温子とのABYSS調査2

「ABYSSのメンバーって、

普段はどういう生活をしていると思う?」


一時間目の休み時間――


先に聞き漏らした黒塚さんの件を訊ねると、

温子さんからそんな質問が返ってきた。


ABYSSのメンバーの、

普段の学生生活か……。


「素行が悪い感じ?

後は逆に、優等生を演じてるとか」


「うん、それで正解。

私がもしABYSSなら、普段は優等生を装うよ」


「なにも、わざわざ誰かに気づかせるような真似を

する必要はないんだからね」


ああ、そっか。


考えてみれば、ABYSSであることを隠すのって、

元暗殺者であることを隠すのと同じなんだ。


もちろん隠さない人もいるのかもしれないけれど、

秘密のバレるリスクを考えたら、隠す以外にない。


「そうなると、黒塚さんが

ABYSSじゃないと思う理由って……」


「そうだね。

彼女、ちょっと目立ちすぎてるだろう?」


なるほど。

それはちょっと納得した。


「でも、鬼塚先輩も同じように目立ってるのに、

どうして黒塚さんだけABYSSじゃないと思うの?」


「それは、転入生という彼女の立場だね」


「ABYSSの噂はそれ以前からあるんだから、

転入してきたばかりの彼女は違うと思うんだ」


「もちろん、何らかの形で欠員が出て、

補充要員として転入してきた可能性もあるけれどね」


「でも、それも晶くんの話だと、

あり得ないんだろう?」


僕の話っていうと、

生徒会のデータベースの件か。


「んー……でも一応、

あり得るかな?」


「実は、死亡した生徒はいないんだけれど、

転出していった生徒は結構いるんだよね」


「今年度で六人だから、

もしかすると、黒塚さんが欠員の穴埋めかも」


「なるほどね。

それなら微妙に可能性が残るね」


それでも微妙なのか。

うーん……。


「まあ、黒塚さんには

直接会って確認すれば分かるさ」


「それより、

晶くんはABYSSのどこを脅威に思う?」


「どこって……

生贄を浚ってくることとか?」


「それは怖いといえば怖いけれど、

晶くんの立場からすれば脅威ではないよね」


なるほど、確かに。


「それじゃあ、

超人であること?」


「それは確かに脅威ではあると思う」


「でも、直接対峙しなければ関係がないから、

凄く限定的かな」


「それじゃあ……

人を殺すこととか?」


「それも怖いけれど、人を殺すだけなら、

そこいらにいる犯罪者とそれほど変わらないよね」


「問題はそれより一つ上の次元だよ。

単なる人殺しとABYSSとの違いは何だろう?」


最大の違い……

常軌を逸していることか?


……いや、違うか。


そんなの、死体作家みたいに、

普通じゃない殺人鬼なんて一杯いる。


となると――


「……人を殺しても、

簡単に捕まらないこと?」


「その通り。

最大の脅威は組織力だよ」


「個人で組織に勝つのは難しい。

動かせるものの大きさに圧倒的な差があるからね」


「例えば、殺人を隠しきれる技術。人員。金。

超人的な力を得るための何かもそうだ」


「噂によれば、ABYSSは警察みたいな

国のシステムにも関与しているんだろう?」


「そんなのがその気になれば、

目撃者の自宅を襲って処理するなんて簡単だ」


……自分でも分かっているつもりではあったけれど、

改めてこう言葉にされると、ゾッとするものがあった。


その気になれば簡単にだなんて、

比喩でも何でもなく風前の灯じゃないか。


しかも、僕だけじゃなく、

琴子も巻き込まれる可能性があるわけで……。


「あ、勘違いしないで欲しいんだけれど、

私は別に晶くんを脅してるわけじゃないよ」


「組織っていうのは確かに怖い。

でも、だからこその制約もあると踏んでるんだ」


制約……?


