琴子発見2

隣の部屋に入るなり、

黒塚さんが顔をしかめた。


見れば、部屋のあちこちに、

死体やら何やらが転がっていた。


「これは……切り裂きジャックの仕業か?」


「多分違うわね。切り裂きジャックは私も見たけど、

あいつの武器は日本刀だったから」


「……目立つのは、執拗に痛めつけられてる手足ね。

どの死体も折れたり指が千切れてるわ」


『確かに』と温子さんが頷き、

それから部屋の隅に目を向ける。


その視線を追いかけた先に――

見覚えのある顔が転がっていた。


「この子……」


「有紀ちゃん……何で?」


死んでいたのは、有紀ちゃん。

琴子のクラスメイトの、安藤有紀ちゃんだった。


何で、有紀ちゃんまで……。


「……こっちも手足の傷があるわね。

ただ、直接の死因は急所への一撃かしら」


「ただ、傷口が大きくて荒いから、

凶器は刃物じゃないのかも」


こんなところね――と、

溜め息をつく黒塚さん。


もう、何がなんだか分からなかった。


誰が琴子を殺したのか。


どうして有紀ちゃんまで殺されていたのか。


片山の仲間たちまで

殺されているのは何故なのか。


もう、何もかも分からない。


「……これ以上、ここで得るものはないわね。

場所を変えましょう」


「あ……じゃあ……」


「どうしたの?」


「琴子も、連れて帰らなきゃ……」


「……笹山くん、それは無理。

あの子を連れて帰れば、あなたたちも処理されるわ」


「追い払えば……」


「無理よ」


黒塚さんは冷静に、

そして冷徹に言い放った。


「処理班はゲームの参加者じゃないの。

ゲームの進行を妨げるものを排除する存在なのよ」


「人を殺すにしても、

ABYSS部員みたいに見せるための行動はしない」


「銃器も所持してるし、

どちらかといえば軍隊に近いのよ」


「私やあなたがそれなりに戦えるといっても、

そんなの相手にはできないでしょう?」


「それとも、笹山くんは、

朝霧さんを危険な目に遭わせたいのかしら?」


「……分かった」


そこまで言われたら、どうしようもない。


……ごめん、琴子。


本当にごめん。


ごめん。





外はすっかり暗くなっていて、

瞬く街灯の明かりがやたらと目にちらついた。


そう遠くないはずの喧噪が、

どうしてか今日は静かだった。


現実感がなかった。


誰が、琴子を殺したのか。

ただ、それだけが気になって仕方なかった。


でも――


考えても考えても、手持ちにあるパズルのピースじゃ、

欠けた穴が埋まりそうにない。


琴子を殺しておいて隠れおおせている犯人は、

今、この瞬間も笑っているのかも知れないのに。


そう思うと、

喉の奥から声が噴き出しそうだった。


「笹山くん、大丈夫?

さっきからボーっとしてるけど」


「ああ……ごめん」


「……大丈夫じゃなさそうね。

できればあなたにも意見を聞きたかったのだけど」


「今の晶くんに何か聞くのは酷だよ。

ここは私たち二人で――」


「いや、大丈夫だから気にしないで。

僕も、琴子をやった犯人を見つけたいんだ」


「……分かった。でも、無理しなくていいからね?

