慌ただしい放課後1






「お、晶くんだ。やっほー」


職員室に寄った後に生徒会室へ来てみると、

真ヶ瀬先輩が手を振って出迎えてくれた。


「遅れてすみません。

……って、先輩一人だけですか?」


「うん。他のみんなは

見回りに行っちゃったからね」


「う。もしかして、

僕が来るのを待ってましたか?」


「いやいや、そんなことはないよ。

別の用事があったから残ってたんだ」


「それより、職員室寄ってきたんでしょ?

先生方は何て言ってた?」


「あーっと、

『加害者からも話を聞いて総合的に判断する』って」


「……というか先輩、知ってたんですか?

昼休みの件」


「まあ、だいぶ賑やかだったみたいだしね。

噂だけど、大体は把握できてると思うよ」


「でも、見た感じ、

怪我は大したことなさそうだね」


「ええ、不幸中の幸いな感じで」


「それじゃあ、見回りはどうしよっか?

体調悪いなら帰ってもいいよ」


「あー、大丈夫ですよ。

僕から提案したことですし、参加します」


「オッケー。

じゃあ、晶くんも参加で」


「担当範囲はローテーション組んでるから、

詳しくはこっちの資料を見てね」


「……そういえば、僕がもしダメだったら、

誰が僕のエリアをやる予定だったんですか?」


「生徒会長だよ。っていうか、そうだ。

会長に連絡入れておくか」


「連絡はこっちでやっておくから、

晶くんはもう見回りに出ていいよー」


「分かりました。

ありがとうございます」





「おー、結構元気そうじゃん」


「おかげさまでね。

怪我もそんなに大したことなかったし」


見回りついでにみんなのところへ行こうと、

ひとまず爽の合唱部に。


さすがに部室の中で話すわけにはいかないので、

爽を外に呼び出してもらった。


「とりあえずお礼を言っておこうと思って。

お昼はありがとうね」


「うんにゃ、お礼はいいんだけど、

あんま無理しないほうがいいよ」


「分かってる。

生徒会の見回り終わったらすぐ帰るよ」


「見回りって?」


「学園内で不審者がよく目撃されてるから、

生徒会で今日からやろうって話になったんだ」


「ふーん。面白そうなことやってんだ」


「面白いかどうかはさておき、

爽は不審者の心当たりってない?」


「んー、あたしはちょっと見たことないかな。

部員が喋ってんのも聞いたことないし」


吹奏楽部は部員も目撃したって話だけれど、

合唱部ではなしか……。


現時点での不審者の活動は、

まだそんなに大規模じゃないのかもしれない。


となると、部員から相談を受けたっていう、

温子さんからの情報に期待か。


「それじゃあ僕はもう行くけれど、

不審者に関しては一応、爽も気をつけてね」


「怪しい人を見たら、

すぐに僕に電話をもらえるといいかな」


「あいあいさー。

部員あいつらにも伝えておくから」


「お願い。

じゃあ、部活頑張ってね」


「あーい。そっちも頑張れー!」


さて、次は吹奏楽部だ。





「体はもう大丈夫なのかい?」


「うん、おかげさまで。

ありがとうね、温子さん」


「いやいや、保健室でも言われたし、

お礼はもう十分だよ」


「それより、何か用事でもあるのかな?

まさか、お礼を言うためだけに来たわけじゃないよね」


っと、さすが温子さん。話が早い。


「えーと、温子さんに頼まれてた不審者の件で、

ちょっと聞きたいことがあって」


「あの件を真ヶ瀬先輩に相談したら、

生徒会で見回りをすることになったんだ」


「っていうか、

今もその最中なんだけれどね」


「おー、それは素晴らしい」


「それで、回る場所を絞りたいんだけれど、

不審者を見たのって学園のどの辺りかな?」


「うちの部員の話だと、校舎の裏手だね。

不良の喫煙スポットって言えば分かりやすいかな?」


あー、なるほど。


該当箇所は複数あるけれど、

僕のほうでも大体は把握してる。


基本的には目立たない場所だから、

目撃証言も少ないのか。


「ちなみに、校舎内で見たって話は?」


「それは今のところはゼロだね」


まあ、部外者がそう簡単に入れるわけもないか。


「でも、校舎に入ろうとしてる可能性もあるから、

気を付けておいたほうがいいかもね」


「あと、手引きしてる生徒もいるかもしれない。

場所を特定したら、しばらく様子を見ておくといいよ」


「どうせあの生徒会なら、

監視カメラの一つや二つくらいあるだろう?」


「……まあ、多分ね」


あの真ヶ瀬先輩が、正規品か自作かはともかく、

監視カメラの一つも持っていないわけがないだろうし。


実際に設置するかどうかはさておき、

見回りの範囲と含めて提案してみるか……。


「あと聞きたいことはあるかい?」


「ううん、大丈夫。ありがとう」


不審者に関しては、

これでどうにかできそうだ。


後は念のためABYSSとの関係を調べて、

関わりがなさそうなら生徒会で対応って感じか。


「よし。それじゃあ、見回りに戻るね」


「あ、ちょっと待って!