「自分の役割に対する責任だよ」


「組織では、一人で突っ走るような真似はできないし、

失敗したら責任を取らなきゃいけないんだ」


「そこで晶くんに質問。儀式を行っている連中は、

組織の中心だと思う? 末端だと思う?」


「それは……末端かな」


普通、こういうのは各担当部門に分かれていて、

それぞれで独立しているものだと思うし。


例えば、儀式を行う専門の部門とか、

死体処理専門とか、政治をする部門とか。


人を動かしているということは、

会計部門とかもあるのかもしれない。


「じゃあ、晶くんが儀式に紛れ込んでいたのは、

連中にとって成功だと思う? 失敗だと思う?」


「それは、失敗でしょ」


「そうだね、失敗だね。

秘密が漏れた上に、取り逃がすという大失敗だ」


「果たしてそんな大失敗を、

ABYSSという大きな組織は許すでしょうか?」


「……なるほどなぁ」


許すはずがない。


だったら――

僕を殺すまでは報告を上げない、ってことか。


「だから、今すぐ組織だって晶くんが襲われることは、

ほぼ考えなくていいと思う」


「その証拠に、晶くんに対して連中の起こした行動は、

尾行なんて消極的なものでしかない」


「つまり、私たちの敵はまだ大きな組織じゃない。

この学園の、ABYSSという殺人クラブだ」


「そう考えると、相手の人数は五人になる。

でも、全員を相手にする必要もない」


「相手も、晶くんの乱入を

なかったことにしたいはずだからね」


「責任者と交渉の機会さえ得られれば、

それでどうにかなる可能性が高いと思うよ」


だから大丈夫――と、

微笑を浮かべる温子さん。


それが無性に頼もしく見えて、

つられてこっちまで笑ってしまった。


相手は謎の組織ではなく、

あくまでこの学園に存在する一つのクラブ。


そう考えると、

解決はそこまで難しくないように思えてくる。


……温子さんに話して良かった。


もし全部解決できたら、

その時は温子さんにきちんとお礼をしないとな。


そんなことを考えている間に、

周りは三年生ばかりに。


鬼塚むこうに見つかるとまずいし、

ここからは気を引き締めていかないと。


「とりあえず、私が先に行ってみて、

見つけたら晶くんを呼ぶね」


「いや、それはちょっと……」


女の先生でも容赦なく殴るっていう鬼塚に、

温子さんを一人でっていうのは不安だ。


でも、僕が行くとしても、

顔を鬼塚に見られているのか。


どうしたもんかな……。


「……晶くん。

悩む必要ないみたいだよ」


えっ?


「探しに行くまでもなく、

向こうから出て来てくれた」


ほらあそこ――と、

温子さんが廊下の先を指差す。


その指し示す方向を追っていくと、

明らかに周囲から浮いている生徒がいた。


その人物の進行方向だけ、綺麗に人並みが分割――

まるでモーゼの十戒のよう。


けれど、本人に

それを気にする様子は微塵もなし。


それとも邪魔がなくていいと思っているのか、

悠々とトイレに向かって歩いていく。


龍一から聞いた通りの、

がっちりとした体格。


そして、周囲とは

一線を画しているその雰囲気。


何より――獣の唸り声のような“判定”。


ほぼ間違いなく、

あの夜出会ったABYSSと同じだ。


「どうかな?」


「……当たりじゃないかな」


「――何が当たりなんですか?」


いきなり聞こえてきた温子さんと違う声に、

慌てて振り返る。


「おはようございます。

珍しいですね、晶くんが三年生の階にいるなんて」


そこには、いつも通りのんびりした様子の

聖先輩が立っていた。


「ひ、聖先輩っ?

