爽のゲーム1

「……どういうことですか?」


「ん、何の話だよ?」


「どうして爽と琴子が、

今回の生け贄と人質になってるんですかっ?」


誰もいない学園の、誰も知らない地下室で、

高槻先輩――高槻良子と向かい合う。


「どうしてって……

そりゃ、くじ運が悪かったからだろ?」


「ふざけないで下さいっ!」


「アタシは大真面目なんだけどねぇ。

だからホレ、もう準備は万端だろ?」


生け贄につける予定の首輪を、

高槻が指先でくるくると回してみせる。


それが、今から爽の首につけられるのだと思うと、

体温が一気に上がったような気がした。


「それより、ここに来たっつーことは、

晶も参加でいいんだな?」


「それは……」


「晶が参加しねーなら、

他のヤツに代わってもらってもいいんだぜー」


「ま、その場合は、

大事な妹がどうなるかは生け贄次第になるけどな」


ぐっ……この女……!


「温子みたいにしたくないんだったら、

晶も参加しとけよ。なっ?」


「――今、何て言った?」


「あん?」


「温子さんを……お前が殺したのか?」


「あっれー、言ってなかったっけ?

いやー、メンゴメンゴ!」


途端、世界が歪んだ。


「なん、で……おまえ……」


「何でって、簡単だろ。

温子がABYSSに入んねーからだよ」


「『私はもうそういうのはやめたんだ』とか言って、

首を全っ然縦に振らねーわけ。やんなっちゃうね」


「でも、ABYSSの話をしちゃったからには、

はいそーですかって返すわけにはいかねーだろ?」


「だから、儀式を開いてブッ殺しちゃいましたー。

以上でございます!」


「おいっ!!」


気付いた時には、

既に高槻の胸ぐらを掴み上げていた。


自分でも、

急激に頭に血が上っているのが分かった。


けれど、もう止められない。

止めようとも思わない。


このカスを今すぐ――


「いもうとー」


「……!」


「死んじゃうよーん?」


「ぐっ……こ、このっ……!」


振り上げた拳が、ぶるぶると震える。


けれど、そこから動かない。


心はこれ以上ないくらい猛烈に尖っていても、

拳を振り下ろすことができない。


だって――

今さっき、反省したばかりだ。


もう二度と、自分のその場の気持ちだけで、

身内を傷つけることだけはしたくない。


「んじゃ、手ぇ離そうか晶くん」


やむなく、

高槻の胸ぐらから手を離す。


「はい、大変よくできました」


ニコニコと僕の頭を撫でてくる高槻。


その、人を小馬鹿にした行為に、

再び頭に血が上りかけたものの――何とか堪えた。


その代わりに、誰が悪かったのかを、

ハッキリさせたかった。


「月曜に……温子さんが会いに行った

昔の知り合いってのは、お前だったんだな」


「温子が来たっつーか、

アタシが朱雀学園まで迎えに行ってやったんだけどね」


「儀式をやったのは、他の学園か」


「だって、お前らの学園でやると、

聖のやつがうるせーじゃん?」


「片山も温子に執着してっから、

変に妨害されても面倒くせーし」


「……そうか」


聖先輩は――うちの学園のABYSSは、

全員何も知らなかったと。


爽が、ABYSSの仕業だと思ったのも、

実は合っていたと。


……つくづく悔やまれる。


爽に僕がABYSSだということを開示した上で、

お互いの情報を並べればよかった。


そうすれば、こんなに酷いことには

ならなかったのかもしれないのに。


「それより、どーすんだよ晶?

儀式に参加すんの? しねーの?」


「……参加するさ。

しないと、琴子を殺すんだろ?」


舌打ちと共に、高槻を睨み付ける。


と、高槻はその口を三日月型に大きく歪めた。


「んん~、やっぱイイネ!

