温子vs幽1

チャイムが鳴り――


『今日は何だか一日が早いな』なんてことを思う間に、

お昼休みになった。


揚々と学食へ繰り出す三橋くんたちに別れを告げ、

ジュースを買いに走る爽を見送る。


これで準備は完了。


爽が戻って面倒になる前に、

いざ黒塚さんのところへ。





「……でも、

話し合いになるのかな?」


図書室に向かう道中で、

朝から引っかかっていた質問を温子さんへ向ける。


温子さんがどう思おうと、

やっぱり僕には彼女がABYSSだとしか思えない。


「話し合いをしようとして、

逆にこっちが追い詰められたらヤバいと思うんだ」


「だから、温子さんの根拠をちゃんと聞かないと、

自信が持てなくて」


「なるほど。

それじゃあ、材料を全部並べてみようか」


「まずは朝にも言っていた二つだね」


二つ……黒塚さんが目立ちすぎていることと、

記録上は死亡者、行方不明者が出ていないことか。


「一応、転出していった生徒はいるみたいだけれど、

こちらは問題があれば家族が騒いでいるはずだ」


「まあ、家族ぐるみでABYSSが処理したなら、

話はまた別だけれどね」


あー……そういえば、

真ヶ瀬先輩が転校に不審はないって言ってたっけ。


「それと、黒塚さんが誰とも接していないことが、

理由として挙げられると思う」


「もしABYSSであるなら、

他の部員と接触する必要があるんだ」


「携帯を使ってるとかじゃなくて?」


「もちろん、携帯も使ってると思うけれど、

直接会えるならそうしない手はないさ」


……なるほど。

その辺りは、暗殺者のお仕事と一緒だな。


どっちも表立ったものじゃないからだろうけれど、

こうして考えると、それなりに共通点が多い。


もっと暗殺者的に考えたほうが、

ABYSSと向かい合うには役に立つのかな。


「ちなみに、学園の外で接触している可能性は、

あんまり考えなくていいかもね」


「そこまで遠回りして接触するくらいなら、

“図書室の魔女”としてわざわざ目立つ必要がないし」


「あと、個人的には大きな理由がもう一つ。

爽が黒塚さんに懐いている」


……それって、理由になるのか?


「『えーそんな理由?』って気持ちも分かるけれど、

実際、爽の人の見る目は物凄いと思うよ」


「下手な論理よりも、

あいつの印象を軸にするほうが確実だと思うくらい」


温子さんがそこまで言うとは……。


「でも、それって爽の感覚だよね?」


「感覚だね。でも、晶くんだって、

自分の感覚に信頼を置いていたりすることはない?」


「……あるね」


殺せるか否かとしては全然信頼できないけれど、

例の“判定”がまさにそれだし。


あれも、論理的に根拠があるのかと言われたら、

全然そんなことはないしなぁ。


そう考えると、爽の感覚っていうのも、

案外ばかにできないのかもしれない。


「ただ『お前近いうちに死ぬよ』って言われたしなぁ。

なかなか信じるのは難しいよ」


「ま、それなら

実際に確かめてみるといいさ」


そうして辿り着いた図書室を指し示しながら、

温子さんが苦笑いを浮かべる。


「この時間はいつ来てもいるらしいから、

今日も大丈夫だと思う。聞きたいことを聞いてみて」


「あれ、温子さんは行かないの?」


「私は少し遅れて入るよ。

二人一緒だと、黒塚さんに警戒されてしまうしね」


それに――と、温子さんが

今歩いて来た方向に視線を向ける。


「黒塚さんを監視している人が

いるかもしれないし」


監視……?


この学園で黒塚さんに構うのなんて、

爽以外にいるんだろうか?


「念のためだよ。

引っかかってくれたらいいなぁ程度の話」


「晶くんは当初の予定通り、

黒塚さんとの会話に集中してくれればいいから」


「……了解」


微妙に納得がいかないものの、

見送られる形で図書室の扉を開けた。





昼休みに入りたての図書室は、

時計の秒針の音が聞こえてきそうなほど静かだった。


まだ昼休みも始まったばかりで、

みんな昼食を優先しているんだろう。


そんな中、

定位置に座り本を開く魔女が一人。


時折聞こえてくるページを繰る音を聞きながら、

黒塚さんの座っている席へと歩みを進める。


「また来たのね」


黒塚さんの鬱陶しそうな呟き――

視線は本に落としたまま。


『帰れ』と言われるよりもずっと直截的なその態度に、

呆れるというより感心したくなってくる。


まあ、この態度は予想済み。


温子さんに言われた通り、

聞きたいことを聞いてみよう。


「昨日の話の続きだけれど、

少し、確認しておきたいことがあるんだ」


「黒塚さんは、僕が一昨日の夜に、

何かをしていたと勘違いしていたんだよね?」


「……だったら?」


「一体、何をしていたと思ってたの?」


黒塚さんの溜め息――

ページを繰る指が止まる。


「それはあなたが

一番よく分かってるでしょう?」


……直接言わないのは、

ABYSSであることを自らは言えないからか。


というか、

それ以外に言わない理由がない。


ならいっそ、バレてると割り切って、

僕からギリギリまで踏み込んでみるか?


