平穏な日々1

週が明けて、月曜日――


今後の方針の相談に図書室へ行ってみるも、

そこに魔女の姿はなかった。


先に回った屋上にもいなかったとなると、

学園にそもそも来ていないのかもしれない。


……まだ体調戻ってないんだろうか?


それとも、

トイレにでも行ってる?


ちょっと待っててみるか……。




「お、晶じゃん。何やってんの?」


「何だ、爽か……」


「うわー、何その反応。

すっげー失礼なんですけどー」


「っていうか逆に、何で晶がここにいんの?

もしかして、魔女子さんと待ち合わせ?」


うぐっ。


爽め、どうして

こんな時ばっかり鋭いんだ……?


「フフフ……あたしの目をごまかそうなんて、

百万円安いんだよ」


「堂々と賄賂を要求しない」


「っていうかさー、何?

晶と魔女子さんってどんな関係なの?」


「どんな関係って言われてもなぁ」


利害関係者……が一番適切なのか?


「……付き合ってんの?」


えっ。


「だって……魔女子さんとお昼とか食べてるし、

今も魔女子さんのこと待ってるし」


「いやいや、それはないない」


「お昼を一緒に食べてたのは、ほら、アレだよ。

生徒会のお仕事の件の相談」


「ホントにぃ?」


「本当だよ。

そもそも、幽は僕に興味ないと思うしね」


「ふーん……まあ、

そういうことにしておこう」


やけに奥歯に物が挟まった言い方だけれど、

納得してくれたならそれで良しとするか。


「そういうわけで、ここで幽を待ってるのも、

生徒会の仕事の打ち合わせのためだよ」


「でも、待ってても来ないところを見ると、

今日は休みなのかな」


「そういえば、あたしの知る限りじゃ初めてかも。

魔女子さんが学園休むの」


「ああもう、魔女子さん倒れてたりしないかな?

あたし超心配なんだけど!」


「あーそれ、僕も心配なんだよね。

体調崩してたのに、無理して動いてないかなって」


そう口にした途端、

爽が『はぁあああっ!?』と大きく叫んだ。


その図書室中に響き渡る声に、

思わず仰け反る/椅子から落ちかける。


が――椅子が後ろに倒れる前に、

爽に胸ぐらを掴まれて引き寄せられた。


「魔女子さん、本当に具合悪いの?

今日、休みそうなくらいだったの?」


鼻先数センチの距離で爽に睨まれる。


今さら『嘘でした』は通じないな、

こりゃ……。


「一応、土曜日の時点では、

熱を出して寝込んでたんだけれど……」


「あああ……何で魔女子さんが、

そんな辛い目に……」


僕の制服の襟から手を離して、

よよよ、と泣き崩れる爽。


と思ったら、離陸する勢いで立ち上がって、

もう一度僕の鼻先に顔を近付けてきた。


「行くよ、晶」


「行くって……どこに?」


「決まってんでしょ!

魔女子さん[家'ち]!」


「えぇーっ!?」


いきなり何を言い出すんだこの人!?


「ちょっと待って、授業はどうするのさ?

まだ一時限目しか終わってないよ!?」


「そんなのいつだって受けられんでしょ。

でも、魔女子さんが助けを求めてるのは今なの!」


「いや、求めてるかどうか分からないっていうか、

いきなり乗り込むのはさすがにまずい気が……」


「だったら晶が連絡取ればいーでしょ?

どこに問題があんの?」


いや、問題だらけな気がするんですが……。


「いいからほら、早く!

魔女子さんが死んじゃう!」


べちべちと爽に肩を叩かれて、

幽救済に向けての迅速なる行動を促される。


こうなった爽は、

もう止められる気がしない。


もし仮に、僕がNOと返したとしても、

一人で幽の住所を調べて乗り込んでしまう可能性大だ。


はぁ……勝手に行かれて、

幽に怒られるよしはマシか。


進まない気持ちを無理やり引きずって、

幽へと電話をかける。


『出ないでくれてもいいよ』と思いながら、

コール音を聞いていると――


三つ目のコール音の後に、

私ちょっと眠いんですけど的な声が聞こえてきた。





「ここが魔女子さんのおうち……!」


「言っておくけれど、あんまり暴れないようにね?