この兄弟愛! やっぱ兄弟って最高!」


「せっかくだし、

温子も妹と一緒にやっちまえばよかったかな」


「おい……」


「いいだろ、別に好きなこと言ったって。

欲望は幾ら口にしたって減らねーんだから」


「つーかさ、

晶だって欲望に正直じゃん」


「はぁ?」


「だーかーら、

お前が温子の妹にしたことだよ」


「あ……」


思わず、後ずさった。


冷や水をぶっかけられた気分だった。


けれど、高槻良子の冷笑は止まらない。


「アタシさぁ、晶がABYSSに入ったのって、

聖が庇ったからだってずっと思ってたんだ」


「ABYSSのことは知られてしまったけど、

可愛い後輩は殺したくありませぇーんってな」


「でも、実際に蓋を開けてみたら、

自分の友達を襲っちゃうんだもんな」


「いやー、なかなかできることじゃねーよ。

見直したぜ晶。ヤルネェ!」


ムチャクチャな言われ方だった。


僕の本心とは違う、

とんでもない評価だった。


けれど、何も否定できない。


僕が爽にしたことが事実である以上、

何を言っても言い訳にしかならない。


そんな僕の内心を知ってか知らずか、

高槻が[労'ねぎら]うように肩を叩いてくる。


「その素晴らしいゲスさのご褒美で、

お前、生け贄の撮影係な」


「えっ……?」


「え、じゃねーよ。

お前が今日の儀式の撮影係だ」


「大事な友達に引っ付いて回って、

ブッ壊れるところまで全部撮影する権利をやるよ」


「そんな……」


さっき逃げ出してきたばかりなのに、

どんな顔をして爽の傍に居続ければいいんだ?


僕みたいなクズに撮影され続ける爽は、

一体どんな気持ちになるんだ――


「もちろん、

嫌とは言わないよなぁ?」


クスクスという高槻の笑い

/反応を楽しむような半目の瞳/歪んだ口元。


僕への嫌がらせなのは明白――

けれど、断ったら琴子が殺される。


どれだけ嫌だろうと、

僕には受ける以外の選択肢がない。


「……分かりました」


「よーしよし。

いいぞ、楽しくなってきた!」


ぱちぱちと手を叩いてはしゃぐ高槻。


その最中に、電話がかかってきた。


「っと、生け贄が起きたみてーだな。

ふざけるのはここまでだ」


高槻が、ABYSSの衣装を身に纏う。


それから、コホンと一つ咳払いをして、

改めて僕のほうへと向き直ってきた。


「では、私はこれから、

生け贄にゲームの説明をしに行きます」


「笹山は衣装を着たら、

撮影用のカメラを持って教室の外で待機していなさい」


「教室……どこのだ?」


「今回のスタート地点は、

あなた方の教室ですよ。ふふふ」


……僕らの教室か。


「それでは、

ABYSSを始めましょう」


加工音声で恭しく宣言した後、

高槻良子は部室の階段を上がっていった。


その足音が完全に聞こえなくなってから、

壁に背を預ける/壁伝いに地面へと尻をつく。


「何か、もう……」


現状は、酷い有様だった。


ぐちゃぐちゃと言う以外になかった。


温子さんは既に死んでしまっていて。


回避できたはずのすれ違いで、

爽に最低なことをしてしまって。


爽が生け贄になって。琴子が人質になって。

僕が、爽の撮影係になって――


これから、爽が殺される様を、

映像として残すことになるだなんて。


「……あんまりだ」


こんなことにならないように、

ABYSSに入ったっていうのに。


気付いたら、こうなってしまっていた。


これから、

二人をどうやって守ればいいだろう?