“判定”を聞く限りなら、

黒塚さんは戦闘になっても何とかなる。


温子さんにも聞きたいことを聞けって言われたし、

リカバリも利くし、冒険してみるか――


「……黒塚さんの言う通りだよ。

僕は、一昨日の夜は学園にいた」


「あら……どういう風の吹き回し?

隠すのをやめたなんて」


「こうでもしないと、

黒塚さんに相手にしてもらえそうにないからね」


くすりという黒塚さんの微笑み。


その手に持っていた本が、

ぱたりと閉じられる。


「それじゃあ、望み通り相手をしてあげるわ。

今日の夜でいいかしら?」


「……相手っていうのは?」


「もちろん、

昨日の予言を実現してあげるっていうこと」


……やっぱりそう来るか。


予想していた展開の中では悪いものだけれど、

おかげで黒塚さんがABYSSなのは確定。


後は、焼け石に水だろうけれど、

荒事にしないようになるべく努力するしかない。


「僕としては、そういうつもりはないんだ。

なるべく関わりたくないっていうか」


「なに? 今さらになって命乞い?

私とあなたじゃ、殺し合う以外にないじゃない」


「そこを何とかしてくれないかな?

僕は誰にも喋ったりしないから」


「バカじゃないの。

いい加減にしてよ、見苦しい」


「それでもまだ続けようっていうなら、

今すぐここでその口を塞いでやるわよ」


息を吸うごとに、嫌気が敵意に、

敵意が殺意へ変わる。


ビリビリとした感覚に、

背中があわ立つのを感じる。


本当に今、

この場で仕掛けられるかもしれない。


なら……僕ももう、やるしかないか?


ここで今、黒塚さんを――



「っ!?」


身構えて、

とっさに音のした方へと意識を向ける。


「そこまでにしてくれるかな、二人とも。

ここは図書室なんだからね」


見れば、温子さんが両手を合わせながら、

こちらへ歩いてきていた。


じゃあ……今のは手を叩いた音か?


「あなた……朝霧温子ね。

確か、爽のお姉さんよね」


「ふぅん、私のことも知っているんだ。

いつも妹が迷惑をかけているようで申し訳ないね」


「温子さん……」


『まずいんじゃ』と目で訴えると、

温子さんはウィンクで返してきた。


任せろ、ってことなんだろうけれど……

本当に大丈夫なのか?


「でも朝霧さん、どういうつもりなの?

まさか、笹山晶これの味方をするつもり?」


「いや、私はただ、

誤解を解こうと思っただけでね」


「……誤解?」


黒塚さんが警戒するように眉をひそめるのに対し、

温子さんがふてぶてしく口の端を持ち上げる。


「とりあえず、二人ともズレた会話をしすぎだよ。

ちょっと言葉が足りなさすぎる」


「私の考えが確かなら、

二人が争うことに意味なんてどこにもないよ」


「はぁ? 知ったようなこと言ってるけど、

あなたに何が分かるわけ?」


「時に黒塚さん。

私は候補に入っていない。――よね?」


黒塚さんの顔が、

面食らったようなそれに変わる。


……候補って何だ?


いきなり出て来た単語のように思えるけれど――

僕以外の二人には、それで意味が通っているらしい。


黒塚さんは少しの間、考え込むように俯くと、

やがて『えぇ』と素直に頷いた。


「じゃあ、これでもう決まりだ」


「あの……温子さん、どういうこと?」


「あー、それを説明する前に、

二人とも質問に答えてくれるかな?」


温子さんが黒塚さんを、

次いで僕を見た。


「二人に質問だ。

……君たちはABYSSかい?」


――は?

何だ、その質問?


「いや、そんなの

聞くまでもなく違うでしょ」


「なんですって!?」


と、いきなり黒塚さんが

僕に向かって叫んできた。


僕を凝視したまま固まっているその顔は、

地球が回っていると初めて聞かされた学者のよう。


不思議というよりはむしろ怖い。


何で黒塚さんが――というより、

何をそんなに驚くことがあるんだろう?


