奇妙な組み合わせ






生徒会室に戻ってみたら、

既に誰も残っていなかった。


琴子にメールしてみたところ、

真ヶ瀬先輩は既に帰宅、琴子も友達と帰っているらしい。


つまり、僕が最後ってことか……。


まあ、不審者を見かけなければ、

ただぐるっと回ってお終いだしなぁ。


色々と手間取ってた僕が最後になるのは、

仕方ないか。






「……ん?」


上履きを履き替えようと思ったところで、

誰かの下駄箱から靴がはみ出しているのが目に付いた。


っていうか、はみ出しているのレベルを超えて、

落ちないのが奇跡と言っていい状態だった。


誰のだろう?


もう少しまともに入れようよと思いつつ、

下駄箱の蓋についている出席番号を見てみる。


えーと、女子の出席番号二番……。


……爽のか。


部活でまだ残ってるのかな?


また昨日みたいに長居して、

ABYSSに巻き込まれたりしないといいんだけれど。


……まあ、とりあえず、

靴だけ入れ直しといてあげるか。



「……あたしの靴箱弄って何やっての?」


「えっ」


呼ばれた声に振り返って見れば、

爽が『ドン引きなんですけど』という顔で立っていた。


「晶ってそういう趣味あったっけ?」


「いや、ないない」


「え。それじゃまさか、ラブレター……?」


「いや、毎日顔を合わせてるのに、

手紙で告白する必要ないでしょ」


「爽の下駄箱から靴が飛び出てたから、

落ちる前に直しておこうと思っただけだよ」


「あー。そういえば、

体育終わった後にばたばたしてたかんね」


「でも、もしかすると、

誰かが本当に入れたかもよ。ラブレター」


「あー、ないない。

あたしにそんなのあるわけないじゃん」


「そう? 爽ならもらったことありそうなのに」


「あー、無理無理。

あたしは愛を与えるタイプだからね」


爽が苦笑いを浮かべて、

無造作に下駄箱から靴を引っ張り出す。


“もしかすると”は、入っていなかった。


「ほーら、こんなもんですよ。

愛の戦士は辛いんだにゃーこれが」


「たまには愛が欲しいにゃー。

どこかに愛をくれる人はいないかにゃー」


「名前に“あ”と“き”と“ら”が入ってる、

おいしい鯛焼きをくれる優しい人はいないかにゃー」


あのね……。


「ダメかにゃー?」


爽が首を傾げて、

上目遣いで見つめてくる。


その様子は、捨て猫のような……というよりは、

進路をふさいで餌を要求してくる図々しい猫のよう。


全くもう……。


まあ、今朝方いいものを聞かせてもらったり、

見せてもらったりしたしな。


身の回りが落ち着いたこともあるし、

たまには爽に付き合うか。


「はいはい、いいよ」


「え、マジで!?」


「うん。もう結構遅くなったし、

送っていくついでにおごるよ」


「いぇーい、さっすがあたしの晶!

やればできるじゃん!」


「爽のじゃないけれどね」


「そんなのどーでもいいから、早く行こ行こ!