琴子は人質として捕まっているんだろうけれど、

どこに捕まっているのかは分からない。


この学園の中じゃない可能性も十分にある。


そして爽は、

僕をそもそも敵としか見ないだろう。


仮に、爽に服従を誓って手伝ったとしても、

それがABYSSにバレれば琴子が殺される。


ゲームが終わるまでに、

僕と爽も処分されるのも確実だ。


どう足掻いても、詰んでいる。


詰んでいる。


詰んでいる、けれど――


「……二人を救える可能性があるのは、

僕だけだ」


ABYSSのゲームである以上、

外部からの助けは期待できない。


聖先輩や鬼塚が来てくれる可能性も、

万に一つといったところだろう。


爽も琴子も、

ABYSSと戦えるだけの力はない。


僕だけだ。


僕がやらなきゃいけない。


「……そうだ」


こんな時のために、

フォールを今まで飲んできたんだ。


誰かを守ろうと思った際、

力不足で後悔しないために。


ここで諦めたら、ただ爽を苦しめるために、

フォールを飲んだことになってしまう。


それだけは、絶対に嫌だ。


「僕がやらなきゃ……」


手の平を見つめ――ぐっと拳を作る。


どこまでやれるかは分からないけれど、

この拳で、きっと爽と琴子を助けてみせる。


例えそれで、

自分が殺されることになっても構わない。


高槻良子と差し違えてでも、

爽と琴子は日常に帰してみせる。


それが、爽に対する、

最大の償いだと信じて――



晶視点以外でも描写したいことが多いため、三人称にします。






部長を名乗る仮面から、

微妙に足りていない説明を聞き終えた後――


朝霧爽が教室を出ると、

カメラを構えて立っている仮面に出くわした。


教室にいたABYSSと同じ、

黒い外套に狂喜の仮面。


説明が本当なのであれば、

これの中身は笹山晶なのだろう。


「あ、あのっ……」


その笹山晶らしい男が、

加工音声で語りかけてくる。


「さっきは……ごめん」


「っ……!」


その言葉を聞いた瞬間、

爽は目の前の男を張り倒してやりたくなった。


けれど、体が動く前に、

辛うじてその身を留めた。


殴るのは簡単だ。


恐らく相手は反撃をしてこないだろうし、

気だって晴れるかもしれない。


それでも、

そんなことはしたくなかった。


殴られれば許されるだなんて、

大間違いだ。


そんな安っぽい値段を付けられることだけは、

絶対に受け入れられない。


「あっ……」


置いて行かれた子犬のような声を出す晶から、

爽が顔を背ける。


それから、目を合わせなくて済むようにと、

勝手知ったる廊下をひたすらに前へ進んでいく。


その途中で、晶のことは、

いったん頭の中から追い出した。


今、考えるべきことは彼のことではない。


“このゲームに、如何にして勝つか”


それが、爽にとっては最優先の課題であり――

最重要の課題でもあった。


ABYSSのゲームでは、

三つの勝利条件が用意されている。


人質の救出、チェックポイントの踏破、

そしてABYSSの殺害。


このうち、先のゲームで姉の温子が選択したのは、

ABYSSの殺害だった。


温子の顛末については、ゲームの説明と共に、

部長を名乗る仮面から聞かされている。


曰く――『チェックポイントに火を放った』。


残念ながら、それでABYSSは仕留められずに、

最後には追い詰められて殺されたらしい。


そのことに関しても、

爽は全身が震えるほど頭に来たのだが――さておき。


姉が何故、

ABYSSの殺害を選択したのか。


その理由について、爽は、

クリアの可能性が最も高いためであると判断していた。


何故かというのは、

ABYSS側の視点で考えてみればよく分かる。


まず前提としてあるのは――


“生け贄とABYSSが五分の状況で対面すれば、

ABYSSは必勝する”だ。


薬で超人となっているのは有名な噂だし、

何より爽は、自分自身の目で確認している。


例え、生け贄がナイフを持っていたところで、

お話にならないだろう。


となれば、ABYSSが人質の救出や、

チェックポイントの踏破を防ぐのは簡単だ。


どちらも特定の地点に向かう必要がある以上、

ゴールで待ち伏せしてしまえばいい。


この条件を選ぶ以上、ABYSSとの対面は免れず、

生け贄は勝ち目のない勝負を強いられることとなる。


勝率は当然、ゼロだろう。


対して、ABYSSの殺害は、

生け贄側がABYSSと対峙する状況を操作できる。


幽の攻撃が晶に効いていたことからも、超人であれ、

攻撃が当たればダメージは入ることは確認済み。


回避不能な状況を作り、効果的な打撃を与えれば、

ABYSSの殺害は可能――


つまり、ゲームに勝利することは可能なのだ。


温子も同様の考えに至り、

チェックポイントに火を放つ方法を採った。


チェックポイントを選んだのは、

待ち伏せを読んだ上で、確実にABYSSを捉えるため。


そして、火という攻撃手段を選んだのは、

範囲で攻めることで、回避を行わせないためだろう。


それが失敗したのは、ABYSSの能力の高さと、

火攻めに速効性がなかったためだ。


だが、爽には自分の姉が、

そんなことを分かっていなかったとは思えなかった。


にも関わらず、

欠陥のある方法を採らざるを得なかったのは何故か。


その答えを聞くべく、

爽は祈るように自身の胸に手を当てた。


「温ちゃん……」


後ろをついてくる大馬鹿野郎には聞こえないように、

爽が口の中で呟く。


それから、作り上げてきた朝霧爽を内へと押し込めて、

かつての自分を――朝霧温子のコピーを引っ張り出す。


家庭を崩壊させる遠因となったそれは、

少女にとって禁忌だった。


しかし、父親がいない今ならば。


温子がいない今ならば――

きっと、許してくれるだろう。


そう信じて、爽は、

何年ぶりか分からない温子の真似っこを始めた。





真っ先にしたのは、

職員室で全教室の鍵の確保することだった。


ゲームに使う以上、鍵は開いていると予想されたが、

全教室とは――そして絶対とは限らない。


温子ならば、この後さらに生徒指導室に寄って、

生徒手帳を確保する。


目的は生徒手帳にある校内の見取り図なのだが、

今回はそちらは見送った。


違う学園で儀式に放り込まれた温子ならばともかく、

朱雀学園は爽のホームグラウンドなのだ。


校内の地図は全て頭に入っているため、

そこまで温子を倣う必要はない。


だが、生徒手帳とは別なものが必要で、

爽は生徒指導室へと立ち寄った。


その、必要なものとは――


「……竹刀?」


生徒指導の教員がよく振り回していたもので、

爽の予想通り、指導室に保管してあった。


「いや、さすがにそれで、

ABYSSと戦うのは……」


晶が忠告するも、爽は全く相手にせず、

生徒指導室を後にする。


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