそろそろ
夜の装いに変わってきている。
随分、時間が経っていた。
くそっ……どうする?
電話がない以上、
家に戻っているということもないだろう。
かといって、琴子が行きそうな場所は、
もう全て見回った。
こうなってくると、
自発的に出歩いている線はもうないだろう。
完全に片山に浚われた前提に切り替えて、
探していくしかない。
となれば……
探すのは琴子じゃなくABYSSか。
実行犯らしい片山は当然としても、
鬼塚と黒塚さんもターゲットに入れるべきだろう。
同じABYSSなら、
片山の情報を期待できるはずだ。
さらに一時間ほどが経過し、
完全に日が暮れてしまった。
けれど、手掛かりはゼロのまま。
期待していたものは全て空振りに終わり、
徒労感と焦りだけが手元に残った。
ヤバい……どうする?
闇雲に探し続ける覚悟はあるけれど、
本当にそれじゃ時間が幾らあっても無理だ。
最低限、ABYSSの行きそうな場所を
絞り込まないと。
あるいは、琴子を拉致した後に、
監禁できそうな場所か……。
「……考えてみれば、
片山は単独犯じゃないのか?」
浚って生かしておくなら、
見張りが必要になる。
というか、そもそも浚うという行為自体、
一人でやるのは相当厳しい。
他のABYSSが手伝っているのか、
それとも、片山に個人で動かせる人手があるのか――
そう考えた時に、
ぴんと来たものがあった。
「そうだ……佐賀島さんが襲われた相手だ」
他校の不良って言ってたな。
それがもし、
片山の手下だったらどうだ?
身辺を調査されていることを知った片山が、
手下に命じて佐賀島さんを襲わせたならしっくりくる。
最近、他校の不良たちが学園の構内に来ていたのも、
片山に会うためだとすればかなり自然だ。
もし、琴子の誘拐が片山の仕業だとすれば、
他校の不良にも当たってみる価値はある。
となると、行くべき場所は、
連中がたむろしてそうな場所か。
……推測な上に絞り込みも弱いけれど、
今のところはこれが一番マシな手掛かりだ。
後はもう、
とにかく足を動かすしかない。
「お。何しとんのや、こんなとこで?」
路地裏でふいにかけられた声に振り返ると、
龍一がひらひらと手を振っていた。
「龍一……何でここに?」
「用事があるゆーてたやん。
それ終わって、今から帰るとこやねん」
「そーゆー晶こそ、何でこんなとこおんのや?
よい子はこんな危ないとこ来たらあかんでー」
「ちゅーか、うわ! 今見たらめっちゃ汗だくやん!
何しとったんマジで?」
「それは……」
琴子のことを
話してしまいたい衝動に駆られる。
もうだいぶ時間は経っている。
僕一人での捜索はとっくに破綻してるも同然で、
今は僅かな情報を頼りに走り回ってる始末だ。
人手が欲しい。
誰かに頼ってしまいたい。
でも、ABYSSの関与が確定的な今、
それをしてしまったら――
「あー……何か、やばいことなん?」
いきなり核心を突かれて、
思わず『えっ』と声が出てしまった。
「龍一、どうして……」
「だって、今の晶の顔。
なんか泣きそうになってんで?」
「男が泣く言うたら、そらもーエライことやんか。
せやから、何かあったんかなーと」
しかも汗だくやしな――と、
龍一が腰を屈めて僕の顔を覗き込んでくる。
「何かあるんやったら、話してみ?
俺でよければ力になるで」
「もし秘密や言うなら、
心配せんでも他のやつには黙っといたるから」
「いや、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
そうじゃなくて……。
「……もしかして、
巻き込みたくないゆーやつか?」
やたらと察しのいい相手に、
どきりとする。
頼りたくてどうしようもなくなる。
「もー、水くさいなーホンマ。
俺とお前の仲やんか」
「多少の荒事やったら頼ったってくれや。
多少やなかったらトンズラするから」
笑顔で力こぶを作ってみせる龍一。
その明るさが、何だかとても頼もしく見えて、
思わず泣きそうになった。
「……ありがとう」
「お礼はええから。
ほれ、早く言っとこー」
「実は、琴子がいなくなったんだ」
「あー……妹やったか?