「……あなた、

今さらとぼける気なの?」


とぼける?


「あなたはABYSSメンバーでしょう?」


「はいぃ!?」


僕がABYSS?

なんで?


「ちょっ、ちょっと待って。

黒塚さんの言ってる意味が分からないんだけれど」


「っていうか、

ABYSSは黒塚さんのほうでしょ?」


「はぁあああぁっ!?」


「あー、二人とも。

少し声を抑えてくれるかな」


あ……そういえば、

大声でABYSSの話をするのはまずいか。


黒塚さんも同じことを思っているのか、

口を真一文字に結んで、改めて鋭い目を向けてきた。


「……それで、

どういうことなの?」


「いや、今のやり取りがそのままだよ。

君たち二人は、どっちもABYSSじゃないんだ」


「あー……誤解しあってたってこと?」


「そういうことだね。

お互い、相手がABYSSだと思い込んでいたわけだ」


「納得できないわね」


「どうして?」


「笹山くんは、一昨日の儀式の夜に校舎にいたんでしょ?

ABYSS以外、そんなのできるわけないじゃない」


「それは本人から聞いたほうが早いかな。

どうしてなの、晶くん?」


「あーっと、一昨日の夜は、

生徒会の仕事で残ってたんだよ」


「でも、作業中に眠っちゃって、

起きて帰ろうとしたところで仮面に襲われたんだ」


「襲われた?

じゃあ何で生きてるわけ?」


「何でって、逃げたからだよ。

そのまんま」


「っていうか黒塚さんは、

本当に僕の姿を見たわけじゃなかったんだね」


「それはっ……」


「多分、鎌をかけたってことだろうね。

ABYSSなら反応すると思って」


詰まった言葉を温子さんが推測で引き継ぐと、

黒塚さんは面白くなさそうに口を尖らせた。


「……そうよ。

鎌をかけたの。悪い?」


「いや、別に悪いとは……。

ABYSSを識別する手段としては有効だと思うよ」


「今回失敗したのは、

一般人ぼくが儀式に混じるレアケースだったからだし」


「そう、そういうことなの。

つまりあなたが悪いの。私は別に悪くないの」


「いや、被害者は

僕なんだけれど……」


「ABYSSの候補に

入っていた悲劇だね」


「でも、晶くんのどこに疑われる要素があったのかは、

興味があるかな」


「それと、黒塚さんが、

何故ABYSSについて調べているのかも――ね」


温子さんが目を向けると、

黒塚さんはばつが悪そうに舌打ちした。


「普通は、ABYSS候補を絞り込むところまで、

ABYSSのことを調べるとは思えない」


「それをするのは、ABYSSに襲われた人間か、

ABYSSを特定することで利益を得る人間だ」


「晶くんはこのうち前者なわけだけれど……

さて、黒塚さんはどっちだろうね?」


「あなたたちに話すことはないわね」


「ABYSSじゃないなら、

笹山くんになんて、もう用はないわけだし」


もちろんまだ疑ってるけど――と、

冷たい目を向けてくる黒塚さん。


その視線に複雑な気持ちを抱いていると、

黒塚さんはすぐに温子さんのほうへと視線を戻した。


「そういうわけだから、

帰ってもらえる?」


「黒塚さんはABYSSについて、

どれくらい調べがついてるのかな?」


「あのね……だから、

話すことはないって言ってるでしょう?」


「――片山信二」


その一言で、

黒塚さんが息を呑むのが分かった。


「ああ、やっぱり当たりか」


「あなた……」


「となると、丸沢豊に、鬼塚耕平。

この二人もほぼ間違いない感じかな?」


「……その情報、どこから?」


「さて、どこだろうね?」


温子さんが肩を竦め、

ニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


……恐らく、

ABYSS候補の話なんだろう。


けれど、黒塚さんの言う通り、

一体どこからそんな情報を手に入れたんだ?


温子さんがABYSSに関わり始めたのは、

今日の朝だっていうのに。


「……情報交換というわけかしら?」


「情報交換じゃなくて、

情報共有できるとありがたいかな」


「ABYSSに実際に遭遇した晶くんと、

ABYSSについて調べている黒塚さん――」


「そして私の持ってる情報を、

一通り並べて検証したいんだ」


さっきまでのつっけんどんな態度はどこへやら、

口元を押さえて黙り込む黒塚さん。


情報を共有するか否か、

量りかねているんだろう。


でも、こちらとしては貴重な情報源であるため、

できれば黒塚さんを逃がしたくない。


何とか、首を縦に

振ってもらえないかな……。


「あー、先に言っておくと、悩む必要はないよ。

黒塚さんに選択の余地はないからね」


「は? 舐めてるの?