善は急げだってば!」


「大丈夫だってば。

鯛焼きは逃げないんだからさ」





「そういえばさあ。昨日のお昼、

魔女子さんと会ったのって、結局何だったの?」


「あー、言った通りかな。

真ヶ瀬先輩からの依頼で話を聞いただけ」


「魔女子さん、何かやったの?」


「“かもしれない”って話だよ」


まあ、本当にやらかしていたということは、

聖先輩から確認済みなんだけれど。


「まあ、黒塚さんと接触することは

もうないと思うから、安心していいよ」


「ふーん……」


「いやー、でも昨日はびっくりしたってば。

まさか、『魔女子さんを紹介してくれ』だなんてさぁ」


「ついに晶も、魔女子さんの魅力に

気付いてしまったのかーみたいな」


「いやー、黒塚さんは確かに綺麗だとは思うけれど、

やっぱり怖い感じのイメージのほうが強いよ」


「そう? 魔女子さん、

実は優しいんだけどなぁ」


「優しいねぇ」


聖先輩が普段は優しいみたいに、

ABYSSに無関係な黒塚さんも優しいんだろうか。


うーん、想像できない……。


「まあ、魔女子さんは、

長く付き合って分かるスルメタイプだからね」


「でも、そのおかげで独り占めできるから、

スルメも悪くないって思うかな」


「もし人当たりのいい性格だったとしたら、

周りに人が寄って来まくって大変だったと思うし」


「あー、それはありそう」


「晶も毎日図書室に通い詰めてたりしてね?」


「んん……それはどうだろ?」


「お。紳士アピール?」


「いや、そりゃあ可愛い子は好きだけれど、

別にそれだけってわけじゃないしね」


「何かの切っ掛けで仲良くなるとかがあれば、

黒塚さんのことを好きになったかもしれないけれど」


「ふ、ふーん……」


「じゃあさ、晶は、

仲良くなった人を好きになる感じなんだ」


「基本的にはそうだと思うよ」


「ちなみに……

今って、好きな人とかはいるの?」


「んー……どうだろ。

よく分かんないかな」


「何それ?」


「『好きで好きで仕方ない』みたいなのはないってこと。

一緒にいると楽しいとかはあるけれどね」


「じゃあ……温ちゃんとかは?」


「……何で温子さん?」


「だって、晶といっつも一緒にいるじゃん。

委員長とかの用事でさ」


「それにほら、温ちゃんは、

あたしと違って美人さんだし」


「まあ……美人であることは否定しないね」


可愛いっていうよりは、

格好いい系というか。


温子さん自身がズバズバ来るタイプだから、

性格補正もあって凛々しく見えるのは間違いない。


「じゃあ、どうよ?」


「どうって言われてもなぁ」


「一緒にいて楽しくない?」


「いや、楽しくなかったら、

お昼一緒に食べたりしてないでしょ」


「じゃあ、温ちゃんはアリ?」


「……魅力のある人だとは思う」


「ただ、付き合うとかどうとかは、

考えたことないから分からないかな」


「えぇーっ。

温ちゃん絶対にいいと思うんだけどなぁ」


「あたしと違って頭ちょーいいし、

スタイルだってあたしよりいいし……」


「別に、そこだけで

人を好きになるわけじゃないしね」


「っていうか、何故に熱い温子さん推し?」


「え? あ、別に深い理由はないよっ!」


「ただ、いっつも一緒にいるから、

温ちゃんのこと好きなのかなーって」


「え、好きだけれど」


「えっ!?」


「周りの人で、

嫌いな人なんて誰もいないよ」


「あ……友達としてってことね」


「まあそうだね。

いつか恋愛とかに変わるのかもしれないけれど」


「でも、それはそれで関係が崩れそうで、

ちょっと怖い気がするかな」


「分かる! すっごい分かる!」


「ああ、だよね?

やっぱりみんな、同じように思うよなぁ」


「いざ踏み込んでみたら、

何ともないのかもしれないけれどね」


「そだねー。

でも……んーむむむむ……」


難しい顔で首を傾げながら、

うんうんと唸る爽。


……もしかして爽は、

周りに好きな人がいたりするのかな?


