温子vs幽2

「……何だか、凄い進展したね」


図書室の帰り道――


温子さんと並んで歩きながら、

先の成果を改めて思い返す。


黒塚さんの正体。現状のABYSS候補。

ABYSSの敵対者である、プレイヤーの存在。


どれも、温子さんと行動を始めてから、

たった半日たらずで集まった情報だ。


特に、ABYSSに詳しい黒塚さんの協力を

得られることになったのは、凄く大きい。


「これなら案外、

早く解決できるのかな」


「いや、今はまだ

そこまで気を抜くのは早いと思うよ」


「え……そう?」


「黒塚さんが敵じゃないかも、

っていう確認が取れただけだからね」


「かもって……

さっき情報共有してきたのに?」



「情報を共有できる仲であることと、

敵であることは両立するからね」


「プレイヤーなんて高リスクなことをしてる以上、

黒塚さんには必ず何か目的があるはずなんだ」


「その目的のために、

私たちを攻撃してこないとは限らないだろう?」


それは……確かに。


「それに、ABYSS候補もだ」


「私たちが候補を見つけたということは、

ABYSS側も私たちに気付いている可能性が高い」


「特に、晶くんは顔が割れているからね。

向こうは私たちよりもずっと特定しやすいはず」


「だから、まだ気を抜いちゃダメだよ」


「これは、私たちがABYSSを見つける勝負じゃなくて、

お互いに特定してお互いに排除しあう勝負なんだから」


「……そっか」


温子さんの言う通りだ。


僕の調査が進んだぶんだけ、

相手だってきっと進んでいるわけで。


むしろ、これからが

厳しくなってくるところだろう。


「というわけで、情報は手に入ったけれど、

鵜呑みにはしないで検証を続けていこう」


「ABYSS候補者についても、

挙がった人は全員疑っておいたほうがいい」


「真ヶ瀬先輩とか聖先輩を

疑えってこと?」


黒塚さんだって、

一応マークしてるだけって言ってたのに……。


「身内を信じたくない気持ちは分かるけれど、

それで命を落としてもいられないからね」


「周りの人を巻き込む可能性もあるんだから、

今のうちに、できることは全部やっておくべきだよ」


『そうだろう?』と温子さん。


それに、僕はぐうの音も出なかった。


「……温子さんと比べると、

甘すぎるのかな、僕」


「いや、そんなに落ち込む必要はないよ。

私が考え過ぎているだけってこともあるしね」


「それに、人を信じられるのは

晶くんの美徳でもあるわけで」


「……そうかな?」


美徳っていうよりは、

騙されやすいだけな気がするんだけれど……。


「自分のいいところは

見えないものだからね」


『私は全部知っています』

といった風に笑う温子さん。


それが何だか、嬉しいような悔しいような感じで、

思わず苦笑いになってしまった。


「ともかく、そういうわけだから、

疑う役は全部私のほうでやろうと思う」


「晶くんは晶くんにできることをやればいいよ。

多分、晶くんにしかできないことも一杯あるから」


僕は僕にできること――か。


みんなを守ることはもちろんだけれど、

それ以外でも頑張らないと。





本日の生徒会の活動は、

朝方先輩に聞いた通り、学園の見回り。


学園で最近よく見るという噂の、

不審者対策なのだけれど――


「二人一組ですか?」


「うん。一人だと何かあった時に危ないからね」


……まあ、妥当な判断かな。


もし何かがあった場合、

一人じゃ対処しきれない場合があるし。


「というわけで、晶くんは誰と行く?」


「あー、自由に組んでいいなら、

琴子を誘っていこうと思います」


「やったっ。お兄ちゃんとだ!」


「えー、ぼくじゃダメなの?」


「ダメっていうか……先輩と琴子だったら、

琴子のほうが男手が必要でしょう?」


「ぶー。晶くんのいじわる」


「無茶言わないで下さい。

そんなに人は多くないんですから」


「ここを空にするわけにもいかないですし、

先輩はお留守番してて下さい」


口を尖らせて、

これ見よがしに拗ねる先輩。


『でも晶くんはぼくを見捨てないよね?』

という視線は見ないことにしよう。





琴子と今日何があったか話しながら、

決められたコースを回る。


もっとも、僕のほうで何があったのかは、

さすがに言えるわけもなく――


必然的に聞き役に回っていたところで、

琴子のクラスで配られた、進路希望調査の話になった。


「それで、琴子は進学するの?

