温子篇

切り裂きジャックの墓へ1

*この部分は第31部分「安藤有紀」からの続きとなります。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883115712/episodes/1177354054883168411



……いや。辺りもだいぶ暗くなってきたし、

女の子を一人で帰すほうがずっと危険か。


僕といるのもリスクだとは思うけれど、

別れたところを狙ってくる可能性だってあるわけで。


だったら、一緒にいたほうが、

何かあっても僕が守れるだけいいだろう。


「あれ、どうかしました?」


「あーいや、やっぱり有紀ちゃんを

家まで送っていったほうがいいのかなって」


「おおう本当ですか!

ありがたき幸せ……!」


「いやいや、そんな大袈裟なものでもないし、

もっと普通にしてていいから」


拝み出そうとする有紀ちゃんを

慌てて制止する。


と、有紀ちゃんは理解したのかしてないのか、

敬礼のポーズで深々と頭を下げてきた。


「それではふつつか者ですが、

よろしくお願いします!」





「そういえばお兄さんって、

どうしてそんなに強いんですか?」


あー……いきなり答えづらい

質問が飛び出してきたな。


どういう風に答えるべきか。


「たまたまかな?」


「なんと!

力とは運命力だったんですね!」


「つまり、宝くじで三千円当たったことのある私なら、

次こそは悪い人たちを撃退できる……」


「ごめん、嘘だからそれはやめよう」


普通はやらないだろうと思うけれど、

有紀ちゃんの場合は本当に突撃しそうで怖い。


適当に、友達から

格闘技でも教わったことにしておくのが吉か。


「……!」


そう思っていたところで、

背後からの視線を感じた。


あまり細かい部分までは分からないけれど、

それほど遠距離からのものではない……か?


変に意識していることがバレないように、

カーブミラーでそっと後ろを窺う。



……猫だった。


「どうしました?」


「ああいや、

誰かに見られてるような気がして」


「誰かって……

猫さんしかいませんよ? ほら」


有紀ちゃんが、

先ほどの猫に向かっておいでおいでをする。


それが見事に玉砕する様子を眺めていると、

有紀ちゃんは色々と納得いかなさそうに首を傾げた。


「お兄さんってあんなに強いのに、

猫さんが怖いんですか?」


「いや、猫は好きだよ。可愛いし」


「じゃあ、怖がりなほうなんですかねー。

ホラー映画とかゲームでビクビクしちゃうタイプ」


「まあ、だいたい合ってるとは思うかな」


お化けとかの類いはともかく、

命のやり取りに関して言えば、怖い。


こんなことを言ってるから、

暗殺者としてはダメダメだったのかもしれないけれど。


ああ、でも――

前に父さんはそれを褒めてくれたっけ。


『お前の一番の才能は、

誰よりも臆病であることだ』って。


……冷静に考えてみると、

褒められてたのかな、これ。


でも、僕の記憶違いでなければ、

この時の父さんは真面目な顔をしていたんだよな。


「もしかすると、怖がりだからこそ、

強いってこともあるのかもしれないね」


「なるほど……

怖がりだから強いですか」


「となると、私は弱いことになっちゃいますね。

あんまり怖いことってないですし」


「あー、それで

トラブルになったのか……」


「そうなんですかね? 切り裂きジャックについて、

何度か聞いただけなんですが」


……それって、怖いものがないというよりは、

想像力が足りないだけなんじゃないだろうか?


さっきも注意したばっかりだけれど、

これはもう一度くらい念を押しておいたほうがいいか。


小うるさい先輩だなぁと思われる可能性はあっても、

それで有紀ちゃんの安全を確保できるなら安いものだし。


「えーと、有紀ちゃん。

一つ言っておきたいことがあります」


「う……何でしょうか改まって?

やっぱりお兄さんは切り裂きジャックでした的な?」


いや、ないない。


「そうじゃなくて……今日みたいな無理な調査は、

もうしない方がいいと思うよ」


「無理な調査ですか?」


「うん。有紀ちゃんは今日、危険な目に遭った。

これは自分でも分かってるよね?」


「はい!