まあ、敢えて言うのもなんだし、

陰ながら応援しておくか。





「……何やってるんだろ?」


爽と二人で、約束の鯛焼きをかじっていたところで、

ふと、覚えのある二つの顔を見かけた。


どちらも知ってはいるものの、

その組み合わせを見たのは初めてだ。


というよりも、

意外と言ったほうがいいのかもしれない。


「どったの、晶?」


「いや、あれ……」


と指差した頃には、

向こうも僕らに気付いたらしい。


二人組の片方は、

子供みたいに両手を広げて小走りで。


もう片方は、その保護者みたいなやれやれ顔で、

こちらへ近づいて来た。


「やっほー晶くん」


「先輩……こんなところで

何やってるんですか?」


しかも、鬼塚と一緒だなんて。


「もしかして、

不審者探しの続きとか……?」


「あはは、やだなぁ晶くん。

学外でまでそんなことしないよ」


「最近、危ないお薬が流行ってるって、

ニュースでやってるんだけど……知ってる?」


「ああ、そんな話ありましたね」


「その薬がさあ、

うちの学園でも微妙に出回ってるらしいんだよ」


「本当ですかっ?」


「うん。そういうわけで、元から断つために、

まずは売人を探しに来てたんだ」


「相変わらずムチャクチャな発想と

行動力ですね……」


そういうのは警察の管轄というか、

生徒会の自治のラインを超えていると思う。


まあ、先輩は面白ければ、

どんな問題だろうと構わないんだろうけれど。


「でも、それって、

どこから情報を……?」


「耕平だよ。ねっ?」


「……さぁな」


「またまた、とぼけちゃって。

そんなに照れることじゃないのに」


「照れてねーよ」


「何だかんだ言いつつ、ぼくのところに持ってくる辺り、

耕平ってぼくのこと大好きだよね」


「好きじゃねぇっつーの!」


「え、嫌いなの?」


「おう大嫌いだ。

できれば今すぐ死んでくれ」


「そんなーひどい。

聖ちゃんにメールしなきゃ」


「おいちょっと待て!」


……鬼塚は昼間と比べると、

だいぶ落ち着いてるみたいだな。


でも、真ヶ瀬先輩と親しげだったり、

何か色々とイメージと違う気がする……。


「そういえば、

晶くんたちはどうしてここにいるの?」


「え? ああ、

ちょっと鯛焼きを買いに」


「ああなるほど。

隣の彼女とデートの途中だったんだね」


「あー、爽は――」


「ち、違いますっ!」


「あのっ、晶とはクラスメイトで、友達でっ、

彼女とかそういうんじゃないんでっ!」


「なーんだ、そうだったんだ。

琴子ちゃんに教えてあげようと思ったのに」


「いや、それはホント勘弁して下さい」


真ヶ瀬先輩が伝えることによって、

火のない所にまで煙が立ってしまいそうだし。


「でも、爽って……

もしかして、三大問題児の朝霧さんかな?」


「あ、そうですね」


「えっと、朝霧爽です。

生徒会長の真ヶ瀬先輩ですよね?」


「あはは、元会長だよ。

今は何の力もない生徒会の平社員だねっ」


嘘つきがここにいます。


「朝霧さんの名前だけは聞いてたけどさ、

実際に話したことはなかったんだよね」


「ああ……そういえば、初めてですかね?

顔を合わせるのって」


「そだね。自慢じゃないけど、

予算委員会とか全部欠席してたし」


ホント自慢じゃないな……。


「まあ、次の文化祭でぼくは最後だし、

朝霧さんには期待してるね」


「あ、任せて下さい。

最高の文化祭にしてみせますから!」


「うわぁ、楽しみだなぁ」


「あ、あはは……」


合唱部の体育館使用届け、

却下しておいて正解だった……。


「あ。晶くんの却下は、

僕が許可に変更しておいたから」


「はぁ!?」


「一度の却下で安全を買ったつもりだなんて、

晶くんは甘いんだよなぁ」


「いや、甘いとか、

そういう問題じゃないですから!」


僕がABYSSに襲われてまで

居残った意味は一体……。


「まあ、細かいことは

気にしない気にしない」


「というわけだから、

朝霧さんは文化祭で好きに暴れていいよ」


「ホントですか? やりぃー!」


「って、あれ?