龍一くんに伝言を頼まれてたんだ」


「龍一から僕に……? 何だろ?」


「『ABYSSについて調べんほうがええで』」


「――えっ?」


どうして龍一がそんなこと……。


「晶くんは、

ABYSSについて調べてるのかい?」


「あ……うん。

まあ、不審者騒動と関係があるかもってことで」


「あと、真ヶ瀬先輩が

興味を持ってるのもあるかな」


ふーんと頷く温子さん。


……変に付け足して、

言い訳がましくなったか?


でも、嘘じゃないんだから、

理由として並べるのは問題ないはずだ。


肝心の僕の事情さえ隠しておけば。


「一応、聞いておくけれど、

晶くんは本当に信じているのかい?」


「ABYSSをってことだよね。

んー……まあ、どうだろうね?」


「ただ、色々と複雑な事情で、

存在してることを前提に考えてはいるかな」


「真ヶ瀬先輩に逆らえない的な?」


苦笑で返すと、

温子さんは意地悪そうに笑った。


「みんな暇なんだねぇ」


「ちなみに、温子さんは信じてないの?」


「まさか。前にも言ったけれど、

あんなのは非現実的過ぎるよ」


「あったとしても、それは――」


「……それは多分、

下らないゲームサークルみたいなものだと思うよ」


ゲームサークル……?


「いや、適当に言ってみただけだよ。

忘れてくれていいから」


「何にしても、龍一くんの忠告の通り、

ABYSSの調査はほどほどにね」


「あんまりのめり込んで、

また鬼塚先輩に殴られても困るし」


「――という、伝言と私見でした、と。

悪いね、見回りがあるのに引き留めて」


「ああ、いえいえ。

こっちこそお邪魔しました」


「また何かあったら、いつでも来てくれ。

相談に乗るからね」


「うん、ありがとう。それじゃあね」


お互いに手を振って、

吹奏楽部の部室を後にする。


……回るところはもう回ったし、

あとはコース通りの見回りをするか。





行き交う生徒の数もまばらになってきた辺りで、

大きな欠伸が漏れた。


「……退屈だな」


不審者の出るわけのない校舎内の見回りなんだから、

当然と言えば当然か。


まあ、逆の発想で、

何も考えずにいられる貴重な時間と思っておこう。


ここ数日が忙しすぎて体調まで崩したんだし、

暇をわざわざ埋める必要もない。


このままぼーっと景色だけ眺めて――


「……ん?」


今、視界の端に、

おかしなものが映らなかったか?


目を擦ってみて、もう一度確認――

やっぱり消えない。


黒い、ゴスロリ姿の女の子だった。


金髪に碧眼、愛くるしいという言葉がぴったりの顔立ちと、

合わせてあつらえたような小柄な体。


まるで人形がそのまま等身大になったような、

ある意味で人間離れした雰囲気。


そんな女の子が、

廊下の向こうを当たり前のように横切っていく。


「何だあれ……?」


誰かの家族?

それとも留学生とか見学者とか?


文化祭用の衣装合わせ中という可能性もあるものの、

あんな可愛い子がうちの学園にいたとは思えない。


もし、いたとしたら、

間違いなく爽が見つけているはずだからだ。


「まさか、これが噂の不審者……?」


校舎内での目撃証言はなかったけれど、

今日が記念すべき初侵入なのかもしれない。


それにしても、不良っぽい男を予想していただけに、

まさかこんなゴスロリ少女だとは思ってもみなかった。


一体、何が目的で

こんなところにいるんだろう?


「……追跡してみるか」





……この子は、

一体何をしたいんだろうか?


ふらふらと校内を巡回しては、

無人の教室に入っては出てくるだけ。


仲間と落ち合うでもないし、

何かメモを拾うだとか残すとかも一切していない。


「……また教室に入った」


まさか、僕の存在に気付いていて、

わざと何もしないようにしている?