色々とスリリングな体験でした!」


「……今日は体験程度で済んだけれど、

次は本当に危なくなるかもしれないよね?」


うぐっ、と有紀ちゃんがのけぞる。


「今回助かったのだって、偶然だよ。

僕がいなかったら凄く危なかったよね」


「もしも誰も助けてくれる人が居なかったら、

有紀ちゃんはどうするつもりなの?」


「えっと……大声で助けを呼ぶ、とか?」


「それでも駄目だったら?

誰も助けに来てくれなかったら?」


自分でも意地の悪い質問だと分かりつつも、

敢えてそれをぶつけてみる。


あんじょう、有紀ちゃんは言葉に詰まり、

うーんと唸り始めた。


……温子さんなら、

きっともっと上手く注意できるんだろうな。


まあ、無い物ねだりか。


嫌われる覚悟は先に決めたんだし、

有紀ちゃんに分かってもらえればそれでいい。


「さて、どうだろう?」


「うーん……

お兄さんならどうしますか?」


「僕なら、その状況にならないようにするかな。

一人じゃどうやっても助かりそうにないし」


「つまり、何を言いたいかっていうと、

今日見た有紀ちゃんのやり方は危ないってことね」


「例え有紀ちゃんが怖いと感じなくても、

気付いたらどうしようもなくなってる場合があるからさ」


ABYSSの生贄となっていた少女――


あの子はもう、生きてはいないだろう。


有紀ちゃんだって、

あんな目に遭わないとも限らない。


「だから、いくらクラス展示のためとは言っても、

危ないことしちゃ駄目だよ」


「もし有紀ちゃんに何かあれば、

色んな人が悲しむことになるんだから」


できるだけ平坦な声で言葉を重ねていくと、

有紀ちゃんは黙り込んでしまった。


さらに、これまで見たことのない真面目な顔で、

僕の目をじっと覗き込んでくる


……少しくらいは、

僕の声が届いてくれたのかな?


そう思っていたところで、

『あの……』とようやく有紀ちゃんから返事があった。


姿勢を正して、

有紀ちゃんの続く言葉を待つ。


「お兄さんは……その、

私のことを心配して言ってくれてるんですよね?」


「それはもちろん」


迷わず首肯。


と、これまでの真面目な顔は嘘だったかのように、

有紀ちゃんはにっこり笑顔に早変わりした。


「お兄さんはやっぱりいい人ですね!