病人がいるんだから」


なんて言ってる傍から床を転がりだした爽を、

慌てて追いかける。


と――爽に手を伸ばすよりも先に、

ぐいと後ろに袖を引っ張られた。


何事かと振り返れば、そこには、

潜めた声で『ちょっと』とすごんでくる幽の姿。


「どうして爽を連れてきたのよ?」


「いや、成り行きというか、

仕方なくというかですね……」


「こんなに部外者と絡むプレイヤーなんて、

聞いたことないわよ……」


困惑もあらわにうなだれる幽。


その姿を見て/言葉を聞いて――


『実は、爽を連れてきてよかったんじゃないのか?』

と思い始めてきた。


幽はプレイヤーとして、これまでずっと、

一人で戦いに明け暮れてきた人間だ。


きっと、他の学園で友達と遊んだ経験どころか、

ABYSSに関係ない人間と話す機会もなかったはず。


経験者は語るじゃないけれど、僕からすれば、

それは凄くもったいないことだと思う。


幽にはもっと、

色んなことを楽しんで欲しい。


そう考えれば、“普通”な爽と仲良くなるのは、

きっと幽のためになるだろう。


「まあ、たまにはいいんじゃない?

どうせ、体調が戻るまでは動けないんだしさ」


ABYSSの打ち合わせは、

また今度にしよう。


そう言うと、

幽は不承不承といった風に頷いた。


「あー、ちょっとちょっと。

なに二人で話してんの?」


「えーとほら、あれだよあれ。

お見舞いの品を出そうかって話」


「……何を持ってきたの?」


「幽の大好きなものだよ」


「じゃーん。

苺のショートケーキでーす」


爽が紙箱の蓋を空けた瞬間に、

幽の背筋がぴんと伸びた。


その分かりやすい反応を見ると、

こっちも準備してきたかいがあるってものだ。


「爽と二人で、駅前にあるお店まで行ってきたんだ。

スーパーのよりずっと美味しいと思うよ」


「ホントはホールサイズにしようと思ったんだけど、

晶がやたらとピース押しでさー」


「ええっ! どうしてよっ?」


「ケーキはあんまり消化によくないから、

控えめにって思っただけだよ」


「一応、ケーキは差し入れのお菓子枠で、

病人食はまた僕が作っておくから」


「ん……それなら、まあ」


爽がジュースをついでいる間に、

全員ぶんのケーキとフォークとを並べる。


「そういえば、

立ち上がって大丈夫なの?」


「まだちょっとだるいけど、

ケーキがあるのに寝てるわけにはいかないわ」


「それはまた、凄い根性で……」


でも、食い気があるのはいい傾向だ。


本当に具合が悪い時は、

何も食べる気がなくなるからな……。


「はい、準備オッケーだよん。

それじゃ食べよっ」


「美味しい……」


……もう既に食べてるのね。


「魔女子さんって、

そんなにケーキ好きなんだ」


「そうね。この世で一番好きだわ」


「なるほどなるほど。

魔女子さんはケーキが大好き、と」


フォークを置いて携帯を取り出し、

爽が何やら入力し始める。


「もしかして爽って、

幽の情報を逐一携帯にメモってるの?」


「もちろん。

あたしの魔女子さんフォルダ見る?」


「いや、遠慮しておく……」


完全にストーカーだこれ……。


「……前から疑問に思っていたんだけど。

爽って、何で私にそこまで興味があるの?」


「美人さんだから!