別に私は一人でも十分なんだけど」


睨み付ける黒塚さんに、

温子さんは平気な顔で『違う違う』と手を振った。


「ここで断るなら、

私はABYSS側に黒塚さんの情報を流すから」


「はあぁああああっ!?」


黒塚さんが再び立ち上がり、

火が出んばかりの勢いで温子さんを睨み付ける。


そりゃそうだ。


温子さんのやっている事は、

脅し以外の何物でもない。


「温子さん、流石にそれは……」


「大丈夫だよ晶くん。

黒塚さんなら、ちゃんと分かってくれるから」


『だよね?』という温子さんの問いかけに、

黒塚さんがむっと口を閉じる。


「改めてまとめると、

私たちから黒塚さんに求めるのは、情報共有だけだよ」


「別に、私たちが危なくなっても助ける必要はないし、

黒塚さんは黒塚さんの目標を目指せばいい」


「もちろん、必要としてもらえるのであれば、

こちらは同盟という形でも大歓迎だけれどね」


「あと、黒塚さんの懸念は晶くんだと思うけれど、

彼がABYSSでないというのは、私が保証しよう」


温子さんが眼鏡を直し、

『これでどうかな?』と黒塚さんを見据える。


「……あなたたちを殺して口封じをする、

という選択肢もあるんじゃない?」


「ははは、ないない。だって、

死体を処分するのは黒塚さんじゃないんだろう?」


「恐らくだけれど、

一般人に手をかけたらペナルティもあるんだよね?」


『そういう事態になるのはまずいよね?』と、

笑顔で語る温子さん/渋面で聞く黒塚さん。


その二人が、

しばらく視線を交錯させた後――


ふいに、黒塚さんのほうが

身体の力を抜いた。


「まったく……何なのよ、あなたは?

本当にあの爽のお姉さんなの?」


「よく言われるよ。

でもね、爽も本当は頭いいんだよ?」


「とてもそうは思えないわね」


呆れた風に首を振る黒塚さん。


その警戒するのもばかばかしいという感じを見るに、

どうやら温子さんの案を飲んでくれるらしい。


同じように察したのか、

温子さんが『それじゃあ』と眼鏡を直した。


「まず黒塚さんの正体について聞きたいかな。

ABYSSじゃないなら、何者なのか」


「もう分かってるんだから、

別に聞く必要なんてないでしょう?」


「それでも一応、ね。

情報は確度が大切だから」


『はいはい』と

面倒臭そうに返事をする黒塚さん。


それでも、情報の共有には私情を挟まないらしく、

すぐに真剣な顔に戻って僕らを見据えてきた。


「私は“プレイヤー”。

一言で言えば、ABYSSの敵ね」


「ABYSSの敵……」


……そういえば、プレイヤーって言葉は確か、

儀式の夜に男の仮面が口にしてたな。


「……プレイヤーのほうか」


今思うと、あれは僕のことを

ABYSSの敵対者だって思っての発言だったのか。


「プレイヤーとABYSSが敵対してるなら、

勝負があると思うんだけれど、どんな形式かな?」


「あまり詳しくは

教えられないけど……そうね」


「ABYSSを見つけて、三人か、部長を殺せば勝ち。

私が先に見つかって殺されたら負けよ」


……つまるところ、

お互いの特定と殺し合いか。


そういうルールなら、

黒塚さんがあれだけ殺気立っていたのも納得できる。


「ということは、黒塚さんが勝ちさえすれば、

晶くんの身の危険もほとんどなくなるのか」


「間接的にはそうでしょうね。

笹山くんが本当にABYSSでなければだけど」


「本当に違うんだけれどね……」


まあ、信じてもらうには時間が必要か。


「それで、黒塚さんはもう、

ABYSSを特定できているのかな?」


「いいえ、全然。正直言って、

あなたたちからすると期待外れだと思うわよ?」


「一番怪しいと思っていた笹山くんでさえ、

このざまなわけだし」


……僕が最有力候補だったのか。


ということは、

僕の経歴もバレてるのか?


でも、父さんが隠蔽しているはずだから、

そう簡単に割れるはずがないと思うけれど……。


「ちなみに、他の候補は?」


「他は、大体あなたが言った人物になるわね」


「鬼塚耕平は噂もそうだし、儀式の日も含めて、

夜にいつも出歩いてるからほぼ確定」


「その次に片山信二と、丸沢豊の二人だけれど……

どうして朝霧さんはこいつらを特定できたわけ?」


「ああ、別に難しいことはないよ。

以前、勧誘されたことがあるっていうだけ」


「えっ、何それ……?

