第12話 ラジオの流れる居間で



 買ったばかりのラジオから、総選挙の結果速報が流れた。オスカーとメアリは、義弟ドン・ビアズリーの落選を知った。

 居間でほっと胸をなでおろさずにいられない。

「ああ、よかったよ。あいつに大きな顔をされたんじゃ、わが家に災厄を招きかねない」

「そうね。ハリーとトニーは仲がいいもの。引き離したくないわ」

 トニーはドンとポーラのひとり息子だ。本が大好きで、将来は絶対にパブリック・スクールに入れるのだと、ポーラが豪語している。しかし労働党員の夫は反対するしで、夫婦間のトラブルが耐えなかった。

 だからオスカーとメアリは、義弟が知らないところで甥にこっそりと援助をしている。将来、寄宿学校に進学したいのならば、学費は出してやるつもりだ。親族間のいさかいに、子どもたちを巻きこみたくない。

 退屈したのだろう。長男ハリーが、乳母を呼んで散歩に行くと言い出した。まだ三歳になったばかりの息子だが、オスカーに似ず、意志をはっきりと持った少年だった。

「おとうたんも行こー」

「僕といっしょに? 母さんは?」

「お菓子」

「……つまり、おまえは、母さんに菓子を焼いてくれ、と言いたいのか。まったく、食いしん坊だな」

 呆れるオスカーだったが、遊びに来た兄夫妻にその話をしたら、爆笑されてしまう。

「あははっ! おまえそっくりだな。母さんが焼いた菓子、大好きだったものなあ。僕とジャックのぶんまで食べつくすほど、わがままだったんだぞ」

「そうねっ! わたしもちっちゃかった、オスカーを思い出したわ!」

 ジョンとキャロルは腹を抱えて笑う。つられるようにメアリも笑った。

 立場のないオスカーは、黙って紅茶を飲む。

 そのとき、生まれたばかりの娘の泣き声がした。乳母は息子との散歩でいない。メアリが立ち上がり、子供部屋へ消える。

 これさいわいにと、オスカーも子供部屋へ行こうとした。

「せっかく、僕がいるのに、もう消えるのかよ」

 唇をとがらすジョン。

「昔の話をしたくないんだよ」

 負けじとオスカーも返す。

「ああ、わかった、わかった。おまえにはずいぶん救われたものな。これからは、子ども時代の話題は出さない。それでいいか?」

 戦後、心理的ダメージを負ったジョンは、屋敷にこもってしまった。そんな兄のそばで話を聞き、辛抱強く相手になったオスカー。半年前、ジョンとキャロルが結婚し、平穏な生活にもどれた喜びを噛みしめる。

「ようやく、一人前扱いされた気分だよ、ジョン兄さん」

「おたがい、いい歳だものな。これからの話題は、どれだけ健康に生きられるか、だな」

 キャロルがジョンの頬を指でつつく。

「ジョンったら。わたしたち新婚なのよ。まだまだ素敵な貴公子でいてちょうだい。約束ね」

「あい変わらず、要求が高いなあ、僕の妻は。ま、そういうところが、好きなんだが」

「まあ……」

 ジョンとキャロルは、キスをした。あまりの熱々ぶりに、オスカーは見ていられず、子供部屋へ避難した。

 子持ちの中年になった今でも、恋愛のあれこれを目撃するのは苦手だった。

 妻メアリをのぞいては。

 ラジオから音楽が流れる。優雅なクラシックのヴァイオリン四重奏だった。



おわり


※作者より。

当作品の本編については、下記のサイトにておしらせしています。

もし興味があれば、訪問お待ちしております。


裏庭の午睡

http://green.ashrose.net/



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リトル・オスカーの結婚 早瀬千夏 @rose

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