あとミステリアスな転校生だから!」


うーん。今さらだけれど、

『これぞ爽!』って回答だな……。


「じゃあ、私がもしも不細工で転校生じゃなかったら、

爽は私に関わってこなかったの?」


「え? あー……どうだろ?」


怒るでもなく、純粋な疑問として真顔で訊ねる幽に、

爽がフォークを置いてうむむと唸る。


「美人だとか転校生とかって、

あたしにとっては単なる切っ掛けなんだよね」


「ほら、誰だってさ、

目立ってたり好きなタイプって目に入るじゃん?」


「ファーストインプレッションっていうか、

一目で判断できる材料がそれだったってだけ」


「中身が今の魔女子さんのままだったら、

切っ掛けがあれば、今みたいな感じになったと思うよ」


「だから、魔女子さんの中身を、

あたしにもっと見せてくれないかなぁげへへ……」


「顔真っ赤にして言わない」


「爽が晶と会ったのも、

そんな感じだったの?」


「あー、晶はまたちょっと違うのかな。

晶からあたしに積極的にストーキングしてきた感じ」


「ふーん……?」


「何でそんな冷たい目で睨むのっ?」


「別に何でもないわよ。

晶はストーカーの常連だったんだって思っただけ」


「いや、恐ろしく人聞きの悪いこと言ってるけれど、

そんなんじゃないからね?」


「単に、爽の歌を聞きたくて、

屋上に通ってただけだよ」


「でも温ちゃんの時は、

晶がストーキングしてたんだっけ」


「やっぱりストーカーじゃない」


あのね……。


「温子さんは……何ていうか、

危なっかしかったから放っておけなかったの」


「まー確かに、不良を更正させてる

委員長的な感じはあったよね」


「そう考えると、

ちょっとだけ魔女子さんと似てるかも?」


「残念ながら、それはハズレね。

逆に、私のほうが晶の面倒を見てるんだから」


「へー、そうなんだ」


「……」


「なによ晶、その沈黙は?」


「いえ、別に」


「ケーキ没収」


「あ! ちょっと!」


止めようと手を伸ばすも、

目にも止まらぬ早業で僕のケーキを掻っ攫われた。


「晶が悪いんだから、

大人しく罰を受けなさい」


「いや、それって絶対、

自分が食べたいだけでしょ!」


「そんなことないわよ。

体調が悪いところを無理して食べてあげるんだから」


だったら、もうちょっとくらい、

嬉しそうな顔を隠そうとしようよ……。


「ちょっとー。

なに二人でじゃれ合ってんのさー?」


いや、これカツアゲの犯行現場だから。


「もー、晶ばっかり魔女子さんと仲良くなっちゃってさ。

あたしも名前とか呼び合いたいのにさっ」


「? 呼べばいいじゃない」


「え、いいのっ? ホントに?」


『ホントにいいのね?』という爽の念押しに、

面倒臭そうに頷く幽。


「えっと、それじゃあ……

かすかっ」


「……いざ改めてそう呼ばれると、

何だか恥ずかしいわね」


「まあ、すぐに慣れるんじゃない?

僕もそうだったし」


うーん、と口元に手を当てて頷く幽。


その際、『ようやく魔女子って言われなくなるのね』と、

小さく独りごちたのを聞いてしまった。


ああ、やっぱり

その呼び名は嫌だったんだな……。


「んじゃ、幽の優しさのお礼に、

ABYSSの耳より情報を教えたげるね!」


……耳寄り情報?


「この間、屋上でさ、

片山が怪しいって話したじゃん?」


「あいつ、金曜日から家に帰ってないんだって。

ちょっとした騒ぎになってるっぽいよ」


「ふーん……そう」


「……あれ、何か反応薄い?」


「いやいや、十分耳よりな情報だよ。

後でこっちでも聞いて回ってみるね」


……片山は既に死んでるなんて、

絶対に言えないよなぁ。


しかも、殺したのが目の前にいる幽なんだから、

より事情は複雑なわけで。


「なくなっちゃったわね」


「ん? ああ、ケーキか」


幽の置いたフォークが、

からりと音を立てる。


「どうしてケーキってなくなるのかしら?

なくならなければ、ずっと食べられるのに」


「ほら晶ぁ、

だからホール買おうって言ったじゃん」


「いや、何度も言うけれど、

ケーキって消化にあんまりよくないんだってば」


「じゃあ、風邪が治ったら

買ってくれるの?」


「買うんじゃなくて、

作るほうじゃダメかな?」


「え、作るって……ケーキを?」


二人から向けられる疑問の視線に、

もちろんと頷いて返す。


「……そんなことできるわけ?」


「いや、錬金術みたいに思ってるかもしれないけれど、

そんなに難しいものじゃないよ」


「それに、そんなに好きなものだったら、

一度作ってみるのもアリなんじゃないかなって」


「おおー、いいじゃんいいじゃん。

ケーキ作りとか女の子っぽい」


「本当に作れるの?」


「僕も作ったことはないんだけれど、大丈夫。

何しろ、百戦錬磨の先生がいるから」


「先生って……?」


「うちの琴子」


「おおー!

さすが琴子ちゃん、ケーキ作れるんだ」


「うん。趣味で色々作ってて、

お菓子なら何でも一通り行けると思う」


「というわけで、どう?

今度の日曜日なんだけれど、時間大丈夫かな?」


「あ、うん……大丈夫」


「あたしも!

あたしも大丈夫だし!」


「じゃあ、爽も一緒に。

うちでみんなで集まってケーキを作ろう」


やったーと、

諸手を挙げて飛び上がる爽。


その隣にいる幽はというと、目を大きく見開いて、

ケーキのあったお皿をじっと眺めていた。


自分の大好きなものを作る様子を

想像してるんだろうか――


そう思って幽を見ていると、僕の視線に気付いたのか、

幽は顔を赤くしてそっぽを向いた。


「今日はもう寝るわ。

いつまでも治らないと困るから」


「あ、ご飯はどうしよう?

作って行く?」


「いい。私で何とかするから」


ぶっきらぼうに言って、

ベッドへと潜り込む幽。


もうちょっと喜んでもらえると思ったんだけれど、

作るより食べるほうがよかったのかな?


まあ、案ずるより産むが易しか。


みんなで集まって何かを作ったこともないだろうし、

きっといい経験になるはずだ。


「それじゃあ、

僕らは片付けたらおいとましようか」


「そだね。――ばいばい、幽」


爽の呼びかけに、

ベッドの中から伸びてきた手が『ばいばい』と応える。


頑張ってぶんぶんと振っているその手が、

何だか犬の尻尾みたいに見えて――


思わず、爽と顔を見合わせて、

噴き出してしまった。


それから、幽から飛んできた枕に追い立てられて、

幽の部屋を後にした。


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