復讐の結末1

……復讐は、

自分のためにするものだ。


お葬式と同じで、失った悲しみを裁ち切り、

明日へ向かうためのけじめみたいなものだ。


やらなければ、前へ進めないというのであれば――

それをするしかない。


覚悟を決めて、

ずっと握り締めていた携帯を開く。


電話をかける相手は、

もちろんあの人。


温子さんは繋がらないと言っていたけれど、

きっと僕ならば繋がるだろう。


そうして電話をかけてみると、

四コール目で、予想通り反応があった。


「高槻先輩ですか? 笹山です」


「おー、晶か!

嘘だけど待ってたぜコンチクショー!」


「で、何の用だよ?

オレオレ詐欺?」


「誰がABYSSなのか、分かったんです。

分かったら教えてくれって話でしたよね?」


直球で用件を伝えると、電話先から

『へぇ』と期待混じりの相槌が聞こえてきた。


「なるほどね。

で、誰がABYSSなわけ?」


「あなたですよ。高槻先輩」


「おいおい、やめてくれよー。

クソ善良なアタシがABYSSなわけねーだろ?」


「じゃあどうして、偽物である安藤有紀のことを、

前からの知り合いだって言ったんですか?」


「どうして、僕と温子さんがあなたと会ってる間に、

琴子と爽が拉致されたんですか?」


「単なる偶然だろ、んなもん全部」


「とぼけても無駄です。

あなたのことは――」


『森本聖に』


そう言おうとしたのに、

どうしてか言葉が詰まった。


「……あなたのことは、

ABYSSの関係者に既に確認済みですから」


適当に思いついた言葉に言い換えて、

再度とぼけるなと問いただす。


と――先輩は言葉を切って、

くつくつと笑った。


「そこまで押さえられてんなら、

確かにとぼける意味はねーな」


「早かったのか、遅かったのか……微妙なとこだね。

ただ、アタシの予言通りにはなっただろ?」


「……あの予言、

忠告のつもりだったのか?」


「どう取るかは、晶次第だよ。

ついでだ、もう一つ予言してやろう」


「キミはアタシに会いに来る」


……かかってこいってことか。


「場所は……そうだね。せっかくだから、

切り裂きジャックの墓のあったところで」


「時間は深夜でいいか。木曜日の二十四時に。

お互いにそのほうが都合がいいだろ?」


「……そうでしょうね」


「さて、どうだいアタシの新しい予言は。

ノストラダムスも真っ青だろ?」


「――ええ。

大した占い師ですよ、あなたは」


それだけ言って、通話を切った。


……これで、

後戻りはできない。


後はもう、

無二無三にやり遂げるだけだ。


僕のための、復讐を。





――次の日の学園は、

いつもと変わらないものだった。


月曜に体調不良で休んだせいか、

初のサボリをとやかく言われるようなこともない。


温子さんとも、いつも通り。


違いと言えば、二人きりの昼食が寂しかったことと、

図書室の主たる魔女の姿がなかったことだろう。


また、生徒会の活動に関しても、

今日は欠席者が多く、中止となった。


そんな、地味ながらも

着々と模様替えを始めている日常を終えて――





――再び、夜がやってきた。


用事は既に、粗方あらかた済ませた。


琴子の部屋も掃除したし、

散らかったままだった家も片付けが終わった。


復讐の最中に迷いが生じないようにと、

一気にやってしまったのだけれど――


「……何だか、

死にに行くみたいだな」


全然そんな気はないだけに、

自分で言ってて思わず笑ってしまった。


もっとも、

そういう覚悟がないわけじゃない。


僕に、高槻良子を殺せるかどうかは分からないけれど、

自分が死ぬかも知れないとは思ってる。


戻って来られなかった時のために、

やれることをやっておくのは悪くないだろう。


「……そうだ」


やれることを――と考えて、もう一カ所、

行っておきたかった場所があったのを思い出した。





校門をくぐると、

いつかの時と同じ視線が降ってくるのを感じた。


それだけで、

いるんだなと分かる。


そうか……こっちも今日なのか。


雰囲気からすると、

これからという感じだろう。


邪魔しちゃ悪いし、

早く済ませないとな。





階段を上り、屋上に出る。


と――意外な人の姿がそこにあった。


「綺麗な空だよね」


毎朝の挨拶と同じ調子で声をかけると、

温子さんは驚いた顔で振り返った。


「晶くん?