こんなに本気で心配してくれるなんて!」


「有紀ちゃんがいい子だからね。

危ない目に遭って欲しくないなって」


「ありがとうございます。

ただ……ジャックの調査は続けていこうと思います」


「……いや、僕も続けることに反対はしてないよ。

ただ、危ないことはやめようって話」


「大丈夫です。お兄さんのアドバイス通り、

危なくないようにしますから」


「でも、例え危なかったとしても、

調査はやめません」


「自分がやりたいと思ったことですし、

最後までやりたいんです」


「……そっか」


そこまでやる気があるなら、

これ以上、僕から何か言えることはないな。


危なくないようにするって話だし、

素直にその言葉を信じればいいだろう。


そうして、ようやく不慣れなお説教が落ち着いたところで、

どちらからともなく歩くのを再開した。


「でも、そんなに一生懸命になるなんて、

学園祭に相当力入れてるんだね」


「そうですねー。

みんな『やるならとことん』って感じで」


「他にはどんな噂を調べてるの?」


「基本的には都市伝説系ですよ」


曰く――殺し屋に繋がるブラックメールの話や、

地下に存在する巨大迷宮の噂だとか。


いつまでも取り壊されない病院跡や、

幽霊トンネルなんてのまであった。


「何というか……

怪談系の雑誌に載ってそうなラインナップだね」


「怪談好きな人が提案した

内容ですからねー」


ああ、なるほど。


どれも聞いたことがないけれど、

まあ都市伝説なんてそんなものか。


「でも、実はもっとエグい系もありますよ。

うちの委員長が調べてるやつとか」


「お。どんなの?」


「死体作家の噂ですね」


ああ、あれか……。


死体作家に関しては、

僕もそれなりに知っている。


というか、多分知らない人はいない。


何せ、死体作家による連続殺人事件が起きた当時は、

テレビでもかなり話題になったからだ。


一地方の事件にも関わらず、全国的に有名になったのは、

やっぱりその際立った異質さが原因だろう。


「あれって、まだ未解決なんだっけ?」


「多分そうだと思いますよ。

テレビではやらなくなっちゃっいましたけど」


「でも、被害者が増えてないって考えれば、

いいことなんですかね?」


あー、そういう見方もあるか。


未解決って意味では悲観的だけれど、

新たな犠牲者が生まれていないって意味ではいいのかも。


「ただ、現状で二十人くらいだっけ?

殺されちゃってるからなぁ」


「遺族のこととか、危険性を考えると、

やっぱり早く捕まったって報道が見たいよ」


「ですねー。

普通じゃない犯人みたいですし」


「……だね」



報道によれば、この連続殺人犯の犯行現場には、

必ず被害者の死体の絵が置かれていたらしい。


それでついた名前が“死体作家”。


手口の異常さといい、大量の犠牲者といい、

早く捕まってくれるに越したことはないだろう。


「でも、そんなの調べて大丈夫なの?」


「その辺りは大丈夫だと思いますよ。

何しろ、うちの委員長ですから」


「琴子のクラスの委員長って……

確か、三大変人の佐賀島さんだったっけ?」


「ですです。本当に危ないと委員長が判断したら、

調査は打ち切っちゃうと思います」


「例えば、ABYSSの調査なんかは、

途中でやめようって話になってましたねー」


……ABYSSをやばいって感じるってことは、

それなりにその判断は信用できるのかな。


となれば、死体作家の件も、

僕が関係ないところから気を揉むようなことでもないか。


そもそも、警察でさえ捕まえられない犯人が、

一学生に見つけられるわけもないだろうし。


ただ……三大変人の佐賀島さんか。


ABYSSについての判断ができるってことは、

何かしら情報を持ってたりするのかも。


機会があれば、

会いに行ってみるのもいいかもしれない。


「……あれ? でも、切り裂きジャックの調査って、

委員長さんに止められなかったの?」


「はい、止められませんでした」


「ホントに?」


「もちろんですよ。嘘じゃありません」


そうなると、危ないのは調べる対象じゃなくて

調べるやり方ってことか。


まあ、それについてはさっきも言ったし、

しつこく言うのはやめておこう。


「じゃあ、ちょっと切り裂きジャックのことを

教えてもらっていい?」


「いいですよー!

バンバン聞いちゃってください!」


どーんと胸を叩く有紀ちゃん。


そしてむせた。

結構ベタな子なのかもしれなかった。


ともあれ。


「有紀ちゃんは切り裂きジャックについて、

どれくらい知ってるの?」


「はい。それはですね――」


よくぞ聞いてくれましたとばかりに、

有紀ちゃんがこちらに身を乗り出す。


そして――


唐突に、

有紀ちゃんの表情が変わった。


「決して、刀を抜かない正義の剣士であると、

昔、聞いたことがあります」


「切り裂きジャックは、

困っている人を助けてくれる……ヒーローです」


……驚いた。


もちろん、

切り裂きジャックのことなんかじゃない。


切り裂きジャックについて口にした時の、

有紀ちゃんの表情にだ。


まるで能面――けれど、

何故か強烈な意思を感じる、そんな顔。


無いはずなのにあるような気がする、

とでも言えばいいんだろうか。


いずれにしても、

さっきまでの有紀ちゃんとはまるで違う。


何か、あるんだろうか?

切り裂きジャックに。


「あの……有紀ちゃん?」


「はい? どうしましたかお兄さん?

変な顔してますけど」


「あ……いや」


変だったのはそっちの顔だよ――とも言えず、

何でもないとお茶を濁して歩き出す。


当然、ついてくる有紀ちゃん。


その顔を横目で窺うものの、

あの能面みたいだった表情はどこにもない。


さっきのは、何だったんだろう。


見間違え……じゃないよな?


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