いなくなったて、どっか出歩いとんのとちゃうん?」
「いや……多分だけれど、浚われた」
「はぁ!?」
「琴子の行きそうな場所は全部探して回ったから、
一人でどこかに行ったってことはないと思う」
「ちょい待て、何でそんなことになっとんのや?
知らないやつにやられたんか?」
「龍一は片山って知ってる?」
「……片山信二か? あいつに何されたんや?
そいつに限定できる何かがあるんやろ?」
「実は……」
「……なるほどな。
そういうことやったんか」
粗方の流れに、僕なりの考察を含めて説明すると、
龍一は深々と頷いた。
「それなら、片山で間違いないやろ。
実行したのは兵隊やろうけどな」
「兵隊って、
他校の生徒だよね?」
「せやせや。
晶が路地裏を探しとったんは正解や思うで」
「ただ、片山の居場所は俺も知らんから、
地道に探すしかないとは思う」
……やっぱりそうか。
「しょぼくれんのは後にしようや。
妹のこと考えんなら、立ち止まっとる暇はないで」
「とりあえず、路地裏を探してやな。
ヤンキー見つけたら締め上げて居場所吐かしたるよ」
「分かった。
不良を探せばいいんだね」
「本当は、晶にこの辺うろつかせたくないんやけど、
今は非常事態やからしゃーないわ」
うろつかせたくない……?
「ニュースでもよくやっとるやろ。
この辺はクッソ治安悪いからな」
「晶みたいなんが歩いとんのは、
カモがネギを背負って歩いとるようなもんやで」
「……カツアゲされるってことね」
「それで済んだらええねんけど、
薬中とか出くわしたら、最悪マジで殺されるで」
「ミイラ取りがミイラになられると困るんやから、
無理だけはせんとってや」
「……分かった。気を付けるよ」
「あと、こっちでもちょっと、
ツテを使ってみるわ」
「昔の……連れみたいなもんやな。
片山のことも、もしかすると知っとるかもしれへん」
「本当に!?」
「あんまり期待はできんけどな。
でも、できることは何でもやったる」
「……ありがとう、龍一」
「なーに、妹のためなんやから、
お礼言われるようなことやないで」
「それより、晶もできること全部やれよ。
後悔先に立たずやぞ」
肩を叩いてくる龍一に、
もちろんと頷き返す。
「よっしゃ、そんじゃ行くぞ。
何かあったらお互い連絡やで」
『オッケー』と頷き合った後、
龍一は路地裏を勢いよく走って行った。
……龍一に手伝ってもらえることになって、
本当によかった。
巻き込むのを怖れて、
一人で抱え込んでいたのがバカみたいだ。
でも、これ以上の助力は、
さすがに望めないだろう。
あとはとにかく、
僕にできることをやるしかない。
――それから、
ひたすら琴子を探して走り回った。
片山の手下らしき不良を見つけては、
声をかけて、時にはねじ伏せて。
それでも、事は一向に進まないまま、
時間ばかりが過ぎていって――
気がつけば、時計の針は
二十二時をとっくに回っていた。
立ち止まると、汗と共に、
どっと後悔が押し寄せてくる。
……どうして僕は、
琴子にもっと気を回さなかったんだろうか。
ABYSSに狙われていると分かっていたなら、
琴子を気遣うのは当然だったのに。
攻められて困る急所なら、
最も守りを厚くしておく必要があったのに。
いや――
そもそもで言うなら、
三日前、僕が生徒会室で居眠りをしたせいだ。
そうすれば、ABYSSと関わることなんてなかったし、
琴子が浚われるようなこともなかった。
あの日、僕が
夜遅くまで残っていなければ――
「……あ」
そうか。
もし、片山が、
ABYSSとして動いてるのだとしたら。
今回もあの時と同じように、
学園にABYSSがいるのかもしれない。
僕の希望的観測だろうと言われれば、
きっとそうだ。
けれど今は、
他には何も当てがない。
だったら、
行くしかないだろう。
例えそれが、
一縷の望みだとしても――
「……明かりはついてないか」
学園に来てみたものの、
表面上は大きな変化を感じられなかった。
強いて言うなら、
周りがいつもより静かだということくらいか。