晶、何か顔色悪くない?」


「いや、ちょっと心が荒んでてね……」


「それはいけないなぁ。

早く帰ってゆっくりするといいよ」


「変な薬が出回ってるのもそうだけど、

昨日、殺人事件があったみたいだしね」


「そうなんですか?」


「うん。さっきニュースで見た限りだと、

工場跡で三人の遺体が見つかったんだって」


「出てた顔写真と名前を見たら、

公園で女の子によく絡んでた連中みたい」


「そうなんですか?」


「ああ。前に俺がヤキ入れたこともあるし、

間違いねぇよ」


「そういうわけで色々物騒だから、

晶くんも気を付けてね」


「分かりました。

っていうか、先輩も帰ったほうがいいんじゃ……」


「大丈夫だよ。

ボディーガードがいるから」


ああ、なるほど。


確かに鬼塚がいれば、

誰に絡まれても問題はないか。


「それに、一人だとどうしてか、

みんな話を聞いてくれないんだよね」


「でも、耕平が後ろに立ってると、

みんなが話を聞いてくれるから助かるよ」


「おい。俺はお前のお[守'も]りじゃねぇぞ」


「分かってるよ。

ボディーガードでしょ」


「実力行使する必要がない時だけのな。

道化もいいとこじゃねぇか」


「ごめんね。でも、耕平は優しいから、

もうちょっとだけ付き合ってくれるよね?」


「優しくねぇからさっさとやれ」


「……二人とも、

随分仲がいいんですね」


「は? どこが?」


「え。何かこう、やり取りが」


「お前……目ン玉腐ってんじゃねぇのか?」


いや、そんなに否定しなくても。


「俺はこいつに振り回されてる

被害者だっつーの」


「あはは。被害者だなんて酷いなぁ。

何だかんだで耕平はついてきてくれてるのに」


「お前がマイペース過ぎて、

引っ張られてるだけだっつーの……」


ああ……その気持ちは、

ものすごーく理解できます……。


「だから、俺とこいつは、

付き合いが長いだけで何でもねぇよ」


「一年の頃から友達だよねっ」


「勝手に言ってろ」


八つ当たりする気力もありませんとばかりに、

鬼塚が盛大な溜め息をつく。


まあ、本人がどう思おうと、

真ヶ瀬先輩は何だかんだでいい友達なんだろう。


鬼塚とこうして喋れる人なんて、

先輩以外にそうそういないだろうし。


「それじゃあ、鯛焼きも食べ終わったみたいだし、

ぼくたちはそろそろ行くね」


「あ、はい。気を付けて――っと、

そういえば一つ聞いていいですか?」


「何かな?」


「高槻先輩って、誰だか分かりますか?

聖先輩の知り合いの方なんですけれど」


「……!」


「たかつき先輩?」


「ええ、そうです」


「……そいつがどうかしたのか?」


「さっき、聖先輩を訪ねてきたみたいなんで。

うちの学園のOGだって」


「ああ、高槻良子先輩だね」


「あ、知ってるんですか」


「一応ね。

ぼくが一年の頃の生徒会長だし」


「へぇ、そんな繋がりがあったんですね」


「それだけ?」


「あ……はい」


「じゃあ行こうか、耕平」


「……おう」


うっそりと呟いて、

先を歩く先輩のすぐ後を歩き出す鬼塚。


そうして、アンバランスな二人は、

人混みの中へと紛れていった。


真ヶ瀬先輩……やけに素っ気なかったけれど、

高槻先輩と何かあったのかな?


鬼塚も鬼塚で、

何だかピリピリしてたような気が……。


「いやー、びびったね。

鬼塚があんなに話せるやつだったなんて」


「ん? ああ……そうだね」


「それに、真ヶ瀬先輩?

あんな可愛い顔して、鬼塚を振り回してるなんてねー」


「まあ、あの人はいつもそうだから」


周りの人は振り回されるか、

ついていけなくて離れていくか。


真ヶ瀬先輩と関わった人は、

大抵そのどちらかしかない。


……そう考えると、

高槻先輩はどっちだったんだろうか?


年上で生徒会長だったとしても、

あの真ヶ瀬先輩を従えているところは――


そんな想像をしていたところで、

ふと、携帯が胸ポケットの中で振動した。


「あ……ごめん爽、ちょっと電話」


「ああ、オッケー。

ここで待ってるね」


「うん。ごめんね」


自販機でジュースを買う爽を背にして、

物陰へと入る。


それにしても……まさか、

ABYSSの備品のほうの携帯が鳴るとは。


何かあったんだろうか?


携帯を見てみると、

連絡は電話でなくメール。


送信元はP――[聖先輩'president]で、

用件だけを簡潔に示す味気ない本文が画面にあった。


『今夜二十三時、生徒会室に来て下さい』




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