それとも、何かを探している?

いっそ逆に、誰かに見つけてもらおうとしているとか?


いずれにしても確かめねばと、壁際に身を隠しつつ、

少女が入っていった教室を覗き込む。


「――へ?」


薄暗い教室の中、まるで蒸発したみたいに、

彼女の姿はどこにもなかった。


「うそっ? どこ行ったんだ?」


窓のクレセント錠は、鍵がかかったまま。


掃除用具入れにも人はいない。

もちろん、机の影にも。


「嘘だろ……」


目を離した時間は、

ほんの十秒足らずだったはずだ。


そんな短時間に、

人一人が痕跡もなしに消えることができるのか?


それともまさか、幽霊?


……一応、探してみるか。





「あ、こっとんのお兄さんだー!」


「あれ、有紀ちゃん?」


目を向けた先には、

満面の笑みと敬礼ポーズでの挨拶が待ち受けていた。


確かに女の子は探していたけれど、

残念ながら君じゃない。


「あれ、あんまり嬉しくなさそうですね?」


「あーいや、嬉しいよ。超嬉しい」


「そうですかそうですか。

私も再会できて超嬉しいです」


……この子に捕まったとなったら、

ゴスロリの子を探すのは諦めるか。


下手に話そうものなら、新たな都市伝説として、

大規模な調査が始まるかもしれないし。


「でも、どうしてお兄さんは

こんなところにいるのでしょう?」


「あー……生徒会の見回りでね」


「へー、生徒会でそんなのやってたんですねー」


「あ、今日から始まったんだ。

学園の敷地内に、不審者が出入りしてるからって」


「ああ、ちょうどあんな感じですか?」


「えっ、どこどこ?」


有紀ちゃんの視線と指先を追って、

窓枠から外へ目を向ける。


――瞬間、体が強張った。


あれ、は……。


「夕暮れに男女で逢い引き……

兄さん、事件です!」


佐倉さん――と、誰だ?

あの男子生徒は。


どうしてあの佐倉さんが、

男と一緒にいるんだ?


あり得ない。


「……もしかしてお兄さん、

あの女の人と知り合いなんですか?」


「でしたら、

気を付けるように注意したほうがいいですよ」


「……どうして?」


「あの男子生徒は――ええと、

片山信二っていうんですけどね」


「あの人、あんまりいい噂がないんです」


片山信二っていう名前は確か……

真ヶ瀬先輩のリストに上がっていたな。


鬼塚や黒塚さんとは違う、

可能性が低いほうのリスト。


書いてあった内容は、

どんなだったっけ――


「一言で言えば、不良漫画によく出てくるような、

悪役系の優等生タイプみたいですねー」


「どうやって繋がったんだか知りませんけど、

大勢の他校の不良と仲良くしてるみたいですよ」


「それで、手下を使って大々的にカツアゲしてるとか、

裏で勢力を伸ばしてるとか、黒い噂がこんもりと」


「ただ、あくまで噂ですから、

用量用法を守って正しくお使い下さい」


「……詳しいね」


「ふふふ。何を隠そう私、新聞部ですから!

ぶんぶん!」


ああ、なるほど……。


となると、この片山って男子生徒の情報に関しては、

それなりに信用できるのかな。


大勢の他校の不良と親しくしている優等生。

大々的なカツアゲ。裏での活動。


黒い噂が幾つもあって、

まさか、その全部が嘘だってことはないだろう。


佐倉さんは、

そんな犯罪にくみする人では絶対にないけれど――


本人の望む望まないに関わらず、

巻き込まれることはあり得る。


「片山信二か……」


ABYSSだけじゃなく、

こっちとも近いうちに接触する必要がありそうだな。



「あ、私です」


聞き慣れない着信音だな――と思っていたら、

有紀ちゃんがいそいそと携帯を取り出した。


「おおう、ごめんなさい。

ちょっと呼ばれちゃいました」


「お兄さんともう少しお話ししたかったんですけど、

今日はこれにて失礼しますね」


「あ、うん。それじゃあまたね」


「はいっ。それでは、また今度!」


笑顔で手を振ってから、

有紀ちゃんは足早に駆けていった。


その姿を見送ったところで、

ようやく、だいぶ暗くなってきたことに気付いた。


もうそろそろ、

廊下にも電気がつき始める頃だろう。


「……そろそろ終わりかな」


携帯を引っ張り出して時間を確認する。


ちょうど、

予定していた見回りの終了時刻だった。

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