就職するの?」


「うーん……一応、進学かなぁ。

みんな進学みたいだし」


「それが無難だと思うよ。

就職が悪いんじゃなくて、選択肢が広がる意味でね」


「ちなみに僕も、今のところは進学だよ。

人生単位で見たら、すぐに働く意味はそんなにないし」


「ただ、別にやりたいことがあるわけじゃないから、

無駄だと思ったら辞めて働くのもアリだと思う」


「そっか……お兄ちゃんは

ちゃんと考えてるんだね」


「……問題の先送りとも言うけれどね。

まだ、将来とかを決めるって自覚もないし」


「琴子は、何かやりたいこととかないの?

好きなことを仕事にしたりとか」


「うーん……お菓子作りは好きだけど、

それでお金を稼ぐのって全然想像できないし……」


「あー、難しそうだよね。

料理の腕だけじゃなくて、他のスキルも必要そうだし」


「でも、もし興味があるなら、

真剣に考えてみるのもいいんじゃないかな」


「パティシエになる道はよく分からないけれど、

必要があれば留学とかしてもいいだろうし」


「えー。でも留学したら、

お兄ちゃんと一緒にいられなくなっちゃうし……」


「まあ、それはそうだけれど……

ずっと僕と一緒ってわけにもいかないでしょ?」


「当たり前のことだけれど、僕は先に卒業するわけだし、

進路も同じだなんて限らないしさ」


「もし、進路が同じだったとしても、

琴子もいつかお嫁に行くだろうしね」


「お嫁に……

行かなきゃいけないのかな?」


「あー、別にそういうわけじゃないけれどね。

幸せの形の一つとして、結婚があるのかなって」


「……琴子はずっと、

お兄ちゃんと一緒でいいのになぁ」


「でも、僕だってきっと、

誰かと結婚すると思うし」


「好きな人、いるの?」


「うーん、いるような、

いないような……」


「那美ちゃんじゃないの?」


そう言われて、

一瞬、どきりとした。


「あー、うー……

まあ、どうなんだろうね?」


好きか嫌いかで言われれば好きなんだろうけれど、

少なくとも今はそれを意識する関係じゃない。


現実路線で考えて、一番いい佐倉さんとの関係は、

前の状態に戻ることだ。


それより先は、現状じゃ想像もできない。


「……ふーん。

じゃあ、他の人は?」


「他の人……」



「あ。今お兄ちゃん、

誰かのこと考えてた!」


「え? い、いや、

そんなことないよっ?」


「うそ。誰なのっ?」


「いや、ホントに考えてないから」


……琴子、いい勘してるな。くそう。


でも、温子さんが思い浮かぶとは、

自分でもちょっと意外だった。


確かに綺麗だと思うし、

温子さんにしかない魅力があるのは間違いない。


けれど、好き嫌いっていうよりは、

隣に立つパートナーって感じだからなぁ。


昨日、高槻先輩に散々からかわれたせいか?

うーん……。


「……じゃあ、そういう琴子は、

好きな人はいないの?」


「え、私?

私は、その……お兄ちゃんだもん」


「む……上手くごまかされたか」


「えへへ……」


まあ僕もごまかしたわけだから、

琴子のことは言えないんだけれど。


「……ホントなのに」


「ん?」


「何でもない。

それより、早く次の教室に行こっ」


「あ、待ってよ琴子――」





その後、二人で幾つかの教室を回ったものの、

特に大きな変化はなかった。


不審者が見つかったといっても、

さすがに学園の中にまでは入ってきていないらしい。


となると、見回りの範囲をもう少し広げて、

外も回ったほうがいいのかな――


そう思って外を眺めていたところで、

窓の外は学園の裏手の辺りに、動くものを見つけた。


「あ。お兄ちゃん見て見て、あれ!」


「……うん、分かってる」


他校の制服……顔にも覚えがないし、

あれが不審者ということで間違いないだろう。


複数人で人目を気にせず固まっているけれど、

あそこに何かあるんだろうか?