ただ、外から見て気付くようであれば、
ABYSSは都市伝説なんかになっていない。
判断は、中に入ってからだ。
校舎の中に入ってみると、
ひんやりとした冷気が染み込んできた。
人気のない廊下は凍り付いたように止まっており、
何だか別の世界に迷い込んできたような気がしてくる。
ただ、初めてABYSSに会った時のような、
粘液じみた空気の重さは感じない。
この場所を敢えて表現するのであれば、
抜け殻といった印象だ。
それでも気は抜かず、
五感をフルに尖らせて廊下を進む。
まずは手近な、
扉の半開きになっている教室へ。
……ここにはいないか。
まあ、教室が幾つあるのかを考えれば、
そうそう当たりを引くこともないだろう。
それに、もし儀式を文化祭の出し物とするなら、
僕なら一般教室は使わない。
特別教室に人や仕掛けを配置したほうが、
出し物としては面白く見える。
念のため、全ての教室は回るけれども、
やっぱり一般教室に何かがある可能性は低いだろう。
とはいえ……この空振りが、
全く無意味というわけじゃない。
学園の廊下は長い。
そして、遮蔽物がない。
廊下でABYSSを見つけた際/交戦する際は、
安全に飛び込める教室の確保が重要だ。
特に、あのアーチェリーの仮面が出て来たら、
教室の確保が冗談じゃなく生死に関わって来る。
龍一に言われたのとは、
また少し事情が違うけれど――
ミイラ取りが
ミイラになるわけにはいかない。
安全を確保しながら、
確実に全ての教室を見て回る。
逸る気持ちはあるけれど、
どうにか気持ちを落ち着けて、ゆっくりと。
「……全部ハズレか」
学習棟のほうには、結局、
ABYSSの影も形もなかった。
ダメ元だったとはいえ期待がなかったわけでもなく、
顔を俯けると大きな溜め息が零れた。
いきなりABYSSに出くわすのも困るけれど、
影も踏めないのはもっと困る。
まだ部活棟があるけれど、
このまま空振りだったらどうしようか。
募る焦りに突き動かされつつ、
廊下を歩いて部活棟へ――
――足を踏み入れて間もなく、
衣擦れの音がするのに気付いた。
今しがた調べた教室に戻り、
音のする方向へと感覚を研ぎ澄ます。
やがて浮かんでくるシルエット――黒い外套。
こちらに背を向けているのか、
白面は確認できない。
“判定”は……
そこらを歩く人よりはずっと大きい。
ただ、鬼塚やアーチェリーの仮面とは、
比べものにならないほど小さかった。
これは、
ABYSSなんだろうか?
……いや、考えるまでもないな。
こんな時間帯に、あんな格好で学園にいるやつが、
ABYSS以外の何者だっていうんだ。
なら、どうするか――
そう思っていたところで、
男は男子トイレへと入っていった。
いきなり降って湧いてきた絶好のチャンスに、
教室の扉の影でそっとほくそ笑む。
ここに来た目的は、
琴子の居場所を知ること。
そのためには、上手く情報を盗み出すか、
ABYSSを捕まえて聞き出す必要がある。
出入り口が一つしかないトイレに、
しかも単独で入った男は、その対象として最高だった。
……よし。
意を決して、
トイレの出入り口から影になる場所へ移動する。
後は、出て来た瞬間に飛びかかって、
喉を押さえてしまえばいい。
悲鳴を上げさせる間もなく、
制圧は完了する。
……水の流れる音が聞こえて来る。
トイレの中の人影が動く。
さて――
「っ!?」
携帯が……!?
って、そういえば、
電源切ってなかったんだ――
『誰だコラァ!?』という怒声と共に、
勢いよく扉が開く/勢いよく仮面が飛び出してくる。
廊下に反響する大音――
ドアの開閉音/衣擦れ/足音/携帯の着信音。
そこへ怒声が追加される前に、
大急ぎで男の顎を打ち抜き、意識を刈り取った。
「くそっ!」
完全に予定が狂ったことに舌打ちしつつ、
元凶たる携帯に手を伸ばす。
が、自分で着信を切る前に、
向こうから切れてしまった。
電源を切っていなかった自分も悪いけれど……
何だろう、このしてやられた感は。
一体、誰だよ?