いつからそこに……?」


「今来たばっかりですねー。

晶くんこそ、三年生に何か用ですか?」


「おはようございます、先輩」


何か言い訳をと思っていた矢先に、

温子さんが僕の前に出た。


「あら? あなたは確か……

吹奏楽部の朝霧さんでしたっけ」


「はい。姉のほうの朝霧です」


「二人で三年生に用事ですか?」


「実はウチのクラスに、

上級生と揉めたらしい男子生徒がいまして」


「その相手が鬼塚先輩かもしれないということで、

クラス委員の私たちで様子を見に来たんです」


「あ、そうだったんですか」


なるほどーと頷く聖先輩。


それを見ながら、

僕も心の中で同じように納得していた。


委員長と副委員長って事にすれば、

疑われずに一緒に動けるってことか。


しかも、鬼塚を探していても

不自然じゃないように。


上手いこと考えたなぁ。


「でも、鬼塚くんですか。

最近は問題も起こさなくなってたんですけど……」


「あれ? 聖先輩って、

鬼塚先輩と知り合いなんですか?」


「ええ、まぁ。

鬼塚くんと同じクラスですからね」


へぇ……聖先輩と鬼塚って、

同じクラスだったのか。


ABYSS以外でも、

僕と鬼塚にこんな接点があるとは思わなかった。


「森本先輩は、

鬼塚先輩と親しいんですか?」


「まあ、他の人と比べればですね。

絶対値で言うと……うーん、って感じです」


「色々と気難しいところもあるんですけど、

どうも時々、よく分からなくて」


「時々……ですか?」


「ちょうど、今がその真っ最中ですねー。

昨日から普段以上にピリピリしていて」


「今にも誰かに喧嘩を売りそうな感じなんですが、

でも、理由は話してくれなくて」


先輩が溜め息をつく――

傍目にも分かる『私、お手上げなんです』。


でも、そんな聖先輩と違って、

僕には鬼塚が荒れている心当たりしかなかった。


温子さんも目配せをしてくる。

恐らく、同じことを考えているんだろう。


昨日から――僕が儀式に紛れ込んだ翌日から、

鬼塚が荒れているのだとすれば。


やっぱり鬼塚は、

ABYSSということで間違いなさそうだ。


「それで、お二人はもう

鬼塚くんのところに行ったんですか?」


「いえ。ちょっと厳しそうに見えたので、

どうしようかなーって思ってたところです」


「聖先輩も、鬼塚先輩と同じクラスで、

大変だったりするんじゃないんですか?」


「いえいえ、彼くらいならまだ可愛いものですよ。

少し乱暴ですけど、ただそれだけですからね」


……うーん、

さすが聖先輩と言うべきか。


あの鬼塚を可愛いで済ませるとは。


「やっほー!

あっきらくんっ☆」


「うわぁ!?」


突然、背中を叩かれて、

思わず二歩三歩と飛び退いた。


僕の背後を取るだなんて、

誰だ一体!?


「こんなところで何してるのかな?

井戸端会議?」


三大変人の筆頭格だった!


「やだなぁ、晶くん。

そんな幽霊でも見たみたいな反応しないでよ」


「いや、いきなり後ろから声かけられたら、

普通は驚きますよ!」


というか、一体いつの間に?


まるで気配を感じなかったぞ!?


「真ヶ瀬くんは全くもう……

本当にどこから出て来たんですか?」


「別に、普通に背後から

気配を殺して近づいただけだよ」


いや、普通はそんなことしないし、

できないです。


「それより、珍しい組み合わせじゃない。

キミって確か、三大変人の子のお姉さんだよね?」


「……えぇ、どうも」


「うーん、素っ気ないなぁ。

キミも、妹さんと同じくらいはっちゃけていいのに」


「せっかくですが、

遠慮させて頂きます」


……温子さん、

妙に素っ気ないな?


真ヶ瀬先輩と

何かあったんだろうか?


「うーん、残念。

じゃあ、また次の機会に期待してるよ」


「それで、真ヶ瀬くんは何の用ですか?

声をかけてきたんだから、何かあるんでしょう?」


「うん。二つあるんだけど、

片方は後で聖ちゃんにメールしておくよ」


「……また何か

問題を起こしたんですか」


「うん、ごめんね聖ちゃん」


笑顔で謝る真ヶ瀬先輩。


これは絶対に

悪いと思ってない顔だな……。


「あともう一つの用事は、

今日は生徒会で校舎内の見回りをするって連絡」


「ああ、昨日の放課後に

決めたやつですね」


今日からやることになったんだ。


さすが先輩、

思い立ったら行動が早い。


でも、これで温子さんとの約束も、

つつがなく果たせたって感じか。


と――その温子さんから、

ちょいちょいと袖を引かれた。


「晶くん、そろそろ……」


「ん? ああ、そうだね」


用事を終えた以上、長居は無用か。


「あれ、もう帰っちゃうの?」


「まあ、あんまり長居してると、

次の授業に遅れちゃいますから」


「それもそうですね。

それじゃあ晶くん、また放課後に」


「まったね~」





「……ふぅ。

やっと行ってくれたか」


「行ってくれたって……

温子さんって、真ヶ瀬先輩が苦手なの?」


「真ヶ瀬先輩の事が得意な人なんて、

あんまりいないと思うよ」


その言葉の通り、

渋い顔を見せる温子さん。


……そんなに真ヶ瀬先輩って

付き合いづらいかな?


特殊な人であることは

間違いないと思うけれど……。


「まあ、真ヶ瀬先輩の話はいいとして、

本命のほうは当たりなのかな?」


「ああ、そうだね。

多分だけど、鬼塚先輩は間違いないと思う」


「よかった。これで最悪、

鬼塚先輩を尾行なり拘束なりすれば何とかなるね」


「温子さん、

何気に怖いこと言うね……」


「例えばの話だよ。そんなのは最終手段だから、

できれば実行したくないし」


とは言うものの、

温子さんの目は全然笑っていなくて。


どういう手を持ち出してくるのかが微妙に怖い。


「ま、次の接触が上手くいけば、

そんなことをする理由もなくなるよ」


「次の接触?」


「そう。話し合いって

言ったほうがいいかも」


……話ができそうな

ABYSS候補なんていたか?


「いるじゃない。思わせぶりな感じだけれど、

ABYSSかどうかは分からない人が」


「話し合いって、

まさか黒塚さんと……?」


「うん。昼休みに図書室へ行こう」

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