ホントに勧誘されたの?」


「うん。片山のやつにね」


「その時はABYSSだと思わなかったけれど、

今になって考えると、アレがそうだったのかなって」


まあ、別に確信しているわけじゃないけれど――と、

温子さんが肩を竦める。


「……朝霧さんも候補に入れておくべきだったわね。

こんなに相応しい人間を見逃してたなんて」


「いやいや、冗談でもやめて欲しいね。

黒塚さんに狙われるなんて勘弁だし」


両手を上げて降参のポーズを取る温子さんに、

黒塚さんは盛大な溜め息で返した。


「ま、私のことはいいよ。

まだ他に候補はいるのかな?」


「真ヶ瀬優一と森本聖の二人ね」


生徒会の……先輩二人?


「ただ、この二人に関しては、

単独では特に怪しいところはないわ」


「有力候補と繋がりがあるということで、

一応マークしているだけだし」


ああ……そういうことか。


僕や鬼塚というABYSS最有力候補と、

接触機会が多いから――って話か。


びっくりした……。


「私の持ってる候補者の情報はこんなところね。

そっちの情報は?」


「私の推測は話の中で出てしまっているから、

あとは、晶くんが接触したABYSS候補だね」


「僕が儀式の夜に出会ったABYSSは二人かな。

そのうち一人は、鬼塚先輩で間違いないと思う」


「証拠は?」


「確たるものはないから、体格とか外見情報かな。

後は雰囲気っていうか……威圧感?」


「随分アバウトね……。

信用できるの、それ?」


「まあ、僕がABYSSであるよりは」


冗談めかして言うと、

黒塚さんに思い切り睨まれた。


あんまり茶化さないほうが

いいのかもしれない。


「あと、目撃したABYSSのもう一人だけれど、

こっちの正体は全然分からないんだ」


「分かってるのは、セーラー服を着た女の子で、

武器はアーチェリーってことくらい」


「セーラー服?

この学園の制服じゃなくて?」


「うん。多分、

余所の学園の子なんじゃないかな」


「それは無いわね。この学園のABYSSは、

この学園の生徒にしかなれないから」


「例外はあるかもしれないけど、

セーラー服はまず変装って考えたほうがいいわ」


「変装の理由としては、

自己主張とか、性別を偽るとかがありそうだね」


「髪型はかつらで変えられるし、

体格は小柄ならセーラー服でそれなりに見えるから」


「となると、黒塚さんには

あんまり参考にならない情報だったかも」


「まあ、正体は分からないにしても、

相手の使う武器が分かっただけでも十分よ」


「それがないと、

奇襲で一発で終わる可能性があるから」


「ああ、ならよかった」


……それなら、鬼塚のファイトスタイルに関しても、

黒塚さんに伝えるべきだろうか?


いやでも、そこまで見ておいて生きて帰りましたは、

さすがに胡散臭いと思われるか。


鬼塚は奇を衒うタイプじゃないし、

前情報がなくても大丈夫だろう。


「となると――後は、

昨日遭った切り裂きジャックについてかな」


「切り裂きジャック?」


「うん。実は――」


と、昨日の経緯を説明したものの――


話が終わった後の黒塚さんは、

何とも微妙な表情だった。


「やっぱり、違う感じ?」


「違うと思うわ。

だって、ABYSSは学園にしか出ないもの」


「切り裂きジャックが既に人を殺していて、

その情報を隠蔽していてもかい?」


「どういうこと?」


「人から聞いた情報だけれど、切り裂きジャックは、

うちの学園の男子生徒を二人殺してるらしいよ」


「……それが本当なら、可能性としてはアリね。

その話をもっと詳しく知りたいんだけど」


「それなら、今日の放課後に、

その話をしてくれた人と会うことになってるんだ」


「それは期待できそうね」


そうだね――と頷いたところで、

図書室の扉が開き、他の学生が入ってきた。


時計を見ると、ぼちぼち昼食を終えた生徒たちが、

めいめいに昼休みを消化し始める辺りだった。


さすがに、

これ以上ここで話すのはまずいだろう。


「じゃあ、今日はこれでお開きにして、

明日また話しましょう」


「私はその間に、今上がっている三人の候補者を

完全に特定しておくから」


「分かった。

こっちはジャックについての情報を集めておくよ」

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