僕の妨害をしてきたやつは!
若干の苛立ちを覚えながら、
発信してきた相手をチェック。
「こっ……!?」
瞬間――思わず大声を出しかけて、
慌てて口を塞いだ。
……琴子!?
琴子が僕にかけて寄越したのか?
もしかして、寄り道してただけで、
今は家に無事に戻ってるのか?
色々と巡る想像に不安を覚えながら、
すぐさま折り返しで電話をかける。
が――繋がらない。
僕にかけてきた直後に、電源を切った?
それとも電池切れ?
あり得るのか、そんなことが?
……冷静に考えて。
そもそも、
さっきの電話は琴子からなんだろうか?
琴子の携帯から着信があったからといって、
琴子が電話をかけてきたとは限らない。
例えば、琴子を拉致した人間が、
僕の電話にかけてくることだってある。
むしろこの状況だと、
そっちのほうが可能性は高いかもしれない。
「……やっぱり、
ABYSSから直接聞き出すしかないか」
ただ、トイレから出て来た男は、
完璧にのしちゃったんだよな……。
それでも、起きてくれたりしないかなーと、
念のため仮面を外して中身を確かめてみる。
が――完全にダウンしていて、
目覚めは当分、期待できそうになかった。
となると、他の襲いやすい仮面を見つけて、
何とか脅せる状況まで持って行くしか……。
そう思っていたところで、
ふと、手の中の仮面が使えることに気付いた。
そうだ。
ABYSSに変装してしまえばいい。
そうすれば、わざわざ脅さなくても、
琴子の居場所を聞き出せるかもしれない。
煙草臭い衣装を身に纏ったところで、
改めて校内の捜索を再開する。
さっきと違って足音を消す必要がないため、
小走りで各階を回ることができるのはありがたい。
さっさと他の仮面を見つけて、
琴子の情報を聞き出してしまおう。
いないな……。
ここにもいない……。
お、ようやく人影を発見。
ボイスチェンジャーの加工音声で呼びかけつつ、
小走りで近づく。
と――その途中で、
人影が白い仮面を付けていないことに気が付いた。
フルフェイスのヘルメット/木刀らしき長物
/長躯を包むライディングギア。
上から下まで真っ黒な、
“隠す”ことに特化した出で立ち。
格好は予想していたものと違うけれど、
これもABYSS……だよな?
アーチェリーのABYSSもセーラー服を着ていたし、
素顔さえ隠せば、衣装はある程度自由なんだろうか。
「よっ、お疲れ」
若干、戸惑ったものの、
それをなるべく表に出さないように声をかける。
瞬間、目の前を白刃が横切った。
「っ……!?」
正確には峰打ち。
けれど、もし避けなかったとしたら、
こめかみを打ち抜かれて昏倒していた。
「お、おいおい……」
冗談にしては笑えないぞと、
顔の横で両手を上げて笑いかける。
その返事とでも言わんばかりに、
今度は大きく踏み込んだ一撃が飛んできた。
その急所を通る軌道から、
冗談ではない明らかな敵意を感じた。
こいつ……僕の正体に気付いてる!
まさか、符牒でもあったのか?
それとも、
この衣装の持ち主の知り合いだとか――
考える間もなく、
男が距離を詰めてくる。
こちらを殺す気はないのか、
刀は依然、峰を向けたまま。
けれど、それを繰り出してくる体は/気迫は、
刃を向けられているに等しい脅威を感じた。
同じABYSSにしても、
今着ている衣装の持ち主とは格が違う。
力量は鬼塚と同等か?
身体能力は鬼塚が上なんだろうけれど、
戦闘技術的にはこの黒ずくめの男のほうが高い。
「くっ……!」
琴子の居場所だけ聞き出す予定が、
とんだ誤算だ。
とにもかくにも、
コイツを何とかしないと――!
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