嫌なら言ってくれれば、すぐにやめるから」


温子さんが、

僕の手を握ってくる。


その冷たさと感触に、

ようやく、現実との接点を見つけた気がした。


「それで、

どこまで話したんだったかしら?」


「大きく分けて、

二通りの殺し方があるということまでだね」


「片山の手下と安藤さんに共通する手足を狙うやり方と、

琴子ちゃんをナイフで刺したやり方の二つだ」


「普通に考えれば、やった人間が

二人いたとするべきなんだろうけれど……」


「爽の時と同じで、

片山の手下が妹さんを刺したとか?」


「……いや、あの時とはまた状況が違うのかな」


「片山の手下の仕業にしては、

琴子ちゃんが血を浴びていたのがおかしい」


「血を浴びるってことは、琴子ちゃんの目の前で、

手下たちが殺されていたということだから」


「自分が殺されるかもしれないという状況下で、

手下が琴子ちゃんをわざわざ刺すとは思えない」


「まあ、普通は逃げることを優先するわね。

妹さんに囮になってもらったほうが楽だし」


「そして、切り裂きジャックの仕業にしては、

琴子ちゃんにだけナイフを使ったのがおかしい」


……なら、一体誰がやったんだろうか。


「大きな壁が“ABYSSを殺した”ってところか。

片山の手下でも、並みの人間よりずっと強いはずだし」


「そうね。犯行可能な人間は同じABYSSか、

切り裂きジャックくらいだもの」


ジャックだとしては武器がおかしく、

ABYSSは同士討ちをする理由がない。


でも、他にABYSSを殺せる存在なんて、

果たしているんだろうか――


そう考えた時に、

自然と一人、候補が浮かんだ。


「……逃れえぬ運命」


「なに、突然?」


「あのゴスロリの子だよ。

あの子なら、できるかもしれない」


伝説の暗殺者の名前を持つ、

あの子なら――


「……でも晶くん。

あの子が琴子ちゃんを殺したというのは、少し変だ」


「どうして?」


「だって、あの子が殺していたとしても、

私たちにその場所を教える意味がないから」


「それに彼女、

『助け出したら』という前提で話していただろう?」


……そういえば、

そんな風に言っていたような気がする。


でもそうなると……僕にはもう、

他に怪しい人物なんて思いつかない。


……いや、待てよ。


「黒塚さんは、僕たちよりも先に、

あの建物の情報を手に入れていたんだよね?」


「ええ、それが何?」


「……黒塚さんの武器は、

確かナイフだったよね」


「……晶くん?」


「それが?」


琴子の致命傷となった傷もまた、

ナイフによるものだった。


そして、ABYSSを殺せる人間は、

限られている。


だったら――


「黒塚さんなら、犯行可能な条件を

全て満たしてるんじゃない?」


「ちょっと待って」


声を上げたのは、温子さんだった。


「晶くん。それまさか、

本気で言ってるわけじゃないだろうね?」


「……僕は本気だよ。黒塚さんの言ってることは、

全部自己申告でしかないし」


だって、そこしか疑えるところが

もうないから――


「……黒塚さんがやったなら、

服に返り血の一つでも浴びてるんじゃないのかい?」


「それは……」


「だいたい、黒塚さんに殺す理由はないだろう?

口封じですら、もうする必要がないんだから」


「辛いのは分かるけれど……

闇雲に疑うのはよくないよ」


「……ごめん」


言われて初めて、

自分がどれだけ軽率な発言をしていたのか気付いた。


ここまで協力してくれている黒塚さんを疑うだなんて、

とんでもない話だ。


「黒塚さんも、本当にごめん……」


「別に気にしてないわ。

話せばすぐに解ける誤解だったもの」


「それに、私たちがもっと早く見つけていれば、

助けられたかもしれないんだから」


黒塚さんの声には、

後悔の色が濃く滲んでいた。


黒塚さんもまた、

真剣に探してくれていたんだろう。


さらに罪悪感が募る。


……本当に僕は馬鹿だ。


「まあ、こういう疑心暗鬼をなくすためにも、

早く犯人を見つけたいところだね」


「ただ、手掛かりがないから、

今後は残り三人のABYSSを見つけていく方針かな?」


「……そのことなんだけど、さっきも言った通り、

この件からはもう手を引いた方がいいと思う」


「今回の事件を起こしてるのは、

ABYSSじゃないかもしれないから」


ABYSSじゃない……?


「いつもなら、一つのゲームで

ABYSSが殺す人数は二人なのよ」


「……人質と生け贄?」


「そうね。だから出る死体は、

多くてもせいぜい三人なんだけど……今回は違う」


「人質だけで見ても三人。さっきの女の子も込みなら、

ABYSSに無関係の人間で四人になるわね」


「それに、片山の手下たちも含めるなら、

合計は二十近くにもなるでしょう?」


「こんなに多くの人間が一度に死んだら、

ABYSSでも隠蔽できないはずよ」


「殺人という部分は隠し通すことはできても、

集団失踪という形で表には出るでしょうね」


「……っていうところまでが、パートナーの見解。

でも、私もそう思う」


「私にとっても、こんなのは初めてだから、

あなたたちを守りきれる気がしないわ」


「だから――引いたほうがいい?」


黒塚さんが頷く。


「私はパートナーに相談して、今後を決めるつもりよ。

まあ、多分部長を突き止める方向だけど」


「あなたたちも、このままずるずる行くんじゃなくて、

きちんと決めて動いたほうがいいと思うわ」


「そうか……そうかも知れないね」


「……晶くんはどうしたい?」


「僕は……」


……琴子を殺した相手が憎い。


突き止めて――例え殺せなくても、

琴子の味わった恐怖の幾らかでも思い知らせてやりたい。


でも、その相手を無理に追って、

温子さんまで危険に晒したくない。


きっと、

温子さんも似たような感じだろう。


なら、僕らは一体、

どうするべきなのか――


「……とりあえず、今日は解散しましょうか。

割と大きな決断だと思うし」


「特に笹山くんは、一度しっかりと眠った方がいいわ。

今、あなたに必要なのは、きっと休息だから」


「朝霧さんは……まあ、大丈夫ね。

爽に聞いた通りの人だったから」


「爽に……?」


「前に一度だけ、『温ちゃんは凄い』ってね。

一方的に話していっただけだけど」


「……爽らしいね」


温子さんが、嬉しいような寂しいような、

曖昧な笑顔を浮かべる。


「まあ、それでも何かあったら、

すぐに私に連絡して。笹山くんもね」


「分かった、ありがとう」


温子さんが頷くのに合わせて、

僕も頷いた。


「それじゃあ朝霧さんは、私が送っていくわ。

笹山くんも、必要だったら送っていってあげるけど?」


「いや……大丈夫だよ。

それより、温子さんをお願い」


「任せておきなさい」


黒塚さんは自信満々に言って、

少しだけ笑ってくれた。


そのささやかな心遣いが嬉しかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る