どうしてここに……?」


「ちょっと、

爽に会いに来たんだ」


「そうか……晶くんもか」


だったら最初から誘えばよかったな――

と苦笑しながら、視線を空へ戻す温子さん。


その隣へ進み、

僕も、温子さんに倣って空を見上げた。


「爽は、いつもこの景色を見ながら

歌ってたんだな……」


「……だね」


懐かしい思い出だ。


あれは確か、高校に入ってすぐの頃。

佐倉さんのことで悩んでいた時のことだった。


屋上まで何気なく出たところで、

歌が耳に届いたんだ。


「……本人には軽くしか褒めなかったけれどね、

ちょっと、聴き惚れてた」


「分かるよ。あいつの歌は、

人を惹き付ける力があるから」


「うん。本当に凄いと思ったよ。

聴くためにずっと通ってたもん」


「でも、その後に話してみたら……」


「……話してみたら?」


「ただの変人だった」


僕がそう笑ってみせると、

堪えきれないという感じで温子さんが噴き出した。


……もちろん、

爽のことを馬鹿にしているつもりはない。


ただ、爽のことを端的に表せば、

“変人”がこれ以上ないくらいに適当だったってだけだ。


「……そういえば、

温子さんは歌とか興味ないの?」


「ん……あまり興味なかったかな。

でも、どうして?」


「いや、爽と同じ声なのかなと思って」


「ああ……どうだろうね?