いや、というよりは、

何かを待ってるような感じか?


「とりあえず、真ヶ瀬先輩に報告だね」


「ねぇ、写メとか

撮っておいたほうがいいのかな?」


「あー……そうだね。

この距離ならバレないと思うし、僕が撮っておくよ」


ABYSS関係者である可能性もあるだろうし、

琴子の携帯に情報を残しておくのはやめておこう。


実力で制圧してしまえれば楽なんだけれど、

琴子を連れて無茶もできない。



写真も撮っておいたし、

あとは無難に報告だけしてお終いでいいだろう。





生徒会室に戻ってみると、

どうしてか聖先輩が一人で残っていた。


「っていうか、

真ヶ瀬先輩ってどこに行ったんですか?」


「真ヶ瀬くんでしたら、

先に帰っちゃったみたいですよ」


「今日の見回りは

真ヶ瀬くんの発案だったんですけどね……」


「あー……元々は、

僕が無理にお願いしたものだったんで」


「だとしても、せめてここに待機する人くらい、

指名してから帰って欲しかったなぁって」


「え、何も言わずに

帰っちゃったんですか?」


先輩が溜め息をつき、

携帯を僕へと差し出してくる。


真ヶ瀬先輩からのメールかな?


『やっほー!

飽きちゃったから帰るね ^ー^ 』


……ああ、そりゃ溜め息も出るな。


「でも、そうなると、

見回りの報告はどうしましょう?」


「あ、はい。それなら私が受けますよ。

何かありましたか?」


「はい。校舎の裏手のほうに、

何人か他校の生徒がいたのを琴子と見つけました」


「あらあら、本当にいたんですね」


「私もびっくりでした。

あんなに堂々としてるなんて思ってなくて……」


「噂になっていた不審者だと思ったんで、

一応、携帯で撮影してきました」


「あ。それなら所属を割り出して、

その学園の先生に注意してもらえそうですね」


「その男子生徒たちって、

まだ構内に残ってるんですか?」


「あー、もう五分くらい経ってるんで、

もうどこかに行っちゃってるかも……?」


「ただ、誰かを待ってるような感じだったので、

まだ残ってる可能性はあると思います」


「なるほどー。

まあ、相手は複数ですし、対応は後日ですね」


「先生方に報告したら、

今日はこれでお開きにしちゃいましょう」


発案者の真ヶ瀬くんも帰っちゃいましたし――と、

聖先輩が肩を竦める。


それなら、後は温子さんに合流してか。


「琴子。僕、ちょっとこれから

友達と約束があるんだ」


「えっ、また?」


「うん。だから悪いんだけれど、

先に夕飯食べててくれるかな?」


「うん……分かった」


琴子が不承不承という感じで頷く。


その寂しそうな顔を見ていると、

何だか物凄い罪悪感が……。


思えば、三日連続で

琴子と一緒に帰ってないのか。


幾らABYSSの件があるとはいえ、

さすがに蔑ろにしすぎか……。


「……あの、聖先輩」


帰り支度をしていた聖先輩を

呼び止める。


昨日に引き続き好意に甘えるようで、

少し気が引けるものの、他に方法も思いつかない。


「申し訳ないんですが、

また琴子を家まで送っていただけないでしょうか?」


「いいですけど、

晶くんはまだ帰らないんですか?」


「はい。ちょっと用事があって……

ダメですか?」


「いえいえ、余裕でおーけーですよ。

私も一人で帰るより楽しいですから」


嬉しいことに、

先輩は笑顔で快諾してくれた。


……やっぱり違うよ、温子さん。


聖先輩もABYSS候補って言ってたけれど、

この人に限ってそんなことはないって。


「どうしました晶くん?

何かいいことでもありました?」


「ああいえ、すみません。

何でもないです」


「それじゃ聖先輩、

琴子のことよろしくお願いします」


「琴子も、家で待っててね」


「うん。なるべく早く帰ってきてね」


二人に別れの挨拶をして、

時間を確認する。


少し急いだほうがいいかな。


温子さんと高槻先輩でもう合流してると思うけれど、

遅れて二人を待たせるのも悪いし。



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