私は爽のように上手くはないし」


「それじゃあ、今度カラオケに行こっか。

温子さんの歌、久々に聴いてみたいし」


「……期待されて歌うというのは、

ちょっと恥ずかしいんだけれど」


「それじゃあ、期待しておくね」


「そこは『期待しないで待ってるね』

じゃないの?」


「いやだって、

恥ずかしがってる温子さんって可愛いし」


瞬間、『ボン』っていう音が鳴るくらいの勢いで、

温子さんの顔が真っ赤になった。


その予想通りの反応に、

思わず口元が緩む。


と、温子さんは

怒ったような困ったような顔を作って、


「……晶くんはずるい」


逃げるように、

空へと視線を戻した。


「可愛いなんて言われたら、

怒れないじゃないか」


「ごめんね。でも、本当のことだから」


「ん~、もうっ……」


「まあ、それはともかく、

今度本当にカラオケに行こうよ」


「……そんなに聴きたい?」


「うん。聴きたい」


「それじゃあ……ちょっと頑張ってみる。

爽ほど上手くはなれないと思うけれど」


「大丈夫。僕が聴きたいのは、

温子さんの歌だから」


「それでも、頑張ってみるよ。

爽が熱中していたものを、私も知りたいし」


「そっか。それじゃあ、

僕も練習に付き合うよ」


「だから、またデートしよう」


「……うん。しよう」


温子さんが、

空へ向けていた顔を下げる。


それから、

僕のほうへと真っ直ぐに向き直って――


「またデート、しよう」


温子さんは、

はにかみながら笑みを浮かべた。


恥ずかしがる温子さんは、

やっぱり、とても可愛らしく見えた。





その後は、許される時間を、

他愛無い会話で過ごした。


周りを待たせている感覚はあったけれど、

それは敢えて知らない振りをした。


二人きりの時間は、

誰にも邪魔をされたくなかった。


そんな楽しい時も過ぎ、

約束の時間が近づいてきた。


温子さんを家まで送れば、

ちょうどいい時間だろう。


「そろそろ帰ろうか」


「……うん、そうだね」


二人で頷きあって、

フェンスを離れ扉へと向かう。


そうして校舎へ戻る前に、

もう一度だけ屋上へと振り返った。


「あのさ――」


声をかける。


今は思い出の中にいる、あいつに。


「頑張るから」


「晶くん?」


「いや……行こう」


ここへ来た用事は、もう済んだ。


後は、笑われないように頑張ろう。







誰もいなくなったはずの校舎を、

黒い影が徘徊する。


夜の闇が薄く漂う廊下に、

硬い靴音が木霊する。


かつん、かつん。


かつん、かつん――かつん。


その靴音が、ある部屋の前で止まった。


表札にある文字は図書室。


チェックポイントとして利用されることが多いため、

男にはそこそこ馴染みの深い部屋だった。


そして今夜も、慣れた重みを感じつつ、

男が目の前の引き戸を開け放つ――


「……帰ったのね」


そこには、

一人の少女が待っていた。


長い黒髪を流し、

暗い闇の中に佇む少女。


その見るものを凍らせるような眼光の鋭さは、

なるほど、魔女と呼ばれるに相応しい。


「ついて来い」


だが、それに

赤い紋様の仮面は怯まなかった。


魔女など既に見飽きているという風に、

気にさえもかけない。


それを、魔女――黒塚幽は、

自身が軽く見られているものとして受け取った。


胸の内に生じる不服。


しかし、ここ図書室は、

少なくとも暴れるべき場所ではない。


まして、倒すべきは部長であり、

この男ではないのだ。


今、集中するべきは力を蓄えること。


それを分かっているからこそ、仮面の男が来るまで、

少女はひたすらに動かなかったのだ。


……それにしても、

ずいぶんと待たせてくれたものだと少女が苦笑する。


かつての同盟相手なだけに、

無事で帰れたことにはホッとした。


だが、彼らがやってきてから、

既に二時間以上。


日付も変わろうとしているし、

少々待ちくたびれた感もあった。


満を持して、少女が椅子から立ち上がる。


その手にあるのは、二本のナイフ。


それら青色の凶器は、彼女に似合わないほどの無骨さで、

戦闘の意思を伺わせていた。


その意思が、鬼塚というABYSSへ

真っ直ぐに向けられる。


「さて……覚悟はいいわね?

部長の居場所、速攻で吐いてもらうわよ」


しかし、鬼塚はそんな少女を見ても、

特に構えるようなことはしなかった。


そんな殺すべき敵の様子に、

少女が訝しげに眉をひそめる。


「どうしたの? 早く廊下に出なさい。

あなたが私の相手なんでしょう?」


「してもいいが、屋上で部長が待っている。

お前の相手は部長だ」


言って、鬼塚が幽に背を向ける。


「……部長を売る気?」


「売るも何も、お前を連れて行くのは、

部長にそう頼まれたからだ」


「後は、お前らで

やりたいようにやればいい」


「ふぅん……。

邪魔はしない――ということね?」


『そうだ』と素っ気無い返事が

背中越しに飛んでくる。


もっとも、幽としても目的は部長だけなので、

その申し出は非常に助かった。


が――その対応を、

素直に受け止められなかったのも事実だ。


「ふん……本当に、

この学園のABYSSは変わっているわね」





――そこには、冴え冴えとした月と

女の姿だけがあった。


外套は纏わず、

仮面のみをつけた女子生徒。


確認するまでもなく、

相手が誰なのかは分かっている。


「あなたが森本聖――

ABYSSの部長ね?」


「ええ、そうです。黒塚さんは、

プレイヤーとしてはこの学園が最後らしいですね」


「そうなるわね」


「仮に私を殺せたとして、

その報酬で何をするつもりですか?」


「……そんなことを聞いて

どうするのかしら?」


「こうしてプレイヤーの相手をするのは、

これで二度目なのですが――」


「以前の方は理想に燃えておりましたので、

あなたもそうなのかなと」


この学園にもう一人、プレイヤーがいるということ。

それは彼女も知っていた。


しかし、だからこそ理解できなかった。


前のプレイヤーが誰なのかまでは知らないが、

記録によれば、少なくともまだ生きているはずなのだ。


だというのにこの部長は、

一度相手をしたことがあると言った。


プレイヤーとABYSSは敵同士。


そこに二度目が無いのは必定なのに――だ。


……そういえば、この学園に元々いたプレイヤーは、

二年近く行動を起こしていない。


だからこそ、

幽が重複する形で派遣されてきたのだが――


「……私がどういう願いを叶えようと、

ここで死ぬあなたには関係ないでしょう?」


そういった疑問は覚えたものの、

少女は些末なものとして振り払った。


「私は私で、目的を果たすだけ。

余計なことはいらない……だから始めましょう?」


「……そうですね」


部長が、少女の背後にいる

鬼塚へと視線を送る。


意を得た鬼塚は、屋上の端へと歩き、

フェンスにその背を預けた。


「今夜の儀式は、私一人がお相手します。

彼には手出しさせません。その必要もありませんので」


「大した自信ね?」


「一応、これでも部長ですので」


幽は『そう』とだけ返し、

話は終わりだとばかりに二刀を構えた。


青々とした刃の面に、

月影が浮かぶ。


狂気が、仮面の女へと向かう。


その凝りを受け入れるかのように、

森本聖はよく通る声で宣言した。


そう。


重苦しくも厳かに。


「それでは、

ABYSSを始めましょう――」

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